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目撃者、生徒
侯爵令息の証言
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僕は自分の顔が美しいことを知っている。この顔が有効活用できると知ってからひたすら自分に磨きをかけ続けた。
人はまず最初に顔を見て判断する。そしてその次に所作だ。顔だけ美しくても所作が美しくないとわかれば見掛け倒しなのだと判断される。だから美しい所作を身に着けるように努力した。頭の天辺から足の爪先まで、隅々美しく。
人の醜さは内面から滲み出る。社交界では妬み人の足を引っ張ることしか考えない人間は、男女関係なしに見掛けだけの美しさで醜いものだった。僕はああなってたまるものかとひたすら努力した。
そうして出来上がった今の自分自身に、今度は見合う人をと望んでしまう。貴族同士では政略結婚もまぁまぁ多い。けれど例え政略結婚だとしても、相手は自分より優れているか努力を惜しまない人、尊敬する人がいいと切望した。
しかしこれがまた探すのが難しい。僕の目に美しく映る人はあまりいなかった。
そんな時出会った。隅々まで美しい人が。
堂々たる佇まいに隅々まで行き渡っている美しい所作。己の立場に相応しい立ち振る舞い。この人のためならばどんな努力も惜しまない、いくらでも尽くしてみせる。そう思える人。
しかしまた残念な事実が発覚する。その人にはすでに婚約者がいた。この婚約者もまたその人と同じく美しい人だった。どこからどう見ても、お似合いの二人だった。僕が付け入る隙などどこにもない。
と、思っていたらだ。今度は婚約破棄と来た! 正直これはチャンスだと思った。
だって相手はどう見ても相応しくない。しかも庶民だ。代々王族は恋愛結婚だと聞いていたが、これは絶対に将来別れると思っていた。
などなど色々と思案している中、婚約破棄は成立するわまさかの相手には別に好きな人がいるわ。彼は一度に婚約者と想い人を同時に失った。
正直これもチャンスだと思った。傷心中の彼を慰めて自分の存在を知ってもらう。あなたに必要な人間だとアピールできる。僕は他の誰かに目移りすることなど決してないし、将来性を考えても悪い話ではないはず。
と、思っていたらだ。チャンスは中々やってこなかった。
まず落ち込んでいる彼の姿が見当たらない。隠れるように傷付いた心に向き合っていることがわかったけれど、それにしても見つからない。気が急くばかりでとうとう見つけることができなかった。
その間にあんなに暗い顔をしていた彼が、いつの間にか明るい表情に戻っていた。初恋を吹っ切ることができたのだとわかったけれど、何が理由でそうなったのかはわからない。立ち直るには早すぎたからだ。
彼の身に何かあったのは確か。そう思い調べてみたらだ、とんでもない事実が発覚した。
どうやら彼は、隠れるようにとある生徒と会っているらしい。その生徒が、一般学部の生徒だった。
正直頭に血が上った。あの時の僕は正気ではなかったと今ではわかる。だって、初恋を向けた相手が庶民だった。その庶民にフラれたというのに、また庶民に恋する彼を理解できなかった。
きっとその庶民が傷心中の彼に付け込んだのだろう。大した学があるわけでもない、大した所作を身に着けているわけでもない。ただただめずらしいから彼の目を引いた庶民が憎らしい。
身元を突き止め、呼び出し、忠告と共に安物のナイフを突きつける。脅せば簡単に彼から離れると思っていたのに。
そういえばその生徒、鍛冶屋の息子だった。
僕は正直刃物や武器などに詳しくない。安物のナイフだということはわかっていたが、そんなにも切れ味が悪いとは思わなかった。色々と論破されていよいよもって立場がなくなった。
正直今まで誰かを物理的に攻撃しようと思ったことはないし、攻撃的になるということは自分に自信がないという証拠なのだとわかっていた。この時の僕は本当にどうにかしていた。平常心ではなかった。
結局僕の策略など王子に見事看破され、手のひらは痛いし手首は痛いし。こんなに痛い思いをしたのも初めてで涙が止まらなかった。
ただ見下していた庶民が僕の背中を擦ってくれた時、少しだけ我に返れたような気がした。特に美しくもない特徴のない顔。能天気に生きてきたんだろうと思っていた手は、思いの外分厚く骨張っておりタコがいくつもできていた。彼も彼で、鍛冶屋の息子として絶え間なく努力をし続けてきたのだろう。
無駄に明るい笑顔は僕の馬鹿みたいな行動を咎めることはしない。なんだこの光は。王子はこういうところを好きになったのだろうか。
そんなことを考えていたら王子に酷い目に合わされた。
「ぅわああんっ!」
当時のことを思い出してベッドから起き上がった僕は枕をベッドに叩きつける。
王子はあの無駄に圧倒的な光に惹かれたのかと思ったら! そうじゃなかった! 誰が、あの、マヌケな顔が! あんな顔をすると思うだろうか⁈
「無駄に! エロい顔をしやがって!」
ボフボフと何度も枕を叩きつけながら口もついつい悪くなる。王子も王子で見せつけるためにねっとりとしたキスに下半身にも刺激を与え、より一層彼の感度を上げていた。
あのあと本当に大変だったんだ! 手のひらも手首も痛かったのに痛い箇所が増えた! 前屈みになりながら急いでトイレを探す僕の姿はさぞ滑稽だったはずだ!
「うぅ……何より嫌なのが、王子で反応したわけじゃないことだっ」
思ってもみないところから優しさのパンチをもらい、痛みによって判断力が鈍っているところにあのギャップだ。王子はきっとわかってた。わかってやってた。王族たるもの弱みを見せない人生だろうけれど、まさかあんな状況で腹黒さを目の当たりにするとは思ってもみなかった。
「フフ、何やらお困りの様子ね」
「っ⁈ 姉上!」
「ドアはしっかりと閉じておくべきよ。聞こえてたわ」
三歳が離れている姉上がドアに寄りかかり腕を組んで立っていた。顔が僕とそっくりなものだから妙に絵になっている。
「新たな扉を開けた貴方におすすめの一品があるわ」
流石は僕と性格も似ている姉上、あの時のあれのせいで新しい扉が開いてしまってずっと悶々している僕に気付いたか。
姉上はコツコツと歩み寄ってくると胸の谷間から一冊の薄い本を取り出した。
「これ、読んでみて」
「……? なんですか、これは」
「読めばわかるわ」
素直に本を受け取り、言われるがまま本に目を通す。この薄さやインクの滲み具合からして一般的に売られているものではなく、個人的に作っているものかもしれない。そう思いながら、一枚、また一枚とページをめくっていく。
「こ……これは……!」
主人公である王子は想い人に気持ちを伝えたものの、その想い人にもまた別の想い人がいて主人公は儚く振られてしまう。そこから一人で立ち直っていくという物語だった。
とてもデジャヴである。
交流会での話は社交界には出回っていない。そもそも気まずすぎて貴族であのことを話題としてお喋りする人間はいなかった。出回る可能性がほぼほぼ低い内容が、こうして記されているということは……犯人は一般学部の生徒。
「どう?」
「……とても……悶えます……!」
「フフフ、そうでしょうそうでしょう」
犯人のことはさておき。流石は父と母からも似たもの姉弟と言われている僕たち。どうやら趣味趣向も似ているようだ。
「ようこそ、こちらの世界へ」
恍惚な笑みを浮かべ、姉上は両腕を広げてきた。
まぁ結果、悔しいことに僕は見事にはまってしまったようだ。もう一度あの顔を見たいと勢いのままゴリ押ししてしまったが、結局王子に見つかり怖い目に合った。次は何をされるかわからない。
確かに王子のことは今でもお慕いしている。しかし例の彼が言っていたように今の僕は王子を推している、という状態だろう。しかも王子単体ではなくあのペアを、である。
僕があんなことをしでかしてしまった故に、休憩時間あの二人を探すのに苦戦を強いられている。とにかく僕の視界に入らない場所に移動しているようだ。何から何まで完璧だと思っていた王子にあそこまでの嫉妬心と執着心があるとは。僕も所詮王子の仮面を被っている彼の姿しか見えていなかったというわけか。
けれど、やっぱり、せめてもう一度だけ……! という願いがやめられない止まらない。
「あ!」
廊下を歩いていると唐突にそんな声が聞こえて反射的に顔を上げ、そして一瞬固まった。
「こんにちは! エステラさん!」
まっぶし~! パッと笑顔を浮かべてそう挨拶してくるものだから思わず目をギュッと細めてしまった。
が、ハッとした僕は急いで周りを見渡した。一対一で会うなと口酸っぱく言われたからだ。
「き、君一人か……? 王子は……」
「ああ、俺こっちから来たんで」
そう言って指差した方向は一般学部の校舎だった。この学園は貴族と庶民と校舎が分かれているが共有スペースもあるし、こうして渡り廊下ですれ違うこともある。まるっきり出会わないというわけでもない。
それに貴族からだと多少なら一般学部の校舎に立ち入ることもできる。まぁ、一般学部の校舎に入るもの好きはそうはいないが。
「そ、そうか、一人か」
「そんなに怯えなくても」
「王族に睨まれる恐怖が君にはわからないか」
「ほあ?」
やっぱりマヌケな返事だ。それもそうだろう、彼が対面したことがある王族は王子だけだろうしその王子は彼にはああいう態度なのだから。王族に対してそこまでの恐怖を抱く機会が彼にはない。
しかし、しかしだ。王子はこの場にはいないがある意味でチャンスだ。
「元気でした?」
「あ、ああ、見ての通りだ。ところで……君の実家は鍛冶屋だったな」
「そうですそうです!」
正直学園内でないと貴族と庶民の交流など発生しない。ならば、今まで数多く見逃してきたチャンスというものを活かさなければなんとする。
「その……護身用のナイフとかも取り扱っているのか?」
「もちろんありますよ! なんか身の危険でも感じているんですか?」
「正直僕は自分に磨きをかけてきたが、身体を動かす系はまるっきり駄目だ。しかしこの顔もあって身を狙われることも度々あってな。そのために護身用のナイフがあればいいと思っていたんだ」
正直我が侯爵家ならば名のある職人に頼むのは簡単なことだし商品もすぐに届くだろう。しかしやっぱりこういうのは実際自分の目で確かめたほうがいいと思う。という建前を使うことにする。
僕の言葉に彼は「なるほど!」と大きく頷き、まったく疑う様子を見せない。寧ろ「自分のところの商品売れるかもしれない! ラッキー!」と思ってそうだ。
「殺傷能力高めがいいですか?」
「殺……⁈ いいや普通に使えるものでいい! 流石に過剰防衛だと何かあった場合こちらの不利になる」
にこにこ顔でおっかないことを言ってきた。流石にびっくりする。
「わかりました! そしたらうちに来る日が決まったら教えてくださいよ。俺がいたほうが学割利いて安いですよ」
「学割……?」
「あ! そっかエステラさんにはそういうのわかんないですよね! でもこれを機に学割やってみません?」
「そ、そうだな。その学割とやらも気になるし……日程が決まったら知らせ――ひぃっ⁈」
ゾッと背筋に悪寒、まるで蛇に睨まれた蛙。自分の真後ろに一体何がそびえ立っているのか嫌でもわかる。わかるから振り返りたくない。けれど、目の前にいる彼の表情がパッと輝くものだから思わず「かわよ」と心で呟いてしまった。
背中の悪寒は更に強いものになったけど。
「一対一で会うなと言ったはずだが……?」
「ちちち違います王子、故意ではないのです!」
「マジでたまたま会っただけですから!」
「……そうなのか? アシエ」
「そう! そもそも一対一じゃないですし! 他にも生徒いますし!」
彼の言う通りこの廊下には他の生徒の姿もちらほらと見えている。一対一ではないし、他の生徒がいるから彼も王子に対して敬語で喋っている。
僕の背後でまるで魔王のようなオーラを放っていた王子の様子がほんの少しだけ和らぐ。しかし僕を警戒していることには変わりない。もしかすると、先程の会話も聞かれていたのかも。
「それで、アシエの鍛冶屋に行くのか。一人で」
やっぱり聞かれていた。あからさまな牽制。なんとまぁ、独占欲が強い。
「は……はい……」
「そうか」
しれっと彼の隣に立った王子は隙のない完璧な笑顔をにこっと浮かべた。
「ならば俺も一緒に行こう。社会勉強だ」
「え? でもこの間だって――」
「学びは尽きないものだ。ではあとで日時を知らせる」
彼の言葉を遮り王子はにこりと告げる。そこで予鈴が鳴り僕たちよりも教室が遠いのか、彼は慌ててパタパタと走っていった。残された僕たち二人だが、少し前までだったらこの状況を大いに喜んでいたというのに今は冷や汗が止まらない。
しかし、しかしだ。ここは前向きに考えよう。最初の予定だと彼一人に会いに行くというものだったが、王子も一緒に行くことになった。ということはつまりだ。
もしかしたらまた見れるかもしれないということだ!
「王子」
「なんだ」
「当日僕に気にすることなく彼とお喋りしてください。その時僕は遠くに離れているので」
「お前の前で二度とあの表情にはさせない。安心しろ」
「……えー……」
そんな殺生な。
美しい顔を常にキープしている僕が眉を下げ、ぽろりと零れた言葉に王子は勝ち誇ったように鼻で笑ってみせた。
人はまず最初に顔を見て判断する。そしてその次に所作だ。顔だけ美しくても所作が美しくないとわかれば見掛け倒しなのだと判断される。だから美しい所作を身に着けるように努力した。頭の天辺から足の爪先まで、隅々美しく。
人の醜さは内面から滲み出る。社交界では妬み人の足を引っ張ることしか考えない人間は、男女関係なしに見掛けだけの美しさで醜いものだった。僕はああなってたまるものかとひたすら努力した。
そうして出来上がった今の自分自身に、今度は見合う人をと望んでしまう。貴族同士では政略結婚もまぁまぁ多い。けれど例え政略結婚だとしても、相手は自分より優れているか努力を惜しまない人、尊敬する人がいいと切望した。
しかしこれがまた探すのが難しい。僕の目に美しく映る人はあまりいなかった。
そんな時出会った。隅々まで美しい人が。
堂々たる佇まいに隅々まで行き渡っている美しい所作。己の立場に相応しい立ち振る舞い。この人のためならばどんな努力も惜しまない、いくらでも尽くしてみせる。そう思える人。
しかしまた残念な事実が発覚する。その人にはすでに婚約者がいた。この婚約者もまたその人と同じく美しい人だった。どこからどう見ても、お似合いの二人だった。僕が付け入る隙などどこにもない。
と、思っていたらだ。今度は婚約破棄と来た! 正直これはチャンスだと思った。
だって相手はどう見ても相応しくない。しかも庶民だ。代々王族は恋愛結婚だと聞いていたが、これは絶対に将来別れると思っていた。
などなど色々と思案している中、婚約破棄は成立するわまさかの相手には別に好きな人がいるわ。彼は一度に婚約者と想い人を同時に失った。
正直これもチャンスだと思った。傷心中の彼を慰めて自分の存在を知ってもらう。あなたに必要な人間だとアピールできる。僕は他の誰かに目移りすることなど決してないし、将来性を考えても悪い話ではないはず。
と、思っていたらだ。チャンスは中々やってこなかった。
まず落ち込んでいる彼の姿が見当たらない。隠れるように傷付いた心に向き合っていることがわかったけれど、それにしても見つからない。気が急くばかりでとうとう見つけることができなかった。
その間にあんなに暗い顔をしていた彼が、いつの間にか明るい表情に戻っていた。初恋を吹っ切ることができたのだとわかったけれど、何が理由でそうなったのかはわからない。立ち直るには早すぎたからだ。
彼の身に何かあったのは確か。そう思い調べてみたらだ、とんでもない事実が発覚した。
どうやら彼は、隠れるようにとある生徒と会っているらしい。その生徒が、一般学部の生徒だった。
正直頭に血が上った。あの時の僕は正気ではなかったと今ではわかる。だって、初恋を向けた相手が庶民だった。その庶民にフラれたというのに、また庶民に恋する彼を理解できなかった。
きっとその庶民が傷心中の彼に付け込んだのだろう。大した学があるわけでもない、大した所作を身に着けているわけでもない。ただただめずらしいから彼の目を引いた庶民が憎らしい。
身元を突き止め、呼び出し、忠告と共に安物のナイフを突きつける。脅せば簡単に彼から離れると思っていたのに。
そういえばその生徒、鍛冶屋の息子だった。
僕は正直刃物や武器などに詳しくない。安物のナイフだということはわかっていたが、そんなにも切れ味が悪いとは思わなかった。色々と論破されていよいよもって立場がなくなった。
正直今まで誰かを物理的に攻撃しようと思ったことはないし、攻撃的になるということは自分に自信がないという証拠なのだとわかっていた。この時の僕は本当にどうにかしていた。平常心ではなかった。
結局僕の策略など王子に見事看破され、手のひらは痛いし手首は痛いし。こんなに痛い思いをしたのも初めてで涙が止まらなかった。
ただ見下していた庶民が僕の背中を擦ってくれた時、少しだけ我に返れたような気がした。特に美しくもない特徴のない顔。能天気に生きてきたんだろうと思っていた手は、思いの外分厚く骨張っておりタコがいくつもできていた。彼も彼で、鍛冶屋の息子として絶え間なく努力をし続けてきたのだろう。
無駄に明るい笑顔は僕の馬鹿みたいな行動を咎めることはしない。なんだこの光は。王子はこういうところを好きになったのだろうか。
そんなことを考えていたら王子に酷い目に合わされた。
「ぅわああんっ!」
当時のことを思い出してベッドから起き上がった僕は枕をベッドに叩きつける。
王子はあの無駄に圧倒的な光に惹かれたのかと思ったら! そうじゃなかった! 誰が、あの、マヌケな顔が! あんな顔をすると思うだろうか⁈
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あのあと本当に大変だったんだ! 手のひらも手首も痛かったのに痛い箇所が増えた! 前屈みになりながら急いでトイレを探す僕の姿はさぞ滑稽だったはずだ!
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思ってもみないところから優しさのパンチをもらい、痛みによって判断力が鈍っているところにあのギャップだ。王子はきっとわかってた。わかってやってた。王族たるもの弱みを見せない人生だろうけれど、まさかあんな状況で腹黒さを目の当たりにするとは思ってもみなかった。
「フフ、何やらお困りの様子ね」
「っ⁈ 姉上!」
「ドアはしっかりと閉じておくべきよ。聞こえてたわ」
三歳が離れている姉上がドアに寄りかかり腕を組んで立っていた。顔が僕とそっくりなものだから妙に絵になっている。
「新たな扉を開けた貴方におすすめの一品があるわ」
流石は僕と性格も似ている姉上、あの時のあれのせいで新しい扉が開いてしまってずっと悶々している僕に気付いたか。
姉上はコツコツと歩み寄ってくると胸の谷間から一冊の薄い本を取り出した。
「これ、読んでみて」
「……? なんですか、これは」
「読めばわかるわ」
素直に本を受け取り、言われるがまま本に目を通す。この薄さやインクの滲み具合からして一般的に売られているものではなく、個人的に作っているものかもしれない。そう思いながら、一枚、また一枚とページをめくっていく。
「こ……これは……!」
主人公である王子は想い人に気持ちを伝えたものの、その想い人にもまた別の想い人がいて主人公は儚く振られてしまう。そこから一人で立ち直っていくという物語だった。
とてもデジャヴである。
交流会での話は社交界には出回っていない。そもそも気まずすぎて貴族であのことを話題としてお喋りする人間はいなかった。出回る可能性がほぼほぼ低い内容が、こうして記されているということは……犯人は一般学部の生徒。
「どう?」
「……とても……悶えます……!」
「フフフ、そうでしょうそうでしょう」
犯人のことはさておき。流石は父と母からも似たもの姉弟と言われている僕たち。どうやら趣味趣向も似ているようだ。
「ようこそ、こちらの世界へ」
恍惚な笑みを浮かべ、姉上は両腕を広げてきた。
まぁ結果、悔しいことに僕は見事にはまってしまったようだ。もう一度あの顔を見たいと勢いのままゴリ押ししてしまったが、結局王子に見つかり怖い目に合った。次は何をされるかわからない。
確かに王子のことは今でもお慕いしている。しかし例の彼が言っていたように今の僕は王子を推している、という状態だろう。しかも王子単体ではなくあのペアを、である。
僕があんなことをしでかしてしまった故に、休憩時間あの二人を探すのに苦戦を強いられている。とにかく僕の視界に入らない場所に移動しているようだ。何から何まで完璧だと思っていた王子にあそこまでの嫉妬心と執着心があるとは。僕も所詮王子の仮面を被っている彼の姿しか見えていなかったというわけか。
けれど、やっぱり、せめてもう一度だけ……! という願いがやめられない止まらない。
「あ!」
廊下を歩いていると唐突にそんな声が聞こえて反射的に顔を上げ、そして一瞬固まった。
「こんにちは! エステラさん!」
まっぶし~! パッと笑顔を浮かべてそう挨拶してくるものだから思わず目をギュッと細めてしまった。
が、ハッとした僕は急いで周りを見渡した。一対一で会うなと口酸っぱく言われたからだ。
「き、君一人か……? 王子は……」
「ああ、俺こっちから来たんで」
そう言って指差した方向は一般学部の校舎だった。この学園は貴族と庶民と校舎が分かれているが共有スペースもあるし、こうして渡り廊下ですれ違うこともある。まるっきり出会わないというわけでもない。
それに貴族からだと多少なら一般学部の校舎に立ち入ることもできる。まぁ、一般学部の校舎に入るもの好きはそうはいないが。
「そ、そうか、一人か」
「そんなに怯えなくても」
「王族に睨まれる恐怖が君にはわからないか」
「ほあ?」
やっぱりマヌケな返事だ。それもそうだろう、彼が対面したことがある王族は王子だけだろうしその王子は彼にはああいう態度なのだから。王族に対してそこまでの恐怖を抱く機会が彼にはない。
しかし、しかしだ。王子はこの場にはいないがある意味でチャンスだ。
「元気でした?」
「あ、ああ、見ての通りだ。ところで……君の実家は鍛冶屋だったな」
「そうですそうです!」
正直学園内でないと貴族と庶民の交流など発生しない。ならば、今まで数多く見逃してきたチャンスというものを活かさなければなんとする。
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「もちろんありますよ! なんか身の危険でも感じているんですか?」
「正直僕は自分に磨きをかけてきたが、身体を動かす系はまるっきり駄目だ。しかしこの顔もあって身を狙われることも度々あってな。そのために護身用のナイフがあればいいと思っていたんだ」
正直我が侯爵家ならば名のある職人に頼むのは簡単なことだし商品もすぐに届くだろう。しかしやっぱりこういうのは実際自分の目で確かめたほうがいいと思う。という建前を使うことにする。
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にこにこ顔でおっかないことを言ってきた。流石にびっくりする。
「わかりました! そしたらうちに来る日が決まったら教えてくださいよ。俺がいたほうが学割利いて安いですよ」
「学割……?」
「あ! そっかエステラさんにはそういうのわかんないですよね! でもこれを機に学割やってみません?」
「そ、そうだな。その学割とやらも気になるし……日程が決まったら知らせ――ひぃっ⁈」
ゾッと背筋に悪寒、まるで蛇に睨まれた蛙。自分の真後ろに一体何がそびえ立っているのか嫌でもわかる。わかるから振り返りたくない。けれど、目の前にいる彼の表情がパッと輝くものだから思わず「かわよ」と心で呟いてしまった。
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「ちちち違います王子、故意ではないのです!」
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「……そうなのか? アシエ」
「そう! そもそも一対一じゃないですし! 他にも生徒いますし!」
彼の言う通りこの廊下には他の生徒の姿もちらほらと見えている。一対一ではないし、他の生徒がいるから彼も王子に対して敬語で喋っている。
僕の背後でまるで魔王のようなオーラを放っていた王子の様子がほんの少しだけ和らぐ。しかし僕を警戒していることには変わりない。もしかすると、先程の会話も聞かれていたのかも。
「それで、アシエの鍛冶屋に行くのか。一人で」
やっぱり聞かれていた。あからさまな牽制。なんとまぁ、独占欲が強い。
「は……はい……」
「そうか」
しれっと彼の隣に立った王子は隙のない完璧な笑顔をにこっと浮かべた。
「ならば俺も一緒に行こう。社会勉強だ」
「え? でもこの間だって――」
「学びは尽きないものだ。ではあとで日時を知らせる」
彼の言葉を遮り王子はにこりと告げる。そこで予鈴が鳴り僕たちよりも教室が遠いのか、彼は慌ててパタパタと走っていった。残された僕たち二人だが、少し前までだったらこの状況を大いに喜んでいたというのに今は冷や汗が止まらない。
しかし、しかしだ。ここは前向きに考えよう。最初の予定だと彼一人に会いに行くというものだったが、王子も一緒に行くことになった。ということはつまりだ。
もしかしたらまた見れるかもしれないということだ!
「王子」
「なんだ」
「当日僕に気にすることなく彼とお喋りしてください。その時僕は遠くに離れているので」
「お前の前で二度とあの表情にはさせない。安心しろ」
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