krystallos

みけねこ

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49.決意①

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 フレイの船で近くの港まで行って、そこから森を抜けてべーチェル国に向かう。いきなり行くと大騒ぎになるかもしれないからってウィルが前もって連絡してくれていたみたい。アミィがガジェットがいっぱいあるこの国に来るのはこれが二回目で、一回目は怖い思いをしたからちょっと胸がザワザワする。
 ティエラがアミィが怖くないようにって手を握ってくれてる。カイムはいないけど、みんながアミィの周りにいてくれた。
「アミィちゃん、大丈夫ですか?」
「う、うん」
 べーチェル国に入って歩いていれば、前にこの国の騎士さんたちに囲まれた広場まで来た。あの時怖かったのを思い出してブルッて身体が震える。今はあの時みたいに騎士さんでいっぱいになってない。多分これがいつもの普通の風景。思わずティエラの手をキュッて握ったらティエラも握り返してくれて、ちょっとだけ目を合わせてお城の入り口を見た。
 少しずつお城に近付いていって、階段を登る。ここのお城って行くまでに長い階段があるから大変だなって思いながら一段一段しっかりと登っていくと誰かがいるような気がして、顔を上げた。
「本当に来たのだな」
 そこにいたお姉さんは前にアミィを殺そうとしてた人だった。『人間兵器』だからって、イグニート国に奪われるぐらいならここで処分するしかないって。
 ウィルがサッとアミィの前に立ってくれて、アミィの傍にフレイも来てくれた。クルエルダは相変わらず後ろのほうで眺めてたけど。でも他のみんなはアミィを守ろうとしてくれてるのがわかって、ここで地面を見たらダメだって思って顔を上げた。
「そこまで警戒するな。べーチェル国の王はお前たちの謁見を許可した。私がその案内役と言ったところだ」
「そうなのか」
「ああ。だが私はまだお前たちを信用していない。案内役だが監視役でもある。それを忘れるな」
「王に謁見できるだけでも感謝する」
 ピリピリしてる二人になんだか緊張してきた。ウィルが言ってたように今からアミィが頑張らなきゃいけない。歩き出したお姉さんについていくようにみんなでお城に入る。
 ミストラル国のお城には入ったことがあるけど、その国によってお城に特徴が現れるんだって。ミストラル国は水がいっぱい流れてて綺麗なところだったけど、ベーチェル国はガジェットを作ってるところだからなのかあちこちアミィの知らないものがいっぱいある。見張りで立っている騎士さんたちも『黒』と『茶』の目の色の人がほとんどだ。
「こちらの部屋で待機してくれ。ただしそこの女児は別の部屋だ」
「な、なんでですか? アミィちゃんも私たちと同じ部屋でもいいのではないでしょうか?」
「女児だろうと『人間兵器』だ。万が一のことがあった場合貴殿たちに被害を及ぼすわけにはいかない。私が監視で共に部屋に入る」
「でも……!」
「アミィ、それでいいよ」
 このお姉さんはみんなに怪我をさせようなんて思ってないみたい。アミィが大人しくしていればきっとそれでいいんだ。心配そうにしてるティエラを見上げて、しっかりと頷けば遠慮がちに握られてる手が離された。
 そしてみんなが入っていった部屋とは別の部屋に案内される。みんなとちょっと距離が離れてて、ドアを開けた時少し重そうだったからきっと頑丈な作りになってるんだと思う。先に入るように言われて、アミィが入って後ろを振り返ってみればお姉さんも入ってきて重い扉はゆっくりと閉じた。
 取りあえず大人しくしとこうと思って、部屋の中にあった椅子に座る。一人でちょっと心細いけどきっと今のアミィに必要なことだ。お膝の上に手を乗せてジッとしていると、お姉さんも目の前にある椅子に座ってアミィをジッと見てきた。監視、なのかな。
「王もお忙しい方だ。謁見までには少し時間がかかる。それまでここで待機だ」
「わかった」
 お姉さんと会った時がああいう状況だったし、パッと見ちょっと怖いからぶっきらぼうな対応されるのかなって思ってたけど説明はしてくれた。そこまで怖い人じゃないのかな、っておずおずとお姉さんのほうを見てみる。
 前も思ったけど、初めて見る肌の色。この国の人たちはみんな同じ肌の色、ってわけじゃなかったから別の国の人なのかなって不思議に思う。するとお姉さんがいきなり手にはめてた手袋を外し始めて、アミィは思わずびっくりしてしまった。
「ガジェット?」
 全然気付かなかったけど、お姉さんが右手を動かすために小さくカシャカシャって音が鳴ってる。ガジェットをいっぱい見てきたわけでもないし詳しいわけでもない、ただカイムが使ってるところをちょっと見ただけだからそれが本当にガジェットなのかわからない。
 でも右手は他のところと同じ肌の色じゃなくて、たまに光に当たるとキラキラと反射していた。
「……義手だ。見たことがないのか?」
「うん、初めて見る。もしかして痛いの?」
 手袋を外して手をにぎにぎし始めたから、もしかして痛いのかもしれない。心配になってそう聞いてみたらお姉さんの目がまん丸くなって、ちょっとしてから「いいや」って言葉が返ってきた。
「多忙だったためメンテナンスができていなくてな、今のうちにしっかりと動くか動作の確認をしていたんだ」
「そしたら、痛くない?」
「この国の技術者は素晴らしい。痛みなど手術を受けた時だけだ」
「……ねぇ」
 本当は聞いたらダメなのかもしれないし、お姉さんもアミィとお喋りしたくないかもしれない。でも気になって、それに何も知らないのはよくないってアミィは少しずつ思うようになってきていたから。
「どうして義手なのか、聞いていい……?」
 お姉さんの目がチラッて扉のほうに行く。アミィも見てみたけど誰かが来た、っていうわけじゃないみたい。お姉さんは「まだ時間がかかるようだ」って言ってアミィに視線を向けて、そして義手の右手を見ていた。
「私は、本来この国の人間ではない」
「そうなの?」
「ああ。元は……イグニート国の人間だった」
 それって今あちこちで争いを起こそうとしていて、そしてカイムにひどいことをしようとしている国。お姉さんがその国の人だったなんて思えなくて目を丸くすれば、お姉さんはそんなアミィをチラッと見てすぐに視線を外した。
「私は父親と二人暮らしだった。国とは不思議なものでな、国王で国民性が大きく変わる。イグニート国は本来敬愛を向けなければいけない精霊をただのエネルギーの塊、消耗品であると教えられていた。当時イグニート国にいた私はその考えになんら疑問は抱いていなかった。そういうものだと思い込んでいたんだ」
 お姉さんは一度息を吐き出して、そして話しを続けた。
「ただ私の父親は精霊を研究する学者だった。博識だった父はそんな王の考えに疑問を抱いていた。イグニート国は精霊の力で大きな力を得、そして発展していたのだが父は精霊の力が弱まってきているのではないかと危惧した」
 それが今から六年前の話しだと教えてくれて、アミィたちが精霊さんたちの住んでるところの浄化に行った時みんなもう結構疲れてたから、六年前ももうつらかったのかもしれない。お姉さんが大切な話しをしてくれてるんだとわかって、ちゃんと聞こうとジッとお姉さんを見る。
「私はなぜ父がそのような愚かなことを言い出したのかと当時幻滅した。精霊は消耗品だ、弱くなったところで別の精霊の力をもらえばいいのだと。そんな私に父は根気強く言い聞かせてくれたよ。そして、これは王に進言すべきだとね……その結果、私たち親子は罪に問われた」
「えっ⁈ な、なんで? だって間違ったこと言ってないよね?」
「……イグニート国にとっては間違いだったのだ。あの国はそういうところだ。国王の意向がすべてであってそれに少しでも背く者は罪に問われ、拷問を受け、刑に処される。国王の意向と別の意見を持った父は『反逆者』という烙印を押された」
「そんな……」
「私たちはそんな国から逃げ出した。父は何も間違ったことは言っていない、罪に問われるようなこともしていない。ただ真実を口にしただけだ。だが逃げている最中に父は左目を、私は右腕を失った。そんな状態でも必死にで逃げ延びた先が、ここべーチェル国だった」
 もう一度手をにぎにぎしたお姉さんはちゃんと動くのを確かめて、もう一度手袋をはめた。手袋をつけるとちゃんとある左手と全然違いがない。お姉さんが言ってたとおり、この国のガジェットの技術がすごいんだと思う。
 お姉さんは話しを続けた。この国に逃げ延びて、お姉さんのお父さんは駆けつけてきた騎士さんたちに必死に娘を助けてほしいってお願いしたんだって。自分も目が見えないのに、騎士の人たちに剣を突きつけられてるのにそれでもただお姉さんを助けてくれって。
 お姉さんはその日に手術を受けて、そして右手が義手になったらしい。お姉さんに続いてお姉さんのお父さんも左目の手術を受けたって。
「回復したあと、父と共に城に連れてこられた。王の前に突き出され、ここに至る前での経緯を説明しろと言われてな。私は恐怖を抱いた。手術を受けたものの、イグニート国の人間だと知られればこのあと拷問されて殺されるのではないかと」
「どう、なったの……?」
「父は洗いざらい伝えるのが賢明だと思ったのか、すべて王に説明した。私は、ああ、終わったと思ったが……」
 フッと、お姉さんがちょこっと笑った。ずっと真面目な顔をしてたから怖い人に見えたけど笑った顔は少し優しくて、ちょっとだけカイムのことを思い出した。
「王は私たちに労りの言葉を投げかけてくださった。大変だっただろうと、この国はお前たちの存在を蔑ろにすることはない、と――なんと素晴らしい方だと私の心は震えた。同じ王だというのに、イグニート国の王は冷血でこちらを威圧してくる。べーチェル国の王も威圧感はあったものの、その中に民を憂う優しさがあった」
 ずっと自分の手を見ていたお姉さんが顔を上げて、真っ直ぐにアミィを見てくる。
「だから当時十六歳だった私は思ったのだ、この王に忠誠を誓いたい、尽くしたいと」
 その目はウィルだったりフレイだったり、アミィの近くにいる人たちのものとよく似ていた。
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