krystallos

みけねこ

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36.遺跡の浄化―風の神殿―①

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 自分自身に術をかけ、見た目もだが随分と空気が清々しくなった遺跡を抜け船に乗り込んだ。ウンディーネがああ言っていたのだから次は風の精霊のところに行ったほうがいいんだろうが。
「でも風の精霊ってウィンドシア大陸だろ? べーチェル国に見つかったらヤバいことになるんじゃないかい?」
「見つからねぇように行くしかねぇだろ」
「当分は大丈夫ではないでしょうか? だって『人間兵器』が生きていると都合が悪いのはどの国もそうですから」
「なんで?」
 あちこちで出発の準備をしているフレイの部下たちの視界の端に入れつつ、アミィの純粋な疑問はどうやらフレイも同様だったようで。そんな二人にクルエルダはメガネのブリッジを上げ口を開いた。
「『人間兵器』は脅威ですぐにでも始末したいでしょうが、それができれば十年前に苦労はしません。でも見つけたからと言ってそう簡単に他所の国にそれを伝えるのも憚れるのです。バプティスタ国やミストラル国ならばまだいい――イグニート国に知られてしまうのが一番厄介だ」
「……! 下手したらイグニート国が取り戻そうとして、また『人間兵器』を使うかもしれない……ってことかい?」
「そうです。とにかく情報が漏れることだけは避けたい。なので今の段階ではまだ大丈夫だと思います」
「取りあえず今はべーチェル国に見つかったとしても急ぐしかねぇな」
「カモフラージュの術を更に一段階強めましょう。私に任せてください」
「アンタに頼るのは癪だけど……正直このフエンテにはアンタ以上の術の使い手はいないからね……」
「ア、アミィは手伝えない?」
 ここのところずっとお子様には難しい話になっていたかもしれない。そういやアミィの口数が減っているなと思いつつ、そう言い出したアミィに視線を向け次にクルエルダに顔を上げる。ヤツは顎に手を当て「ふむ」と思案したあと、目を弧に描いてアミィに顔を向けた。
「私がやり方を教えましょう。貴女なら私よりも強い術を使えるかもしれませんしね」
「暴走はさせるなよ」
「それはそれで見てみたい気もしますけどね‼」
「やめなッ! この船沈むつってんだろ⁈」
 正直アミィが魔術を暴走させたら間違いなくこの船は沈む。魔術に長けるクルエルダは助かるだろうが他はほぼ海に沈むだろう。呆れたように息を吐き出し、一度クルエルダに向けていた視線をアミィに戻した。これはやめろと言われたところでやめるような目の色じゃない。
「教えるならここでしろ。そのほうがフレイも安心だろ」
「そ、そうだね。危ないってわかったら即行で止めてやるからね!」
「やれやれ、信用がありませんねぇ」
「正直アミィもクルエルダに教わりたくないけど、でも他に人いないから」
「おやおや、これはまた随分と辛辣で。一体誰に似たんでしょうねぇ」
 そう言いつつ俺に向けられた視線にこっちの表情を歪める。俺じゃねぇことは確かだ。
 ともあれ、出発は二人によって更に強い魔術をかけたあとということになり、取りあえずまた時間を持て余した俺たちは今のうちにと腹ごしらえをすることにした。

 それからどれくらい待ったか、一度教えれば飲み込みの早いアミィはあっという間にクルエルダに言われた通りの術を完成させた。この船を包み込むようにかけられた術は元からあった術よりもより強く、そして持続時間も長いのだと一連を見守っていたクルエルダが楽しげにそう告げる。
 俺も足元に駆け寄ってきたアミィは嬉しそうに、そしてどこか誇らしげに見上げてくるもんだから頭をワシワシと撫でてやった。そうすると更に嬉しそうに笑うもんだから、その顔を見て俺はなんとも言えない気持ちになる。本当に、最初出会ってから随分と表情が豊かに、年相応になったもんだ。
「よし野郎共! 出航だ!」
「おおー!」
 そうして船はようやく水面の上を走り出した――ここで問題発生。
「なななななんだ⁈」
「ヒーッ⁈ お頭! これってどうなってるんでー⁈」
「ギャーッ! 酔うーッ!」
「……」
 水の精霊の遺跡の前後で、明らかに船の進みが違っていた。別にフレイの船が鈍臭いとか時代遅れとか、そんなことは決してなかった。寧ろ他の船に比べて随分性能のいい船だったわけだが。
 遺跡から出てきて乗り込んだこの船は、今までとは比べ物にならないほどのスピードを出している。そのせいで、という言い方はあれだがおかげさまで船員は阿鼻叫喚。なんでこんなスピードが出るのかわからないわ慣れないスピードで酔う人間が出てくるわ。
 あれだな、フレイに送られたウンディーネの加護なんだろう。俺たちは加護を与えられた現場を実際この目で見ているわけで、こうなっているのはそれが原因だってことはすぐにはわかったが。だが予想以上のスピードで思わず誰もが口を噤んだ。
「……あれだな、早く着きそうでよかったじゃねぇか」
「……このままじゃ野郎共は使いものになんないんだけど」
「ははは、それまでに慣れてもらうしかないんじゃないですか?」
「わーっ、ビューンって速い速ーい!」
 前言撤回、一人だけは楽しそうである。
 取りあえずあまりにも興奮して手摺から身を乗り出そうとしていたため、その小さい身体を捕まえた。しかしあれだ、スピードがありすぎて水飛沫がえらいことになっている。
「このままだと到着するまでにびしょ濡れでしょうから、少し結界を張っておきましょうかね」
「うん、そうして」
 この状況、流石にフレイも大人しくクルエルダの提案に頷いた。周囲からは相変わらず悲鳴が上がっているが、そんな中でもどこかに座礁したりぶつかったりせず進んでいるのだからそこはヤツらの腕前が見て取れた。
「あっ! 島! 島見えてきたよー! フレイあれなのーっ?」
 少しフレイの部下たちが落ち着いてきた頃、ずっと海のほうを見ていたアミィがそう声を上げた。部下の様子を一人一人確認していたフレイはその声につられてアミィの元に向かう。
「ん? ああ、そうだね。前見つけた遺跡だけど、ウィンドシア大陸近くだからあれが風の精霊の住処だとは思うんだけど」
 違っていたら違っていたでまた探すしかないわけだが。ウンディーネの加護を受けあれだけ猛スピードで進んでいた船は目的地が見えた途端、ゆっくりと速度を落としていった。
「ふむ、微々たるものですが精霊の力を感じます。精霊の住処には間違いないでしょう」
「なんか霞んじゃってるけどキラキラしたのもちょっとだけ見える」
 『紫』の二人がそう言うのなら間違いなさそうだ。ぽかりと浮かぶ島の近くに停まったから俺たちは降り、遺跡の入り口らしきところへ足を進めた。構造はウンディーネの遺跡とあまり変わりはない。だが刻まれているわけのわからない文字や紋章は若干違う。そしてウンディーネのところよりも風化が進んでいた。
「こりゃ早く入ったようがよさそうだな」
「下手したら崩れかねないね……アミィ、大丈夫かい? 怖くはない?」
「うん! アミィは大丈夫!」
「あはは! 勇ましいね! 将来あたしと一緒にこの船に乗らないかい?」
「変態への勧誘やめたほうがいいのでは? 寧ろ私と一緒にあらゆる研究を……」
「そっちのほうがもっと変態じゃないかッ!」
「まだ変態談義やってんのか」
 コイツらそれで当分盛り上がるつもりかと薄っすら閉じられている扉を力任せに開けてみる。やっぱり風化が進んでいるせいで少し動かせばパラパラと砂が落ちてきた。マジで崩れる前に進んだほうがよさそうだと早速足を踏み入れた俺の後ろで、相変わらずギャーギャーと楽しげに言い争っている二人に、そんな二人を見てケラケラと笑っている子ども。
 それらを無視して先に進んでみると、ウンディーネの神殿とは違ってすぐに階段というわけでもなかったがすぐに馬鹿でかい空間が広がっていた。ここからまた最奥にある祭壇のようなものを探さなきゃならない。
「おい、置いていっていいんなら先進むぞ」
 後ろからついて来ている気配がなかったためそう言い放てば、慌ただしくパタパタと走ってきたのはアミィだった。その他二人はというと、器用にも言い争いながらもこっちに歩いてきている。
 仲いいな、と口に出してしまえば俺まで巻き込まれそうだ。ここは黙って進むとしよう、と俺に必死についてくるアミィに一度視線を落として歩き出した。
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