krystallos

みけねこ

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ほんの一コマ

湖の記憶⑤

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「お前は一体何をしたッ⁈」
 パレードが終わるや否や長兄から襟元を締め上げられながら、射殺さんばかりの睨みで怒鳴り散らされた。
 結局長兄が王として認められ祝ってもらうという場にはならず、民たちはただただ俺を称えるばかりのパレードで終わった。自分の顔に泥を塗られる形となったことがさぞ面白くないんだろう。それは次男と三男も同じだ。まさか見下していた弟とも思いたくない奴にしてやられたことに表情を歪め、長兄を止めようとはしない。
 弟と妹は少し離れた場所でハラハラしながら状況を見守っている。前もってもしこういう状況になった時は手出しはするなと言っておいた。
「何をした、ですか」
「そうだ‼ お前が前もって何かを仕込んでいたんだろう⁈ そうでないとおかしいだろうがッ‼」
「……ええ、しましたよ。あらゆることを。兄上にもよーくわかるように一つずつご説明しましょうか?」
「なっ……!」
 怒りで顔が真っ赤になってしまっている兄に小さく笑みを浮かべ、それはもう丁寧に一つずつ説明してやることにした。
 まずイグニート国の兵士に攻め込まれていた村と街に手を差し伸べた。民たちを避難させ動ける者は防壁を築き上げるように指示をした。だがそれだけでは猛攻の手は止まらない。故に、腕に覚えのある者と共にイグニート国の兵士の前に立ちはだかった。
 兵士の猛攻が緩やかになり、やがて引いていくのを目にして次に復興に着手した。各地を整備し職を失った者には支援を惜しまず、国に頼ることなく自立した村や街の運営を促した。未だ少し生産のほうに不安は残るものの、そこも支援すれば自給自足に問題はなくなる。
「ッ……それだけでッ、あのようなことになるものか‼」
「ええ、貴族の後ろ盾でしょう? それも問題ありません。ところで兄上のほうはどうですか? 貴方を支持していた者たちはこぞって夜逃げでもしたんじゃありませんか」
「な、なぜ、それをっ……! お前、まさか!」
「人聞きが悪い。まさか俺が直接手を下したとでも?」
 さっきから顔を真っ赤にさせたり真っ青にさせたりと忙しい人だ。だが長兄にも言ったように、俺は直接手を出してはいない。
 兄を支持していた貴族たちはこぞって運営が厳しくなり、中には借金がどんどん膨れ上がった者もいるようだ。まさか貴族である自分が、という無駄なプライドを持っているせいで逃げ出す者や借金をひた隠しにする者もいた。力が弱まっている状態で長兄の後ろ盾になることはかなり難しいだろう。
 だがなぜその者たちの運営が厳しくなったのか。さてはて不思議な話だ。民から搾取した税で私腹を肥やしていたところ、気付くとその金がなくなっている。これは大変だ、一体その金はどこに消えたと顔を真っ青にしたに違いない。
 その金は元の居場所に戻っただけというとてつもなく単純な話だが、貴族はそのことを公にできない。よって、できることと言えば黙って姿を消すことだけだろう。
「貴様ッ……! 政に携わっていた貴族たちがいなくなるとどうなると思っているんだ! この国は朽ち果てるぞ⁈」
「そんなわけないでしょう。この国に一体どれほど優秀な人材がいるとお思いですか。幸い、空いた席はたんまりある。そこに収まるべき人間に座ってもらえばいいだけの話ですよ」
 ここ数日城に留まっていたのはそれが理由だ。私腹を肥やす者たちが無駄に埋めていた席が空く。それならば好都合だと今まで実力はあるものの上から手柄を取られた者や、押しつぶされた者たちに声をかけた。
 彼らは俺がどういう立場に立たされどういう扱いを受けていたのかを知っている。そんな俺から声をかけられて最初こそは驚いていたが、何を成そうとしているのかわかっていたのだろう。断る人間は一人もいなかった。
 騎士だってそうだ。しっかりと機能していると思いきや、調べさせてみるとその実跡継ぎになれない次男三男が適当に鍛錬して籍を置いているだけの有様。誇りを持って在籍している者もいたものの、そういう者たちの認識の違いが問題になっていたらしい。
 ならばと使えない者たちは早々に追い出した。そもそもそんな者たちは実家の財政難で一緒に夜逃げした者がほとんどだったため、こちらは手の込んだことはしていない。
「民が苦しんでいるのに何もしないわけがないでしょう。一方兄上は何かしましたか? 貴族たちに金で物を言わせてそれどころではなかったのでは? 前線で戦ったことなど今まで一度もありませんでしたしね」
「図に乗るなッ‼」
 等々腹に据えかねたのか、俺の襟元を締め上げたまま空いている片方の拳を振り上げてきた。離れた場所にいる弟と妹の焦った声が耳に届く。
 だが、所詮剣を持って実戦で戦ったことのない男だ。掴まれている手を捻り上げそのままその身体ごと地面に叩き伏せた。更に背中は膝で押さえつけ身動きできない状態にさせる。
「貴様ッ……下賤の血がッ、純血である俺を足踏みにするなど許されるものかッ‼」
「血にこだわりを持っているのはプライドの高いお前らのような人間だけだ。正直民にとって血筋などどうでもいい。自分にとっていい王かそうでないかだ。自分が上だと言うのであれば、この体勢から逆転してみればいい」
「ぐっ、うっ……!」
 なんとか体制を整えようともがいているものの、ただ小さくみじろぐだけで俺の下から抜け出すことすらできない。これが次の王のつもりでいたのだから笑わせる。万が一攻め込まれたりでもしたらすぐに討ち取られる。
 顔色がどんどん白を通り越して青になっていくものだから、渋々と手を離した。大きく咳き込む様を見てそんなにも苦しむほどでもなかっただろうとひとりごちり、黙って見たままだった兄二人に視線を向ける。肩をはねさせ見るからに怯えている様子にはもう笑いしか出てこない。
「民を守ろうともしない愚かな王など必要ない」
 そう言い捨て、歩き出した俺の後ろをついてきたのは弟と妹だけだった。

「どうなさいましたか、王」
 声が降ってきてふと我に返る。呆けているように見えたのか、表情は変えないもののこちらの些細な変化も見逃さないようジッと見つめてくる目に軽く笑みを向けた。
「何、昔を思い返していただけだ」
 あれから上手く政は回っている。実力のある者にそれ相応の地位を与えたため、彼らは水を得た魚のように活躍してくれている。
 半ば腐敗していた騎士団だが、こちらは以前と同じように厳しい審査にしたままだ。また楽をするためだけの貴族が入ってくるのは頂けない。誠に志の高い者だけが在籍している。
 その変わり、真っ先に俺の案に乗ってきた男たちには『義賊』に昇格させ好きなように活動させている。騎士になれるほどの実力のある者もいたが、彼らは規則で雁字搦めになるよりも自由に動き回ったほうが実力を発揮するだろう。噂を聞きつけ、今では随分と俺が目をかけている義賊は増えた。
 それは空賊のラファーガであり、海賊のフエンテであったり。
 ただし自由に動けるようにはしているものの、それは決して好き勝手にしていいという意味ではない。もし何かしでかしたら例外なく相応の罰が下される。
 そして俺が王になることを望んでいた弟と妹は、それぞれの得意分野で俺のことを支えてくれている。二人共随分と逞しくなったがでかくなっても可愛いと思えるところはまだまだある。
 三人の兄だが、この国を去ったりはたまた行方不明になったりと様々だ。余程俺の下に就くことが嫌だったんだろう。俺も強制するつもりはなかったため、自由に泳がせてやった。
「お前とも随分と長い関係になったなぁ」
「そうですね。ただ私は自分の目は確かだったと自負しております。もし、貴方様が王になられていなかったら、十年前、ミストラル国は無事では済まされなかったでしょう」
 俺が王になって二、三年後だ。一気に情勢が悪くなったのは。突如現れた『人間兵器』によってイグニート国以外の国は窮地に立たされた。何せ今までの常識が一切通じない相手だったため、どこの国も後手後手の対策を取らざるを得なかった。
 今後の見通しが悪くなっていく中、その『人間兵器』もはたと音沙汰がなくなるものだからどうしたものかとまた騒然となる。いつやってくるかわからない『人間兵器』の対策に時間を割くか、それとも防衛強化のほうに舵を切るか。あの時は随分と白熱した議論だったなと今では笑えるが、当時のことを知っている者たちはさぞ胃がキリキリすることだろう。
 しかし世の中何が起こるかわかったもんじゃない。誰もが恐れていた見たことのない『人間兵器』が、まさか成人もしていない子どもだと誰が思うだろうか。しかもそれを連れてきたのは我が国お抱えの空賊という。
 初めて『人間兵器』を目にした時、どこにも向けようのない怒りを抱いたのを今でも覚えている。ただの残虐な人間ならどれほどよかっただろう、と。
 俺の目の前にいたのは生きる気力もない、あれだけの働きをしたにも関わらず相応の応酬を受けていない、正しい教育を受けれなかった虚ろな子ども。その子どもも『人間兵器』としてただの道具として扱われていたのだと知った時、イグニート国に衝動的に殴り込みに行きたくなったぐらいだ。
 俺としては、『人間兵器』を奪うことに成功したと他国に知らしめるという手もあった。ただその時はラファーガの頭の直感を信じた。逃げてきた、という言葉を信じた。子どもが変われるということを信じた。
 今その子どもは成長し無事に成人し、今ではラファーガの一員となり世界を巡っている。果たして虚ろだった子どもが生きる理由を見つけることができたのかどうか。
「ま、取りあえずこれからもしばらくよろしく頼むぜ、シルト」
「無論でございます、王」
 普段表情を変えない俺の護衛だが、ニッと笑顔を向けてやると小さく微笑がえしてきた。と、同時に激しく開かれるドア。それに驚くことはない。
「私もいることを忘れないでください、王!」
「おう、お前にも期待しているぜ。シーナ」
「くっ……私ももっと早く王と出会っていれば……!」
「私は直接会いに行ったのだ。当時お前もそうすればよかっただろう」
「私より早く王と出会ったからと何を得意げに……!」
 俺の盾と右腕だが、よくこんな言い争いをしている。最初は仲が悪いのかどうなのかと心配はしていたが、これは仲がいい証拠だろうと今ではあたたかい目で見守っている。
 さてはて、こうして賑やかでやってはいるがミストラル国を加護している精霊、ウンディーネが納得のできる結末になったのかどうか。あとで聞きに行ってみるかと仲良くしている二人を見て声を上げて笑った。
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