krystallos

みけねこ

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106.手掛かりを求めて②

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 一応何がどこにあるのか大雑把に分別しているけど、もしかしたら別のジャンルのところに女神様のことが記述されているかもしれない。
 そう言い出した神父を殴りたくなった。つまり何か、女神関連のところだけを探せばいいのかと思っていたが結局全体的に探す必要があるっていうことか。何度も言うが、この量を、この人数で。
「まぁこういうのは私の得意分野なので私が頑張りましょうか」
「え……明日槍でも降るんじゃないのかい……?」
「ははは、今のこの各地の異変からしてまったくない話ではありませんね」
「……言うんじゃなかった。洒落になんない」
 二人がそんな会話をしている中まさに有言実行とでも言うべきか、口も動かすし目もしっかりと動かしているエルダはこういうことに関しては随分と器用だ。ならこういうのは得意としているアイツに任せるとして、俺たちもできる範囲で探すことにしようと背表紙に目を向ける。
 だからといってスムーズに進むわけがない。まだ文字がわかる背表紙ならいい。だが文字がわかるということは最近書かれた本だということだ。最近書かれたものなら俺たちでも多少知っていることになり、あまり当てにならない。
 更に遡ったりすると今度は文字がわからない問題に出くわす。まずアミィがそれで音を上げ、次にフレイも半ば投げやりになった。ここで真面目なのが辞書を片手に古代文字を解読しつつ探しているティエラだ。愚痴一つこぼさず黙々と探しているティエラと、そんなティエラの姿を見習うようにウィルもまた黙々と資料を探している。
 こういうところで性格出てんな、と思いつつ。俺も多少どこかかなり面倒になってきてどっちかというとフレイたち寄りだった。こうなったら元の姿に戻ってより精霊の力が宿っている本を探したほうが早いんじゃないのかと思っているぐらいだ。
「ねぇ、ところで気になったんだけど。アンタの故郷の話とか聞いたことないんだけど。スピリアル島の出身だったりするのかい?」
 飽きてきたのか疲れてきたのか、一応探すポーズをしつつあちこちに視線を巡らせているエルダにフレイがそう問いかけた。そもそも誰かが喋らないとひたすら沈黙が続いていて、聞こえる音といったら布が擦れる音かページをめくる音ぐらいだった。
「いいえ、私の出身はラティールというウィンドシア大陸の南西にある小さな浮島ですよ」
「ああ、そういえばそういう島あったね。立ち寄ったことはないけどあの島出身なんだ。意外だねぇ」
「あの島には大体学者や研究者になる者ばかりなんですよ。私の両親も研究に明け暮れる日々を過ごしていたので、それが普通だと思っていました」
「……えっと、親と遊んだりしたことは流石に……あるよね……?」
「まぁ、貴女方の一般常識はあの島には通じない、ということだけは言っておきましょうか」
 喋りながらも本を一冊取ったエルダはパラパラとページをめくっていく。ただページをめくっているだけに見えるが恐らく当人はしっかりと中身を確認しているんだろう。最初から最後までパララと動かし、すぐに閉じると手に持っていた本は再び本棚のほうに戻っていった。
 当人からしたら特に気にすることでもないんだろう。それが普通だと思っていたから尚更だ。ただフレイからしたら寂しい幼少期を過ごした、という受け取り方をしたのか若干気まずけな雰囲気を出しつつ、本に視線を移した。
 フレイも別に何も苦労することなく平和に過ごしてきた、というわけじゃないが周りには常に人がおりそれぞれから愛情を受けて育ってきた。だから義理堅い性格になったわけだが。自分の父親のこともあるというのにそれでもやっぱり、周りに困ったヤツとか不遇だったヤツがいるとどうも気になるらしい。
「そのままラティールにいてもよかったんですがね、スピリアル島には施設が充実していたので移動したまでです。私、頭がよかったものなので」
「……嫌味じゃないのが腹立つ。ああそうだねアンタ頭はいいよ。身体はひょろひょろだけどね」
「ははは、貴女も頭も鍛えればよかったんじゃないんですか? ああ、筋肉で凝り固まってしまいましたか、残念ですご愁傷さまです」
「ァア? 誰が脳筋だってぇ……⁈」
「ほらほらはいはい、喧嘩しないで女神様の記述探そうね~」
 コイツらこれだけは変わらねぇのかよ、とそれとなく距離を置こうとしたところ神父の無駄に明るい声が手を叩いた音と共に聞こえた。神父に注意された二人はというものの、互いにジッと見たかと思えば同時に勢いよく顔を背けた。仲がいいのか悪いのか。
「ほらアミィ疲れたでしょ? こっちおいで」
「おい神父待てゴラ。アミィお前もだ」
「ふぇ?」
 目を丸くして首を傾げてる場合じゃねぇだろ。随分静かだなと思っていたが、よくよく見ればアミィの手に握られている本は資料とか文献とかじゃなく、小さいガキが読んでいる絵本だった。
 お前、確かに実験体だった影響のせいで中身の成長が遅れていたが、今は随分と年相応に成長したはずだろ。ジッと見下ろせば、持っていた絵本で顔を隠そうとしていた。
「だって……難しくて……それにこの絵本面白くて……」
「そうだよね~、難しい本ばっかりじゃ疲れちゃうもんね。それにもしかしたら絵本にも女神様のヒントが隠されているかもしれないし」
「おい神父、手に持っているその甘いもんはなんだ?」
「え?」
 甘やかす気満々じゃねぇか、この生臭坊主。しかもよくよく見てみると奥にある机の上には大量の本に隠れてティーカップやらデザートが盛られている皿やらが置いてあった。コイツ、ちゃっかり休む気だったな。
「ほら、頭使うと糖分欲しくなっちゃうでしょ」
「明らかにお前とアミィの分しかねぇけどな」
「ほら~……私みんなに比べておじいちゃんだし、疲れちゃうんだよ」
「お前歳食わねぇんだろうが」
 女神の呪いで時間が止まっているヤツが何を言う。しかも百五十年前にイグニート国の王から魔力を奪われたらしいが、今ではすっかり回復してるじゃねぇか。ジトッと神父に視線を向ければ「ははは」と笑ったかと思えばアミィの肩を抱き寄せて奥へと引っ込んでいった。あの例の、デザートやらティーカップがある机にだ。
 アミィはまぁ、しょうがないと思うことはできるが。取りあえず今は、俺たちだけでも手掛かりを探すかと短く息を吐き本棚へと視線を戻した。確かに面倒だがサボっていたところで作業が進むわけでもないわけで。
 どれくらい時間が経ったのか、たまに誰かの喋り声が聞こえたかと思えばすぐに沈黙が訪れる。ページをめくる音、移動する時に僅かに聞こえる足音、布の擦れる音に時々スースーと気持ちよさげに聞こえる寝息。これは間違いなくアミィのもんだろう。
 大雑把だがあらゆる本を手に取っては中身を見てみたが、意外にも女神の記載は少ない。あるとしたらこの世界を加護している全知全能の精霊、というもの。だからそれは俺たちでも知ってるし俺たちが知りたいのはそこじゃねぇ、っていうもんばっかりだった。
「そっちはどうだい?」
「中々見当たらねぇな」
「こっちもだ。これだけあるというのに女神のことに関しては随分と少ないな……」
 向こうの本棚から顔を現したウィルに軽く肩を上げる。どうやら向こうも肩透かしに終わっているらしい。今まで喋りもせずに黙々と探しているようだったが、ここで話しかけてきたということは本当に見当たらなかったんだろう。ウィルは小さく息を吐き、まだ自身が見ていない二階に行こうと思ったのか顔を上げた時だった。
「探し方を変えたほうがいいのでは?」
 その声が上から降ってきて全員視線を上に向けた。
「我々は『女神』と言っていますが、もしかしたら昔の人間は違う呼び方をしていたかもしれません」
「――あ」
 確かに探す時はいつも『女神』の単語を探していた。そういえば、と今になって気付き口を開く。
「他の精霊たちは女神のことを『精霊王』って呼んでたな」
「……あっ!」
 今更になって気付くなんてアホすぎる。全員が目を丸め、すぐに急いで本棚へと視線を戻した。ちなみにアミィだけは寝ぼけ眼で目を何度か瞬かせていたが、あれは多分また寝る。
 それからエルダが数冊の本を抱えて一階にある机に戻ってきたのはわりとすぐだった。
「取りあえず『精霊王』に関して詳しく書かれていたのはこの辺りですかね」
「アンタ……やっぱり頭いいんだね……」
 ちなみに俺たちはそれっぽい本を探し当てることは一冊たりともなかった。手ぶらのフレイが目を丸めてまじまじとエルダを見たかと思えば素直にそう口にしたものだから、まさかそんな素直な反応をされるとは思っていなかったであろうエルダは眼鏡のブリッジに手をかけた。照れ隠しか。
 ここでようやく目を擦りながらもこっちに歩いてきたアミィはお目覚めの様子だ。いいタイミングで起きやがったなと思いつつエルダが運んできた数冊の本に視線を落とす。
「百五十年前ぐらいでいいかと思いましたが、どうやらそれ以上に遡る必要があったようです。ただ女神というものは、その時代その時の状況によって人間に都合よく使われていた、というのが私の印象ですかね」
「そんな……世界を加護している女神に対してそんなことを……?」
「人間とは絶対的な存在に縋りたくなるものなのかもしれませんね」
 唖然としているウィルに淡々と言葉を返したエルダは一冊の本を手に取った。
「いくつか本を選んできましたが、『精霊王』の記載があるものを取ってきたので、ここからは女神の居場所を突き止める作業をしなければなりません」
「ぅわ……弱音を吐きたいとこだけど、ここまでアンタにしてもらったんだからこっからはあたしたちも頑張らなきゃいけないね……」
「読めない字があったらわたしに言ってください。頑張って略してみますから」
「アミィも頑張るね!」
「ああそうだな、ぐっすり寝ていた分頑張れよ」
「う、うん!」
 各々そう口にしつつ本に手を伸ばす。これだけ絞ってくれたらあとは何とかなりそうだ。ふと、顔を上げて視線を奥のほうへと向けてみると、神父は相変わらず茶を飲んでまったりしてやがった。
 全員の視線を受けて茶が気管に入ったのか、盛大に噎せたあとようやくこっちに来て本を手に取った。
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