krystallos

みけねこ

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107.手掛かりを求めて③

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 手に取った書物をペラペラとめくっていく。そこにあったのはずっと昔の『精霊王』の記述。その時代に起こった出来事でどう女神が関わっていたのか。知らない文字はすっ飛ばしつつも読み進めていく中で、エルダが言っていた通り時代時代で何かある度に女神の存在感が一層増している。ただ人の手に負えなくなった時には女神に縋り付く、という風に見えないわけでもない。
 人間は学ばないのか周期的に争いを起こしている。争いが起きれば血が流れ、大地が穢れる。そうすると人間は生きづらくなりその時に姿を現す女神。こうなったら女神はただの人間の尻拭いだ。しかも人間は自分たちがやったことを棚に上げて女神を称えるようなことばかり書いていることに、内心舌打ちをこぼす。争いを起こさなければいいだけの話だというのに。
 ここにこれを記した人間は後世に自分たちと同じ行いを二度とするなと伝えたかったのか。気持ちはわからんでもないが、それはしっかりと伝わってこそのことだろう。
「今と昔とでは、精霊に対する考えが違うんですね」
 別の書物を読んでいたティエラがぽつんとそうこぼした。それぞれの手にある本はどれも精霊王のことに関するものだが、内容が若干違うようだ。
「昔は人々が精霊を支える、という生活をしていたようですね」
「でも今って人が精霊さんたちに支えてもらってる、って考えてるよね?」
「はい、わたしもそう学びました」
「だからあの精霊の遺跡か」
 前に精霊の力を少しでも取り戻すために各地浄化して回った精霊の遺跡。確かウンディーネの時は他の精霊のところに比べてより一層、人間が暮らしていた形跡があった。初めて目の前に姿を現したウンディーネも、遺跡に人間の姿がいなくなっていたことに随分と落胆しているようだった。
 ということは、今は精霊の力で世界は成り立っている。魔術が使え魔力を身体に蓄えることができるという考えだが、もっとずっと昔は人間こそが精霊を支えている力の源、とでも考えられていたんだろうか。精霊の力は人間の信仰心に大きく関わっていると精霊たちも言っていたから、強ちその考えも外れじゃないんだろう。
「どこかで転換期があったのかもしれませんね。それこそ百五十年より以前の戦争などで」
「ルーファス神父、貴方の時で人々はどういう考えだったんだろうか」
「う~ん、そうだねぇ……どちらかというと君たちが教わった考えのほうに近いかもしれない。魔術を使えるのも精霊の力を『借りている』という感じだったからね」
 百五十年前でその考えだったら精霊の力が弱まってしまうのもしょうがないことじゃねぇのかと若干表情を歪める。随分と前に、人間の精霊に対する信仰心は失われていたようだ。
「女神様の存在はもちろん信じられていたよ。なんせ全知全能と言われていたからね。その姿を直接目にしたことがなかった分、それだけ高尚な存在を独り占めするのはどうしたものか~! と言う人間が多かった」
「そりゃ争いも終わらないよね。女神っていう絶対的な存在を巡って争って、自分たちだけいい思いをしようとしてたんじゃないのかい」
「まぁ……上の人間たちはそうだったかもしれないね。そういう話は前線までは来ないものだから私たちは噂程度しか知らなかったけど」
 しかも敵国から攻め込まれている厳しい状況の中での女神という存在は、それこそなんとしてでも手に入れたい『力』だったんだろう。百五十年前のその考えで、しかもそれはずっと昔から変わらない。
 女神、精霊王に関する記述にそれぞれの考えを言葉にして改めて思ったことは、よくぞ百五十年前に姿をくらますまで女神はブチ切れずにこの世界を守っていたなということだった。
「ねぇねぇカイム、これなんだけど」
「なんだ」
 下から聞こえてきた声に視線を向ければ、確かに精霊王に関する書物だったがやっぱり絵本に見えるそれを手に持っていたアミィがとあるページで手を止めていた。
「女神様って、出てくる場所一緒なのかな?」
「……ん?」
「この本ね、精霊王様の光が世界の中心からパーッと広がって、って書いてるの。それで、さっき向こうで読んでた女神様の本も同じこと書いてた」
 確かに絵本に目を向けてみると、アミィが言っていたことと同じことが書かれていた。それは絵本の物語的にそのほうが流れがいいから「世界の中心」っていう書き方をしてるんじゃないか、と思ったが。
 アミィのその言葉に「ふむ」と言葉をこぼし納得したのはエルダだった。本を手に取り、マジマジと見ていたかと思うと徐ろにその顔が上がった。
「ちょっとそこの本、いいですか?」
「この本ですか? はい、どうぞ」
「どうも。ふむ……」
 ティエラから本を受け取り、数枚ページをめくったかと思うとまた何やら考え込む素振りを見せている。少し待ってみると唐突に「地図、いいですか」という言葉が呟かれたもんだから、机の上にある本を端のほうに片付けできたスペースにフレイが地図を広げた。
「どの書物も、女神の出現場所が被っていますね」
「そうなのか?」
 若干目を丸めたウィルに、本から視線を外すことなくエルダは頷く。
「精霊たちが加護している範囲が決まっているように、女神の居場所も決まっているのかもしれませんね」
「もったいぶってないで、一体どこなんだい。女神の居場所って」
「ここですよ」
 そう言ってエルダが指差した場所に、思わず眉間に皺を寄せた。絵本でも書いていたように、エルダが読んでいた書物にも書かれていたように。女神の出現場所は、この世界地図のど真ん中と言っていい場所。
「……ハルシオンかよ」
「世界の中心であり、女神の力の影響をより一層受けている場所。それこそ数百、数千年前からそこにいるのだったら、そこに住まう人間が女神の影響を受けていてもおかしくはありません」
「カイム、アンタここにいたんだよね? こう、女神の気配っていうか、姿とか見たことないのかい?」
「あったら真っ先に言うに決まってんだろ」
 それこそこんな膨大な量の中から女神に関する書物を探そうともしなかっただろう。女神を見たことがある、その一言だけで万事解決できた。だが俺がここにいた時はガキの頃で、小さい精霊の声を聞いたことがあっても女神の姿なんざ毛一本ほども見たことがない。
 そもそも百五十年前に姿を消した女神が、果たして自分の居場所だと知られている場所に隠れているだろうか。
「神父が言うには、ハルシオンは女神の力が弱まってんだろ? そんな見つかるかもしれねぇ場所に隠れるか?」
「女神が隠れてしまったからこそ、ハルシオンに満ちていた力が弱まった……? それこそ女神を信仰している人間がごっそりといなくなってしまったわけですから。人間の信仰心が精霊にとっての力の源ならば、その時女神はすでに弱まってしまっているわけですよ。隠れたのが先か、弱まったのか先か……」
「……アミィ、わけわかんなくなってきた」
「奇遇だね、あたしもだよ」
「でも行って無駄になる、ということはないと思うよ」
 女神の居場所がハルシオンかもしれないが、隠れている場所もそうだとは限らない。さてどうするかとなったところで少し前まで不真面目だった神父が急に真面目な顔をして口を開いた。
「女神がハルシオンにいたのは間違いないし、あの場所で姿を消したのを私は見ている。姿はなくとも手掛かりはあるかもしれない」
 私が言うのもあれだけどね、と苦笑交じりに呟いた神父にティエラが気遣うような視線を投げた。それに対し眉を下げたまま笑みを向けた神父は、もう一度俺たちに視線を向けてくる。
 確かに他に手掛かりがないのなら取りあえずハルシオンに行くのは手かもしれない。ただ問題はハルシオンの場所だ。世界の中心でもあるが、残念ながらイグニート国との距離も近い。こんだけの人数が動けばすぐに見つかるだろうし、だからといって転移魔術でも使えば、この距離とこの人数で使うのは俺しかいないため俺がすぐに特定される。
 ところがそこで口を開けたのは神父だった。
「私がみんなをハルシオンまで運んであげよう」
「ですが、神父様。そうすると神父様の居場所が相手に知られてしまうのでは……」
「大丈夫。実はここも含めてラピス教会にはそれもう何重にも結界を張っているんだ。言ったでしょ、ずっと隠れていたって。それこそ女神様と同じように、ね」
「ならここから魔術を使っても問題はねぇってか」
「そういうこと。君が使うよりもずっといい」
 そういうことなら神父に頼むとしよう。『赤』だし何より神父は自分が発動者ではなかったのに俺たちを最果ての島に運ぶことができていた。これだけの人数をハルシオンに運ぶのもどうということはないはずだ。
「……アミィが転移魔術使えたらよかったのに……」
「あれはかなりの魔力を使うし力のコントロールも難しいんだ。使えるようになるにはまず一人で、近い場所からっていうことになるね」
 それは今後時間ができた時に練習するといい、という神父の言葉にアミィは落ち込みつつ渋々うなずいた。そもそもその練習する時間があるかどうかもわからねぇわけだが。
「資料を探すのも疲れただろうし、行くのなら明日にするといいよ。今日はもうラピス教会でゆっくりと休むんだ」
 神父の言葉に、忘れいた疲労に襲われたような気がした。慣れない作業で身体が無駄に疲れているし、何より俺やアミィ、エルダは病み上がりだ。エルダは見知らぬ資料を見ることができてテンションがそこそこ上っているようだが、アミィに視線を向けてみるとゆっくりとまぶたが落ちていくのが見えた。何とか目を開けようとしては、軽く頭が前後に揺れている。
「百五十年前の尻拭いを君たちにさせてしまって、申し訳なさと共に心苦しいよ」
 確かにな、という言葉は口にはしなかったが恐らくそう思ったのはフレイも同じだろう。俺と似たような表情をしている顔と目が合った。
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