krystallos

みけねこ

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34.遺跡の浄化―水の精霊―②

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 フレイが言っていた通り中に入ると真っ先に階段があり、それを下った先には随分と広い空間が広がっていた。地下だというのにほのかに明るさがあるのは精霊の力が作用しているからなのか。だが入り口ほどじゃないが中もそれなりに朽ちている箇所がある。随分と人が入っていない証拠だった。
「道は歩けねぇほどじゃねぇけどな」
「けど歩いてて突然崩れたりするんじゃないのかい?」
「カイムなら大丈夫だよね?」
「俺と、まぁアミィぐらいだったらな」
 俺はバングルからワイヤーを伸ばせるため、アミィ一人ぐらいなら抱えて穴に落ちるなんてことはないだろうが。流石にこっちを見てくるフレイまで抱えることはできない。俺の腕がもげる。
「その時は私の魔法で皆さんの身体を浮かせますよ」
「だってよ。よかったな」
「……なんか癪に障る」
「ははは」
 なんだかんだ言いつつ変態同士馬が合っているような気がする二人だ。まぁ何か起こればクルエルダが魔術で咄嗟になんとかするだろうし、アミィも防御壁ぐらいなら作れる。奥に進むことはできるだろうと若干入り組んでいる道を歩く。
 あちこち見ながら歩いているが、この遺跡は精霊の住処として機能していたことが見て取れた。あちこちにある祭壇、ところどころにある人間が寝泊まりできる場所。もしかしたら信仰心の高い人間がここで精霊をしっかりと祀っていたのかもしれない。だが人が一人も見当たらないところとこの朽ちようからして、かなり長らく放置されている。
 そもそも今の人間は精霊の元の住処だなんて知らないほうが多数だろう。これなら朽ちてしまうのは当たり前だし、例え穢れが膨れたとしても人間がそう気付くこともない。
 辺りを見渡しながらも一応奥のほうへと進んでみてはいるが、どこか最奥なのかわからない。わりと歩いたように感じるが、意外にもこの遺跡は俺たちが思っている以上に広いらしい。
「一体どこまで行けばいいんだろうね」
「さぁな。取りあえず歩いてみるしか――なんだ?」
 俺が足を止めれば後ろを歩いていたアミィとクルエルダ、異変に気付いた隣を歩いていたフレイも足を止める。さっきまでは如何にも朽ちた遺跡、といった様子だが一階下に下ると空気が変わった。そう思ったのは勘違いじゃなかったようだ。
「うわっ⁈ なんだいあれは!」
「魔物か?」
「なるほど。人が立ち入らなくなり虫などがここを住処と決め、しかし発生した穢れによって魔物化してしまった、というところでしょう」
「き、気持ち悪~っ! あたしああいう足の多いヤツ苦手なんだよッ」
「ああ、よく汚ぇ部屋とかに出る……」
「それ以上言わないでくれる⁈」
「カイム、あれ虫なの?」
「元、虫な。穢れに触れたらああなっちまうのか。確かに気持ち悪いな」
 ああいう害虫を苦手としている人間は多いようだが、それが穢れによって魔物化したらまぁまた更に気持ち悪いっていうのはわかるかもしれない。そのままデカくなるならまだしも色々と形を変えている。しかも種類がそれだけじゃなく別の虫までそうなっているもんだから虫が苦手なヤツがこの場にいたら間違いなく発狂する。
 取りあえず俺は前に出るとして、アミィとクルエルダは自然と後ろで魔術を使ってもらうことになる。ふと隣を見てみると勝ち気な表情をしているフレイが自分の獲物を取り出し構えていた。
「あたしだってそれなりにやれるよ」
 少し回復のことが気がかりだが、そこはなるべく怪我を負わないようにするしかない。地面を蹴り魔物との距離を縮めるとあとを続くようにフレイも手に持っていた鎖鎌を振り上げた。後ろでは二人が魔術を展開している。
「うぅ……やっぱり気持ち悪いね」
「魔物だと割り切れ」
「燃やしちゃって大丈夫?」
「そうですね、火葬が一番です。あ、前にいる二人ごとやらないように」
「やならないよ!」
 俺たちが近接で魔物の足を斬り落としたりしている間に、後ろから火の玉が飛んできたり目の前に火柱が現れた。マジですぐ目の前だったもんだから火の粉が俺たちに飛んでくる。
「アッツ!」
「あちちっ! ちょっと! アンタわざとやってるんじゃないか⁈」
「ははは、なんのことやら」
 水の精霊の遺跡でこんな派手な火の魔術使うかよと思わないわけでもないが。だが火は魔物の弱点だったようで次々と数を減らしていっている。フレイが気持ち悪い気持ち悪い言いながら足止めした甲斐があったなと思いつつ視線を向けてみると、奥からわらわらわらわらと溢れてくる。
「多いな」
「虫は数が多いですからねぇ。それに奥のほうに穢れがあるのでしょうね」
「一気に突破したほうがマシか」
「援護します」
 一気に突っ込めば後ろから上手い具合に俺を避けて魔物に攻撃が向かう。やっぱりさっきのはわざとだったのか。だがやっぱり魔術に関しては誰よりも長けている。変態の部分さえなければまともな人間に見える。だがまぁ、その部分こそがコイツのアイデンティティなんだろう。
 そうこうしていくうちに魔物は数を減らし、目の前の魔物にダガーを突き立てれば雄叫びを上げて倒れ込んだ。一つ息を吐き出し周りを見渡してみる。
「よし、これで終わりか」
「ああもうやだ……虫はもう出てきてほしくないね……」
「めずらしく弱気だな? フレイ」
「あっ、あたしにだって苦手なものぐらいあるよ!」
 それぞれ武器を収め、砂のように消え失せた魔物の横を通り過ぎるように奥へと進む。俺たちがここにやってきたのは何も虫を駆除するためじゃない。
「……! やっぱり、濁ってきたな」
 少し奥へ進めば目の前を黒い霧が漂う。奥へ進めば進むほどこの霧は濃くなっていくんだろう。ソーサリー深緑で見た時はあれ以上足を踏み入れようとは思わなかったが、今この場ではそうするわけにもいかない。
 腕にしっかりブレスレットがついているのをそれぞれが確認し、顔を見合わせ頷くとその黒い霧の中へと足を踏み入れた。穢れの中に入ってしまえば視界も悪くなると思ったが、どうやらこのブレスレットは周囲の穢れを微弱ながらも浄化しているようだ。視界は案外悪くなく、進むのにはなんの問題もなかった。
「雰囲気的にはそろそろ最深部っぽいんだけどね……」
「あ!」
「なんだ」
「奥! ちょっとだけキラキラ光ってるよ!」
 アミィが指を差したが俺の目からだと何も見えない。フレイも眉間に皺を寄せ目を細めながら奥を見ているが、多分あの様子だと見えていない。ということは魔力が高い者だけに見えているのか、それともイザナギが言っていたアミィの目の良さで見ているだけのか。
 ただいい目印だとアミィの目を頼りに、その光っていると言っている方向へと足を向けた。ここまで穢れが濃いと流石に生物が生存できないのか、魔物が出てくる様子もない。これならただ進むだけでよさそうだと徐々に距離を縮めていった。
「これ! これ光ってる!」
 どん詰まりで立ち止まった俺たちに、アミィは祭壇のような物を指差してそう言った。相変わらず光っているかどうかは知らないが、確かに遺跡に刻まれている紋章とはまた少し特殊なものが刻まれている。中心部には人物像のようなものが見えたが、もしかしたらこれが水の精霊なんだろうか。
「ここでもらった水晶使えばいいのかね?」
「水晶?」
「え? あたしには水晶に見えたけど? まぁいいさ、使ったら?」
「そうだな」
 まぁ、あれの石の名称なんざどうでもいいかとクルエルダに視線を向けた。メガネのブリッジを指で押し上げたその顔がニタリとどこか嬉しそうで顔が引き攣る。
「では始めましょうか」
「その顔やめろ」
「ふふふふふ、いやいや、ははは――それでは」
 気持ち悪い笑い方だがコイツの手を借りない限りどうしようもないわけで。ヤツが俺に手をかざした瞬間、バチッと何かが弾けた瞬間ふっと身体が変わったのを感じた。視界の端に入るのは青色の髪、俺自身は見えないが恐らく目の色も変わっているはず。
 自分に施したこの術は、自分で解除することができない。魔力をまったく使えない状態にするのだから解除するためにはその魔力が必要になってくる。何をどうしても自分で解除できない状態になるが、だからこそ敢えてそういう術を施していたわけなんだが。べーチェル国で不本意にこの術を中途半端に解かれなければきっと俺は一生自分に術をかけたまんまだった。
 クルエルダに頼んだのは自分にかけている術の半分の解除だ。全解除だとクルエルダの魔力が足りない。だから取りあえず半分だけを解除して、残り半分は自分で解除できるようにともう一度この術を施した時にそう設定しておいた。半分魔力が戻ったのを確認し俺は自分にかけていた術を全解除した。
「よし、やるか」
 イザナギはこの姿で浄化しろと言っていたから、アミィやクルエルダにさせるわけではなく俺がこの姿でやらなきゃならないんだろう。懐から石を取り出し、目の前にある穢れに突き付けた。
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