krystallos

みけねこ

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32.最果ての島③

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「あれを持ってきてくれるかい」
 イザナギがそう口にした途端再び後ろにある扉が開かれ、一人の男が入ってきた。一見アミィと歳も変わらない子どもに見えるが、その佇まいは見た目の年齢とは違い随分と落ち着いている。そいつがイザナギの前まで移動すると、布に包まれたものを差し出した。
「ありがとう、玄久」
「いいえ。お安い御用です、主様」
「ねぇ」
 布がはらりと落とされる前に、アミィの声が響いた。アミィの目は真っ直ぐにさっき入ってきた緑の髪に緑の目をした男に向けられていた。
「その子と、さっきのお姉さんと」
 そして次にイザナギの左右に立つ男に向かう。
「そっちのお兄さんたち。銀髪のお兄さんもそうなんだけど、みんなキラキラしててキレイ」
 一体なんのことだとフレイは首を傾げ、クルエルダは何やら納得した様子で頷いている。アミィの視線に差された男二人は互いに顔を見合わせていた。そんな中でただ一人イザナギだけがアミィの言葉を正しく受け取ったらしい。
「ああ、君は目がとてもいいようだね」
 緑髪の子どもが控えるように後ろに若干下がる。
「ここに案内してくれたのは朱鷺トキ、この子が玄久クロク、そして右手にいるのが青藍セイランで左手にいるのが白毀ハッキだ。この子たちはお嬢さんの言う通り、人ではないよ」
「ひ、人じゃないのかい⁈」
 フレイがギョッとして一瞬だけ身体を仰け反った。どうやら雰囲気が違うが俺たちの目には人間に見えていたヤツらは、人間じゃなかったらしい。どこをどう見ても二足歩行の人間に見えるし言葉だって通じているわけなんだが。
「この子たちはこの島を四方から守ってくれている子たちだよ。人の形をしているのはそのほうが便利だと思ってね。本来は違う姿だ」
「なんでもありかよ」
「ふふ、この島は外の世界とは少し違うからね」
「まぁ、本来の姿を見てぇっていうんなら、機会があれば見せてやってもいいぜ」
 そう口にしたのは白毀と呼ばれた黄色い男だ。もう片方に立っている青藍と呼ばれた青い男が「そんな機会があればな」と言葉を続ける。
「とてもいい目だ、大切にするといい」
「う、うん」
「さて話が逸れてしまったね。戻そうか」
 そうして今度こそ玄久と呼ばれた男が持ってきた物を受け取ったイザナギは、包んでいた布をはらりと落とした。出てきたのは宝石のような、水晶のような透明度の高い石だった。
「これはこの子たちの力が込められている石だ。浄化作用がある。これを持って本来の彼らの住処に行くといい。完璧に、かはわからないけれどある程度の穢れを浄化できるはずだ」
「すごくキレイだね。これで精霊さんたちは住みやすくなるの?」
「そうだよ」
 イザナギの説明を聞きながらふとあることが頭を過ぎり、思わず眉間に皺を寄せる。随分と役に立ちそうなアイテムだ。それを本来の精霊の住処の穢れを浄化できるのならすぐにでも行くべきことなんだろうが。
 肝心なところが抜けているなとイザナギに視線を向ける。向こうは俺の視線に気付くと何を考えているかわからない、柔らかい笑みを向けた。笑って誤魔化すつもりなのか。
「これを持って穢れを浄化しに行く。それはわかったが、穢れている場所には生身の俺らが行くことになるんじゃねぇのか」
 それはつまり、穢れに突っ込めということ。ハッと息を呑む音がどこからか聞こえる。フレイたちは知らないが、俺たちは一度ソーサリー深緑で実際穢れている場をこの目で見た。あの時俺たちはあれ以上足を踏み入れることができずにそのまま踵を返した。
 だと言うのにこの賢者はその穢れに向かっていけと暗に告げる。最初見ただけで直感でそれ以上踏み入るのは危険だと頭が知らせていたというのに。どういうつもりだと半ばイザナギを睨みつけると両サイドに立っていた男たちがピクリと動く。
 だが、それもイザナギは小さく手を上げて動きを制する。渋々といった様子で男二人は警戒心を解いた。
「確かに穢れに生身で行くのは危険だ。だからこれを君たちに贈ろう」
 そうしてイザナギの袖の中から出されたのは紐状のブレスレットだった。ただ一箇所だけ石がはめ込まれている。
「これは君たちの身を守るためのお守りだ。私の力を込めてある。穢れに触れたとしても君たちに害が加えられることはない」
「いつの間に作ったんだ、主」
「そうだぜ主。そういうのは俺たちに任せてくれりゃーよかったのによ」
「私の力が最適だと思ってね」
 こっちに手渡そうとしているところ、俺はアミィに目を向けた。アミィはそのブレスレットを見て興味津々に見つめている。どこかしらその目がキラキラと輝いているところを見ると、どうやら悪いものではないらしい。
 もう一度イザナギに視線を戻せばゆるく笑みを向けられ、息を一つ吐いた俺はブレスレットを受け取った。ただし、なぜか数は六個あったが。なんで多いんだと思いつつ首を傾げていると「予備だよ」と言葉が付け加えられた。
「それと、これもね」
「ああ」
 そうして透明度の高い石も受け取る。まったく何も感じないがアミィとクルエルダには何か感じるものがあるようだ。二人の視線がジッと俺の手元に向かっているのがわかる。ということは、浄化するときはどっちかにこれを使わせたほうがいいということか。
 恐らくだが魔力量だとアミィのほうが若干クルエルダよりも多い。ただし制御に関してはクルエルダのほうが優れている。その時に穢れの具合によってどっちに使わせるか判断したほうがいいだろう。
 とか思っていたらだ、ひょんな言葉がイザナギから落とされた。
「ああ、これを使う人間は君だよ。カイム」
「……は?」
「君の本来の姿でないとこれは真価を発揮しない」
 フレイは身構えアミィは俺の服を掴む。クルエルダは「ほお」と何やら関心した様子だ。
 流石は賢者と言われているだけはある、とでも言ったほうがいいのか。この最果ての島に来るまで俺は一度も元の姿に戻ってはいない。だから本当ならこの賢者が元の姿を知っているわけがない。っていうのにこいつは然も当たり前のようにそれを言い当ててみせた。俺たちが警戒することをわかっておきながら。
 フレイたちの反応に両サイドの男が小さく口角を上げる。人間の姿をしていてもコイツらは人間じゃない、どちらかというと精霊に近い存在なのだろう。人間の些細な反応が面白かったのか、その反応にこっちは逆にいい気分じゃないと内心毒づいた。
「俺である必要があんのかよ」
「君ではないと駄目だ」
「……チッ」
 隠すことなく舌打ちをもらした俺は石を懐に収めた。これはどう足掻いてもクルエルダの助けが必要になってしまう。ある程度泳がせて向こうが満足すればそのままおさらばしようと思ったものの予定が狂ってしまった。
 気配を感じて横目を向けてみれば、何やら満足げな顔がニタニタしながらこっちを見ているじゃねぇか。やめろ変態気持ち悪い。瞬時に自分の助けが必要なのだと察しやがって。
「精霊の住処は四箇所。私は君たちにこれを託した。だから任せたよ」
「ったく……随分と厄介なお使いだな」
 この賢者に話しを聞いてこいまでがお使いかと思いきやそれから先はあるわ、しかもそれがとてつもなく面倒なものになりそうだわ。ミストラル国の王に報告したあと、たんまりと謝礼をもらわないと気が済まない。そう思ったのはどうやら俺だけじゃなかったらしく、目が合ったフレイがグッと親指を立てて頷いた。
「何か困ったことがあればまた訪ねてくるといい」
 そうしてイザナギたちに送り出され、城を出るころには赤い髪の女と緑髪の男もやってきて「ご武運を」なんざ言われて一礼されて見送られてしまった。行きもそうだが帰りも目が合えば島の住人たちは軽く頭を下げてくる。一体どういう心境なんだと思いつつ船を停めているところに戻れば、船は奪われることなく寧ろ何か荷物が積まれている状態でそこにあった。
「なんだい? あれは」
「お前のじゃねぇよな」
「あんなもの乗せてきてないよ。ちょっと待ちな……えぇーっと、何かメモがあるね」
 先に船に乗り込んだフレイは荷物の確認をしていたが、メモを手に何やらひたすら首を傾げている。
「どうした」
「……読めない! この島の文字みたいなんだけど、全っ然読めない!」
「おやおや、少し失礼しますよ」
「あっ」
 フレイの横から顔を出したクルエルダはひょいっとフレイの手からメモを抜き取り、ふむふむと言葉をこぼしながら書かれている字に目を走らせていた。
「どうやらこの島特有の文字のようですね」
「アンタ、読めるのかい?」
「いいえ?」
「読めんのかいッ!」
「まぁ悪いものではなさそうですし、島の人たちのご厚意を受け取るとしましょう」
「ねぇ、フレイ。その荷物でお船沈まない?」
 アミィが心配するのもわからないでもない、船のサイズに対して荷物が多すぎる。よくこんだけ積めたなって言いたくなるほど。っていうかそもそも俺たちが乗れるスペースがあるのかどうかも怪しいところだ。
「まぁ、乗るのは少し窮屈になるだろうけど船が沈むことはないよ。安心しな」
「よかったー」
 そう言いながらフレイはアミィに手を差し出し船に乗せてやっている。俺も一応最後に乗ったものの、フレイが言うようにかなり窮屈だ。
「取りあえず一旦ネレウスに戻ってこの荷物下ろしたほうがよさそうだね」
「そうだな」
 そもそもこの小型の船で各地の精霊たちの元の住処に行くのは無理だろうし。フレイの言葉に異論を唱えることもなく、俺たちは最果ての島から出発した。ただ戻る時は結界が一瞬だけだろうが解かれていたようで、わざわざクルエルダがナイフを突き立てて破く必要もなくすんなり通れたわけだが。
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