目撃者、モブ

みけねこ

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当事者、モブ

モブの証言「恋には愛を」

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「お忍びデート?」
「ああ」
 休み時間の生徒の気配のない場所でいつものように落ち合って喋ってたら、王子がそう話を切り出した。
 ちなみにちゃんと他の人がいないのか確認したのに、王子と喋ってる間にいつの間にか木の陰からこっちをジッと見てる美人の姿がある。あまりにもジッと見てくるもんだから気になってしょうがないけど、王子は完璧に背を向けていないものとして扱ってる様子だ。ちょっとひどいような気がする。
 美人、もといエステラさんは今日も推し活に勤しんでるようで何よりだ。
 話は戻してと。確かに休みの日は別荘で会ってお喋りして庭を散策して、そんで夜から次の日の朝までイチャイチャしてる。言われてみればそれ以外で恋人らしいことってしていないかもしれない。
 でもそもそも王子と街中を歩いたらもうそれだけで目立っちゃってデートどころじゃなくなると思うんだけど。お互い多分それわかっていていっつも別荘で会うようにしていたわけだし。
「学生である今のうちにしかできないと思ってな。それに本格的に内政に関わる前に庶民の暮らしをこの目で確かめておきたい」
「そっか! ……うん? でも前に一度行ったよな?」
 その時にうちの店にも立ち寄ったはず。他にも見て回るみたいな雰囲気してたけど、あのあと何か用事でも入ってちゃんと見て回ることができなかったんだろうか。
 そしたら王子は俺の指摘にちょっとだけ視線を泳がせて、そしていつもハキハキ喋るのに何やらゴニョゴニョ言ってる。
「……あの時は、アシエに会うのが目的だったんだ。無事会話もできて、達成感を得てそのまま帰った」
「なんでそんな可愛いこと言うかな」
「可愛いのはアシエのほうだぞ」
 いやいやおたくも中々。庶民の暮らしを見るためっていう口実で俺に会いに来たとか中々可愛いことをしてると思う。そんな乙女心で会いに来てくれたのか。
 あの時の俺は商品売れてラッキー、だったけど。
「いいぞ。しよっか、お忍びデート」
「本当か!」
「ただし、王子の服は俺が選んでくるから。前みたいな変装だとマジでバレバレだから」
「うっ……」
 あんな髪を染めただけで上質な服着てうろいついてもオーラで「王子だ!」ってすぐにわかるってーの。
 なので。俺が庶民の服を探してなるべく王子のオーラを消すように頑張るしかないわけで。折角『お忍びデート』っていうんだからしっかりと忍んでもらいたい。
「それじゃ、一回別荘で合流して。そんで着替えてからデート行くか!」
「ああ! ――ところで」
「ん?」
「あそこにいる影の鼓膜を破っておいたほうがいいか」
「なんでそんな物騒なこと言うの?」
 そもそもこの距離だと流石に俺たちの会話は聞こえない。だからデートの邪魔をされるかもしれない~っていう心配から相手の鼓膜を破るっていう物騒な発想はやめてほしい。
 エステラさんはただ推し活してるだけなんだって~。例え聞こえてたとしても流石にデートの邪魔はしてこないだろ。

 そんでもって楽しみにしていた休み。ジャックとオリバーが俺の話からして今まですっごく別荘に通っているように聞こえるかもしんないけど、意外にそうでもない。家が忙しい時は面白いほど別荘に行ってないから。
 でもそういう時って王子のほうが色々と溜まってんのか、学園内でのイチャイチャがちょっと濃厚になっちゃうのが少し困りもんだ。流石に足ガクガクになるまでチューするのは如何なものか。
 まぁでも今回はお互い楽しみにしてるデートだし、今日は楽しもう! ってことで俺も結構ルンルンである。ちゃんと王子に着せる服を紙袋に突っ込んで別荘に訪れていた。
「アシエ君、ウェルス様がお待ちですよ」
「はい!」
 出迎えてくれたのは執事長のジョナサンさんだ。最初は「アシエ様」って呼んできたもんだから全力で頭左右にブンブン振って拒否って、なんとか「アシエ君」に落ち着いた。
 ジョナサンさんはいつもの通り王子のところに俺を案内してくれて、ドアの前で立ち止まって一礼してこの場を去っていく。いつもながら惚れ惚れする仕事っぷりだ。
 ドアを開けてみたらソワソワしてる王子が俺に気付いて、ものすっごい勢いで振り返ってきた。
「待っていた」
「うん、見たらわかる。服持ってきたけど、多分着れるサイズだと思うんだけど」
「合わなかったらメイドに頼んでサイズ直ししてもらおう」
「おぉ……!」
 発想が王族だった。でもまぁそれならいっか! って早速服を渡して王子に着替えてもらう。ちなみに前回同様、一応髪は染めているらしい。少しでも王子オーラ消そうと頑張ってるみたいだ。
 王子にはサクッと着替えてもらうことにして。流石に貴族とか王族が着るようなゴチャゴチャしてるやつじゃなくて至ってシンプルなやつだから、王子一人でも着替えられるだろうってそのまま待機する。
「……どうだ?」
 そうして出来上がったのは庶民の服を着ている、王子だった。
「……う~ん」
 いやそこまで悪くはないっていうか。前回よりはずっとマシっていえばマシなんだけど。それでも作りの良い顔は隠しきれないしやっぱりオーラが漏れてる。見る人によってはお忍びってのがわかる。
 けどまぁいいか。多分モブの俺が隣に立てば多少庶民要素が付加されてマシになるはず。取りあえず帽子被ってもらってその美形を少しは隠してもらうことにしよう。
「これで大丈夫か?」
「まぁ、大丈夫ってことで!」
「そうか! ならば行こう、アシエ」
 楽しみにしていたのは俺だけじゃなかったようで。王子もポーカーフェイスを装っているものの、口の端が上がっていることに気付いていない。
 ジョナサンさんやメイドさん、他の別荘で仕えている人たちに見送られながら俺たちはお忍びデートに繰り出した。

 デート、とは言ってたけど王子の社会科見学ってことで、イチャイチャするよりもまず庶民の暮らしを見てもらうことにした。ちなみに普通に名前を呼び合っていると王子のほうはモロバレで困るため、前もって呼び方は決めていた。
「ってことで、ウェルって呼ぶわ」
「んっ⁈ んんっ……わかった」
「なんか問題あった?」
「いや……その、最中にアシエはたまにそう呼んでいるからな……」
「え? そうなんだ? 無自覚だったわ。っていうかそれだけでえっちなこと思い出してるってスケベだな」
「……男は皆そうなんだろうが」
「そうだけど」
 そういうことで安直だけどデートしている間だけ「ウェル」って呼ぶことにして、早速あちこちを見て回る。前回本当にうちの鍛冶屋にしか来なかったようで、見るものすべて目新しいです! っていう顔で目をキラキラしながら王子改めウェルはキョロキョロしてる。
 ちなみに何かあったら困るってことで、護衛の人には少し離れた場所からついてきてもらってる。これを決めた時もちょっと揉めた。
「デートに他の男を連れて行く気か」
「いや何かあったら大変だろ。騎士でもねぇ俺は何かあったってなんにもできないんだから」
「安心しろ。アシエは俺が守る」
「だから王子のほうが何かあったら大変だっての! 俺ができることといや相手にラリアット喰らわせるぐれぇよ⁈」
「……それでも十分のような気がするが」
 まぁゴタゴタ言ったあとに俺がなんとか押し切って、護衛の人たちは陰ながら俺たちのことを見守ってくれている。
 ともあれ、あちこち見て気になったことを聞いてくるウェルに俺がわかる範囲で答えてあげてと、デートよりも社会科見学の色のほうが濃くなってるような気がしないでもないけど。
 でもウェルにとっては必要なことだからそれでもよし! それに俺もこうしてウェルと一緒に歩くの楽しいし。
「賑やかだな。毎日こういう雰囲気か?」
「そうだよ。ウェルのお父さんたちが頑張ってくれてるおかげだな!」
「そうだな」
 フッと小さく笑ったウェルがどこか誇らしげだ。そりゃ自分の父親の頑張りを褒めてもらったら嬉しいに決まってる。俺だってそうだ。父ちゃんの作る物が使い勝手いいとか愛用しているとか言われたら、父ちゃんじゃねぇっていうのに俺が胸張ってるもん。
 色んな人とすれ違いながら歩いているわけだけど、治安はいいとはいえスリがまったくないとも言えない。取りあえず財布だけはちゃんと持っててと注意する。
「治安が悪いわけでもないのにか」
「まぁ、ラクして金儲けしてぇって思う奴はいるからな~。だから気を付けて――」
 と言ったそばから、何やらウェルの近くにいる男の動きが怪しい。ちょっと離れているところにいる騎士さんたちが動こうとしているのが見えた。
 けどその男の動きがどっちかっていうと、スリっぽくなくて。もしかして……とか思ってる間に男の手をウェルがガッと掴んだ。
「なんだ」
「い、いえ……!」
 ウェルに凄まれて、顔を真っ青にした男はピューッと素早く逃げていった。
「……なぜ俺の尻を触ろうと」
 そう、男はスリじゃなくて痴漢のほうだった。
「うーん、やっぱ綺麗な顔を完璧に隠しきれてねぇからなぁ」
「……」
「ん? どした?」
「いや……アシエにとって、俺は好みの顔か?」
「好みっていうか、まぁウェルだから好きな顔だな!」
「ゔっ!」
 いきなり胸をギュッと押さえてすごい声出してきた。たまにウェルの挙動がわからん。
「ウェル小腹空いてね? なんかちょっと食おうよ」
「あ、ああ。露店も色々あるんだな」
「立ち食いしたことは?」
「初めてだ」
「なら初めてのおつかいやってみるか!」
 社会科見学だから普段やったことないことをとことんやってみてもらいたい。俺の言葉にウェルも笑顔で頷いて、しっかりと持ってた財布を取り出してきた。最初鍛冶屋で会った時の苦い思い出がちょっと蘇る。
「……金貨だらけじゃねぇよな?」
「大丈夫だ、ちゃんとメイドに教えてもらった。ああいう店なら銅貨で事足りるんだろう?」
「そうそう!」
 ナイスメイドさん。金貨ジャラジャラ持ち歩いたウェルに物申してくれたようだ。ちょっと財布の中身を見せてもらったけど、無事銅貨がちゃんと入ってる。もしもの時のためなのか、銀貨も数枚入ってた。もしかしたら護衛している騎士の人たちが金貨を持っているのかもしれない。
 それじゃ、銅貨を持っているウェルにはお店で串焼き買ってもらうことにして。俺は近くにあるベンチで待つことにした。
 いい天気だしまさにデート日和ってやつで。街中もいつも通り賑わっている。人混みの中露店で頑張って買い物してるウェルを遠くから見守りつつ、なんだか楽しくてにこにこしてしまう。
 とまぁ、そこではたと気付いたわけよ。俺の目の前に色んな人が行き交っていて、ウェルはまぁ変装したとはいえ目立っているからいいものの。
 もしかしたらモブの俺、今見事に人混みに紛れ込んでんじゃないの?
「あ~、ウェル無事に見つけられるかな」
 これで見つけられなかったとしても怒るもんじゃないけど。そんだけ俺って見事に溶け込んでたんだな~って思うだけで。そういう時はこっちからウェルを見つければいいだけの話だし。
 店員さんとお金と商品の受け渡しに成功したウェルが後ろを振り返ったのが見えた。あ、ちょっとだけキョロキョロしてる。
 やっぱ見つけらんないか~、って笑おうとしたらだ。
「お?」
 何やら目が合った。目が合った瞬間、ウェルが真っ直ぐに俺のところに向かってくる。
 誰かにぶつかることなくスルスルと人の間をぬってやってきたウェルは、俺の目の前に立ち止まって無事買うことができた串焼きを差し出してきた。
「無事に買えたぞ」
「お、おお……ってかよく俺のこと探せたな」
 あんだけ人がいたのに。キョロキョロしてたけどすぐ俺と目が合っていた。ウェルは少しキョトンとした顔をして、そしてすぐに笑顔を浮かべた。
「アシエならすぐに探し出せる」
 なんかわかったような気がする。ウェルは顔がいいしオーラもあるから簡単に見つけることができると思ってたけど。
 でもきっと、俺がウェルのこと好きだからより一層輝いて見えるんだろう。
「どうした? アシエ」
「ウェル。ちょっとこっち」
「ん?」
 串焼きを落とさないようにウェルの手首を掴んで、人の間をぬって人通りの少ないところに移動する。少し裏路地に入れば面白いほど人の気配はなくなる。
 表は相変わらず賑やかな声とか音が聞こえて、二人っきりになった裏路地はそれに反してシンと静まり返っていた。ただウェルの不思議そうな顔が俺のほうを向いてる。
「アシ……」
 少し首を伸ばして、俺からキスをした。
 まん丸な目で見てくるウェルスにちょっとだけ笑って、もう一度。護衛の人たちは近くにいて俺たちの気配を確かめているだろうけど、角度的に見えていないはず。
 俺の唐突な行動にウェルスは相変わらず固まったまま。でもすぐに串焼きを持っていないほうの手で俺の腰を抱き寄せてきた。
「はっ……アシエ、人に見られるんじゃ」
「こんなとこ覗き込むような野暮な真似はしねぇよ。それに庶民じゃこういうことやってる人いる」
「そ、そうなのか?」
「そう」
 物陰とかでイチャイチャしてる人をたまに見かけることがある。まぁ仲良いんだなぁとか家に帰ってからでよくね? って思ったことはあるけど。でも今ならその人たちの気持ちがわかる。
「ウェルスにキュンキュンしてキスしたくなった」
 正直に答えたら、目を丸くしたウェルスがちょっとだけ顔を赤くして更に俺を抱きしめてきた。
「……この串焼き、どうする」
「折角だから食おっか」
「……お忍びデートもいいが」
 身体を離して渡してきた串焼きを受け取る。表のほうに戻ろうとする前に一旦ウェルスは足を止めた。
「外だと思う存分アシエを独り占めできないな」
 まぁそれもそうだ。人の目があるし何よりウェルスの正体がバレたらきっと面倒なことになる。
 でも別に悪いことばかりじゃない。一緒に歩いて回れるし、一緒のものを見れるし、一緒に美味しいものを食べることもできる。それにさっきみたいにコソッと隠れてキスするのもスリルがあって楽しい。
 俺が串焼きを食い始めたっていうのに中々表に出てこようとしないウェルスがちょっと子どもっぽくて笑ってしまう。っていうか可愛くてキュンキュンする。そんなウェルスの手を引いて、耳元に向かって背伸びをした。
「あとでたっぷりご褒美あげるから」
 顔を離したら真っ赤になってる顔が目の前にあった。そのあとすぐにその目がギラついて、自分に正直で何よりとウェルスの口に串焼きを突っ込んでやった。
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