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目撃者、モブ
目撃者、暗殺者
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息を潜め、するりと忍び込む。私からしたら屋敷に侵入するなんてお手の物。例えそれが高貴な家柄だろうと。いくつもの騎士を配備しようとも。探そうと思えば穴などいくらでもある。
誰もが寝静まっている時間帯はこの黒い服で見事に存在感を消し去る。私は先日騒動を起こしたマヌケな刺客や貴族などとは違う。幼い頃から訓練させられてきた、根っからの暗殺者。失敗しようがない。
間取りをすべて叩き込んだ頭は最短ルートを導き出す。迷うことなく、また見つかることなく足を進める。ある程度進んで一度窓枠の下に身を屈めた。
この窓の向こうにいる。私のターゲットが。
別にこの国が混乱に陥ろうがなんだろうが知ったことか。これが成功したら多額の報酬金をもらえる。それこそ一生遊んで暮らせる金だ。もうこんな薄暗い仕事など二度としなくていい。これが最後だ。そう思えば集中力も高まる。
暗闇に溶け込むように気配を消す。耳を澄ませ相手がぐっすりと夢の中に入っていることを確認――
『あっ、あっ! は、ぁ、そこ、もっとっ』
『はっ……ここか……?』
『ん、ぅっ!』
ヤッてんのかコイツらは今ド深夜だぞ⁈ ほとんどの人間が活動停止してぐっすり眠っている時間帯だぞ⁈ コイツらここ最近連日激務で疲れているはずじゃなかったのか⁈ だからこうしてお前らの疲労がピークに達したのを見計らって来たというのに!
どうする、これはまったくの予想外だ。まさかヤッてるだなんて思うわけがない。いや、いやいや、これはチャンスだ。
コイツらは行為に夢中で私の存在にまったく気付いていない。部屋に忍び込み、背後からひと刺ししてやればいい。今なら二人同時に仕留めることができる。
プランを素早く組み替えた私は早速部屋の中に侵入する。私が入ってきたことに気付かず二人は動きを続けている……というか、そっちか。そっちだったのか。どうやって位置を決めたかはわからないがそうだったのか。
と無駄に感心している場合じゃない。このままゆっくりと背後からこの刃を突き立てればそれで終わる。
「あっ! んっ、んぅっ、はっ……あ、ぁあっ!」
「は、くっ……」
「あ、あっ、んぁっ誰がいる!」
「――!」
「なっ⁈」
さっきまで喘いでいたヤツが唐突にそう叫び、一瞬呆気にとられた。だがその一瞬が命取りだった。
王子は素早く身体を起こし体勢を整え振り返り、仰向けにいた男は枕の下から使い古された金槌を取り出した。
なんでそんなところに金槌なんて置いてるんだよ! と心の叫びがそのまま口から飛び出す前に、いつの間にか縄を手にしていた王子が一気に距離を縮めてきた。咄嗟に後ろに飛び退こうとしたものの、距離を開けた分距離を縮められる。
ドンッ、と背中に衝撃が走ったのは飛び退きすぎて壁に当たったせいだ。その隙を王子が見逃すわけがなく、素早く私の身体を床に押し付け手と足に縄を括り付けた――全裸で。
さっきまでヤッていたんだから、二人とも全裸だ。全裸で座った状態の私の前に立っている。やめろ堂々と前に立つなブツが見える。
「マジでこんなところまで来るんだな~。念のために金槌置いといてよかった」
「対策していて正解だっただろう?」
「うん」
どういう対策の仕方だ。よくよく見てみると王子はいつの間にか短剣も手に握っている。一体どれだけ対策を練っていたんだ。
というか金槌と縄と短剣を隠してヤッている部屋って一体どういう部屋なんだ。どんな趣味しているんだ。
「一番油断するのは寝室だからな」
「クソッ……余裕そうにしているのも今のうちだぞ……!」
幼い頃から訓練させれた私がこの程度の縄を外せないわけがない。隠し持っていたナイフを取り出し縄を切ろうと力を入れる。
だがなぜか縄が切れない。いくらギコギコしても切れている感覚がない。
「なんだこの縄は⁈」
「強度を高めるために鉱物の粉が織り交ぜられているからな。ナイフでは簡単に切れないぞ」
「貴様を始末してやるッ!」
「ちょっと~。人様の旦那を勝手に始末しないでくれよ~」
「もう一度」
「え?」
「え?」
クソ、マヌケ面とセリフが被った。そのせいで私の声もマヌケそうに聞こえたじゃないか。
だが王子は至って真剣な顔でマヌケ面のほうを向いている。暗殺者の私が目の前にいるというのに随分と余裕そうだな。
「始末してやるッ!」
「お前じゃない。アシエ、もう一度言ってくれ」
「え? ……ああ! 人様の旦那を勝手に始末しないでくれよ!」
「ゔっ!」
唐突に王子が胸を押さえて呻き声を上げるじゃないか。なんだコイツ。本当に品性高潔の完璧な王子か。暗殺者を送り込まなければならないほどの者なのか。今のこの状況からだとただのバカップルにしか見えないぞ。
「というか貴様ら! 服を着ろ服をッ! それをブラブラさせるんじゃない!」
「いやだってヤッてる時に来るからぁ」
「服を着ている間にお前は逃げるだろ」
「いいから服を着ろぉっ! その間大人しくしといてやるから! 私は百合が好物なんだ! 薔薇はいらん薔薇は!」
「……?」
「百合は女の子同士。薔薇は男同士」
「なるほど」
ふむ、と何やら納得した王子が唐突に腹黒い笑みを浮かべた。というかそこのマヌケ面、余計なことを教えるんじゃない。つい性癖をポロッと溢してしまった私も馬鹿だが。
「つまりこの場にいるのがイリスとナデシコ令嬢だとお前にとってはただのご褒美にしかならなかったというわけか」
「んなっ……⁈ イリス・アステールとナデシコ・クジョウ、だと……⁈」
なんだその究極系は。ただの楽園か。
「そうか」
「おわっ⁈」
なぜか突然マヌケ面が私の上に覆いかぶさってきた。いや私が拘束されている状態ということもあり、覆いかぶさってきたもののまだそこそこに距離がある。ただ壁に手をついたマヌケ面は自然と私を見下ろす形になり、私も無意識に上を向いた。
「罰を下す前に、先に拷問してやろうか」
「はい?」
「な、何を……!」
嫌な予感がする。マヌケ面はまだ状況が把握できていないのかきょとんとした顔をしているが、私は脂汗がダラダラだ。なんだ王子何をやっているなぜマヌケ面の背後に立っているんだおいやめろやめるんだ。
「っ? ちょ、ちょちょちょ、ウ、ウェルス?」
「さっきまでやっていたからまだ柔らかいな」
「ちょっと待ったぁ! 俺そんな趣味な、ぁ、いっんぅっ」
待てー! マヌケ面が私に覆いかぶさっている状態で後ろから突っ込むヤツがいるかー!
「観客がいる状態でするのは初めてだな」
「んっんんっ、だ、からっ、俺に、ぁっ、そんな趣味はっ、あ、あっ」
「はっ……いつもより、締め付けがきついな……興奮してるのか? アシエ」
「あっ、ぅ、んっんあっ」
王子が腰を動かす度にマヌケ面の身体が前後に動く。さっきまでマヌケ面だったくせに徐々に顔が紅潮し、表情もとろんととろけてきている。私は見たくもないがそんな私がいるからか、声を必死に抑えようとしているがそれでも小さく口が開く度に声も漏れていた。
私は百合が好きだ。だって綺麗で可愛いだろう。暗殺ついでにそういう現場も何度か見てきた。が、薔薇をこうして見ることなんて今まで一度たりともなかった。だって薔薇はむさ苦しいだろ。綺麗でもないし可愛くもない。
そう、可愛くもない。可愛くないはずなんだ。
「あっ、あっ、ま、ずい……あっ」
「気持ちいい? アシエ」
「あ、んっ! んぁっ、う、んっ……はっ、き、もち、いいっ」
王子と会話するたびに、ぬらぬらと光っている赤い舌が見え隠れする。薄っすらと浮かび上がる汗は頬を伝い床にぽたりと落ちた。いつの間にか私は目の前の男から視線を逸らせずにいる。
薔薇なんて、むさ苦しいだけのはずなのに。なのになぜ私は今、目の前にいるこの男のことを可愛いと思ってしまったのか。
そんな自分にショックを受け唖然としてしまう。だがそうしている間に王子の動きは更に早くなり抑えきれなくなった嬌声が上がる。ああ、もう限界なんだなということがわかり、私は尚更王子の存在など忘れ男を凝視した。
「あっぁっイクっ……もっ、イっ……んぅっ⁈ んっんっ!」
王子が男の顎を掴み無理やり顔を上げさせた。私から男の顔は見えづらくなり、一方で王子は構わず男の唇にかぶりつく。男の嬌声は王子の口に吸い込まれ、また猛っていたそれは王子の手によって根本をきつく締め上げられた。
ビクンッ、と男の身体が大きく跳ね、ガクガクと膝が揺れている。私のほうに倒れないようにするためか王子がしっかりと腰に腕を巻き付けていた。離された唇からはやらしく銀の糸が伝っているのが見えたが、男のそれから白濁が放たれることはなかった。
「ハァッ、ハァッ……!」
男が顔を俯けてしまったため表情はまったく見えない。ただし後ろから抱きしめている王子からは鋭い視線が向けられている。
「アシエの可愛い顔をこれ以上俺以外の誰かに見せるわけがないだろう」
なんて独占欲の強い男なんだ。そもそも見せつけるようにヤり始めたのはそっちだろう。ああでも、クソ、ムカつく。私は今男の可愛い顔を見たくてたまらない。だというのに王子は一切見せようとしない。
「た、たてない……」
「ああ、悪かったなアシエ。少し待っていてくれ」
ひょいっと軽々ではなかったが、王子は男を横抱きに抱えベッドへと運んだ。しっかりとシーツを肩までかけさせてやり、ベッドの近くに落ちていたガウンを拾い上げた王子はそのままそれで身を包み込む。
そして王子がもう一度私のところに歩いてきているのを見て、ハッとした。そうだ、私は暗殺に失敗した。失敗した暗殺者の行く末など想像しなくてもわかる。
「さて――待たせたな、入ってきていいぞ」
「は……? しまっ――」
王子の声と同時に騎士たちがわらわらと寝室に入ってくる。しまった、あれはただの時間稼ぎに過ぎなかった。恐らく縄も時間をかければ切ることができたんだろう。しかし縄から私の意識を外させるために、わざわざあんなことを。
「クソッ! 離せ!」
「お楽しみの邪魔をした罰だ、じっくりと尋問を受けてもらうことにしよう。ああそうだ、お前の尋問をする相手はあいつにしよう。経緯を説明すればきっと張り切って尋問してくれるだろう。連絡を入れておいてくれ」
「承知しました! ではあとはごゆっくりどうぞ!」
「ああ、そうするよ」
私は手足を縛られた状態でズルズルと騎士に引き摺られ、一方で王子は余裕綽々とベッドに戻っていく。ドアがゆっくりと動き閉められる間に、暗殺者として鍛えられた私の誰よりもいい聴力はその才能を発揮した。
「待たせて悪かった、アシエ」
「ん……ウェルス……また、おく、突いて」
「ふふっ、そうだな。夜明けまでまだ時間はある」
まだするのかお前らはー! 私が侵入する前から盛っていただろう! そもそも男のほうは中でイってあれだけ足をガクガクにしていたのに、もう復活したというのか⁈
なんなんだ、なんなんだあの体力オバケどもは! まだヤるつもりなのかああクソなんで私は部屋から追い出されたんだ!
なんで私は暗殺が失敗したのに別のことで悔しがる羽目になるんだ‼
誰もが寝静まっている時間帯はこの黒い服で見事に存在感を消し去る。私は先日騒動を起こしたマヌケな刺客や貴族などとは違う。幼い頃から訓練させられてきた、根っからの暗殺者。失敗しようがない。
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この窓の向こうにいる。私のターゲットが。
別にこの国が混乱に陥ろうがなんだろうが知ったことか。これが成功したら多額の報酬金をもらえる。それこそ一生遊んで暮らせる金だ。もうこんな薄暗い仕事など二度としなくていい。これが最後だ。そう思えば集中力も高まる。
暗闇に溶け込むように気配を消す。耳を澄ませ相手がぐっすりと夢の中に入っていることを確認――
『あっ、あっ! は、ぁ、そこ、もっとっ』
『はっ……ここか……?』
『ん、ぅっ!』
ヤッてんのかコイツらは今ド深夜だぞ⁈ ほとんどの人間が活動停止してぐっすり眠っている時間帯だぞ⁈ コイツらここ最近連日激務で疲れているはずじゃなかったのか⁈ だからこうしてお前らの疲労がピークに達したのを見計らって来たというのに!
どうする、これはまったくの予想外だ。まさかヤッてるだなんて思うわけがない。いや、いやいや、これはチャンスだ。
コイツらは行為に夢中で私の存在にまったく気付いていない。部屋に忍び込み、背後からひと刺ししてやればいい。今なら二人同時に仕留めることができる。
プランを素早く組み替えた私は早速部屋の中に侵入する。私が入ってきたことに気付かず二人は動きを続けている……というか、そっちか。そっちだったのか。どうやって位置を決めたかはわからないがそうだったのか。
と無駄に感心している場合じゃない。このままゆっくりと背後からこの刃を突き立てればそれで終わる。
「あっ! んっ、んぅっ、はっ……あ、ぁあっ!」
「は、くっ……」
「あ、あっ、んぁっ誰がいる!」
「――!」
「なっ⁈」
さっきまで喘いでいたヤツが唐突にそう叫び、一瞬呆気にとられた。だがその一瞬が命取りだった。
王子は素早く身体を起こし体勢を整え振り返り、仰向けにいた男は枕の下から使い古された金槌を取り出した。
なんでそんなところに金槌なんて置いてるんだよ! と心の叫びがそのまま口から飛び出す前に、いつの間にか縄を手にしていた王子が一気に距離を縮めてきた。咄嗟に後ろに飛び退こうとしたものの、距離を開けた分距離を縮められる。
ドンッ、と背中に衝撃が走ったのは飛び退きすぎて壁に当たったせいだ。その隙を王子が見逃すわけがなく、素早く私の身体を床に押し付け手と足に縄を括り付けた――全裸で。
さっきまでヤッていたんだから、二人とも全裸だ。全裸で座った状態の私の前に立っている。やめろ堂々と前に立つなブツが見える。
「マジでこんなところまで来るんだな~。念のために金槌置いといてよかった」
「対策していて正解だっただろう?」
「うん」
どういう対策の仕方だ。よくよく見てみると王子はいつの間にか短剣も手に握っている。一体どれだけ対策を練っていたんだ。
というか金槌と縄と短剣を隠してヤッている部屋って一体どういう部屋なんだ。どんな趣味しているんだ。
「一番油断するのは寝室だからな」
「クソッ……余裕そうにしているのも今のうちだぞ……!」
幼い頃から訓練させれた私がこの程度の縄を外せないわけがない。隠し持っていたナイフを取り出し縄を切ろうと力を入れる。
だがなぜか縄が切れない。いくらギコギコしても切れている感覚がない。
「なんだこの縄は⁈」
「強度を高めるために鉱物の粉が織り交ぜられているからな。ナイフでは簡単に切れないぞ」
「貴様を始末してやるッ!」
「ちょっと~。人様の旦那を勝手に始末しないでくれよ~」
「もう一度」
「え?」
「え?」
クソ、マヌケ面とセリフが被った。そのせいで私の声もマヌケそうに聞こえたじゃないか。
だが王子は至って真剣な顔でマヌケ面のほうを向いている。暗殺者の私が目の前にいるというのに随分と余裕そうだな。
「始末してやるッ!」
「お前じゃない。アシエ、もう一度言ってくれ」
「え? ……ああ! 人様の旦那を勝手に始末しないでくれよ!」
「ゔっ!」
唐突に王子が胸を押さえて呻き声を上げるじゃないか。なんだコイツ。本当に品性高潔の完璧な王子か。暗殺者を送り込まなければならないほどの者なのか。今のこの状況からだとただのバカップルにしか見えないぞ。
「というか貴様ら! 服を着ろ服をッ! それをブラブラさせるんじゃない!」
「いやだってヤッてる時に来るからぁ」
「服を着ている間にお前は逃げるだろ」
「いいから服を着ろぉっ! その間大人しくしといてやるから! 私は百合が好物なんだ! 薔薇はいらん薔薇は!」
「……?」
「百合は女の子同士。薔薇は男同士」
「なるほど」
ふむ、と何やら納得した王子が唐突に腹黒い笑みを浮かべた。というかそこのマヌケ面、余計なことを教えるんじゃない。つい性癖をポロッと溢してしまった私も馬鹿だが。
「つまりこの場にいるのがイリスとナデシコ令嬢だとお前にとってはただのご褒美にしかならなかったというわけか」
「んなっ……⁈ イリス・アステールとナデシコ・クジョウ、だと……⁈」
なんだその究極系は。ただの楽園か。
「そうか」
「おわっ⁈」
なぜか突然マヌケ面が私の上に覆いかぶさってきた。いや私が拘束されている状態ということもあり、覆いかぶさってきたもののまだそこそこに距離がある。ただ壁に手をついたマヌケ面は自然と私を見下ろす形になり、私も無意識に上を向いた。
「罰を下す前に、先に拷問してやろうか」
「はい?」
「な、何を……!」
嫌な予感がする。マヌケ面はまだ状況が把握できていないのかきょとんとした顔をしているが、私は脂汗がダラダラだ。なんだ王子何をやっているなぜマヌケ面の背後に立っているんだおいやめろやめるんだ。
「っ? ちょ、ちょちょちょ、ウ、ウェルス?」
「さっきまでやっていたからまだ柔らかいな」
「ちょっと待ったぁ! 俺そんな趣味な、ぁ、いっんぅっ」
待てー! マヌケ面が私に覆いかぶさっている状態で後ろから突っ込むヤツがいるかー!
「観客がいる状態でするのは初めてだな」
「んっんんっ、だ、からっ、俺に、ぁっ、そんな趣味はっ、あ、あっ」
「はっ……いつもより、締め付けがきついな……興奮してるのか? アシエ」
「あっ、ぅ、んっんあっ」
王子が腰を動かす度にマヌケ面の身体が前後に動く。さっきまでマヌケ面だったくせに徐々に顔が紅潮し、表情もとろんととろけてきている。私は見たくもないがそんな私がいるからか、声を必死に抑えようとしているがそれでも小さく口が開く度に声も漏れていた。
私は百合が好きだ。だって綺麗で可愛いだろう。暗殺ついでにそういう現場も何度か見てきた。が、薔薇をこうして見ることなんて今まで一度たりともなかった。だって薔薇はむさ苦しいだろ。綺麗でもないし可愛くもない。
そう、可愛くもない。可愛くないはずなんだ。
「あっ、あっ、ま、ずい……あっ」
「気持ちいい? アシエ」
「あ、んっ! んぁっ、う、んっ……はっ、き、もち、いいっ」
王子と会話するたびに、ぬらぬらと光っている赤い舌が見え隠れする。薄っすらと浮かび上がる汗は頬を伝い床にぽたりと落ちた。いつの間にか私は目の前の男から視線を逸らせずにいる。
薔薇なんて、むさ苦しいだけのはずなのに。なのになぜ私は今、目の前にいるこの男のことを可愛いと思ってしまったのか。
そんな自分にショックを受け唖然としてしまう。だがそうしている間に王子の動きは更に早くなり抑えきれなくなった嬌声が上がる。ああ、もう限界なんだなということがわかり、私は尚更王子の存在など忘れ男を凝視した。
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王子が男の顎を掴み無理やり顔を上げさせた。私から男の顔は見えづらくなり、一方で王子は構わず男の唇にかぶりつく。男の嬌声は王子の口に吸い込まれ、また猛っていたそれは王子の手によって根本をきつく締め上げられた。
ビクンッ、と男の身体が大きく跳ね、ガクガクと膝が揺れている。私のほうに倒れないようにするためか王子がしっかりと腰に腕を巻き付けていた。離された唇からはやらしく銀の糸が伝っているのが見えたが、男のそれから白濁が放たれることはなかった。
「ハァッ、ハァッ……!」
男が顔を俯けてしまったため表情はまったく見えない。ただし後ろから抱きしめている王子からは鋭い視線が向けられている。
「アシエの可愛い顔をこれ以上俺以外の誰かに見せるわけがないだろう」
なんて独占欲の強い男なんだ。そもそも見せつけるようにヤり始めたのはそっちだろう。ああでも、クソ、ムカつく。私は今男の可愛い顔を見たくてたまらない。だというのに王子は一切見せようとしない。
「た、たてない……」
「ああ、悪かったなアシエ。少し待っていてくれ」
ひょいっと軽々ではなかったが、王子は男を横抱きに抱えベッドへと運んだ。しっかりとシーツを肩までかけさせてやり、ベッドの近くに落ちていたガウンを拾い上げた王子はそのままそれで身を包み込む。
そして王子がもう一度私のところに歩いてきているのを見て、ハッとした。そうだ、私は暗殺に失敗した。失敗した暗殺者の行く末など想像しなくてもわかる。
「さて――待たせたな、入ってきていいぞ」
「は……? しまっ――」
王子の声と同時に騎士たちがわらわらと寝室に入ってくる。しまった、あれはただの時間稼ぎに過ぎなかった。恐らく縄も時間をかければ切ることができたんだろう。しかし縄から私の意識を外させるために、わざわざあんなことを。
「クソッ! 離せ!」
「お楽しみの邪魔をした罰だ、じっくりと尋問を受けてもらうことにしよう。ああそうだ、お前の尋問をする相手はあいつにしよう。経緯を説明すればきっと張り切って尋問してくれるだろう。連絡を入れておいてくれ」
「承知しました! ではあとはごゆっくりどうぞ!」
「ああ、そうするよ」
私は手足を縛られた状態でズルズルと騎士に引き摺られ、一方で王子は余裕綽々とベッドに戻っていく。ドアがゆっくりと動き閉められる間に、暗殺者として鍛えられた私の誰よりもいい聴力はその才能を発揮した。
「待たせて悪かった、アシエ」
「ん……ウェルス……また、おく、突いて」
「ふふっ、そうだな。夜明けまでまだ時間はある」
まだするのかお前らはー! 私が侵入する前から盛っていただろう! そもそも男のほうは中でイってあれだけ足をガクガクにしていたのに、もう復活したというのか⁈
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しかし問題は山積みで、情事を目撃した事でエリアスという侯爵家嫡男にも目を付けられてしまう。シュネーは今世の自身が帰ってくるまで自身を守りきれるのか。
ーーーーーーーーーーー
初めての投稿です。
結構ノリに任せて書いているのでかなり読み辛いし、分かり辛いかもしれませんがよろしくお願いします。主人公がボーイズでラブするのはかなり先になる予定です。
※ストックが切れ次第緩やかに投稿していきます。
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