目撃者、モブ

みけねこ

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モブの証言「一般男子生徒」

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 僕はとある学園に通っているとある一般学部の男子生徒。今日はいつも通っている学園にある図書館がなぜか人が多かったため、一人静かに勉強をしたかった僕はひと気のないところで一人本を読んでいた。
 木々に囲まれている学園内に多々あるうちの一つの中庭だけど、わりと目立ちにくい場所にあるため他の生徒は滅多に来ない。たまに来るとしたらサボる場所を探して彷徨っていた生徒ぐらいだろうか。しかし大概そういう生徒はなぜか独り言が大きいため、すぐに先生に見つかって連れ戻されるとかなんとか。
 というわけで。ある意味この場所は発見した僕の特等席となっていた。他は誰も寄り付かない。邪魔をする人間もいない。最高な場所だ。
「ん……?」
 だというのにだ。何やら人の気配、人の話し声……! 僕の他にもこの場所を見つけた生徒がいるとでもいうのか!
 特に大きい声で話しているわけじゃなかったため、プンプン怒りながら注意するというのもおかしい。この場所は生徒であれば誰でも使える。僕だけの場所というわけでもないし、別に向こうは騒いでいるわけでもないのだから。
 でも他の誰かに見つかったのは、正直残念でならない。話し声が二つ聞こえるということは最低でも生徒二人はいるということなのだろう。静かにしているのなら僕もいちいち気にするな、と自分に言い聞かせつつ。
 一体誰がやってきたのだろうか、というのも確かに気になっていて。少し……少しだけ見ても、構わんだろう? と誰に対しての言い訳かわからず取りあえず声がするほうへと物陰に隠れつつ静かに近寄った。
「っ⁈」
 そして、突然目に飛び込んできた光景に対して叫ばなかった自分を褒めてやりたい。もう少しで大声で叫びそうになったけど。必死で手で口を覆って音を遮断した。
 い、いやいや? だって、いや? これは、驚くなというほうが無理な話ではないだろうか? いや、だってな? ここにやってきたのは生徒二人だということは確認できた。できた、が、その生徒がまさかな、と思う人物で。
 思わず目をゴシゴシ拭いてもう一度視線を向ける。見間違いじゃなかった。
「どうしたんだよ、いきなり」
「嫌、だったか……?」
「なんか近くね?」
 片方の生徒には見覚えはない。制服からして同じ一般学部なのだろう。特に顔がいいわけでもなく普通の生徒だ。だがしかし、問題はもう一人の生徒。一般学部にいるとそうお目にかかることはない、僕たちとはまた違う制服。
 そして何より、その顔を鮮明に覚えてしまう騒動がひと月前に起こったばかりだ! 忘れるわけがない!
 婚約破棄を言っておきながら婚約者にも好意を寄せていた人物にもフラれてしまった、その人だ!
「いや、その……」
「もう少しでチューしちゃいそうな距離だったぞ!」
 あっけらかんに言ってるがチューするつもりだったんだろうが王子はよぉおお! お前アホなのか⁈ 見知らぬお前アホなのか⁈
 というかそもそもあの二人はそういう関係なのか⁈ と今更ながらハッと気付く。しかし王子はひと月前にこっぴどくフラれたのでは⁈ まさかすでに次のお相手なのだろうか⁈ 色々と早くないか王子! というかそういうものなのか恋愛経験皆無の僕にはわからない!
 し、しかし、そんな恋愛経験皆無の僕がこの場で出しゃばっていいわけがない。これはそっと、見守るべきなのだろう。よくわからないが。
「うっぅん……アシエ。君、付き合っている相手はいないと言っていたな……?」
「ああ、そうだな!」
 あの生徒の名前はアシエというのか。いや待て少しだけ聞き覚えがある。確か一般学部の生徒の中で実家が鍛冶屋だという生徒がいたはずだ。「俺の店よろしくぅ!」という声が前に一度廊下で響いたことがあった。
 けれど一般学部であることには変わりない。王子はもしや貴族との交流に疲れてしまったのだろうかと憂いてしまう。王族や貴族などは腹の探り合いなどで何かと大変だろうから。無意識に庶民に癒しを求めているのかもしれない。
 あのアドニスとかいう無駄に顔が綺麗な男子生徒も一般学部だったわけだし。にしても次のお相手は……普通だ。本当に普通だ。そこらへんにいる顔だ。ただ雰囲気は明るくはある。
「……アシエ、実は……俺は君のことを、好きになったみたいなんだ」
「そうなのか? 俺も王子のこと好きだぜ!」
「いや俺の好きは……恋愛感情で、という意味だ」
「……んぉ?」
 マヌケな顔と共にマヌケな声が出たなあの生徒も~! 良くも悪くも馬鹿正直すぎる! 見ていて王子が気の毒になってくる!
「……あ! さっきのマジでチューしようとしてたってこと?」
「そ、そうだ。嫌だったか……?」
「ってか告白する前にチューしようとすんのはどうかと思う」
「くっ……ごもっともで……!」
 やめろそれ以上王子にダメージを喰らわせるんじゃない。別に正直なのが悪いってわけじゃないが、どんどん王子にダメージが蓄積されていっているのが遠目でもわかるんだからそれ以上はやめるんだ、鍛冶屋の息子。
「そ、それで……君には情けない姿を見せてばかりの俺だが、どうだろうか……」
「おう、いいぜ! 付き合おっか!」
 そんなに軽いノリでいいのか⁈ 相手は王子だぞ、王子! この国の王の紛うことなき息子! 確かに学園での生活は社交界に比べて随分と緩いだろうが、しかしそれでも「明日一緒にご飯を食べよう!」みたいなノリで王子の真剣な告白に応えるのもどうかと思うぞ!
 当事者ではないというのにハラハラと見守っている俺に反して、鍛冶屋の息子はちゃんと王子の言葉を理解したのかと疑いたくなるほどあっけらかんとしている。王子、本当にその男でいいのか。
「きっと王族ってさ、学園卒業したら今まで通り自由にできないんだろ? そしたらせめて学生であるうちは楽しんでもいいじゃん」
「アシエ……」
 ただのアホかと思いきや、庶民は庶民でも考えていたようだ。王子はもしかしたらこういうところに惹かれたのかもしれない。さっきの言葉でアドニスという生徒よりもまだいいのかもしれないと思ってしまった。
 ニカッと笑った鍛冶屋の息子に対し、王子は何やら胸を押さえている。ときめいたのか。王子相手にこう言うのはどうかと思うが、王子は少しチョロいのではないか? 今後貴族に対する駆け引きなど大丈夫なのだろうかと心配になってくる。もしくは、巷で言う「恋は盲目」ということなのだろうか。恋愛経験皆無の僕にはわからない。
 すると王子は更にグッと相手との距離を縮めた。流石にこれ以上見るのはどうかと思われるが。不思議と視線を逸らせない。これが俗に言う野次馬というやつか……!
「アシエ、その……キ、キスをして、いいだろうか」
「そっか、俺たち付き合うんだもんな。おう、いいぞ!」
 だからなんでそのノリなんだ。緊張している王子のことを少しは思いやってやれ。と思いつつも王子も絶好のチャンスと言わんばかりに遠慮がちに聞いていたくせに遠慮なしに相手の腰に腕を回して、顎に手を当てた。
 王子の顔をガン見するな、鍛冶屋の息子。そういうのは目を瞑るんじゃないのか。王子もとても気まずそうな顔をしている……けど、距離を縮めることはやめなかった。王子も王子である。
「ん……」
 なんで僕は二人が気付いていないことをいいことにガン見しているんだろう。いや今後もしかしたら僕もそういう場面が来るかもしれない。と思いつつ相手もいないし好きな相手もいないのだから今のところ絶望的なんだが。
 縮められた二人の距離は意外にも早く離れた。そっと小さく息を吐いたのは王子のほうだ。どこか恍惚な顔をしているような気がするが気のせいか。
「……どうだ?」
「別に嫌じゃなかったよ。あっ、でも俺これファーストキスだ!」
「……!」
「んぁ? あ、ごめんファーストじゃなかった」
「何⁈」
 さっきから奴は爆弾発言しかしないな。お前の言葉で一喜一憂している王子が可哀想だ。思っていてもそう簡単に口に出すなと言いたい。面識ないけど。
「一体、いつ、どこで、誰と、キスしたんだ」
 例の件がなければ王子という存在は神々しいというか、手の届かない僕たちとは違う人間だなと思っていたけれど。ドスの利いた声を聞いてそういう存在だったことを思い出した。なんせ例の件の印象が強くなってしまって、どこか身近な、僕たちと変わらない人間なんだなと思ってしまっていたから。
 しかしさっきからあの生徒はなんなんだ。王子からドスの利いた声でなんなら表情だって恐ろしいものになっているというのに、なぜそうもケロッとしていられるのか。鍛冶屋の息子だからか。鍛冶職人の父親はもっと恐ろしくてそれに慣れているとでも言うのか。
「えーっと、いつだったか。確か子どもの時に」
「そんなに前の話なのか……⁈」
「そうそう、それで」
「相手は誰だ……!」
「近所の犬」
 は? と出そうになった言葉をなんとか飲み込んだ。恐らく王子も同じ言葉を発しそうになったに違いない。さっきまで恐ろしい顔つきだったというのにあっという間に目が丸くなった。
「……犬?」
「そうそう。すっごい人懐っこい犬がいてさ、顔ベロベロに舐め回されたんだよ」
「……それは、俺も舐め回していいということだろうか」
「え、嫌だよ」
 そこは断るのかこの一般学部の生徒誰かなんとかしろ。無邪気に王子のメンタルをゴリゴリに削っていくんじゃない。
「アシエ、もう一度キスをしていいか。今度は少しだけ口を開いてくれ」
「ん? いいけど」
 流石にこれ以上は駄目だろうと物陰で視界を遮る。流石に恋人はいない恋愛経験皆無の僕でも、王子が何をしようとしているのか勘付かないわけがない。まぁ、例の鍛冶屋の息子は首を傾げたまま正直に言われた通り口を開いたようだったけれど。王子も今頃しめしめと思っているに違いない。
「んぁ……」
 見ていないけれど、ちょっと、少し艶めかしい音が聞こえてくる。ああもう、キスのどうのこうの言っていた時点でこの場から去ればよかった。野次馬とか言っている場合ではなかった。
 なんで当事者ではない僕がこんなにも恥ずかしい思いをしなければならないのか。少し艶めかしい音がしばらく続いた。
「ん……ふは……なにこれ、気持ちいー……」
「ッ……君って奴は……!」
 怖。あれは天然なのか。正直すぎて怖い。これは王子に何をされたって文句は言えないだろう。
「もう一度、していいか」
「いや……これ以上されちまったら、俺立ってらんなくなる……」
「……っ、クソ……場所の選択を間違えたな」
 王子でも言葉が汚くなることがあるだなと思わず驚いてしまった。さっきから庶民とは違う人間なんだなと思いながらも、やっぱり僕たち庶民と同じ人間だなという思いが反復横跳びしている。
「場所を移動しようか、アシエ」
「ん……」
 二つの足音が動く音が聞こえ、遠ざかっていったのを確認して僕はようやく物陰から顔を出した。恐らくだが、二人が向かった先は更にひと気のない場所。もしくは保健室だ……僕は絶対に近寄らないと誓おう。これ以上は馬に蹴られてしまう。
 しかしまさか王子が次に惚れた相手がまた一般学部の生徒とは。やっぱり社交界での駆け引きはとてもストレスなのだろう。ああやって裏表のない人間とのやり取りは癒しをもたらすのかもしれない。再び一人になったこの場所で、フッと笑みを浮かべ眼鏡をクッと押し上げる。
 彼は確かに一般学部の生徒だが、しかし決してモブではない。なぜなら『鍛冶屋の息子』というスペックを兼ね備えているからだ。
 本当のモブというのは、そもそも名前すらないものだよ。僕のようにね。
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