krystallos

みけねこ

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35.遺跡の浄化―水の精霊―③

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 この姿に戻るとわかったことだが、アミィの言っていた通り確かに目の前の祭壇は光っている。というか祭壇だけではなく壁画や壁に走っている謎の文字もだ。そこから精霊の力を感じる。確かに遺跡は朽ちてはいるがそれでもまだ現状を保っているのは、微力ながらでも端々にある精霊の力が支えているからかもしれない。
 それにイザナギから渡されたこの石。これにもかなりの力を感じる。もし今の姿であの四人と対峙したら一体何者なのかわかるかもしれない。
 ともあれ、今はこの穢れに穢れまくったこの場を浄化しようと石に力を込める。魔力がない時はそうでもなかったが、今だとこの穢れが身体を重くさせているように感じる。よく『紫』の二人は無事だったなと思ったが、それを踏まえてのこのブレスレットだったんだろう。本当に、随分と周到に準備をしていたもんだ。
 この場に流れている僅かな精霊の力を自分の中に溜め込み、そして石へと流動させれば石は反応した。淡い光を灯しながらも徐々に周りの穢れを浄化していく。かなり濃い穢れだったため時間がかかるかと思いきや、それは予想以上にすぐに終わった。
「すごく空気おいしい」
「もしかして、浄化した?」
「ああ、終わった」
 手元にある石に視線を戻せば透明度が高いままだった。四つの遺跡の穢れを浄化する前提で作られたであろう石はまだまだ使えそうだ。
 石を懐に入れ取りあえず面倒だがもう一度魔術を使って自分の魔力を封じ込めようと短く息を吐き出した時だった。唐突に目の前が眩く光り、手で光を遮つつ目を細め視線を向けた。
『やっと戻ってこれました』
「わぁ……!」
 感嘆の声を上げたのはアミイだが、フレイやクルエルダも目を丸くしている。俺もまだ元の姿になったままだから目の前に現れたものがよく見える。
 長く透き通るような青い髪をなびかせ、神秘的な雰囲気をまとった突然現れたそいつからはしっかりと精霊の力を感じる。そいつは俺たち一人ひとりに視線を向けると笑みを浮かべた。
『穢れを祓ってくれて感謝します。おかげで元の居場所に戻ってこれました』
「ま、まさか……水の精霊、ウンディーネ……⁈」
『こうして人と会話をするのはいつぶりでしょうか。きっと百は経っていますね』
 どうやら目の前に現れたそいつはセイクレッド湖に住まいを移していた水の精霊、で間違いないらしい。見た目が女だが果たして精霊に性別なんぞあるのか。
「まさか精霊をこの目で見ることができる日が来ようとは……! ああ、ついてきてよかったっ……!」
「ちょっと黙っといてくれるかい? 変態」
「やっぱこっちのほうが力が漲ってくるもんなのか?」
『そうですね、本来はこちらが私の居場所なので。決してあの湖が悪いということではないんですが。あちらはあちらで住心地がいいよう人も尽力してくれましたから』
「そしたらなんでそこまで力が弱くなってる」
 回りくどくなく直球で聞いて見るとフレイから肘で小突かれた。だがずっと何かが引っかかっていた。
 恐らくだが、歴史上争いは何度もあったはず。その度に精霊が穢れを浄化していたからこそ今もこうして大地は残っているわけだ。そこまで歴史に詳しいわけじゃないが昔も昔でかなりの規模の争いがあったにもかかわらずに、だ。だというのに、十年前のあれで精霊の力がそこまで弱まるものなのか。
 まぁ、その穢れの一端を担っていた俺が言えた義理じゃないが。
『力が弱くなったのにはいくつもの理由があります。まずは人の信仰心がなくなったこと』
 ウンディーネが遺跡の中をぐるりと見渡し、そしてどこか寂しげに笑みを浮かべた。
『本当に……もう誰もいないのですね』
 ここに来るまでにあった人間が住んでいたと思われる居住区。他にもかつては人の気配があった場所が多々あった。ウンディーネがセイクレッド湖に移る前まではここで人間と一緒に暮らしていたのかもしれない。
「争いで大地が穢されたのも原因か」
『それもあります。ですが今までならそれでもその穢れを浄化できる力が私たちにはあったのです。一番の原因は、他にあります』
 ウンディーネは瞳を閉じると痛みを堪えるように唇を噛み締めている。精霊とは意外にも人間と同じように感情表現が豊かのようだと、声に出すことなくウンディーネの様子を眺めていた。やがて、伏せ目になりつつウンディーネは口を開いた。
『精霊王が、姿を消したのです』
「精霊王……女神エーテルか?」
『人の子はそう言うのですね。私たちを統べる精霊王は大地を愛しそして人々を愛す、とても慈愛に溢れた方でした。その慈愛の心で世界を支え、私たちもまたそんな精霊王を支えていた……本当に、ある日突然だったのです。今から約百五十年ほど前でしょうか……』
 精霊は人間とは違い寿命なんてものがないため、時間の把握が正確じゃないらしいがおよそそれくらいらしい。百五十年ほど前、今と同じように人間は愚かにも争いを続けていた。大地が穢れその度に精霊たちが浄化していく。ただ精霊たちもそれが人の性だとわかっており、一度止めても何度でも繰り返されることを知っていた。
 それでも人間を見限ることなく支えていたそうだが、本当に突然女神エーテルの気配を感じなくなったのだとウンディーネは続けた。
『私たちはそれぞれの大地を守っていましたから、その時精霊王の身に何が起こったのか精霊は誰も知らないのです。ただ……一つだけわかったことがあります』
「わかったこと?」
『はい……精霊王の、悲鳴のような嘆きが私たちの耳に届いたのです。胸が張り裂けそうなほど、とてもつらいものでした。それ以降、精霊王の気配を感じてはいません』
「何か……悲しいことがあったのかな……?」
『恐らく……そして精霊王が姿を消したのと同時に、精霊王の加護からこの世界から消え失せました。この世界は精霊王の力で成り立っています。このままではこの星が滅んでしまう、私たちは急いで消え失せた精霊王の力を補うため自らの力をこの大地に注ぐことにしました』
「つまり精霊たちの力がここまで弱くなってしまったのは、百五十年前からずっと全力で自分たちの力を使っていたため余力がなくなり、穢れを払うこともままならなくなったためということでしょうか」
『とても酷い悪循環です。穢れを浄化できなければ大地は弱まる。元より精霊王の力がなくなり弱まっていたというのに……私たちの力が及ばなくなってきている』
「それであちこち異変が起き始めた、ってことか」
 本当に打開策のない悪循環だと内心舌打ちをこぼした。女神エーテルを見つければ話は早そうだが、もう百五十年も姿を現していないとなると今後も出てくるかどうかわからない。
 正直、人間は今までずっと自分たちを守ってくれていた女神から見限られた、そう思ってもいいんじゃないだろうか。
『ですがこの場の穢れを浄化してくれたため、少しだけ力が戻ってきました。これならばまだ大地を支えることはできそうです』
「他の精霊も似たような状態だよな」
『ええ、よければ彼らの居場所に穢れも浄化させてあげてください。そうすれば少しは大地は安定するはずです』
「カイム! 急いで行こうよ! このままだと精霊さんたち疲れちゃう!」
『次に向かうのはシルフのところがいいでしょう。あの子は悪戯するほど人を愛していますから』
 どうやら精霊の中にも人間に親しみを持っている精霊もいれば、長いことずっと争いをやめない人間に対しそろそろ見限り始めている精霊もいるとのこと。まずは攻略が簡単そうな風の精霊の遺跡に向かうことを勧められた。
 それなら早速次に向かうかと踵を返そうとしていたところ、ウンディーネの視線がフレイに向かう。フレイもなんで自分が見られているのかわからず、戸惑いながらなぜか俺に視線で助けを乞ってくる。とは言っても相手は精霊なわけだから何か酷い目に合うなんてことはまずなさそうだが。
『貴女からはとても私の力を強く感じます。常々水と共にある状況でしょうか?』
「え、え? ま、まぁそう言われるとそうだけど。あたしは常に船に乗ってるから」
『なるほど、そういうことですか。生まれがどこであろうとも、貴女は私を身近に感じてくれている。お礼に次の神殿に行きやすいよう、加護を与えましょう』
「へっ⁈ え、いいのかい⁈」
『ええ。船乗りは私も長いことずっと見守ってきましたから』
 ウンディーネが手を軽く振りかざす。そこから精霊の力がフレイの身体に降りていくのが見えた。フレイの身体、というよりもフレイを媒体にしてフレイが乗っている船、ネレウスに加護を与えたようだ。
『あなたたちの行く道に幸あらんことを』
 そこでウンディーネの姿がフッと消え失せる。取りあえずここはこれで終わりかと、魔力を封じ込めるために術を使おうとした時だった。
『貴方が生きていてよかった』
「は?」
 振り返ってみたが、そこに姿はなかった。
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