目撃者、モブ

みけねこ

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目撃者、モブ

目撃者、悪徳貴族

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 持っていたグラスを床に叩きつける。パリンと弾け飛ぶ音が聞こえ床が濡れたがそんなこと気にしない。掃除などメイドにやらせればいい。
「失敗したとはどういうことだ⁈」
「……言葉通りでございます」
「奴は手練れの暗殺者じゃなかったのか‼」
 怒りのまま怒鳴り散らそうとも報告に来た使用人はただ肩を縮こませるだけだ。暗殺者の手配もできないとはとんだ出来損ないだ。
「お前はクビだ、屋敷から出ていけ!」
「そ、そんな! 私はずっと長年貴方様に仕えてっ」
「能無しなど置いておく必要がどこにある! こいつを連れ出せ!」
 部屋に入ってきた騎士がズルズルと男の身体を引き摺って連れ出していく。だがそれを見たところでこの怒りが収まることはない。
 もう少しで王子を殺すことができたというのに。なぜ失敗したというのだ。警備の少ない時間帯を狙ったというのに!
「クソッ! このままでは俺が実権を握る日がますます遠ざかっていくではないか!」
 このまま行くと王子が王位を継ぐことになる。愚かな男ならばよかったものの、この王子は歴代の王族に比べても出来が良い。弱点もなく弱みに付け込むことも難しい。
 だが跡継ぎは王子一人だけ。王子がいなくなれば王位継承権は他に移る。誰が王位になろうとも、そいつが扱いやすい人間であればどれだっていい。俺が欲しいのは実権だ、王位ではない。
「クソッ、クソッ……! 他に手があるはずだ……他に……!」
 部屋の中をうろつき次の手を考える。唐突に、ふととある情報が頭に浮かんだ。我ながら閃く能力は他の人間より長けている。
「そうだ……結婚相手だ」
 つい先日王子は結婚した。王族は代々恋愛結婚という馬鹿げたことをしているが、それは今回も例外ではない。ここだ、王子の弱点があるとしたらここだろう。
 よりにもよって平凡の庶民を相手に選ぶとは。どうやら恋愛事に関しては才がなかったようだ。あんな足枷にしかならない相手を伴侶に選ぶとは。
 そうと決まればすぐに計画を立て実行する他ない。時間が経てば経つほど警備が厳しくなる。一度暗殺に失敗しているから尚更だ。
 より一層強固となる前に、王子の伴侶を奪い去る。伴侶を盾にして脅してやればいい。我ながらいい案だと溢れ出した高笑いが収まらなかった。

 能力も信頼もない人間に頼むから失敗する。こういうものは能力があるものならば苦労もしなければ失敗もしない。そう、俺自身が行えば済むこと。
 相手はただの庶民だ。王子の言付けに参ったとでも言えばホイホイついてくるだろう。堂々と行けば逆に怪しまれないものだ。伴侶をそのまま連れ、用意している馬車に突っ込めばいい。なんならそのあとに品定めをしてもいいだろう。
 上がる口角を止めることができず、無理やり手で押さえつける。計画の実行は素早く、王子に悟られる前にだ。伴侶だけが屋敷にいることは把握済み、あとは適当な理由をつけて連れ出す。
 表には見張りの騎士が立っているため、裏門から様子を探る。近くを通りかかったメイドでも捕まえて「王子からの言付け」だと言えばすぐに伴侶に取り次ぐだろう。とか思っていたらだ。
「どうしたんですか? そんなとこで」
 まさかの本人登場だ。これは余計な無駄が省けたと内心ニヤリと笑い、表面はすぐに爽やかな笑みを貼り付ける。
「このような場所からで申し訳ない。緊急を要しておりましてな。王子から貴方様への言付けがあるのですが」
「俺にですか?」
「ええ。内容が内容なだけに大声で言うことはできず……少々お時間よろしいですかな」
 あとは連れ出すだけだ、とマヌケな伴侶がこっちに来るのをジッと待つ。
 ジッと待つ――ジッと待っていてんだが、二、三歩歩いてから全然足を動かさないではないかなんだコイツ歩き方でも忘れてるのかこのマヌケは。マヌケはその面だけにしておけと笑顔の下で毒づく。
「どうしました? 何か心配事でも? こちらとしては急いで頂きたく」
「いや王子に言われてるんですけど」
 ここは丁寧に優しく、と話しかけてみるとマヌケ面は動くことなく口を開く。
「『王子の代わり』とか言うヤツは大体悪さするヤツだから、ノコノコついていくなって」
「……!」
 こいつはマヌケだが、王子のほうはそうはいかないか。馬鹿正直に王子の言葉を信じやがってと思わず僅かばかりに表情が歪む。
 などなど思っているとだ。中々歩き出さないと思っていたマヌケが徐ろに自分の腰を腕を回した。何かを取り出しているような動きに思わず警戒する。そして、目に飛び込んできたそれに一瞬呆けた。
「……は? あ、いや、なぜそれを」
「いやぁ、前は急だったからつい焦っちゃって。今回は焦らずやろうと」
「お……お、お待ち下さい。一体、何を」
「え? 骨を砕こうと」
「唐突に物騒なことを口にするな!」
「前は焦って肩砕いちゃったから。今回は母ちゃんが言ってた通りしっかりと足か腕の骨狙おうかなって。うーん、足がいいかな」
「今日の夕飯肉がいいなのテンションで言うな! 貴様は正気か⁈」
 なんだこの頭イカれてる奴は! 普通不審に思っている相手でもいきなり金槌で「そうだ骨折ろう」とはならんだろ‼ なんだコイツは王子の伴侶だと思ったがまさか影武者か⁈
「まぁまぁまぁまぁ。ちょっと骨折るだけなんで」
「ちょっとそこまで散歩じゃないんだぞ! やめろ近付くな‼」
「やっぱり悪どいこと考えてたんだ! 焦り方が尋常じゃねぇ!」
「ぐぬぅっ!」
 クソ! こんなマヌケに見抜かれるとは! このままだと計画が台無しになってしまう。これはもう背に腹は代えられん!
「大人しく俺についてこい!」
「剣向けてくる人に大人しくついていくと思いますぅ⁈ 思わないでしょ!」
「グウゥッ! 黙れぇ‼」
 そのまま勢いよく剣を振り下ろそう、としたのと同時に相手の金槌もこれはまた勢いよく振り下ろされてきた。
 バキンッ! と甲高い音が響き渡り、その直後にカランと虚しい音が耳に届く。
 相手は鍛冶屋の息子。下手したらそこらへんの騎士や暗殺者よりも刃物に詳しい。どこに芯があり、どこに衝撃を与えればいいのかを当てることなど朝飯前なのだろう。それなりの価値のある剣が、見事に真っ二つにされ刃先が地面に転がった。
「腕? 足?」
「平凡な顔をして物騒なことを言うな! というか近付くな!」
「自分の身は自分で守らねぇとな!」
「俺のほうが身の危険を感じているんだ!」
 じりじりと、金槌を片手に近付いてくる相手にじりじりと後退する。クソ、やはりコイツは影武者か。いや鍛冶屋の息子ということは間違いない、ということは本当にコイツが王子の伴侶か。
 庶民だと聞いたからただの平凡な人間だと思っていたのに。話が違う。よくよく見てみれば上半身が鍛冶屋らしい身体つきをしているじゃないか。着痩せか、着痩せするタイプなのか。
「~っ! クソッ!」
「あ! 逃げた!」
 こうなったら予定変更。この場から逃走する。どうせ頭はよくなさそうなのだから一体どこの貴族が襲いかかってきたなどとわからないだろう。それならば例え王子に報告したところで特定するまではいくまい。
 暗殺が失敗した理由はあの男だったかと今になって気付く。恐らく予想していなかった動きを向こうがしたに違いない――そこまで考えてゾッと背筋に悪寒が走った。そういえばあのマヌケはなんと言っていた。
「前は焦って肩砕いちゃったから」
 その肩の骨を砕かれたのが、俺が送った刺客だとでも言うのか。そういえばその後暗殺者がどうなったのかの知らせは受けていない。聞く前に報告しに来た者を追い出した。
「ほっ……骨を砕かれてたまるものかぁっ! ――なっ⁈」
 もう少しで森から突き抜けようとした時だった、多くの足音と共に複数の騎士に取り囲まれた。いつの間に、なぜここに、そんな疑問が頭に浮かんだがそれも一瞬で消える。
「見事に餌にかかったな」
「……!」
 目の前に現れたのは憎たらしいほど美しい容姿をしている、この国の王子。
「俺がアシエを襲おうとした者を見す見す見逃すわけがないだろう」
「ま、さか、俺の動きを事前に把握して……っ」
「当然だ」
「あ、追いついた追いついた」
 後ろから恐ろしい足音が聞こえ無意識に肩が跳ねる。ゆっくりと振り返ってみると、片手に握られている金槌が視界に入った。
「怪我はないか? アシエ」
「大丈夫大丈夫、ただこの人の剣を折っちゃったけど」
「骨を折ってもよかったんだぞ?」
「そうする前に逃げられちゃって」
 王子も何平然と物騒な会話をしているんだ。こういう男だったかこの王子は。
「さて、詳しいことはあとでじっくりと聞くことにしよう。名も覚えていないどこぞの貴族よ」
 覚えているだろうがこの王子は。俺は何度も挨拶をし顔を合わせているんだぞ。なんとも王族や貴族らしい嫌味だ。
「捕らえよ」
「はっ!」
「アシエ」
 あっという間に俺を囲んでいた騎士が俺の身を拘束する。その傍らで王子が伴侶を呼び寄せ、傍に来たところ頬に手を伸ばしていた。
「だから怪我ねぇって」
「囮役にして悪かった」
「今度は心の準備ちゃんとしてたから!」
「ふっ、そうか」
 人が拘束されている隣で唐突にイチャつき始めるな。頭に来る。これだから恋愛結婚をしてきた王族が嫌いなんだ。
 そこのマヌケ面よりも俺のほうが恐怖体験したんだぞ、と叫びたい気分だった。
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