krystallos

みけねこ

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89.可視化の剣①

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「こ、こは……?」
 ミストラル国の防衛をしていてその後に国にとって重要な場所と言われているセイクレッド湖に彼の魔術で飛ばされ、そして穢された湖を目にしその後に現れたイグニート国の兵器である男。その男とまた戦いが行われるかと思った矢先に現れた、一人の男。
 あの男から放たれる威圧感は凄まじく、正直冷や汗が流れるほどだった。だというのに構うことなくあの男と対峙していたカイムには驚かされた。彼が敵を目の前にして引くという行動を取ったことを見たことがない。
 だがその後のことは記憶が朧げだ。身体から力が抜けていくような感覚。ただ僕やティエラ、フレイとは違ってアミィとクルエルダはとても苦しそうな様子だった。それは、先頭に立っていた彼も。
 その後のことがわからない。身体が引っ張られるような感覚があったのは確かだ。気が付けばこうして柔らかな布の上に身体が横たわっており、今しがた身体を起こしたところだ。
 周囲を見渡し、どこか見たことのない景色に首を傾げる。どうやらこの場所、というかこの部屋にいるのは僕一人のようだ。そしたら、他のみんなはどこに行った。そもそもここはどこなのか。事態が好転しているのか悪化しているのか、それすらもわからない。
 唐突に聞こえた音に反射的に肩が小さく跳ね上がり、急いで身体ごと振り返る。
「目が覚めたんですね。おはようございます」
 突然部屋にやってきたその人は僕と目が合った瞬間表情を緩め、小さく頭を下げた。再び上げたあとその人はこちらを安心させるように、気概を加えるつもりはないといった柔らかな笑みを浮かべる。
「あなたと会うのは初めてですね。初めまして、私は朱鷺と言います。あっ、あなた方だと『トキ』という響きのほうが聞き取りやすいかもしれませんね」
「トキ、さん……」
「はい。先に起きている方もいるので、そちらへ案内しますね。あ、お着物は大丈夫でしょうか? 小さくありませんか?」
「え? あ、はい、大丈夫です……」
「それはよかったです! ではご案内しますね」
 敵意がないのはわかるが、とにかくわからないことばかりだ。彼女がトキという名前以外はわからないし、先にここがどこなのかも教えてほしかった。見たことのない服にも戸惑いつつ、部屋を出て行ってしまった彼女に慌てて立ち上がり追いかける。
 先に起きている方、と言っていたから他のみんなもこの不思議な場所にいるのだろうか。ここがどこかはさておき、先にみんなの無事を確認したい。僕が付いてきているのを確認したトキさんは真っ直ぐな足取りで歩いていく。
「こちらです。ごゆっくりなさってください」
「ありがとうございます」
「いいえ」
 礼を告げると彼女は再びにこりと笑みを浮かべ、別のほうへと歩いていく。その後ろを見送りつつ目の前にある扉に視線を戻した。これは、初めて見る扉だが取っ手のようなものが見えない。どうやって開けるのだろうか。開け方をきちんと聞いておくべきだったと取りあえず丸い円の中に指を添えた。これは、押すのか、引くのか。
 少しだけ力を込めてみたものの、押しても引いても動く気配がない。どうやって開くのだろうかこの扉は。
 すっかり困り果てて棒立ちしていたところ、突然目の前の扉が動いて目を丸くした。この扉、横に動かすのか。
「あっ、ウィルさんだったんですね! どこか人の気配がするなぁと思っていました」
「……ティエラ! 大丈夫か⁈ 怪我は、身体は、どこも痛くないか⁈」
「は、はい。わたしは大丈夫、です。あの」
 扉を中から開けてくれたのはティエラだった。開けてくれたことに感謝したのと同時に、ティエラだと認識した途端彼女の両肩を掴んだ。知っている人がいたことへの安堵感、そしてあんなことがあってからの見知らぬ場所に、果たして無事だったのかという焦燥感。
 心配でつい力も籠もってしまう。彼女は優しいから、もしかしたら僕に心配かけさせまいと笑顔を浮かべるかもしれない。それを見逃さないようジッとその姿を見つめる。
「あ、あの、ウィルさんっ」
「おーおーあたしもいるっていうのにお熱いことじゃないの」
「ウィルさんっ、顔が、近いですっ……!」
「フレイ……? ……あっ、す、すまないっ」
 よくよく見てみると部屋の奥にはフレイの姿もあった。彼女も無事でよかったとホッと安堵したが、ティエラの訴えで自分がどれほどティエラとの距離を縮めていたのか自覚し急いで手を離す。あんなにも女性と接近するなんて失礼だろうと自分で自分を叱りつけ、軽く咳払いをする。
「君も無事でよかったよ、フレイ」
「見ての通り。アンタも無事でよかったよ、ウィル」
 それに元気そうだったし、とニッと向けられた笑顔に自分の頬に熱が登るのがわかった。失礼なことをしてしまったとティエラに謝罪を口にしようとしたが、彼女も困ったように少しだけ頬を赤らめている。なんとも言えない空気に、お互い何も言えなくなってしまった。
「ほらほら、そんなとこに突っ立ってないで中に入ったらどうだい? それともそこで夫婦漫才でもするつもり?」
「なっ⁈ ……ゴ、ゴホン。ならお邪魔しよう」
「あ、こ、こっちにどうぞ、ウィルさん」
「あ、ありがとう」
 真四角の布の上に勧められそこに腰を下ろす。思った以上に厚みがありふかふかでしっかりと体重を受け止めてくれる。二人に視線を向けると僕と同じような服を身に着けていた。ちょっと、フレイは胸元が開きすぎのような気がしないわけでもない。
「ウィルとティエラはここに来るのは初めてだね。ここは最果ての島、この建物はそこに住む一番お偉いさんのいる場所さ」
「あ、あの、お城……ということでしょうか?」
「うーん、まぁ似たようなもんだね」
 そういえば前に一度ミストラル国で彼らと別行動を取った時、あの時ミストラル国がカイムたちに向かって最果ての島に向かえと言っていた。まさかここがその場所なのかと部屋の中を見渡す。見たことのない構造と素材、着てる服だっていつの間に着替えさせられたのかはわからないが自分で着てみろと言われてもきっと着れないだろう。
 ところで、と視線をフレイに戻す。この部屋にいるのはどうやら僕たち三人だけのようだ。あの時一緒にいたのは六人、まさか三人だけはぐれた、なんてことはないと思いたい。
 そんな僕の小さな焦りに気付いたのかフレイは「ああ」と言葉をこぼし軽く肩を上げた。
「今起きてるのはあたしたち三人だけ。他三人はまだ眠ってるよ」
「ということは、全員この場所にいるということでいいのだろうか?」
「安心しな、みんなまとめてここに飛ばされたみたいだ」
 ならばよかったと一先ずホッと息を吐き出す。もし誰かが一人でもあの場所に残されていたとなれば、決していい結果とはならなかっただろう。
 あの時の肌で感じたおぞましさが脳裏によみがえり小さく握り拳を作る。今までどの戦場にも決して姿を現さなかった男。まさかあの場所で出てくるとは思いもしなかった。あの時初めて見たイグニート国の王は、他のどの王とも違う。あれは――
「くつろいでいるところいいですか?」
 唐突に聞こえてきた声に一度思考を遮断し顔を上げる。横に動いた扉から現れたのは先程の少女とはまた違っていた。
「主様がお呼びです。みなさん動けそうですか?」
「あああたしは大丈夫だよ」
「わたしも大丈夫です」
 二人の言葉に同様に首を縦に振る。すると少年は「わかりました」と立ち上がり、ついてくるように僕たちに告げる。
「君のような少年も立派に仕えているんだな……」
 まだまだ小さい姿に関心して言葉をこぼした。年齢はアミィよりも下だろうか。それでも役目を全うしようとしている姿に、ここにいる人たちは皆そうなのだろうかとジッとその丸い頭に視線を向ける。するとくるりと突然その頭がこちらに振り向いてきたものだから、思わず目を丸くして足を止めた。丸い目が見上げて来たかと思うと、それはスッと細くなる。
「見た目で判断するとは、あなたもまだまだだすね」
「え?」
「ちゃんと知ってるわけじゃないけど、多分あたしたちよりも年上だよ。ずーっとね」
「……え⁈」
「人間の基準とは違いますから」
 細くなった目がそのままにこりと弧を描く。何やら気になる単語の数々だ。どこからどう見ても子どもにしか見えない姿だが、思わずティエラに視線を向けると彼女も困惑した表情になっていた。
 やがてよくわからない、僕たちの知っている「城」とはまた別の構造をしている建物の中を歩き、幅広い階段を上るとまた一段と大きな扉が目の前に現れた。この扉も他の扉と同じように横に動かすようだ。あの少女の時とは違い、今度は少年がしっかりと扉を横に動かし開けてくれる。目の前に飛び込んできた広い空間に内心唖然とする。
 物が多いわけでもなく、だからといって質素なわけでもない。洗練されている、とでも言えばいいのか。居心地の良さを感じつつも厳かな雰囲気もあるそんな空間の中心に、また人成らざるもののように見える人物がくつろいで座っている。
「呼んで悪かったね、君たちは身体のほうは大丈夫かい?」
「あたしたちは見ての通りほら、ピンピン動いてるよ。それよりも、わからないことだらけなんだけど説明はしてくれるのかい?」
「ああ、もちろんさ。さ、こちらにおいで」
 穏やかな声色と表情に自然と足が前に進む。見たことのない床は冷たさを感じず、寧ろどこか踏み心地の良さも感じるほどだ。肘掛けに凭れかけていたその人は僕たちは目の前に座った途端身体を起こし、緩やかな微笑みを向けてきた。
「君たち二人は初めましてだね。私の名はイザナギ。この島を統べる者だ」
「……貴方が賢者と呼ばれている方でしょうか?」
「外の人間たちはそう呼ぶようだね。ふふ、なんだか懐かしさを覚えるやり取りだ」
 なぜそう思ったのかと首を傾げる。僕がこうして最果ての島の賢者に会うのは初めてだというのに。けれどそんな僕にフレイは小さく耳打ちをしてきた。
「前にカイムも似たようなやり取りをやったんだよ」
 アンタたち似てきたね、と付け加えられた言葉に多少の居心地の悪さを感じてしまう。別に、そういうつもりではなかったのだけれど。賢者はそんな僕に微笑むと再び口を開いた。
「さて、フレイが言っていた通り説明することが多い。まずは君たちが無事で何よりだ。そして君たちが他の三人より目覚めが早かったのも必然だ」
「……必然、とは?」
「まずは、イグニート国の王が使った剣の説明をしよう」
 賢者が一度そこで言葉を止める。それと同時にあの時目にした剣がすぐに脳裏に浮かんだ。前にカイムの腹を刺し、そして次にイグニート国の兵器の腹も刺した。魔力に干渉するものではとクルエルダは言っていたが、肉体的に直接害を加えられるものでもないとも言っていた。
 だがあの剣がかざされた時、アミィを始め次にクルエルダが地面に崩れ落ちた。二人を急いで支えようとしたところ足に力が入らなくなり、同じように地面に膝をついたところまでは覚えている。
 あれは直接触れなければ魔力に干渉できなかったのではないか。その答えをこの賢者が知っているのであれば、しっかりとその声に耳を傾けなければと真っ直ぐに賢者を見据えた。
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