krystallos

みけねこ

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37.遺跡の浄化―風の精霊―②

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 広いだけの空間をただ突っ切るだけ、と思っていたが事はそう上手くいかないもんだ。まずウンディーネの遺跡に比べて風化が進んでいるためその分注意深く歩く必要がある。崩れている箇所も多々ありそこにはなるべく近付かないようにした。
 ただ幸いなことに今のところ魔物の気配はない。遺跡と言われているだけあってここも虫がいて穢れの影響でウゾウゾと出てくるかと思ったがそうでもなかった――が、問題はまったく別のところにあった。
「うおっ」
「きゃっ」
「わぁー⁈」
「おっと」
 まず、適当に一歩足を進めればどこからか『カチッ』という音が聞こえ、どこからともなく槍が飛んでくる。なんつー床だと用心深く歩いていたが、ある時フレイが壁に手をついた瞬間そこでも『カチッ』と音が聞こえた。その直後身体に襲いかかる浮遊感。足元に目を向けてみればそこにあったはずの床がない。
「ぎゃーっ⁈」
 もっと綺麗な悲鳴を上げられねぇのかと思いつつ、取りあえず近場にいたアミィを脇に抱えてバングルからワイヤーを飛ばした。宙吊り状態になった俺たちだが他の二人はというと、クルエルダが咄嗟に風の魔術を使ったようだ。ふよふよと浮いている姿が少し下のほうに見える。
「ちょっとカイム! あたしたちも助けんかい!」
 抜けた穴から戻ってきたところ第一声でそう詰め寄られた。
「いやお前、ちょっと肉付きがいいから……」
 落ちた直後俺に手を伸ばすフレイの姿が見え、その次に面白そうにフレイに手を伸ばそうとしているクルエルダの姿が見えた瞬間ゾッとしたもんだ。アミィだけならまだしも大の大人二人分の体重が俺の腕一本に伸し掛かるとか、流石に俺の腕ももげる。
「んなっ⁈ そ、そこまで重くないッ!」
「いや重いわ……」
「キーッ!」
「そういやアミィ、お前もデカくなったな」
 さっき抱えて思ったことだが、少しずつアミィの身体が成長してきているような気がする。ほんの少し腕に伸し掛かる重みが増したことに、ようやくコイツも同い年の子どもと同じように成長してきたのだとなぜかしみじみと思ってしまった。
 俺の言葉にアミィは喜び、そして胸を張る。
「アミィもっともっと大きくなるからね! カイムを抱っこできるぐらい!」
「それは無理だろ」
「えっ⁈」
 いやショックを受けているところあれだが、流石にそれは無理だろと短く言葉を返した。例え成長したとしてもその細っこい腕が俺を抱きかかえられるわけがない。そこは諦めとけと適当に頭をワシワシと撫でれば「縮んじゃう」と若干嫌がった。
 にしてもだ。まさかこうまでなんだかんだあるとは。ウンディーネは「人間好きの悪戯好き」とかなんとか言っていたが。
「見事にトラップだらけじゃねぇか」
「好奇心旺盛か、もしくは暇だったんでしょうね。風の精霊も」
 暇だからってトラップだらけにするなと言いたくなる。だが同じ精霊でもウンディーネの遺跡と違ってまた随分と様変わりしている。人間が住む居住区みたいなところがあるがウンディーネのところと比べると若干少ない。階数がそこまで多いわけじゃないが、その代わり一つ一つの部屋が広い。これはトラップを仕掛けるために広めに空間を取っていたのかもしれないが。
「取りあえずさっさと奥に――」
 言った傍から床が抜ける。ワンパターンやめろ、と風の精霊が目の前にいたら大声でそう言っていたかもしれない。いや、間違いなく言う。いい加減にしろと。
 そうして数々のトラップにかかりながらも俺たちは奥へと進んでいった。このトラップがまた巧妙で絶妙に嫌なところに仕掛けられている。人間好きというか、それ故に人間の深層心理に詳しく知りすぎだ。風の精霊じゃなくこれだと嫌がらせの精霊になる。
「魔、物……が、出ないのは、いいんだけど! 罠! 罠が多すぎるっ!」
「お前大声で叫ぶなって。また声で反応するトラップが」
 今度は上から石碑が降ってきてそれを急いで避けた。風の精霊はやってきた人間を片っ端からぶっ倒すつもりか。本当に人間好きがどうか怪しくなってきたもんだ。
「し、しんどい……虫も嫌だけど、トラップだらけも嫌だっ……!」
「あ、ほらほら。見えてきましたよ、穢れ」
「やっとか!」
 これならまだ魔物をぶっ倒しながら進んだほうがマシだ。穢れが近いということは最奥にある祭壇も近いんだろうと踏んだ俺たちは、言っちゃ悪いが正直穢れを待っていた。
「さっさと奥に進むぞ」
「おーっ!」
「早く、早く行こう!」
「ははは、なんだか楽しいですねぇ」
 呑気なクルエルダの言葉はスルーするとして、俺たちは迷うことなく穢れの中に突っ込んでいった。
 穢れの濃さはウンディーネの時とあまり変わらない。まぁ、ソーサリー深緑で見た時よりもまだ濃いが、ブレスレットのおかげで息苦しさは感じないし視界も良好。流石にここまで来ればトラップもそうそう設置していないようだ。少しはラクできると思った俺たちは早く奥に行こうと自然と進む足が早くなる。
「見えたよ! キラキラ!」
 アミィのその言葉と同時に俺たちは駆け出した。とにかく、このトラップだらけの遺跡とさっさとおさらばしたい。
「キラキラだー」
「よし浄化するぞ」
「カイム早く!」
「まぁ、ここで急いだところで帰り道があるんですけどね」
 クルエルダの言葉はスルーするとして、懐から石を取り出し俺の術も解かせる。半分解けば残り半分は自分で解ける。青髪が目にかかったのを見ていち早く石に魔力を込めた。
 その場にあった濃い穢れはあっという間に浄化されていく。視界も良好になり、壁に走っていた文字や壁画もより一層精霊の力で輝きを増していた。
『ぷはーっ! やぁーっと戻れた! お疲れ様、人間! ボクのためにありがとね!』
 ウンディーネの時と同様、目の前に現れたのは風の精霊であるシルフだ。ただ残念なことに精霊とは直接会話ができても触れることができない。
 ということでトラップだらけの遺跡にしてくれたこの嫌がらせの精霊に怒りに任せて殴りかかることもできない。
「おいシルフふざけんなテメェオイコラ」
『えぇ? 何をそんなに怒ってんの? あ、ボクが色々と施したオモチャ楽しかった?』
「あれがオモチャであってたまるかー! あたしたちがどんだけ大変な思いをしたと思ってんだ!」
『怒らないでよぉ~。しばらく見ないうちに人間って怒りっぽくなったんだね~。あっは、面白~い!』
「マジでぶん殴りてぇな」
「いえいえ殴るなんてそんなもったいないことしないでください。相手は精霊ですよ? こうしてお目にかかることもほとんどないと言うのにこうして目の前に現れてくれたのですから普段できないことを色々とやるチャンスではありませんか。実体はないようですがどのような物質であなた方は私たちにその姿を現しているのか……ハァハァ……さてどうしましょう、まずは摂取できる何かがあれば……ハァハァ……」
『うわわわ~っ⁈ なにそこの人間! ゾワゾワ来ちゃったんだけど!』
 どうやら変態は精霊にも効果てきめんらしい。これはいいことを知った。もっとやれとフラフラとシルフに近付くクルエルダの後ろ姿に思わず声援を送ってしまった。まぁ、ゆっくり近付く変質者と一見子どものような姿をして逃げ惑っているシルフという、俯瞰で見るとなかなかマズい構図にはなっている。
『ほらほらシルフ。人の子であまり遊ぶものではないと注意したではありませんか』
 突如聞こえてきた声に俺たちは目を見張る。その声は水の精霊の遺跡で聞いたものだ。あの時はあの場で姿を消したはずだった。だが薄いモヤのように、若干透けて姿を現したのは水の精霊のウンディーネだ。しかもよくわからんがサイズが小さい。
『驚かせてすみません。どうやらその腕輪が私たちの依代となってくれるようなので、姿は小さくなってしまいましたがこうして姿を現すことができました』
「かわいい~」
『ふふ、ありがとうございます、人の子よ。さぁシルフ。貴方の知りうる情報を彼らに教えてあげてください』
『えぇ~? 面倒臭いなぁ。だってこうなったのも人間のせいでしょ? ボクは人間のこと好きだけどさぁ』
「女神エーテルがいなくなった理由を知らねぇか」
『ボクは知らないよ。気付いたら気配が消えていたんだ。まぁ、どうせ人間の貪欲なまでの野心が精霊王を傷付けたんじゃないの?』
「これは女神エーテルを探すのはなかなか大変そうですね」
 それぞれの大陸を守っていたからしょうがないと言えばしょうがないが、それにしても精霊たちがこうも揃って自分たちをまとめている女神の場所を知っていないなんざ。流石に手詰まりすぎやしないかと後頭部をガシガシと掻いた。
『まぁでも穢れを浄化してくれてありがと! 他の精霊のところにも行ってくれるの?』
「そのつもりだ」
『ありがとね~。でもあとは面倒だと思うよ。なんてったってサラマンダーもノームも頭固いもん! サラマンダーはなんだか音信不通だし、ノームは若干人間嫌いになってきてるからなぁ』
『次はノームのところに行ったほうがいいかと。彼は堅実な精霊なのですが……シルフの言葉も否定できません。もしもの時は私たちが説得しましょう』
 パタパタとシルフは周りを飛び、ウンディーネは俺たちに一礼してそして姿を消した。ここの遺跡はこれでいいようだ。それに次の行き先も決まった。
 とはいえ土の精霊を除けばあとは火の精霊。だがこの火の精霊の居場所がイグニート国のあるフェルド大陸だ。人間からしたらリスクの高い大陸は後回しにしたかったため、ウンディーネの言葉は正直ありがたかった。とはいえノームもバプティスタ国のあるアルディナ大陸だが。フェルド大陸に比べたらずっとマシだ。
「んじゃ、さっさと船に戻るか」
「そうだね。こういうは早く行ったほうがうわぁーっ⁈」
 フッとフレイの姿が消えた。よく見てみると突如壁の隙間から吹いてきた風に押されて、奥のほうにある壁に張り付くような形になっている。
 トラップはまだ解除されていなかったようだ。
「シルフ! トラップは解除しろッ!」
 結局俺たちは来た時と同様、トラップを避けつつイライラしながら戻ることになった。
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