krystallos

みけねこ

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105.手掛かりを求めて①

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 ラピス教会に行くためにフレイの船じゃなくてラファーガの飛空艇セリカで行くという手も合ったが、どうやらラファーガの連中はミストラル国の後始末のほうを手伝っているらしく手が離せないようだ。というわけで結局フレイの船で行くことになった。
 船を海の上で走らせて真っ先に気付いたことは、船の速度が戻っていたこと。あれは加護を受けて性能を高めていたわけが、元に戻ったということは加護を与えていた精霊の力が極端に弱ってしまったということだ。こういうところでウンディーネの不在がありありと表れることになった。
 性能が元に戻ったことにフエンテの連中は最初こそは落ち込みを見せていたものの、今はしっかりと船を走らせていた。ウィンドシア大陸のほうへと回り込み、ラピス教会に近い港町に船を停める。加護はなくなったものの性能を上げていたガジェットのおかげか船の揺れもそこまで大きくはなかった。よって、ウィルが船酔いで顔を真っ青にして船から降りることもない。
 港町を出て教会のほうへと足を進める。航海中も思っていたが、ガジェットがあったからそこまで揺れなかったものの波が前よりも荒くなっているような気がした。そして歩いているウィンドシア大陸でも、大きな揺れがあったのかあちこちの大地にヒビが入っている。
 俺たちが無駄にぐっすりと休んでいる間に、セイクレッド湖の穢れだけで精霊たちの力のバランスが崩れてしまったのか。ミストラル国の王が言っていたように各地での異変が多発しているようだった。
「あ、見えてきましたね」
 ただ不幸中の幸いか、ラピス教会に続く道はしっかりと歩ける状態であった。久しぶりに戻ってきたせいかティエラの声色と表情が心なしか明るい。他に変化がないかサッと周りに目を走らせて確認しつつ、ラピス教会へと進む。ここがこうしてちゃんと保てていられるのは、もしかしたら神父のおかげかもしれない。
「みなさん! ご無事ですかー!」
 見えた人影にティエラが声をかける。その声に気付いたラピス教会の人間が顔を上げ、ティエラの姿を確認した途端パッと表情が明るくなった。
「ティエラ! 無事でしたか!」
「はい、わたしは大丈夫です。他の方々も無事でしょうか」
「ああ、ここには結界が張ってあるおかげで無事ですよ。ありがとう」
 ティエラと話をしていた女が傍にいるアミィに気付き、礼を口にした。ここの結界は主に神父が張っているが、前にアミィの魔術の制御のために馬鹿でかい結界も張っておいた。それについての礼だったんだろう。
 もうあれも随分昔のように感じるな、と思いつつ礼を言われたアミィは嬉しそうに頭を縦に振って喜んだ。人に感謝されることによって更にやる気が出てくるんだろう。
「ああ、来たね。待っていたよ」
 そう言ってラピス教会から現れたのは、つい先日映像で見ていた姿。今度は映像とかじゃなくちゃんとした実物だが、そいつは俺たちの姿を確認し笑顔を浮かべた。
 エセ臭い神父だと思っていたが、あの話を聞いたあとだとコイツもコイツなりに道化を演じていたのか。国を守るために戦っていた兵士が剣を置くということがどれほど重要なことなのか、俺にはわからない。ウィル辺りだと理解はできるんだろうが、今はそういう話を聞きに来たわけじゃない。
「ここで立ち話もなんだし、早速行こう。アリス、他の者たちにもいつも通りの仕事をこなすように言っててもらえるかな」
「はい、こちらはお任せください。ルーファス神父」
 近くにいた女にそう指示を出し、神父に言われた通り他のヤツらにも伝言を伝えるためか女はラピス教会の中へと姿を消した。神父も俺たちを案内するためにそれに続くかと思いきや、どうも教会内に進む気配がない。なんだ、と眉間に皺を寄せた俺に神父は僅かに苦笑を浮かべた。
「今回君たちを案内するのはここじゃないんだ。私についてきてもらってもいいかな」
「教会じゃないの?」
「今日はね。大丈夫だよアミィ、あとで君の好きなお菓子をあげようね」
「太らすんじゃねぇぞ」
「子どもはたくさん食べてこそ、だろう? 大丈夫多少丸くなったところで可愛いだけさ」
 そう言ってアミィにウインクをした神父はいつもの生臭神父だった。ウィルとティエラが同時に軽く咳払いをし、神父はへらっと笑ってラピス教会の入り口ではなく外側のほうへと足を進めた。
 教会と木々の間を抜けて歩く神父に、俺たちは無論のことどうやらティエラもその道の存在を知らなかったようだ。辺りをきょろきょろと見渡しつつ、だが戸惑うことなく神父の背中を追いかける。普段はアレだが、神父のことはしっかりと信頼しているんだろう。
 ラピス教会の隣を通り過ぎたかと思うと、次には森が目の前に現れた。ただしソーサリー深緑ではない、また別の森。まるで何かを隠すように、木が覆い茂っている。
「ここだよ」
 そう言って立ち止まった神父の前にはどこかで見覚えのあるようでないような、けれど僅かに似ていると思う重々しい扉があった。
「こんなところがあったんですか? 神父様……」
「あの扉はあれですね、精霊たちの遺跡のところにあった扉と紋様が似てますね」
「流石は研究者だね、ここにある扉はかなり昔に作られたものだ」
 扉は見えるものの、建物の全体図が見当たらない。というのもほとんど草や木で覆い隠されているからだ。目の前には扉だけがある状態になっている。
 神父はその扉に腕を伸ばし、右手の手のひらを当てた。すると神父の手のひらが光り、その光は手から扉へと伸びていく。今は元の姿じゃないせいでまったく見えないが、恐らく精霊の遺跡と同じように文字が浮かんでいるんだろう。
「ここの扉は私の意思と魔力と血の情報を読み取って開くようになっている」
「ということは、貴方がこの扉の鍵となっている。ということで?」
「そうだね、今は私にしか開けることはできない。私の身体を無理矢理使って誰かが強引に開けようとしても開けられない仕組みさ」
 やっぱりこういうのには好奇心が刺激されるのか、さっきからエルダが扉と神父をガン見している。そんなエルダの様子を見ていたフレイが大きく引いているが、当人二人はそれに気付くことはない。
「ねぇルーファス、ここってなに?」
「ここはね」
 神父が両腕を伸ばし、力を込める。ギィ……と重々しい音を立てながら扉は開かれた。
「ここはジェネシス書館。世界のあらゆる記録と記憶が保管されている場所さ」
 扉が開かれた先には大量の棚にそこにギッチギチに保管されている大量の本だった。
「わぁ……!」
 中に入ってみると一面本だらけで流石にここまでの量があると寧ろ圧巻だ。アミィが物珍しさと持ち前の好奇心でさっきから首が取れるんじゃないかと思うほどキョロキョロ見渡している。ついでにアミィだけじゃなく、早速あちこち見渡そうとしているのはエルダだ。うろちょろする前にフレイが首根っこを掴んでいる。
 辺りを見渡してみると中には昔使われていたと思われる見たこともない道具などもあったが、これも資料として保管されているんだろう。
「ここにあるものはこの星が誕生してそれからの人間の軌跡が保管されているんだ。ここなら女神の手掛かりもあるんじゃないかと思って」
「知りませんでした……ラピス教会でもかなりの資料があると思っていたんですが……」
「あそこには今必要なものしか置いてないからね。あとここには機密情報も置いてあってね……例えば、今の人たちに知られたくない各国の過去の行い、とかね」
「なるほど。もし他の国に知られたりするとその情報をネタに脅される可能性もある。よって管理人の許可がなければ踏み入ることができないこの場所に保管していると」
 興味津々に本の背表紙に視線を向けたままそう口にしたエルダに、神父が「そうだね」と相槌を打つ。神父の過去話を聞いた限り昔イグニート国になる前、プロクス国という国は南に位置する国から攻め込まれていたということ。今イグニート国の南に位置する国と言ったら、バプティスタ国だ。
 まぁ、そういうことだろうなと口に出さずに思案する。もしその情報が周りに広がってしまって困るのはバプティスタ国だ。そのことで一番複雑な思いをするのはこの中じゃウィルだろう。もしかしたら神父の過去話を聞いている間、ずっとそういう心境だったのかもしれないが。
 そもそも都合の悪い情報は消せばよさそうな話だが、そうせずにこうして残しているのは精霊が人間を見張っているのか。偽りの情報を置いたところで長い時を過ごしている精霊にとってはそれは簡単に見破ることができるもの。下手したら加護がなくなったりするのかもしれない、そう思ったから記録としてしっかりと残している。まぁ、所詮憶測でしかないが。
「私が数十年前に流れ着いたのがここの近くでね。当時ジェネシス書館の管理人だった神父から私が管理者になったらどうかという話をされたんだ。かなり長い間お世話になっていて、私は自分のことをその人には話していたから」
 書館の中にある机に手を置き、指の腹を小さく走らせながら神父は書館を見上げた。上のほうの階にも本はびっちりと置かれている。
「……そういうことで、今から女神様の情報を探そう」
「一ついいだろうか、ルーファス神父」
「はいなんでしょう、ウィル・ペネトレイト君」
「……この中を探せと?」
 この大量の本の中から、あるかどうかもわからない女神の情報を。
「……そうだね!」
 そして神父は胡散臭い無駄にムカつくいい笑顔でそう言い切った。
「……あたし頭使うの苦手なんだよねぇ」
 そうボヤいたフレイだが、正直これは苦手のどうのこうの話じゃない。この大量の資料の中をこの人数で探せっていうのがそもそも無謀だ。だからといってラピス教会から応援を呼ぶということも、このジェネシス書館の事情からして無理なんだろう。
 目を無駄にキラキラと輝かせているアミィとエルダを他所に、各々重々しい息を吐きだして本棚に向き合った。
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