krystallos

みけねこ

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48.激動③

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 その日はアミィが寝ている間こっそりやってきたフレイとティエラと一緒に寝てたみたい。起きたら二人に両側を挟まれてた。もっと大きなベッドにしとけばよかったってフレイは笑ってたけど、こうして誰かと一緒に寝るのが久しぶりでアミィはギュッとくっついて寝れたこの狭さが丁度よかったなって心の中でちょこっとだけ思った。
 フレイに案内してもらって顔を洗って、服も着替えて昨日みんなが集まってた部屋に向かった。ウィルとクルエルダは先に来ていたみたい。二人ともリラックスしてたみたいだけど、でもちゃんと出発できる格好になってる。
「ウィルたちも一緒に来てくれるの?」
「僕は騎士団長から命令が下った。主に『人間兵器』の監視だ」
「それってアミィのこと? それともカイム?」
「……両方だ。それと、僕に万が一何かあった場合騎士は一切の責任を取らない。僕の自己責任となる」
「それって、ウィルのこと見放すってこと?」
「バプティスタ国の騎士がイグニート国に入ろうとすること事態が異例なんだ。何か起こった場合もしかしたら戦線の状況が悪化するかもしれない。それを回避するためだ」
 それが組織というものだよ、ってウィルは教えてくれたけどそういうことに関してアミィはまだいまいちわかってない。誰かが大変だからって一人で助けに行って、それで助けられてよかったねっていう単純な問題でもないということぐらいしかわからない。
 でもウィルは騎士として『誇り』を持ってるから、アミィのわがままには付き合わないって思ってた。監視が目的かもしれないけど、でもウィルがいてくれるとすごく安心する。
「あたしももちろん行くよ。ここで助けに行かなきゃ義賊の名が廃るってね」
 パッチン片目をつぶったフレイはすごく頼り甲斐があった。
「私も行きますよ。だって私の知らないことがあって色々と起こりそうじゃないですか。このチャンスを逃すなんてもったいないことはしませんよ」
「うん、クルエルダがそういう人だって知ってた」
「ははは」
「あの……」
 ジトってクルエルダを見てると、ちょっと元気のなさそうな声が隣から聞こえた。なんか困ったことでもあったのかなって心配になってティエラを見上げてみる。ティエラはみんなに一斉に見られてちょっと気まずそうにしてたけど、ちょこっと待ってるとおずおずと口を開いた。
「わたしもみなさんについて行きたいです……ですが、わたしは足手まといにならないでしょうか……わたしは、ウィルさんやフレイさんのように勇敢でもなければ、アミィちゃんやクルエルダさんのように魔術に長けているわけでもありません。いざという時、みなさんの足を引っ張るイメージしか思い浮かばないんです……」
 寂しそうにしてるティエラにウィルは腕を伸ばそうとしてたけど、なんでか肩に触る前にその手が引っ込んだ。なんでそんなとこで迷ってるの? って首を傾げたけど二人の間には変な空気しか流れていなくて。
 フレイはどう言うんだろうと見てみたら、パチンと目が合った。困ったように笑って、ちょっと頷いたらすぐにティエラを見て何か喋ろうとしていた。けどそんなフレイよりも先に声を出したのはクルエルダだった。
「私としてはいてくれたほうが助かりますがね」
「え……」
「正直に言うと私は『紫』とはいえ、得意不得意があるんです。見た感じだと私と、そしてアミィも攻撃魔術を得意としている。まぁ彼女の場合防御も努力しようとはしているようですが」
「うん、ティエラに教えてもらってから頑張ってるよ」
「私も鑑定や分析の魔術は他の人より優れていると自負しています。ただ、私もアミィも治療系の魔術はまぁ苦手としている」
 確かにアミィは今まで一度も誰かの傷を治す魔術を使ったことがない。っていうか使い方も全然わかんない。
「そういうことで『紫』持ちは魔力量は多いものの万能ではないんです。その点『赤』はそれこそ何でも扱えるので万能なんですが。そしてこの面子ですが」
 メガネをクイって上げてクルエルダはウィルから一人ずつ視線を向けた。
「前線で戦う者が二人、後方で魔術を使う者が二人。前線二人はそれは敵に突っ込むでしょうから傷も多いわけです。ところが私たちは治癒魔術が苦手。最悪な面子ですね」
「悪かったね敵に突っ込んでって」
「そういうことで教会務めで治癒魔術を大得意としている貴女にいてもらうと私たちも大いに助かるということです。怪我を治療できれば一々怪我を治すのを待つ時間もなくなり進行速度も早まるというものです」
「それにそれに! ティエラは防御魔術もすごいんだよ! だって砂漠の時アミィたちのこと助けてくれたもん!」
「っ……! アミィちゃん……それに、クルエルダさんも……」
「僕も君がいてくれたほうが助かるよ」
「あたしも。そいつの言うように敵に突っ込んじゃうからね」
 フレイはティエラに優しく喋ったかと思うとすぐにギッとクルエルダを睨みつける。でも睨みつけられたほうはというと、全然怖がっていないっていうか悪いこと言ったっていう顔してない。
「ティエラがいてくれたらなんの心配もなく前で戦えるよ」
「みなさん……わたし、本当に……いいえ、ありがとうございます」
 ちょっぴり泣いちゃったティエラは涙を指で拭って、アミィたちのほうを真っ直ぐに見つめてきた。
「みなさんの力になるため、誠心誠意頑張らせていただきます……!」
「頑張ろうね、ティエラ!」
「はい!」
 ぎゅって手を握ったらティエラも嬉しそうにぎゅって握り返してくれた。昨日までみんな難しい顔してたから、カイムを助けに行くのは無理かもしれないって思ってた。でもみんな、アミィのわがままに付き合ってくれる。みんな大人だから。
 アミィもみんなみたいな大人になりたい。困ってる人の助けになりたい。みんながアミィにしてくれたように、カイムがずっとムスッとした顔で、それでも放って置くことなんかしないでアミィをずっと助けてくれていたように。
「それでは、フレイ。行き先をべーチェル国にしてもらってもいいだろうか」
「任せときな! 出航の準備はもうできてるよ」
「アミィ」
 ウィルがゆっくりアミィの前までやってきて、アミィと同じ目の高さになるように屈んできた。
「これからアミィにとっては過酷な道になるかもしれない。それでも、カイムを助けたい?」
「……うん。今度はアミィが助ける番だから」
「そうか。なら行こう」
 アミィの頭をくしゃりと撫でたウィルは一番最初に部屋から出ていった。そのあとにフレイもくしゃくしゃと撫でて、クルエルダは目を合わせてニヤァって笑っただけで特に何もせずに二人に続いて出ていく。最後にティエラがくしゃくしゃになっちゃった髪を直すように優しく撫でてくれた。
 差し出されて手に、迷うことなくぎゅっと掴む。一緒に部屋を出るとムキムキのお兄さんたちがフレイに向かって「準備ができました!」って元気に喋りかけていた。よくわかんないけど、ムキムキのお兄さんたちは船に乗る人とここに残ってお留守番する人とに分かれてるみたい。
「野郎共! 船を出しな!」
「おぉーッ!」
 フレイの声に野太い声が一斉に上がって、アミィたちが乗った船はゆっくりと洞窟……フレイの秘密基地から出て海に向かった。
「カイム……絶対助けるからね……!」
 塔から逃げ出そうとして飛び降りた時、目の前にパッと現れたカイムのことを今でもちゃんと覚えてる。アミィのこと落とさないようにってしっかり抱きしめてくれていたことも。
 だから今度は、アミィがカイムをぎゅっと抱きしめる番なんだ。


***

「正直なところ、どうなんですか」
 先に船に乗り込むと背後からそう声をかけられた。後ろを振り返ることなく視線だけわずかに向け、また真正面を見据える。
「『人間兵器』をイグニート国に持たせておきたくはない、という考えは各国あるようだ」
「いつまた十年前のようになるかわかりませんからね。ですが国はすでにイグニート国による『人間兵器』の使用の対応に舵を切っているのでありませんか?」
「……そちらが現実的だからな」
 アミィにはああ言ったものの、各国の王は『人間兵器』を助ける、という考えはまったくない。いやもしかしたらミストラル国の王は頭のどこかでそう思っているのかもしれないが。だが王たちが望んでいることは『人間兵器』の破壊だ。
 僕に正式に命令が下されたということは、監視よりも『人間兵器』が使われる前に破壊しろという意味合いのほうが強い。
 それを、純粋に助けようとしているアミィに正直に伝えることはできない。
「一番いいのは彼が勝手にイグニート国から逃げ出すことができて偶然我々と鉢合わせすることなんですがねぇ」
「その偶然が起きる確率は低そうだな」
「まぁ、そうですよね」
 甲板で足を止め後ろを振り返るとティエラがアミィに手を引いて一緒に船に乗り込んでいるところだった。僕が悩んでいる時に支えてくれていたティエラだが、どうやら最近ティエラも何か悩みを抱えているようだった。その一端が先程僕たちに話してくれた内容だろう。
 そっと息を吐き出し彼女たちから視線を外す。最初『人間兵器』を追いかけていた頃、まさかこうなるとは思わなかった。あの時の僕に「『人間兵器』と言われる人物と二人会う」と言っても信じはしないだろう。
 ともあれ、彼を助けたいアミィには悪いが最悪の事態になった場合には僕は命令通り破壊しなければならない。それが騎士としてやるべきことなのだと、自分に強く言い聞かせている時点で自分に迷いがあることになる。それに気付き苦く笑い、顔を上げた。
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