krystallos

みけねこ

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95.それでも、と

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 まぶたが重い、と思いながらゆっくりと動かしてみる。全身力が入らないのは前にもあったなと思い返しながら、それでもやっぱり重い箇所があるとぼやける視界を下げる。俺の腹の辺りにピンクの頭が見えた。そのピンク頭がもぞもぞと動き、顔を上げたかと思えば目を擦っている。するとピタリとその動きが止まり、勢いよく顔がこっちに振り向いた。
「カイムッ……!」
 目も鼻も真っ赤にさせて、眉間に皺を寄せながらも俺に抱きついてきた。見覚えのあるような天井、柔らかい布。横たわっているのは自分の身体。
 さっき見ていたのは夢だったか、と理解した。ただしその夢は自分の過去の夢。頭に拾われたことも、ミストラル国の王に会ったのも確かに自分の身に起きたこと。
 視線を天井からピンク頭に移す。実験が嫌で塔から飛び降りた子ども。勝手に首に媒体をつけられて勝手に周りから『人間兵器』と呼ばれて逃げ回っていた子ども。子どもは、人間を傷付けたいと一度も思ったことはないんだろう。
「……俺は、自分で望んで『人間兵器』になった」
 俺の首元に顔を埋めていた頭がぴくりと動く。
「飯を食うために、雨風しのげる場所のために、着る服のために、自分が生きるために人を殺した」
 そして当時殺される側の人間の気持ちなんて、まったく理解できなかった。自分が『赤』だったから、誰かに殺される恐怖というものを感じたこともない。
「お前は、自分で望んで誰かを殺したいと思ったことはないだろ」
 同じように『人間兵器』と言われていても、俺とアミィじゃまったく違う。アミィはただ特殊な体質で実験体にされていただけで、その場から逃げ出して『人間兵器』として動いたことなど一度もない。俺は、『人間兵器』として動いていた。自分で望んでそうした、自分が生きるために。
「前に言ったろ、俺が正しいとは限らない」
 助けたのはたまたまセリカがスピリアル島の近くを通っていたからだ。たまたま、俺が落ちているところを見たからだ。そうでなければきっと次の『人間兵器』が作られようとしていたなど知ることもなく、普通にラファーガの連中と行動を共にしていた。
 助けられたというバイアスがかかって何かとアミィは俺を信用してくる。こんな人間を信じたところであとで痛い目を見るだけだ。最も人間の模範となるのは俺じゃなくて、騎士としてまともに生きてきたウィルや慈善行為をしてきたティエラ。ただ真っ直ぐに生きているフレイのほうだろう。
 ふっと息を吐き出し身体を起こそうかと動かしてみるも、指先が小さく揺れただけだった。恐らくあの可視化の剣、自分の中にある魔力にかなり干渉してくるんだろう。遮断するものか、もしくは奪うか。前に自分の魔力を封じた時と同じ症状になっているところから見ると見当外れというわけでもなさそうだ。
「……アミィ」
 くぐもった声が聞こえ視線を向ける。顔は相変わらず俯けたまま身体は俺にしがみついたままだ。
「アミィ、カイムが今までどんな気持ちだったのか、きっとわかってあげらんないと思う……でも、でもね……カイムが何を言っても、アミィを助けてくれたのはカイムだもんっ……!」
 ズッと鼻をすする音が聞こえたかと思えば、さっきまで動こうとしなかった身体がいきなりがばりと上半身を起こした。赤かった目と鼻はさっき以上に赤くなっている。
「昔のカイムがひどいことしていても、アミィは今のカイムのこと大好きだもんっ!」
 目も鼻もぐしゃぐしゃにして、クズクズしながらまた俺にしがみついてくる。
「……馬鹿だな、お前も」
 小さく息を吐きだして、ようやく動くようになった腕を持ち上げ目の前にあるピンクの頭をくしゃりと撫でた。

「カイム! まだ寝てたほうがいいよ!」
 身体が動くようになったのを確認して俺は部屋から出て廊下を歩いていた。俺の傍でアミィがさっきからそんなこと言いながら必死で支えようとしているものの、小さい身体じゃ限度がある。
 見覚えのある天井だと思ってはいたが、どうやらここは最果ての島で間違いなさそうだ。あの時差し迫っていた状態で、とにかく遠く離れた場所にと行き先をしっかりと決めていたわけじゃなかったが、誰かが横槍を入れてきたんだろう。まぁ、確かに遠い場所ではあるかと足を進める。
 とはいえ、あれだけ魔力を遮られたか奪われたかされたもんだから、身体がまだそれに追いついていない。別にあの時ほど空腹というわけでもないが、力が入らないのは変わらない。もう少しすればしっかりと歩けるようにはなれるだろうが、そんな呑気なことを言っている場合でもなかった。
 時折柱に手を付きつつ足を進める。俺とアミィがここにいるなら他のヤツらももれなく一緒に飛ばされているはず。そしてここは前に一度来たことがあるため、誰かどこにいるのかも大体予想できた。
 そう考えながら歩いていると、不意にカクンと膝が崩れる。隣で驚いた声を上げていたがその小さい身体が支えることはできずに一緒に倒れ込むに決まってる。取りあえず一人で倒れるかと伸びてきた細い腕を取ることなく、傾く身体をそのままにしていたら急にグンッと引っ張られる感覚に襲われた。
「危なっかしいな」
 俺の腕を掴んでいる手はアミィみたいに小さく細いものじゃない。手から腕へ、そして顔へと視線を辿っていくとそこには金髪の派手な男。その隣には青髪の男も立っていた。
「起きたばっかなんだろ? 無茶すんなって」
「人間の身体は俺たちより軟弱だからな」
「えっと……ハッキと、セイランだ!」
「おっ、よく覚えてたな」
 金髪の男が顔をパッと明るくさせ、その隣で青髪の男は特に反応を示すことなく視線だけを向けている。常に賢者の両隣にいる男二人がこんな場所で、と思っているところで俺がしっかり立てるよう金髪の男が背中を支える。
「……お前らやっぱ、人間じゃねぇのな」
 前に来た時は魔力のない状態だったせいでわからなかったが、今ならはっきりとわかる。二人の中に流れている魔力は人間のものとは比べ物にならないほど莫大な量だ。精霊の力を媒体を通して力にしている人間とは違い、そもそもその精霊の力に近いものもしくは似ているもので身体を形成している。
 それに今ならわかるが、この島全体がとにかく力の濃度が濃い。ここじゃなかったら俺は未だに起き上がることも難しかっただろう。この島の住人たちの目が『黒』や『茶』のわりには魔力なしに感じないのは、明らかに島中にある力に影響されているからだ。
「やっぱり今のお前は気付くか」
 俺の言葉に金髪の男が軽く肩をすくめる。
「本来は人間の姿じゃねぇんじゃねぇの」
「ご明察。これは人間たちが俺たちに親しみを持ちやすくなるための姿。本当はまったく別の姿だ」
「確かにお兄ちゃんたち、キラキラしてると思ってたけど……人間じゃなかったの?」
「俺たちは主に任され島の四方を守護している者だ。お前たちの認識ならば外の世界の『精霊』と近しいと言ってもいい」
 金髪の言葉に続くように青髪もそう口にする。だがウンディーネたちのような精霊とはまた違う。恐らくコイツらが動ける範囲はこの島の中だけだ。いや、それぞれがそれなりの力を持っているようだが、あの賢者がここにいる限り外に行く気もないんだろう。
 別に真正面に座っているってわけでもないのに、この距離でも賢者の力を感じる。この島で一番力と輝きを放っている。なるほどこれならアミィの目ならすぐに感知することができたはずだと納得し、マシになってきた身体を動かし足を前に進めた。
「まだ寝てたほうがいいんじゃねぇの?」
「そう言ってらんねぇ」
「……まっ、そうだな。それじゃ俺たちも一緒に主のところに行くか」
「そうだな」
 どうせコイツらは賢者の隣に行くのだろうから行き先は一緒だろう。歩き始めた俺たちの後ろをついてくるように男たちもまた同じ方向に向かって歩き出す。っていうか、俺は今そう足早に歩くことはできない。なんでコイツら俺のペースに合わせて歩いているんだと顔を訝しげながら後ろを見てみると、目が合った金髪はただニッと笑っただけだった。
 後ろの男たちは気にしないようにしよう。そうして一度来たことのある廊下を歩けば馬鹿でかい階段が視界に入ってきた。ここを上がれば目的地だ。ただ前は普通に歩けた廊下も今のこの状態じゃ段数に腹が立つ。
 なんでこんな馬鹿でかくて上に作ったんだとひとりごちりながら、真後ろでまるでいつ倒れても支えてやると言わんばかりに待ち構えているアミィにも呆れる。俺の身体のでかさはお前の小さい身体を巻き込んで一緒に下まで転がり落ちるに決まってんだろ。
 階段を登りきった頃には軽く息が乱れていた。普通ならどうってことないっていうのに。この腹立たしさをどこにも当たることもできず、息を吐きだして目の前のドアを横にスライドさせて開けた。
「やぁ、目が覚めたようだね。よかったよ」
 馬鹿広い部屋の奥には例の賢者が肘掛けに凭れかけながらそう口にした。その賢者の前には見覚えのある顔が四つ。それぞれ俺に視線を向け、心なしか表情を明るくした。
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