krystallos

みけねこ

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113.反撃の狼煙③

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 あちこち騒がしいが前回と比べるとまだ統率が取れているほうだろう。休みもなく引き続き、という形になってしまったがこればかりはしょうがない。今一度踏ん張ってもらうしかない。
 城の中で慌ただしく動いている奴らは俺の姿を見て一礼し、そしてまた走っていく。そのまま気にせず走ってこいと言いたくなるが、まぁ律儀というか優等生というか。そこを注意するのも今は野暮ってもんだ。
「王! こちらにいらしたのですか! 護衛もつけず危険です!」
「俺を護衛する前にやることがあんだろ。んで? そんなに慌ててどうした、シーナ」
「どうしたって……! ……もう! 交信が可能になりました、そう報告しに来たんです!」
「おう、悪かったな! それじゃ行くか」
 城の窓から外を眺める。ここから離れた場所でまた義賊の連中だけじゃなく城の護衛に回っていた騎士たちが戦っている。二度目の襲撃だ。だが一度目を経験しているおかげ、と言うのも皮肉なもんだが一度目があったからこそ二度目はそこまで苦戦を強いられてはいない。兵士の屍の中に腕の立つ人間がいないからだろう。
 義賊の連中には悪いと思っている。あまり休ませてやることができなかった。だが各義賊の頭に頭を下げようとしたところ、そいつらはそれを止めた。それが自分たちの恩返しと言う奴もいれば自分たちのプライドだと言う奴もいた。それに、連戦したからといって簡単に音を上げるほど軟弱でもないと。
 この国は他国に比べて圧倒的に騎士の数が少ない。城を守れるぐらいの最低限しか置いてないが、騎士は少数精鋭。そして義賊たちは人数が騎士より多く何より経験がある。この二つが連携すれば鉄壁となりミストラル国を守ることができる。
 廊下を大股でズカズカと歩き、その後ろをシーナが駆け足気味でついてくる。謁見の間ではない扉を開き中に入ればすでに準備は済まされていた。
「繋げます」
「おう」
 シーナが魔術を発動し、目の前に映像が浮かび上がる。そこにいるのはそうそうお目にかかれない面子だ。
「待たせて悪かったな」
「まったくだ」
「通信状況は悪くないようだな」
 バプティスタ国とベーチェル国の王とこうして顔を合わせたのは何年ぶりか。バプティスタ国はもちろんだが、ベーチェル国の王が言う通りうまく繋がっているようだ。べーチェル国は魔術が使えない代わりにガジェットが他よりもずっと発展している。こうして魔術に交えて交信できるというのはかなりの技術だ。
「お前たちの状況はどうだ」
「どこも同じだろ」
「そうだな。こちらも大量のイグニート国の屍が流れ込んできている。幸い今のところはガジェットで対応できてはいるが、時間の問題だな」
「色んな意味で時間の問題だろうよ。イグニート国の兵士相手にちんたらしてたら大地のほうが保たねぇよ」
 一応こっちに入ってきた情報は両国に共有してある。イグニート国の兵士のことは無論、無駄に派手に揺れた大地の原因が何であるかも。よって、これが時間をかけていいもんじゃないってことも、両国はわかっているはずだ。
「兵士を操っているアイヴィー・アストゥだが、今アイツらが対処に行ってる」
「アイツら、とは。例の『人間兵器』か」
 ここで目くじらを立てるわけにもいかず適当に「そうそう」と相槌を打つ。
「ふん、随分と気楽なものだ。『人間兵器』を簡単にイグニート国に手渡すようなものだというのに」
「いやいやそれはねぇな」
「なぜそう言い切れる」
 十年前どこよりも被害が大きかったのはバプティスタ国だ、よってどこよりも恨みが大きく募っているのもわかる。嫌悪してしまうのもわかる。未だに一人の人間ではなく『兵器』として見てしまうのはまぁ、どうかとは思うが。
 どこか空気が悪くなっているのを感じ取ったのが、シーナが気遣わしげにこっちに視線を向けてきた。腕を組み、深く背もたれに体重を乗せる。
 なぜそう言い切れるかって? そりゃ、アイツがあそこから逃げ出してきたのを知っているからだ。
「アイツは自覚がねぇだろうが、誰よりもイグニート国王を憎んでいるからさ」
 子どもを兵器としろくな飯も食わせず人間扱いせず道具として扱い、そして王は自分の手を汚すことなくすべてを十二歳の子どもに背負わせた。そんな扱いをされて何も感じないのであれば、未だにアイツは『人間兵器』として生きていただろう。
 だが頼りきっていた魔力を自ら捨てボロボロになりながらも逃げ出した。ただ生きたいと思って生きてきただけの子どもが、その生きる理由がわからなくなるほどイグニート国王からすべてを奪われた。
 そいつが今更そんな扱いをした人間の元に下るわけがない。やるとしたら徹底的に殴り倒す勢いで飛び込むはずだ。
「ってことで、イグニート国の兵士はアイツらはアイヴィー・アストゥを止めるまでの我慢んだな」
 組んでいた腕を解き軽く肩を竦める。いつも顰めっ面であろうバプティスタ国の王の表情は更に険しくなった。まぁまぁみなまで言うなわかっている。言うが易し行うは難し、ってことだろ。
「今まで、見て見ぬふりをしていた連中がよく言う。イグニート国の兵士に攻められ続けていた我がバプティスタ国にお前たちは何をした。何もしていないだろう。それが何だ。今は自分たちも攻められている、だからここは手を取り合うべきだとでも言うのか? 随分と調子のいいことだ」
 その言葉に少しは和らいだかと思っていた場の空気が一気に緊迫する。王に仕えているそれぞれの側近たちの表情も固い。
 だがバプティスタ国の王の言い分はごもっともだ。陸続きのバプティスタ国は常にイグニート国から攻められ続けていた。だが俺たちがやっていたことは、自国の守備強化。バプティスタ国が可哀想、だから手を貸そう。ということにはならなかった。べーチェル国の王は口を噤み、俺は口角を上げた。
「それもそうだ。自国が何よりも大事なもんでな」
 十年前の傷はどの大陸もどこの国にも深く根付いている。そこから復興させるのが何よりも優先事項だった。ぶっちゃけ、他所を気遣っている余裕がなかった。
「自国の利益を優先するのは当然のことだろう? 国政は慈善事業じゃない」
 宙に映し出されているバプティスタ国の王の眉間の皺が更に深くなる。隣でシーナが「余計なことは言わないでください」と小声で喋ってきているが、余計なことじゃねぇよという笑みを向ければ彼女の米上に青筋が浮いた。
「そうだ。私たちはお前と違ってこの座が譲られるのを待っていた人間ではないものでな」
 まるで俺の言葉に続くようにべーチェル国の王もそう言葉にする。俺たちは決して世襲制ではなかった。クソな国政を目の当たりにしてそれぞれがそれぞれの場所で立ち上がったまで。そういうこともあって考え方がバプティスタ国の王と若干違うんだろう。
 だが逆に言うと、ものの考えが違ったおかげで国王が変わってからそれぞれの間で争いが起きることもなかった。
「憎らしくよく回る口だ」
 ここで近場にあるカップが床に叩きつけられることがないのは、ひとえにバプティスタ国の王が理性的だからだ。感情を優先せず論理的な思考は、俺たちが気に障ることを言ったところでその頭を冷やすことができる。
 バプティスタ国は一度息を吐き、一度俯けた顔は数秒も待たずしてすぐに上げられた。相変わらず子どもが見たら泣き出しそうな険しい顔をしているが、その瞳は至って冷静だ。バプティスタ国の王の言葉を待たずに先にこっちが口を開く。
「こっちの義賊を数個そっちに援軍として送る」
「こちらのガジェットも送ろう。まだ少しは余裕があるのでな」
「ふん、随分と強かだな。ここで恩を売ろうという魂胆か」
「まぁまぁ。正直バプティスタ国が一番攻め込んでいる兵士の数が多いからな。ここは素直に慈悲の心ってもんよ」
「どの口が」
「どの口が」
「はっはっは!」
 見事にハモった言葉に笑い声を上げれば、若干のわだかまりは残っているもののさっきまでの緊迫した空気ではなくなった。まずどこの部隊に合流するか、ガジェットはどこに送るかの話し合いが手早く進められる。何もこうして顔を合わせたのは何も口喧嘩するためじゃない、この状況を打破するためだ。
 大地もいつまで保つかわからない状況で、だからといってイグニート国の兵士を放置するわけにもいかずされるがままだということも決してあってはならない。国を守るためだ、民を守るためだ。そのために俺たちは王として存在している。
 ふとバプティスタ国の王の視線が僅かに横に動いた。なんだと喋ろうとしていた口を止め、ベーチェル国の王と共にその様子を眺める。側近の何かしらの報告を受けているのだろうが、やがてバプティスタ国の王が小さく口角を上げた。
「どうやらそこまでお前たちの裏のある恩を受けなくても良さそうだ」
「はい? なんだ、強がってる場合じゃねぇって」
「こちらの切り札が動いた」
「ほう?」
 切り札、という言葉にべーチェル国の王の眉が僅かに上がる。バプティスタ国の王が言う「切り札」というやつを、一応知らないわけでもない。が、実際どういうものかちゃんと把握しているわけでもない。
 性格を熟知しているわけでもなく戦い方を知っているわけでもない。ただ『赤』だということだけは、わかっている。
「『赤』には『赤』をぶつけたほうがいいわな」
 この世界で数人しかいないと言われている瞳の色。今のところそれぞれの国で共通してわかっている人数はごく僅か。だが大体が表舞台に立つことを嫌い、極力人との関わりも避けている。恐らく俺たちが知らないだけで『赤』は『赤』なりの事情があり苦労もしてきたんだろう。中には瞳の色を偽っている者もいるかもしれない。『赤』はそれを可能だということを身を以て知っている。
「奴がいるのであれば攻撃も、そして回復も困難になることはまずない」
「バプティスタ国の騎士のお抱えってか」
「大陸はこちらなのだから本来はこちらの管轄下なのだがな。だが致し方があるまい。ガジェットを送る代わりにその者を使うことに目を瞑ってやろう」
「ふん、奴が自ら動いたこと」
 よって責任はそいつだと言わんばかりの反応に軽く肩を竦めた。個人で動いているというのであればこっちもバプティスタ国の王に向かってこれ以上の追及はできない。
 それにこっちもある意味で個人で動いている。一応報告は送ってきているもののこっちが命令をしたわけではなく、アイツらが自分で考えて自分で行動している。それを止めようとは思わないし、万が一の場合は俺が責任を取るつもりではいる。あの中で二人ばかりはミストラル国の義賊に属しているからな。
 ふとテーブルが小刻みに揺れた。そのまま様子を伺い揺れが止まるのを待つ。今は精霊が持ち堪えさせようとしているもののそれがいつまでかという詳細まではわからない。ただわかるのは、残された時間は少ないということ。
 だからといってここで諦めるわけにもいかない。誰もがそう思っているからこそイグニート国の兵士は自国の騎士たちが押し留めてくれるということを信じ、こうして顔を突き合わせている。
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