勇者と魔王は人生を謳歌する

みけねこ

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20.答え合わせ

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 結局俺は精霊の森で長居することができずあとは妖精に任せる形になってしまって。そして魔王城に戻ればあちこち壊された箇所を住んでいた魔物たちがせっせと片付けをしているところだったから俺もすぐにそれに加わった。
 これだけ魔王城がボロボロになるのは本当に数千年ぶり、最後に勇者であるリヒトと戦った以来だ。流石にずっと暮らしていれば劣化するところも出てくるからそこはちょこちょこ修復したりしてきたけれど、ここまでの大修復なんて。
 魔法を使えばあっという間だけれど、どうやら心配してくれていたようで片付けをしているときに人間たちがちょこちょこ様子を見に来てくれたりして。そんな彼らと協力しながら魔王城の修理にあたった。
「俺たちいつもアンタらに助けてもらってるからな」
「持ちつ持たれつってやつよ。俺たちは直すのは慣れてるしな」
「お腹空いてない? 畑見てみたけどマナが枯れちゃったみたで元気なくなってたから、食べるものもなくなってると思って作ってきたんだけど」
 人間を襲わなくなって、俺たちの食糧事情は人間寄りになっていた。狩りをして生えている草を食べて。今は街に買い物に行く者も増えて俺も畑を作ったりして食料調達していたけれど、この状態だとそれも少し難しくなっていた。だから人間の女性がそう言ってもってきてくれた食事はとてもありがたくて、元から魔力もマナも少ない魔物たちは大いに喜んで嬉しそうに食べていた。
 マナが枯れてしまった畑は人間たちの中でもそこそこマナを持っている者がこまめにマナを分け与えてくれている。慣れない役割で疲れている小物の魔物には、親と一緒に来ていた子どもたちが一緒に遊んでくれていた。足りなくなった材料は俺が魔法で伐採や岩を削ったりして調達している。
 この城を人間と一緒に造るのは、初めてのことだった。

 一度傷付いた植物は元に戻るまでに時間がかかる。マナが少ないこの地では尚更。また少しずつ少しずつ世話をして元気な姿にさせなきゃいけない。
 折角育てた植物を台無しにされるのはいい気がしないなと苦笑を漏らした。これだけ立派に育て上げるまで一体どれほど時間がかかったと思っているんだと、傷付けた王子に問い詰めてやりたい。
 けれどきっと、数千年前の人間たちは今の俺と同じ気持ちを俺に対して持っていたんだろうなぁ。
「魔王様」
 水をあげているとバルレの声が聞こえて振り返る。彼は一礼するとスッと身体を横へ引いた。そしてそこに現れた人物に顔が綻ぶ。
「いらっしゃい。美味しいお菓子あるよ。たくさんね」
 でもその前に、と持っていた道具を地面に置いて手についた水滴を魔法でサッと消し去る。
「君に聞きたいこともたくさんあるんだ」
 一つ息を吐き、そして内心苦笑する。まさか魔王であるこの俺が、緊張しているとでもいうのだろうか。俺にそんな感情あったんだねって、人間と関わらなければ知らなかったものだ。
「君の名前はなんだい?」
 エメラルドグリーンの綺麗な目が、俺に真っ直ぐに向かう。色もあのときと同じなんだ、と心の中でそうこぼして。

「私はリヒト・ヴァイン」

「……名前まで、一緒なんだ」
 この胸にせり上がってくる感情がなんなのかはわからない、でも油断したら何かがぽろっと零れてしまいそうで俺はグッと息を呑みこんだ。鼻がツンとして痛いけれど、どうして痛いのかがわからない。
 こっちにおいで、と一言告げれば彼女は――リヒトは、真っ直ぐに俺のところに歩み寄ってくる。
 魂の色は同じだった。目の色も。でもまさか名前までとは。見た目は変わっているのに変わらないところもたくさんある。
「……名前は一緒だよ。でも性格は違うと思う。育った環境が違うから」
「……そうなんだ」
「『昔』の私は孤児だった。親の顔も名前も知らないし孤児院で育ったから。でも今は父親は、まぁいないけど。でもお母さんがいてね、怒ると怖いけどでも私のこと大切に育ててくれた」
 この間ヘロヘロで戻ってきたとき、本当はあの民衆の間から飛び出して来ようとしていたんだってと彼女は少し嬉しそうに顔を綻ばせた。ただ駆けつけなかったのは王と、そして俺が傍にいたからだろう。
「精霊の森から帰ったらね、怒りながら泣きながらギュッと抱きしめてくれた」
「そっか、よかったね」
「うん。ところでシュバルト、座っていい? あれ食べていいんだよね?」
「あっ! うんそうだね、いいよ。たくさん食べると思ってたくさん作っておいたんだ」
 リヒトが喜ぶようにとたくさん作っておいたお菓子はテーブルの上で所狭しと置かれている。普通ならばあれを女性一人が全部食べきるなんて絶対にできないと思うだろうけれど、きっと一時間もしないうちにあれは全部彼女のお腹の中に収まってしまうだろう。
 いつもと同じ椅子に彼女は座って、俺も同じように向かい合わせの椅子に座る。食べ物に対して感謝の祈りを捧げた彼女はすぐにアップルパイに手を伸ばした。前々から思っていたけれどきっと大好きなだろうな、アップルパイ。
 もぐもぐと次から次へと口の中に運ばれていく様子をにこにこと見守り、俺の手元にあるお菓子にじっと視線が注がれたときはそれを取って彼女に渡してあげる。相変わらず表情がそう大きく動くわけじゃないけれど、嬉しそうなオーラは出ている。
「食べながらでいいんだけど。俺のお話ちょっと聞いてくれる?」
「う? うぉん」
「あはっ、どういう相槌?」
 まぁ口いっぱいに入っているときに話しかけた俺が悪いんだけど。まるで小動物のような動きに和みつつ、俺も話を続ける。
「記憶はいつからあるの?」
 膨らんでいた頬が咀嚼とともに徐々に縮んでいく。ゴクン、と喉が動いたのが見えてそして彼女は口を開いた。
「生まれたときから」
「そう、生まれたとき……生まれたときから?! あっ、別に最近ってわけじゃないんだっ?」
「そうだよ。生まれたときに、『あ、生まれ変わったんだ』って思って。風景は変わっていたけどソレーユ国だって気付いて、そして手の甲に勇者の紋章が浮かんでて『ああまたか』って」
 彼女はさっきから右手で食べていて、そっちの手はグローブも外されて素肌が見えていたけれど左手は隠れたままだった。徐に右手で左手のグローブを引っ張り手の甲を俺に向けてくる。ぐっと力を込めればそこに浮かび上がったのは勇者の紋章だった。
「最初これを見たとき実は軽く絶望した。また? って。私はまた自分の名前を呼ばれず『勇者』って呼ばれて人々の期待を背負って戦わなきゃいけないのかって」
 歪んで笑う表情は初めて見るもので、前の『リヒト』の感情も併せ持っているのがありありと見て取れる。 
 俺からしたら俺がいる限り勇者は誕生するものでそれが普通で仕方がないものだと思っていたけれど、一方勇者からしたらそういう感情になってもおかしくない。もしかしたら俺が知らないだけで今までの勇者の中で生まれ変わり再び勇者になった者もいたのかもしれない。
 いつもいつも人から期待され、自分がやりたいことを自由に選択することもできない。『勇者』という決められた道しか歩めなかった彼らは、一体どんな思いだったんだろう。
 でもね、と続けられた言葉に視線を彼女に戻す。俺が作ったクッキーを美味しそうに咀嚼して、綺麗に食べきったあとに口を開いた。
「育っていくうちに、びっくりした。そもそも生まれ変わるまでに数千年かかってたし、それだけあれば状況が全然違うんだもん。街の中じゃ普通に魔物は歩いているし買い物だってしてる。人間と楽しくお喋りして、酒場じゃ一緒に飲んじゃって盛り上がってる。すぐにわかった、シュバルトが頑張ってくれたんだって」
「……!」
「勇者は十六歳になるまでレベル99と全魔法を覚えるのが必須なんだけど、あれこれってその必要ないんじゃね? って思うぐらい、ものすっごく平和だなぁって」
 ぱちんっと目が合う。リヒトは、あのときにも見せなかった表情で笑ってみせた。
「ありがとう、私の願い叶えてくれて」
「そ、れは、だって、君が……」
「やっぱり人間も魔族もお互いわかり合って支え合って生きていけるんだよ。それをシュバルトが証明してくれた。本当にありがとう」
「それはっ、君が望んだからっ……!」
 あのとき細い肩を震わせていた女性が、何よりもそれを望んだから。だから俺は人を殺すのをやめた人を襲うのをやめた。俺だけじゃなくて、他の魔物たちにもやめさせた。きっと俺たちが変わらなければ何も変わらないそう思ったから。人間と寄り添うにはとてつもなく時間がかかった。だって彼らは俺たちに恨みを抱きそしてそれは当たり前のことだったから。たくさんのものを奪っておきながら仲良くしたいから許してくれだなんてそんな虫のいい話があるか。
 彼らに理解してもらうのに少なくとも数百年はかかった。魔物たちの本能を抑えつけるのも同様にだ。そしてそこから交流するのにもかなりの時間がかかっている。急に変化することなんてとても難しいこと。少しずつ少しずつ忍耐強く距離を縮めていくしかない。
 そうして、今の形になるまでに数千年かかった。人間の王とあれだけ気さくに会話ができるようになるまでもそれなりの時間を必要としていた。
「最初に会ったときお礼を言いたかったんだけど、そもそもシュバルトが私のこと覚えているかなって。見た目も性格も違うし、きっと今まで何人もの勇者と会ってきただろうからさ」
 忘れることなんて一度もなかった。そして姿形が違っても彼女がリヒトの生まれ変わりだってすぐにわかった。
 だって俺はずっと待っていたから。彼女の最期の言葉を信じて、ずっと待っていた。
「シュバルトは私の願いを叶えてくれた。そして――私もあのとき言った言葉を実現できてよかったって、ホッとしてる」
 はい、と手渡されたのはアップルパイ。俺が作ったものだけれど、彼女と一緒に食べるとより一層美味しく感じるのだから不思議なものだ。
 よくわからないけれど、なんだかテーブルにポタポタと雫が落ちている。これがなんなのか俺は知らない。けれど、リヒトはゆるく微笑んでいるから決して悪いものではないのだろう。


「シュバルト……わ、たし、必ず……」
 あなたに会いにいく。
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