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これからの二人
友人に対する証言
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今日は盛大なパレードがあるってことで、街の中は色んな人で大賑わいだ。あちこちで露店が開かれ子どもたちは元気に走って、恋人たちはお互いに花を送り合っている。
時間を見計らって少しだけ店から抜け出した。多分もうそろそろ近くを通りかかるところだろう。他の人もそれに気付いてか、あちこちから顔を出している。そしてしばらく待っていると目の前に現れた姿に、ワッと歓声が上がった。
今日は王子とその妻となる女性との結婚のお祝いパレードだった。
王子もそして隣りにいる女性も見目麗しく、あちこちから感嘆の声が上がる。ほぅ、と思わず息をつく美しさだ。その一箇所だけが光に包まれているような光景だった。
それを俺は遠目から眺めている。もちろん二人を祝福しながら。ここにいる人たちはきっと誰一人として、学生でいる間あの王子の恋人が俺だったとは思わないだろう。
あの時のことがもう遠い過去のように思えてしまう。当時ももちろん、このまま続くはずはないと思っていた。これはほんのひと時のもの、卒業してしまえばきっと王子と気さくに関わり合うことはない。王族と、そしてただの庶民としての関係性に戻る。
女性と一緒に笑顔で手を振っている王子が眩しく見える。俺があの人の隣に立っていたのが信じられないぐらいだった。でもきっと今後、王子はあの女性と幸せな家庭を築いて国を支えていくんだろう。
俺はきっと、今後誰かと家庭を持つことはない。王子との関係は終わってしまったけれど、この気持ちが終わることはないから。だから。
「きっとこれでよかったんだ」
視界が滲むのはきっと、太陽が眩しいからだ。
「解釈違いッ‼」
ダンダンッ! と机が激しく揺れるのをお構いなしに拳を叩きつける。まったくもって解釈違い。これを書いた人物は一体どういうつもりで書いたのか、小一時間、いやそれ以上にとつとつと問い詰めたい気分だ。
「騒がしいわよ、エステラ。何をそんなに興奮してるの」
「しかし姉上ッ!」
「貴方が私の有志の薄い本を読みたいって言うから持ってきたのに。そんなに癇癪を起こすものではないわ」
「ですがこれはないですッ‼」
これを書いた人物には申し訳ないが。そもそもウェルス様が今の恋人を簡単に諦めるわけがないというかそもそも恋愛ポンコツから想像できないほどの執着心を持つようになったのだから逃がすわけがないし他の人間に惹かれることも絶対にない。もしこれを当人に見せようものなら八つ裂きにして派手に燃やしているところだろう。
例え国のためとはいえ、この国の王族は恋愛結婚。政略結婚など逆に成立するものかそんなもの今の王と王妃が許すはずがない。よって、これはウェルス様とその相手のことをまったく知らない、名前と立場だけを借りた創作物。
「書くならちゃんと調べろぉーッ‼」
「投げては駄目よ、エステラ」
投げそうになった薄い本を、姉上の言葉で渋々ソッと机の上に置く。僕は二人がイチャイチャしている薄い本を読みたかっただけだというのに。
「んで? 悔しくなって俺に会いに来たと」
「そう! ついでに買い物もしていく!」
「まいどあり~!」
現金だな、と思いつつも僕だってこのどこにもぶつけようのない感情を当人の前に持ってきたのだからお互い様だ。
「今更ウェルス様が君と別れるわけないだろ! そのまま溺愛されてろ! 本っ当に悲哀は僕には無理だ! 地雷だ!」
「とてもお貴族様から出てくるとは思えねぇ言葉のオンパレード」
「君もしっかり怒れよ!」
「いやだってそれ現実じゃないですし。創作物ですし。そういうの好む人もいますよ~ってことじゃん?」
「怒れよっ!」
なんで第三者の僕がここまでプンプン怒らなきゃいけないんだ! なんで当事者である人間がまったく気にしていないんだ!
もうこの気持ちが抑えきれず、無駄にウロウロしながら店内にある商品に目を通す。前に一度この店でナイフを買ってからというものの、僕はこまめにこのオーディ鍛冶屋に足を運んでいた。もうそろそろ常連と言われてもおかしくないだろう。
「前に買ったナイフ、どうです?」
「ああ、見事だよ。まったく刃こぼれしない。僕が最初買ったナイフは本当に粗末品だったんだな」
「だから言ったでしょ、クソナイフって」
当時のことを思い出して楽しく会話をしているけど、君はそのクソナイフで刺されそうになったんだけど。そのことをまるっと忘れているんだろうかとその記憶力が心配になってくる。
僕がこうして店にやってくる時はあらかじめ連絡を入れてある。だから来店した時はいつも彼が対応してくれていた。彼だと学割がかなり利くらしい。
確かに購入したナイフ、庶民にとってはそこそこの値段だったけれど同じ学園の生徒だからとかなりまけてくれた。僕は貴族なのだから、だからこそもっとお金を取ればよかったのに。そこには彼らなりのこだわりがあるらしい。
流石に職人のプライドに口を出すほど僕は傲慢な人間ではない。
「例え今イリス嬢のような才色兼備の女性が現れたところでウェルス様のお心が動くことはないしそもそもなんでよくわからない女性を登場させたんだ別にどこぞのお姫様という設定でもなかったというかもしかしてあの女性は自分の理想像として書いたんだろうかそれだと畑違いだ別ジャンルで書いてくれそういう棲み分けはしっかりしておかなければ揉め事が起こるに決まってるだろうだから僕が今こういう感情になってしまっているわけで」
「わ~。あれですね、同じクラスの女子とほとんど同じこと言ってますよ」
「何? ならその女子生徒と話が合うかもしれない。その人は薄い本を書いてるのか?」
「さぁ? 俺はそこまで把握してないですけど。たまにそれっぽい会話をしてるのがちょっと聞こえてきた程度で」
「同志がいるのならば語り合いたいんだが……ところで、このナイフ初めて見るな」
「あっ、それ新商品なんです! 流石目敏い!」
商品の配列の違いがわかるほどにもなってしまったか、と思いつつガラスケースに入れられているナイフを見るために若干身を屈める。
「なんというか……綺麗だ」
「そうでしょそうでしょ~。極限までに研ぎ澄まされているんで殺傷能力高めです」
「たまに殺意高めになるのはなんなんだ?」
確かこの店は庶民向けの鍛冶屋だったはず。切れ味がよく長持ちして使い勝手がいい。という印象を持っていたんだが、鑑賞用かどうかはわからないがたまにこうしてかなり出来の良い商品も置かれている。
にしても時々穏やかじゃない言葉も出てくるなと思いつつ、僕の屋敷にいるシェフに包丁を買っていこうかと早速購入する。大丈夫、金貨をばら撒いて困らせるなんて今まで一度もやったことはない。
「しかし……学園を卒業したらこうしてここで会うこともなくなるな」
「そうですね~。俺は王族御用達の鍛冶屋のほうに行くんで」
「……ウェルス様の目がかなり厳しくなるだろうなぁ」
彼の実家だからこうして安易に会えるわけで。王族御用達ともなれば恐らく誰がやってきたかのチェックは行われるだろう。二人きりで会うなと言われている手前、僕はそう簡単に会いに行くことはできない。
「友達だったら別に会ってもよさそうですけどね~」
「……それだ!」
「んぇ?」
相変わらずマヌケな声が出てくるなと思いつつ、妙案に全力で頷いた。
「友人になればいい! それなら二人きりで会ってもおかしくない! ということで友人になるぞ!」
「いいですよ! エステラさん!」
「友人ならば僕のことはエステラと。言葉もかしこまらなくていい」
「いやいや貴族の人にタメ口はよくないかと」
「将来君のほうが立場が上になるんだ。今のうちに慣れておいたほうがいい」
「わかった! よろしくな、エステラ」
「ああ、こちらこそよろしく、アシエ。ついでにあそこのナイフも購入しよう」
「ありがとうございます~!」
僕が視線を送ったナイフは先程アシエが殺傷能力高めと言っていたナイフだ。あれは僕の護衛をしている騎士にプレゼントするとしよう。飾ってもいいし、使用してもいい。
包丁とナイフを丁寧に梱包し袋に入れてくれている間、僕も銀貨と銅貨をカウンターの上に置く。オーディ鍛冶屋が作ったものだから早々に刃こぼれすることはないだろうけど、手入れは流石に我がウィルゴー家お抱えの職人に任せたほうがいいだろうか。
お抱えの職人がいるにも関わらず、他の鍛冶屋の商品を使っているのだからあまりいい思いをしていないかもしれない。そういう摩擦を起こさせないようにするのもまた雇い主の務めだ。
「そうだ、エステラ」
支払いを終え、袋を受け取ろうとしたところに声をかけられ顔を上げる。すると手が伸びてきたかと思ったら首の後ろに回され、グイッと引き寄せられた。
目の前にある伏せ目に、わずかに開かれた口から見える赤い舌。前に見たことがあるもので、僕がまた見たいと思ってもウェルス様が許可してくれなかったそれ。
ドッドッと心臓が動いている中、縮められた距離はそっと離された。
「――ウェルスとする時、いつもこんな感じ」
おまけ、といつもの二カッとした明るい笑顔を向けてきたアシエに対して、僕はもうあちこちとんでもない状況になっていた。
いやありがとうそれを見たかったんだここにやってきた時の荒れくれた感情があっという間に消え去ったというか最初に見た時に比べて随分とまた艷やかになっていないかウェルス様かウェルス様が育て上げたのか。
「トイレはあっち」
「悪い借りる」
「ごゆっくりどうぞ~」
前屈みになった僕は案内されたトイレへと駆け込んだ。
「ということで友達になった!」
「なりました!」
「なぜだ」
後日ウェルス様の別荘へアシエから招待された僕は、アシエと肩を組んでウェルス様に報告した。とてつもない怒気が向けられているが、少し前まで怯えていたが開き直った僕はもうガタガタブルブルすることはない。なんと言ったって隣に心強い味方がいるからだ。
「だってエステラ悪い人じゃないし」
「お前は過去に二度襲われているんだぞ」
「昔のことだし?」
「っ……! エステラ、こっちに来い」
「はい」
指でクイッとされ、アシエを部屋に残し大人しくウェルス様のあとをついていく。二人っきりになったところでウェルス様は腕を組み、隠すことなく苛立ちをこちらに向けてきた。
「どういうつもりだ」
「友人になっただけです。それに今後のことを思えば悪い話ではないはずです。庶民であるアシエには貴族の後ろ盾がないのですから」
だから盾役が一人いるのはいいことでは? と笑顔で対応する。確かに前まではガタガタブルブルしていたものの、僕も一応は貴族だ。腹の探り合いや駆け引きだって長いことやってきた。
「俺に好意を押し付けようとしていたくせに?」
「それも過去のことです。今ではお二人には思う存分イチャイチャしてもらいたいです。できれば僕の目の前で」
「俺とアシエのキスで勃たせていた人間の前ですると思うか?」
「そこをなんとか」
「するわけないだろ」
流石にこのことに関してはウェルス様も折れないか。それについては今後考えるとして、ウェルス様もアシエの盾役については悪くないと考えているはず。
一つ息を吐き出したと思ったらそれ以上追求してくることはなく、アシエが待っている部屋へと戻っていく。これはアシエの友人として認められたということだ。
よかった。これで本に書かれていたものよりも、現実から直接二人のイチャイチャを摂取することができる。友人とはいいものだなと僕の心はそれはとてもとてもウッキウキだった。
時間を見計らって少しだけ店から抜け出した。多分もうそろそろ近くを通りかかるところだろう。他の人もそれに気付いてか、あちこちから顔を出している。そしてしばらく待っていると目の前に現れた姿に、ワッと歓声が上がった。
今日は王子とその妻となる女性との結婚のお祝いパレードだった。
王子もそして隣りにいる女性も見目麗しく、あちこちから感嘆の声が上がる。ほぅ、と思わず息をつく美しさだ。その一箇所だけが光に包まれているような光景だった。
それを俺は遠目から眺めている。もちろん二人を祝福しながら。ここにいる人たちはきっと誰一人として、学生でいる間あの王子の恋人が俺だったとは思わないだろう。
あの時のことがもう遠い過去のように思えてしまう。当時ももちろん、このまま続くはずはないと思っていた。これはほんのひと時のもの、卒業してしまえばきっと王子と気さくに関わり合うことはない。王族と、そしてただの庶民としての関係性に戻る。
女性と一緒に笑顔で手を振っている王子が眩しく見える。俺があの人の隣に立っていたのが信じられないぐらいだった。でもきっと今後、王子はあの女性と幸せな家庭を築いて国を支えていくんだろう。
俺はきっと、今後誰かと家庭を持つことはない。王子との関係は終わってしまったけれど、この気持ちが終わることはないから。だから。
「きっとこれでよかったんだ」
視界が滲むのはきっと、太陽が眩しいからだ。
「解釈違いッ‼」
ダンダンッ! と机が激しく揺れるのをお構いなしに拳を叩きつける。まったくもって解釈違い。これを書いた人物は一体どういうつもりで書いたのか、小一時間、いやそれ以上にとつとつと問い詰めたい気分だ。
「騒がしいわよ、エステラ。何をそんなに興奮してるの」
「しかし姉上ッ!」
「貴方が私の有志の薄い本を読みたいって言うから持ってきたのに。そんなに癇癪を起こすものではないわ」
「ですがこれはないですッ‼」
これを書いた人物には申し訳ないが。そもそもウェルス様が今の恋人を簡単に諦めるわけがないというかそもそも恋愛ポンコツから想像できないほどの執着心を持つようになったのだから逃がすわけがないし他の人間に惹かれることも絶対にない。もしこれを当人に見せようものなら八つ裂きにして派手に燃やしているところだろう。
例え国のためとはいえ、この国の王族は恋愛結婚。政略結婚など逆に成立するものかそんなもの今の王と王妃が許すはずがない。よって、これはウェルス様とその相手のことをまったく知らない、名前と立場だけを借りた創作物。
「書くならちゃんと調べろぉーッ‼」
「投げては駄目よ、エステラ」
投げそうになった薄い本を、姉上の言葉で渋々ソッと机の上に置く。僕は二人がイチャイチャしている薄い本を読みたかっただけだというのに。
「んで? 悔しくなって俺に会いに来たと」
「そう! ついでに買い物もしていく!」
「まいどあり~!」
現金だな、と思いつつも僕だってこのどこにもぶつけようのない感情を当人の前に持ってきたのだからお互い様だ。
「今更ウェルス様が君と別れるわけないだろ! そのまま溺愛されてろ! 本っ当に悲哀は僕には無理だ! 地雷だ!」
「とてもお貴族様から出てくるとは思えねぇ言葉のオンパレード」
「君もしっかり怒れよ!」
「いやだってそれ現実じゃないですし。創作物ですし。そういうの好む人もいますよ~ってことじゃん?」
「怒れよっ!」
なんで第三者の僕がここまでプンプン怒らなきゃいけないんだ! なんで当事者である人間がまったく気にしていないんだ!
もうこの気持ちが抑えきれず、無駄にウロウロしながら店内にある商品に目を通す。前に一度この店でナイフを買ってからというものの、僕はこまめにこのオーディ鍛冶屋に足を運んでいた。もうそろそろ常連と言われてもおかしくないだろう。
「前に買ったナイフ、どうです?」
「ああ、見事だよ。まったく刃こぼれしない。僕が最初買ったナイフは本当に粗末品だったんだな」
「だから言ったでしょ、クソナイフって」
当時のことを思い出して楽しく会話をしているけど、君はそのクソナイフで刺されそうになったんだけど。そのことをまるっと忘れているんだろうかとその記憶力が心配になってくる。
僕がこうして店にやってくる時はあらかじめ連絡を入れてある。だから来店した時はいつも彼が対応してくれていた。彼だと学割がかなり利くらしい。
確かに購入したナイフ、庶民にとってはそこそこの値段だったけれど同じ学園の生徒だからとかなりまけてくれた。僕は貴族なのだから、だからこそもっとお金を取ればよかったのに。そこには彼らなりのこだわりがあるらしい。
流石に職人のプライドに口を出すほど僕は傲慢な人間ではない。
「例え今イリス嬢のような才色兼備の女性が現れたところでウェルス様のお心が動くことはないしそもそもなんでよくわからない女性を登場させたんだ別にどこぞのお姫様という設定でもなかったというかもしかしてあの女性は自分の理想像として書いたんだろうかそれだと畑違いだ別ジャンルで書いてくれそういう棲み分けはしっかりしておかなければ揉め事が起こるに決まってるだろうだから僕が今こういう感情になってしまっているわけで」
「わ~。あれですね、同じクラスの女子とほとんど同じこと言ってますよ」
「何? ならその女子生徒と話が合うかもしれない。その人は薄い本を書いてるのか?」
「さぁ? 俺はそこまで把握してないですけど。たまにそれっぽい会話をしてるのがちょっと聞こえてきた程度で」
「同志がいるのならば語り合いたいんだが……ところで、このナイフ初めて見るな」
「あっ、それ新商品なんです! 流石目敏い!」
商品の配列の違いがわかるほどにもなってしまったか、と思いつつガラスケースに入れられているナイフを見るために若干身を屈める。
「なんというか……綺麗だ」
「そうでしょそうでしょ~。極限までに研ぎ澄まされているんで殺傷能力高めです」
「たまに殺意高めになるのはなんなんだ?」
確かこの店は庶民向けの鍛冶屋だったはず。切れ味がよく長持ちして使い勝手がいい。という印象を持っていたんだが、鑑賞用かどうかはわからないがたまにこうしてかなり出来の良い商品も置かれている。
にしても時々穏やかじゃない言葉も出てくるなと思いつつ、僕の屋敷にいるシェフに包丁を買っていこうかと早速購入する。大丈夫、金貨をばら撒いて困らせるなんて今まで一度もやったことはない。
「しかし……学園を卒業したらこうしてここで会うこともなくなるな」
「そうですね~。俺は王族御用達の鍛冶屋のほうに行くんで」
「……ウェルス様の目がかなり厳しくなるだろうなぁ」
彼の実家だからこうして安易に会えるわけで。王族御用達ともなれば恐らく誰がやってきたかのチェックは行われるだろう。二人きりで会うなと言われている手前、僕はそう簡単に会いに行くことはできない。
「友達だったら別に会ってもよさそうですけどね~」
「……それだ!」
「んぇ?」
相変わらずマヌケな声が出てくるなと思いつつ、妙案に全力で頷いた。
「友人になればいい! それなら二人きりで会ってもおかしくない! ということで友人になるぞ!」
「いいですよ! エステラさん!」
「友人ならば僕のことはエステラと。言葉もかしこまらなくていい」
「いやいや貴族の人にタメ口はよくないかと」
「将来君のほうが立場が上になるんだ。今のうちに慣れておいたほうがいい」
「わかった! よろしくな、エステラ」
「ああ、こちらこそよろしく、アシエ。ついでにあそこのナイフも購入しよう」
「ありがとうございます~!」
僕が視線を送ったナイフは先程アシエが殺傷能力高めと言っていたナイフだ。あれは僕の護衛をしている騎士にプレゼントするとしよう。飾ってもいいし、使用してもいい。
包丁とナイフを丁寧に梱包し袋に入れてくれている間、僕も銀貨と銅貨をカウンターの上に置く。オーディ鍛冶屋が作ったものだから早々に刃こぼれすることはないだろうけど、手入れは流石に我がウィルゴー家お抱えの職人に任せたほうがいいだろうか。
お抱えの職人がいるにも関わらず、他の鍛冶屋の商品を使っているのだからあまりいい思いをしていないかもしれない。そういう摩擦を起こさせないようにするのもまた雇い主の務めだ。
「そうだ、エステラ」
支払いを終え、袋を受け取ろうとしたところに声をかけられ顔を上げる。すると手が伸びてきたかと思ったら首の後ろに回され、グイッと引き寄せられた。
目の前にある伏せ目に、わずかに開かれた口から見える赤い舌。前に見たことがあるもので、僕がまた見たいと思ってもウェルス様が許可してくれなかったそれ。
ドッドッと心臓が動いている中、縮められた距離はそっと離された。
「――ウェルスとする時、いつもこんな感じ」
おまけ、といつもの二カッとした明るい笑顔を向けてきたアシエに対して、僕はもうあちこちとんでもない状況になっていた。
いやありがとうそれを見たかったんだここにやってきた時の荒れくれた感情があっという間に消え去ったというか最初に見た時に比べて随分とまた艷やかになっていないかウェルス様かウェルス様が育て上げたのか。
「トイレはあっち」
「悪い借りる」
「ごゆっくりどうぞ~」
前屈みになった僕は案内されたトイレへと駆け込んだ。
「ということで友達になった!」
「なりました!」
「なぜだ」
後日ウェルス様の別荘へアシエから招待された僕は、アシエと肩を組んでウェルス様に報告した。とてつもない怒気が向けられているが、少し前まで怯えていたが開き直った僕はもうガタガタブルブルすることはない。なんと言ったって隣に心強い味方がいるからだ。
「だってエステラ悪い人じゃないし」
「お前は過去に二度襲われているんだぞ」
「昔のことだし?」
「っ……! エステラ、こっちに来い」
「はい」
指でクイッとされ、アシエを部屋に残し大人しくウェルス様のあとをついていく。二人っきりになったところでウェルス様は腕を組み、隠すことなく苛立ちをこちらに向けてきた。
「どういうつもりだ」
「友人になっただけです。それに今後のことを思えば悪い話ではないはずです。庶民であるアシエには貴族の後ろ盾がないのですから」
だから盾役が一人いるのはいいことでは? と笑顔で対応する。確かに前まではガタガタブルブルしていたものの、僕も一応は貴族だ。腹の探り合いや駆け引きだって長いことやってきた。
「俺に好意を押し付けようとしていたくせに?」
「それも過去のことです。今ではお二人には思う存分イチャイチャしてもらいたいです。できれば僕の目の前で」
「俺とアシエのキスで勃たせていた人間の前ですると思うか?」
「そこをなんとか」
「するわけないだろ」
流石にこのことに関してはウェルス様も折れないか。それについては今後考えるとして、ウェルス様もアシエの盾役については悪くないと考えているはず。
一つ息を吐き出したと思ったらそれ以上追求してくることはなく、アシエが待っている部屋へと戻っていく。これはアシエの友人として認められたということだ。
よかった。これで本に書かれていたものよりも、現実から直接二人のイチャイチャを摂取することができる。友人とはいいものだなと僕の心はそれはとてもとてもウッキウキだった。
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