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「馬に乗れたのか」
「ええ、まぁ……」
「ならば遠乗りに付き合ってくれないか」
突然現れた王子はそう言うけれど、私の馬には荷物が積んである。それを理由に断ろうとしたけれど王子もの荷物に気付いた。そして「忘れずに取りに戻って来よう」という言葉に、私には拒否権がないのだと小さく息を吐きだした。
馬から荷物を下ろし、邪魔にならない場所に置いておく。屋敷からも近い場所のため誰かが気付いて持って行ってくれるかもしれない。一応持ち歩いているメモ帳に誰から貰ったものか、なぜここに置いてあるかを記してバスケットの中に入れる。
「行こうか」
「はい」
ゆっくりと馬を進め始めた王子の少し斜め後ろについていく。もう婚約者でもなんでもない、今更一体何をしにきたのか謎だ。首都から離れたため把握しているのは情勢のみで流れている噂などはまったくわからない。彼女と何かあったのだろうか、それとも彼女自身に何かあったのか。けれどその彼女とは何度か手紙のやり取りをしていたため、彼女自身重い病に掛かった、などというわけでもなさそうだ。
「いい場所だな。アルストロの手腕が見て取れる」
「自慢の父親でございますから」
「そうか」
そんな当り障りのない会話をしながらゆっくりと移動する。王子が何を考えているのかさっぱりだ、そもそも今やしっかりとした右腕となったエディはどこにいるのだろうか。まさか王子一人で? そんな不用心な。護衛の一人ぐらいはいるだろうと辺りをさり気なく見渡してみたけれど、人の気配がない。
「おすすめの場所はあるか?」
「え? ええっと……この先に湖畔がありますが」
「ならばそこに行ってみよう」
湖畔に向かって私を沈めるつもりか、と一瞬過ぎった考えについ一人で苦笑してしまった。王子がいるとどうも悪役令嬢のときのことを思い出して思考がそっちに行ってしまう。暗殺か毒殺かはたまた事故に装った他殺か。失恋した相手に何かこう、想いを呼び起こすわけではなく先にそんな考えをしてしまう私はちょっと仕事のし過ぎなのかもしれない。先日フリージアにも注意されたばかりだし。
近くに森がありそこを突き進むと視界が開け、湖畔が目の前に現れる。よく休憩場所として使われているところだ。マイナスイオンが満たされているようなこの場所で騎士は傷を癒やし、使用人たちは日々の疲れを取る。
馬が逃走しないようにと木に手綱を括りつけている王子に対し、私はそのままそっと手綱を下に下ろした。目を軽く見張る王子に「逃走の心配ありませんから」と笑顔で答える。それだけ賢い子なのだ、この子は。
「久しぶりだな」
「ええ、王子もお元気そうで何よりです」
「その様子だと、手紙を見ていないな」
「手紙……?」
なんだろうか、その手紙はと首を傾げたけれど何かが頭を過ぎった――手紙! お父様が持っていた手紙、まさかあれか。
ああ、なんだか見覚えのあるものだと思っていたけれど。綺麗さっぱり忘れすぎだ……あの封筒は、前に王子と一緒に買物に出掛けたときに王子が購入したものだ。ペンとインク、そして紙。知人に手紙を出すときに必要だと買ったレターセット、確かに王子も買っていた。
「すみません、手紙が来ていたことはお父様に教えてもらったのですが……な、中の確認を、しておりません……」
「だろうな」
「な、何か重要なことが書かれていました……?」
王子自ら手紙を送るということはそういうことだ。それならばなぜお父様はあのときにそう言ってくれなかったのか! 私は今までと同じように権力欲しさに言い寄る男からの手紙だと勘違いしてしまったではないの!
ああでも今思えばいつも真っ先に燃やすか捨てられるかしていた手紙が、今回だけは机の上に置かれただけだった。なぜそうしたのか、そういう意味だったのかと頭を抱えた。あれだけの行動で手紙の送り主を読み解けとは至難の業だ。
「重要なことか……俺としては、重要なことだ」
「なっ……?!」
「だが俺も早くこの場に来すぎたな」
もしやアルストロ家の領土を視察する、という旨が書かれていたのだろうか。そうならば王子のさっきの発言の納得できる。それならば屋敷で王子を出迎えおもてなしをしなければならないのに、血の気が引いていくのが自分でもわかる。だからと今から急いで戻って準備をといっても、王子はすでに来てしまったしなぜか私と遠乗りしてしまったし。
さてどうしようか、知らせを送るべきかなと考えていたところ横から視線を感じ思わず目を向ける。なんだか、憑き物が落ちてすっきりしているように見えた。
「俺はもう王子ではない」
「……え?」
「弟に王位継承権を渡してきたんだ。今の俺はただの『レオ』だな」
弟。そういえば王子には弟がいた。ただし『キラメキ☆ハピネス学園!』に出てきたのは名前だけ。王子よりも三つぐらい下だったため私たちと入れ違いの形で学園に入学している。私も別に面識がないわけではないけれど、王子との関係がアレだったため特に深い付き合いでもなかった。
と、待って。王子はさっき何を言った? 弟に、王位継承権を渡してきた? ただの『レオ』?
「何事ですか?!」
「大きい声が出たな」
「はっ……! すみません、ですが、一体何が……?」
目の前にいる人はもう『王子』ではないということだ。なぜ弟に跡継ぎを任せたのか。もしかして彼女に何かあったのだろうか。彼女のことを想い王族から離れた? 何かが起こった、そう思うのは自然なことだろう。
真剣に考えている私に対し、王子……いや、元王子は何が面白くのか表情を綻ばせている。王子、と言い出しそうになった口を慌てて閉じると、彼は湖畔のほうに視線を向けた。口角は、上がったままだ。
「彼女に言われたんだ。何かを話す度にまるで枕詞のように『カトレアは』と口にすると」
「え?」
目を丸め口を僅かに開ける。視線は合うことはないけれど何かを思い出すように口にする彼の意図が、私にはまだわからない。
「彼女もカトレアを慕っていたようだが、それにしてもあまりにも口にしていてそのことに気付いているかと言われてな。正直に言うと、気付いていなかった。今までずっと婚約者だったものだから無意識に彼女と比べてしまっていたのかと思ったが、そうではないと首を横に振られた」
「はぁ……?」
「無自覚は質が悪いと言われ、しばらく一人で考えるように言われた」
どうやら彼女はしっかりと彼を支えてくれているようだ。一人で考えるためにわざわざここの領地まで? という疑問とそれと王位継承権を渡したのと何が関係あるのだろうか。
彼は「一人で考えた結果」と言葉を続ける。今私にできることは黙って耳を傾けるだけだけれど、なんだろうこの妙な胸騒ぎは。
「俺が本当に慕っていたのは、カトレアだということに気付いた」
「……はい?!」
「婚約破棄をする前の一年間、親交を深めていただろう? 居心地がよかったんだ。気兼ねなく誰かと話すことができるなんてエディや親しいもの以外そういなかった。あのときはカトレアに何をしたら喜ぶのか必死で考えていたし、その時間も楽しかった」
「お言葉ですか王子!! あ、あの、それを経てあなた様は彼女を選んだわけですよね?!」
何を言い出しているんだこの元王子は。そんなの、きっと思い出補正だ。あの頃は楽しかったなって、時間が経つにつれて思い出が美化されていく。元王子はそれを勘違いしているだけに過ぎない。
「エディが言うには、彼女がカトレアに似ていたから選んだんだろうということだった。そう言われて俺は何も言い返せなかった、まぁ、図星だったんだな」
「彼女に失礼ですよね?!」
「そうだ。だから正直に彼女にそのことを伝えた。呆れられたよ、なぜ今まで気付かずにいられたのかと。彼女のほうは傍にいて徐々に気付いていっていたそうだ」
なんだこれ。なんでこんな急展開みたいに、最後のどんでん返しみたいになっているのか。すっかり頭が混乱した私は口をパクパクと開閉することしかできなくて、湖畔に視線を向けていた元王子は私に視線を向けて微笑みを浮かべる。そんな顔、今まで一度も向けたことはなかっ……あった。何回か、あった。学生時代に、婚約破棄をする前の一年の間に。
「君はすでに領地に戻っていっていたし婚約破棄をした手前、首都に呼び戻すこともできない。考えた結果、弟に王位を譲るということになった。それに時間がかかってしまってな、こうしてここに来るのが遅くなった」
「は、え、待っ、待って、あの、エディは? 彼女は?」
「エディと彼女は弟の補佐として傍にいるが? 彼女は優秀な人間で周囲からも認められている。誰も文句は言えまい」
「えっと、何をしに、ここへ」
そうだ、何をしにここに来た。中の確認はしていないけれど何のためにわざわざ手紙を送った。何のために、と小さくこぼす私の手に一回り大きな手が重なる。護身のためにと鍛錬していた手は意外にもゴツゴツしていて、豆すらできていた。ここまでする必要は、なかったはずだろうに。
「ただのレオが、アルストロ家の主に認められるためにここにやってきた」
「み、認められるため……?」
「ああ。そうでないと君の父親は、君に結婚を申し込むことを許してはくれないだろう?」
「なんですと?!」
しまった素が出た。令嬢たるもの、驚いたからって「なんですと」という言葉を使うべきではない。言うとすれば「何ということですの」が正解だ。いや今はきっとそんなことどうでもいい。どうでもいいことを考えたくなるほど現実逃避したい。
取りあえず動揺を隠すようにそっと手を口で隠し、おずおずと視線を向ける。混乱はしているけれど、現実逃避もしたくなるけれど、元王子が何を言いたいのかわからないわけでもないのだ。
「あの……私がもう結婚しているという考えは、なかったのですか?」
「しているのか?」
「……いいえ、しておりませんが。そもそも、あの、私の気持ちのことは置いてけぼりですけど……」
「君の気持ちが俺に向いていなくても、振り向かせようと思っていた。幼少期君がそうして頑張ってくれたように」
ここであのときの努力を言い出すとは。確かに王子との親交を深めようと頑張っていた幼少期だ。でも元王子が言っているのは、あのときの私と同じことをすると言っているように聞こえる。
それはよろしくない。心臓に悪い。そんなことする必要もない。
「あの、えっと、王子」
「レオだ」
素早く入った訂正に怖気づきながらも、取りあえずと頭を無理矢理回転させて言葉を捻り出す。
「えぇっと、レオ。その……まず、アルストロ家に就職。ということで、よろしいんですか?」
なんだ元王子が貴族のところへ就職なんて。一体どういうことだと自分でも内心ツッコんでしまうけれど、王族ではない彼は働き口を探さなければならない。しかもわざわざアルストロ家の領地にまでやってきてくれたのだ、このままはいお疲れ様でしたと首都に帰すわけにもいかない。
君さえよければ、と嬉しそうに微笑む姿に今まで静かだった心臓がバコバコ音を立てて暴れている。失恋してから三年は経ったというのに、なぜ私の心臓はこうも喜んでいるのだろうか。困った、本当に困った。
私はそこまで一途でいられる人間だっただろうか。
取りあえず、早速書面に記入をしてもらおうと屋敷に戻ることにした。私の馬は行儀よくきちんと待っていてくれて、流石だとレオは微笑んだ。よく笑うようになったなと、チラリと視線を向けつつ密かに思う。そういえば、これは言ってしまっていいのだろうか。
馬に跨がり、ゆっくりと走らせる。隣に並んでいる横顔は乙女ゲームの主役らしく綺麗に整っている。小さい頃からよく見ていた横顔だ。
「えっと、レオ……私、あなたのことお慕いしていました」
レオの身体が大きく傾きもう少しで落馬ということになりそうで、私も小さく「ひぇっ」と声を上げてしまった。心臓に悪いことをしないでほしい。けれど体勢を整えたレオの口から出てきた言葉は「心臓に悪いことをしないでくれ」というもので、しっかりと自分の心臓を押さえていた。
「そうか」
「ええ、まぁ……あの仲良くなった一年間のときにですけど」
「そうか……ならば、俺は本当に頑張らなければな」
「なぜです?」
「君の父親がすんなり君をくれるとは思えない」
「確かに……私今、跡継ぎとして勉強していますから」
「尚更だな」
そんな優秀な人材を簡単に手放すとは思えないとはっきり口にしたレオに、喜びを表に出したいようななんだかくすぐったいような。きっとそれが顔に出てしまっていたのか、レオは私の顔を見て楽しそうに微笑んだ。
「ええ、まぁ……」
「ならば遠乗りに付き合ってくれないか」
突然現れた王子はそう言うけれど、私の馬には荷物が積んである。それを理由に断ろうとしたけれど王子もの荷物に気付いた。そして「忘れずに取りに戻って来よう」という言葉に、私には拒否権がないのだと小さく息を吐きだした。
馬から荷物を下ろし、邪魔にならない場所に置いておく。屋敷からも近い場所のため誰かが気付いて持って行ってくれるかもしれない。一応持ち歩いているメモ帳に誰から貰ったものか、なぜここに置いてあるかを記してバスケットの中に入れる。
「行こうか」
「はい」
ゆっくりと馬を進め始めた王子の少し斜め後ろについていく。もう婚約者でもなんでもない、今更一体何をしにきたのか謎だ。首都から離れたため把握しているのは情勢のみで流れている噂などはまったくわからない。彼女と何かあったのだろうか、それとも彼女自身に何かあったのか。けれどその彼女とは何度か手紙のやり取りをしていたため、彼女自身重い病に掛かった、などというわけでもなさそうだ。
「いい場所だな。アルストロの手腕が見て取れる」
「自慢の父親でございますから」
「そうか」
そんな当り障りのない会話をしながらゆっくりと移動する。王子が何を考えているのかさっぱりだ、そもそも今やしっかりとした右腕となったエディはどこにいるのだろうか。まさか王子一人で? そんな不用心な。護衛の一人ぐらいはいるだろうと辺りをさり気なく見渡してみたけれど、人の気配がない。
「おすすめの場所はあるか?」
「え? ええっと……この先に湖畔がありますが」
「ならばそこに行ってみよう」
湖畔に向かって私を沈めるつもりか、と一瞬過ぎった考えについ一人で苦笑してしまった。王子がいるとどうも悪役令嬢のときのことを思い出して思考がそっちに行ってしまう。暗殺か毒殺かはたまた事故に装った他殺か。失恋した相手に何かこう、想いを呼び起こすわけではなく先にそんな考えをしてしまう私はちょっと仕事のし過ぎなのかもしれない。先日フリージアにも注意されたばかりだし。
近くに森がありそこを突き進むと視界が開け、湖畔が目の前に現れる。よく休憩場所として使われているところだ。マイナスイオンが満たされているようなこの場所で騎士は傷を癒やし、使用人たちは日々の疲れを取る。
馬が逃走しないようにと木に手綱を括りつけている王子に対し、私はそのままそっと手綱を下に下ろした。目を軽く見張る王子に「逃走の心配ありませんから」と笑顔で答える。それだけ賢い子なのだ、この子は。
「久しぶりだな」
「ええ、王子もお元気そうで何よりです」
「その様子だと、手紙を見ていないな」
「手紙……?」
なんだろうか、その手紙はと首を傾げたけれど何かが頭を過ぎった――手紙! お父様が持っていた手紙、まさかあれか。
ああ、なんだか見覚えのあるものだと思っていたけれど。綺麗さっぱり忘れすぎだ……あの封筒は、前に王子と一緒に買物に出掛けたときに王子が購入したものだ。ペンとインク、そして紙。知人に手紙を出すときに必要だと買ったレターセット、確かに王子も買っていた。
「すみません、手紙が来ていたことはお父様に教えてもらったのですが……な、中の確認を、しておりません……」
「だろうな」
「な、何か重要なことが書かれていました……?」
王子自ら手紙を送るということはそういうことだ。それならばなぜお父様はあのときにそう言ってくれなかったのか! 私は今までと同じように権力欲しさに言い寄る男からの手紙だと勘違いしてしまったではないの!
ああでも今思えばいつも真っ先に燃やすか捨てられるかしていた手紙が、今回だけは机の上に置かれただけだった。なぜそうしたのか、そういう意味だったのかと頭を抱えた。あれだけの行動で手紙の送り主を読み解けとは至難の業だ。
「重要なことか……俺としては、重要なことだ」
「なっ……?!」
「だが俺も早くこの場に来すぎたな」
もしやアルストロ家の領土を視察する、という旨が書かれていたのだろうか。そうならば王子のさっきの発言の納得できる。それならば屋敷で王子を出迎えおもてなしをしなければならないのに、血の気が引いていくのが自分でもわかる。だからと今から急いで戻って準備をといっても、王子はすでに来てしまったしなぜか私と遠乗りしてしまったし。
さてどうしようか、知らせを送るべきかなと考えていたところ横から視線を感じ思わず目を向ける。なんだか、憑き物が落ちてすっきりしているように見えた。
「俺はもう王子ではない」
「……え?」
「弟に王位継承権を渡してきたんだ。今の俺はただの『レオ』だな」
弟。そういえば王子には弟がいた。ただし『キラメキ☆ハピネス学園!』に出てきたのは名前だけ。王子よりも三つぐらい下だったため私たちと入れ違いの形で学園に入学している。私も別に面識がないわけではないけれど、王子との関係がアレだったため特に深い付き合いでもなかった。
と、待って。王子はさっき何を言った? 弟に、王位継承権を渡してきた? ただの『レオ』?
「何事ですか?!」
「大きい声が出たな」
「はっ……! すみません、ですが、一体何が……?」
目の前にいる人はもう『王子』ではないということだ。なぜ弟に跡継ぎを任せたのか。もしかして彼女に何かあったのだろうか。彼女のことを想い王族から離れた? 何かが起こった、そう思うのは自然なことだろう。
真剣に考えている私に対し、王子……いや、元王子は何が面白くのか表情を綻ばせている。王子、と言い出しそうになった口を慌てて閉じると、彼は湖畔のほうに視線を向けた。口角は、上がったままだ。
「彼女に言われたんだ。何かを話す度にまるで枕詞のように『カトレアは』と口にすると」
「え?」
目を丸め口を僅かに開ける。視線は合うことはないけれど何かを思い出すように口にする彼の意図が、私にはまだわからない。
「彼女もカトレアを慕っていたようだが、それにしてもあまりにも口にしていてそのことに気付いているかと言われてな。正直に言うと、気付いていなかった。今までずっと婚約者だったものだから無意識に彼女と比べてしまっていたのかと思ったが、そうではないと首を横に振られた」
「はぁ……?」
「無自覚は質が悪いと言われ、しばらく一人で考えるように言われた」
どうやら彼女はしっかりと彼を支えてくれているようだ。一人で考えるためにわざわざここの領地まで? という疑問とそれと王位継承権を渡したのと何が関係あるのだろうか。
彼は「一人で考えた結果」と言葉を続ける。今私にできることは黙って耳を傾けるだけだけれど、なんだろうこの妙な胸騒ぎは。
「俺が本当に慕っていたのは、カトレアだということに気付いた」
「……はい?!」
「婚約破棄をする前の一年間、親交を深めていただろう? 居心地がよかったんだ。気兼ねなく誰かと話すことができるなんてエディや親しいもの以外そういなかった。あのときはカトレアに何をしたら喜ぶのか必死で考えていたし、その時間も楽しかった」
「お言葉ですか王子!! あ、あの、それを経てあなた様は彼女を選んだわけですよね?!」
何を言い出しているんだこの元王子は。そんなの、きっと思い出補正だ。あの頃は楽しかったなって、時間が経つにつれて思い出が美化されていく。元王子はそれを勘違いしているだけに過ぎない。
「エディが言うには、彼女がカトレアに似ていたから選んだんだろうということだった。そう言われて俺は何も言い返せなかった、まぁ、図星だったんだな」
「彼女に失礼ですよね?!」
「そうだ。だから正直に彼女にそのことを伝えた。呆れられたよ、なぜ今まで気付かずにいられたのかと。彼女のほうは傍にいて徐々に気付いていっていたそうだ」
なんだこれ。なんでこんな急展開みたいに、最後のどんでん返しみたいになっているのか。すっかり頭が混乱した私は口をパクパクと開閉することしかできなくて、湖畔に視線を向けていた元王子は私に視線を向けて微笑みを浮かべる。そんな顔、今まで一度も向けたことはなかっ……あった。何回か、あった。学生時代に、婚約破棄をする前の一年の間に。
「君はすでに領地に戻っていっていたし婚約破棄をした手前、首都に呼び戻すこともできない。考えた結果、弟に王位を譲るということになった。それに時間がかかってしまってな、こうしてここに来るのが遅くなった」
「は、え、待っ、待って、あの、エディは? 彼女は?」
「エディと彼女は弟の補佐として傍にいるが? 彼女は優秀な人間で周囲からも認められている。誰も文句は言えまい」
「えっと、何をしに、ここへ」
そうだ、何をしにここに来た。中の確認はしていないけれど何のためにわざわざ手紙を送った。何のために、と小さくこぼす私の手に一回り大きな手が重なる。護身のためにと鍛錬していた手は意外にもゴツゴツしていて、豆すらできていた。ここまでする必要は、なかったはずだろうに。
「ただのレオが、アルストロ家の主に認められるためにここにやってきた」
「み、認められるため……?」
「ああ。そうでないと君の父親は、君に結婚を申し込むことを許してはくれないだろう?」
「なんですと?!」
しまった素が出た。令嬢たるもの、驚いたからって「なんですと」という言葉を使うべきではない。言うとすれば「何ということですの」が正解だ。いや今はきっとそんなことどうでもいい。どうでもいいことを考えたくなるほど現実逃避したい。
取りあえず動揺を隠すようにそっと手を口で隠し、おずおずと視線を向ける。混乱はしているけれど、現実逃避もしたくなるけれど、元王子が何を言いたいのかわからないわけでもないのだ。
「あの……私がもう結婚しているという考えは、なかったのですか?」
「しているのか?」
「……いいえ、しておりませんが。そもそも、あの、私の気持ちのことは置いてけぼりですけど……」
「君の気持ちが俺に向いていなくても、振り向かせようと思っていた。幼少期君がそうして頑張ってくれたように」
ここであのときの努力を言い出すとは。確かに王子との親交を深めようと頑張っていた幼少期だ。でも元王子が言っているのは、あのときの私と同じことをすると言っているように聞こえる。
それはよろしくない。心臓に悪い。そんなことする必要もない。
「あの、えっと、王子」
「レオだ」
素早く入った訂正に怖気づきながらも、取りあえずと頭を無理矢理回転させて言葉を捻り出す。
「えぇっと、レオ。その……まず、アルストロ家に就職。ということで、よろしいんですか?」
なんだ元王子が貴族のところへ就職なんて。一体どういうことだと自分でも内心ツッコんでしまうけれど、王族ではない彼は働き口を探さなければならない。しかもわざわざアルストロ家の領地にまでやってきてくれたのだ、このままはいお疲れ様でしたと首都に帰すわけにもいかない。
君さえよければ、と嬉しそうに微笑む姿に今まで静かだった心臓がバコバコ音を立てて暴れている。失恋してから三年は経ったというのに、なぜ私の心臓はこうも喜んでいるのだろうか。困った、本当に困った。
私はそこまで一途でいられる人間だっただろうか。
取りあえず、早速書面に記入をしてもらおうと屋敷に戻ることにした。私の馬は行儀よくきちんと待っていてくれて、流石だとレオは微笑んだ。よく笑うようになったなと、チラリと視線を向けつつ密かに思う。そういえば、これは言ってしまっていいのだろうか。
馬に跨がり、ゆっくりと走らせる。隣に並んでいる横顔は乙女ゲームの主役らしく綺麗に整っている。小さい頃からよく見ていた横顔だ。
「えっと、レオ……私、あなたのことお慕いしていました」
レオの身体が大きく傾きもう少しで落馬ということになりそうで、私も小さく「ひぇっ」と声を上げてしまった。心臓に悪いことをしないでほしい。けれど体勢を整えたレオの口から出てきた言葉は「心臓に悪いことをしないでくれ」というもので、しっかりと自分の心臓を押さえていた。
「そうか」
「ええ、まぁ……あの仲良くなった一年間のときにですけど」
「そうか……ならば、俺は本当に頑張らなければな」
「なぜです?」
「君の父親がすんなり君をくれるとは思えない」
「確かに……私今、跡継ぎとして勉強していますから」
「尚更だな」
そんな優秀な人材を簡単に手放すとは思えないとはっきり口にしたレオに、喜びを表に出したいようななんだかくすぐったいような。きっとそれが顔に出てしまっていたのか、レオは私の顔を見て楽しそうに微笑んだ。
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