目撃者、モブ

みけねこ

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目撃者、モブ

目撃者、貴族令息

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 今宵は王子の結婚相手のお披露目だ。貴族は庶民に比べて早い段階で婚約者の発表があったが、イリス令嬢のあと一体どれほど見目麗しい令嬢かと思いきや。ただの庶民の芋だと言うではないか。
 噂によると顔も性格も何もかも普通。平々凡々。なぜそんな相手を婚約者に選んだのかまったく理解できない。イリス令嬢以上の者がいなかったのであればその辺の貴族を選んでおけばよかったものの。
 そんな平凡の、しかも男であれば俺とてチャンスがあったというわけだ。別に王子を愛しているわけでもないし寵愛されたいわけでもないが、王子の隣の椅子に価値観がある。
 王子のパートナーとなればかなりの贅沢ができる。それに国政にも口出しができる。それほどの優良物件、喉から手が出るほど欲しくなるのが当たり前だ。
 このお披露目の場も、隙あらば自分がその場を奪ってしまおうと画策している者がほとんど。男も女も目がギラついているのがその証拠だ。同性婚が認められている我が国、しかも王子の見目は麗しい。組み敷きたいといいご趣味を持っている男もいる。
 ざわめく会場の中、そのざわめきが一際大きくなる。どうやら主役のご登場のようだ。

 感想としては。それなりに着飾っていたが、やはり見目がいい者が揃っている貴族社会の中でそいつは至って平凡だった。あれのどこに王子は惹かれたのか、甚だ疑問である。
 しかし、王子はあの庶民の傍から決して離れようとはしない。挨拶に来る貴族には人当たりのいい笑みを浮かべているものの、所詮それも建前だ。美しい令嬢に笑顔を向けつつその腕はしっかりと隣りにいる男の腰に回っている。
 溺愛している、という根も葉もない噂が流れていたが、まさかそれが真実とでも言うのか。もしやそう思われるために、わざとやっているのか。
 王族の腹は読みにくい。だが余計な詮索は自分の首を締めるだけ。それを貴族はよく知っているため誰もが大きく一歩を踏み込むことはせず、ひたすら様子見をしているだけだった。
「どうだ?」
「正直近寄るのも難しいな」
「まさか本当に庶民を選んだとはな」
 顔見知りの令息たちと顔を合わせ、渋い顔をしてそんな会話をする。女性は肝が据わっているのか、構うことなく声をかけに行っているようだがまぁ見事に玉砕している。
「ここで顔を売ろうと思ったんだがな」
「そしてあわよくば?」
「ああ。だがあれだとな」
 軽く肩をすくめた一人の令息に確かになと呆れたように賛同する。ああもべったりと傍にいられたんじゃチャンスも巡ってこない。王子にとってはイリス令嬢以外の貴族はその程度だとでも言いたいのか。そのための壁役としてのあの庶民なんだろう。
 確かに彼女は見事な令嬢だった。もし他所の国の令嬢が奪っていかなかったら我も我もと手を上げていただろう。初動が遅かったためにこんなことになろうとは。惜しいことをした。
「しかし王族の思考は読めないな」
「ああ、本当に」
 ワインを片手に軽く笑い飛ばす。あんな完璧すぎる者たちの思考を読める人間がいるのならば教えてもらいたいところだ。

 チャンスは不意に巡ってくるものだ。今回は難しいかと思い適当に過ごしていたところ、二人の姿が消えていることに気付いた。恐らく近くのバルコニーにでも空気を吸いに行ったか。
 もし王子一人だとチャンスだが、あの庶民が一人でも構いはしない。適当に脅せば王子の隣にある椅子を自ら降りるはずだ。持っていたグラスを適当に置き、バルコニーへと向かう。周囲の人間たちはいつの間にか自分たちの交流の輪を広げるためのお喋りに勤しんでいた。こういった場を使わない手はないからな。
 だが俺は今回それに重きを置いてない。今回の獲物は一つだ。小さく口角を上げ、カーテンと窓で遮られているバルコニーの側まで歩み寄った。
「チッ……芋も一緒か」
 庶民を置いて一人席を外したかと思ったが予想が外れた。二人一緒にバルコニーにいるとは、王子もとことん演じているようだ。
 カーテンを動かして姿を見ることができるが、窓がしっかりと閉じられているため声は僅かにしか聞こえてこない。会場内にいる貴族たちの話し声がうるさいと眉間に皺を寄せつつ、窓の向こうに意識を集中させる。
『疲れたか?』
『まだそこまで。ウェルスがほとんど対応してくれてるからな』
『だが一切怖気づかないところは流石だな』
『いやだってただ立ってるだけだし』
 まるで気心知れた友人同士のような会話だ。そういえば同じ学園に通っているんだったなと思い出す。例の学園は庶民から貴族、王族まで通うことはできるが、誰が庶民と同じ空気を吸いたがるものかと通わず家庭教師を雇う貴族も多々いる。
 なるほど、学園に通っていない貴族はそこでのチャンスはほぼ皆無だなと更に耳を傾ける。これで王子がご苦労だったとあの庶民を帰らせればチャンスはこちらのものだ。ところが、だ。
『アシエ』
『ん? なに――んぅっ』
 王子の手が庶民の頭に回ったかと思うとそのまま引き寄せ、そして口づける。まさか、偽装するためにそこまでするか。と少し開いた口が閉じない。だが口づけはそれだけでは終わらなかった。
 王子は更に相手の腰を抱き寄せ、更に密着した状態で角度を変えながら何度も何度も口づけている。息苦しくなったのか、相手が呼吸するために開いた口も塞ぐ勢いでかぶりつく。
 開いた口の隙間からちらちらと濡れた赤い舌が見え隠れする。二つの舌は絡まり、王子の腕に触れていた手が背中に回った。より一層、まるで触れる箇所がないのではないかと思うほどの接触。頭に回っていた手はゆっくりと背中を這い、臀部へと向かっていた。
 まるで溝を確かめるように、指先がゆっくりと上下する。捩る身体を逃さないとばかりに腰に回っている腕の力が更に強まったような気がした。
 別に、そういう経験がないわけではない。同性ではないが。だがまさかそれをこうしてこの場で目の当たりにするとは思いもよらなかった。なんせ王子にはそういったイメージが一切なかったため尚更だ。
『アシエ』
 息継ぎをしている最中、小さく零れた声はギリギリで聞こえた。そんなにも、熱のこもった声色で相手の名を呼んでいたのか。お互い目を合わせ、王子の手で包み込まれた頬は紅潮し表情はとろけている。王子の喉が僅かに上下するのが見えた。
 そしてもう一度、顔を僅かに傾け口を開き、かぶりつこうと――
「覗き見とはいい趣味だな」
「っ……⁈」
「前屈みになって何を見ているんだ? 僕にも教えてくれよ」
 顔を上げ急いで振り返る。いつの間に、いやいつから俺の背後に立っていたのか。
 この美しい顔立ちをしている令息は知っている。その辺りにいる令嬢よりも綺麗な顔だ、知らないほうが少数だろう。
「こ、これはウィルゴー殿。貴方も来ていたのだな」
「もちろん。何せ僕は彼の友人だからね」
 ウィルゴー令息の言う彼とは、一体どっちだ。いや、王族に対してそんな気さくな物言いなんかするものか。ということは、まさか、となぜかはわからないが背中に冷や汗が流れる。
「それで? 君は何を見て前屈みに?」
「い、いや、べ、別に前屈みなど」
「その状態で令嬢たちの前に出たら確実に悲鳴が上がると思うけど。っていうかお前一人で何いい思いをしてるんだよ僕だって見たいに決まってんだろ抜け駆けとはいい度胸だな」
「ウ、ウィルゴー殿……?」
「馬に思いっきり蹴られて頭を打ち付けるだけでは済まされないと思うけど、そうなる前にこの場を去るんだな」
「あ、ああ、そ、そ、そうするとしよう」
 ゾワッと悪寒が走り、この場にいることは得策ではないと察した俺は素早くバルコニーの前から立ち去ることにした。ある程度距離を開けるまで、背中に穴が開くほど痛い視線が突き刺さっていたことは気付かなかったことにしよう。
 一度トイレに向かい用事を済ませそそくさと元の場所に戻ると、先程話しをしていた貴族たちが未だそこでお喋りをしていた。よく飽きもせずにと内心呆れつつ、何事もなかったかのようにポーカーフェイスを装う。
「どこに行っていたんだ?」
「ああ、ちょっとな……」
「チャンスなんてなかっただろう。今回は諦めたほうがいい」
 今回は、というか。今後は、と言ったほうが正解かもしれない。
 あの噂は本当だったとこの二人に言ったところで無意味だろう。あれは実際目にしてみないとわからない。だが見たことを王子に知られてしまったら貴族としての立場を失う可能性もある。だからあのウィルゴー令息が忠告しに来たんだろう。
 未だ流れる冷や汗に気付かないふりをしていると、令息の一人が「そうそう」と何かを喋り始めた。
「例の庶民だが、どうも女性と一部の男には受けがいいようだ」
「顔は平凡だが身体つきがいいからな。だから無駄に礼服も似合っているんだろう」
「服に着られていたら笑ってやったのにな」
 それを王子の前で言わないほうが身のためだな、とひとりごちる。弱点などなく完璧な人間で、しかし恋愛事となると淡白な人間に見えていた王子だが。
 そんな王子があそこまでの激情をぶつける相手だ。下手に手を出したら明日など来ないし、正直あれを見たあとだとただの芋だと思っていた庶民がそうではないとわかってしまった。
 前屈みになっていたことを指摘されたくはなかったと、こちらは辱めを受けた気分だ。
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