残365日のこおり。

tonari0407

文字の大きさ
上 下
33 / 113
第2章

着信 5月30日

しおりを挟む
 【注意】この話はデリケートな内容を含みます。苦手な方は読むのを避けてください。

 水川は夜勤明けで眠かった。朝、家に帰ってきて、シャワーを浴び気持ちよく寝ていたところで雪穂の突然の訪問に起こされた。

「優一が食べたいって言ってた限定のカツサンド買ってきたよ」

 インターホンがうるさかったので、ドアを開けたらそう言いながらずかずかと家に上がってきた。先週までふてくされたかのように全然連絡してこなかったのは何だったのだろうか。「夜勤明けで眠いんだけど」とぼやいたら、「私もだよ」と元気そうに返された。

 同い年なのにこの体力の差は、日頃の運動量の違いだろうか。それとも看護師になると身体の作りが変わってくるのだろうか。
 水川は机の上のゴミを片付けてサンドイッチを並べようとする雪穂をぼんやりと眺めながら思った。

 ブーブーブー

 部屋の何処かでスマホの着信音が鳴った。水川より先に、雪穂が部屋の布団の中からスマホを探し当てる。スマホの画面をみた瞬間、彼女の表情が変わった。不機嫌そうに手渡される。

「たちばなあいりって、ねこにゃんの子?」

 渡されたスマホの画面を見て、水川は雪穂の質問には答えずに、電話に出た。

「たちばなさん、どうしたの?」

「えっ、ちょ、大丈夫?」

「今日病院まだ行ってないの?連絡は?」

「今、どこ?」

「わかった、行くから待ってて」

 水川は電話を切って、急いで部屋着のスエットからジーンズに履き替えた。いつものリュックを持って、部屋を出ていこうとする。

「優一、行っちゃうの?」
 後ろから雪穂の不安そうな声が聞こえた。水川は振り返り、引き出しを探った。見つけ出した部屋の合い鍵を彼女に渡す。

「カツサンド、ここで食べてっていいから。冷蔵庫のコーラも特別に飲んでいいから。
 これ部屋の鍵、出てくときポストに入れといて。悪いな」

「えっ優一、ちょ」
 何か言いかけた雪穂の言葉を聞かずに水川は家を出て、自転車であいりの家に向かった。

 信号待ちで止まった際に、水川は先週受診して産婦人科に電話をかけた。

「先週受診して、今日診察予定のたちばなあいりの連れですが、今さっき本人から連絡があって、出血と腹痛で動けないみたいなんですけど、どうしたらいいでしょうか?
 はい、妊婦です。今日そちらで心拍確認予定でした。
 わかりました。タクシーで向かいます」

 電話を切って、またすぐ電話をかける。
「もしもし、タクシーを1台お願いします」

 あいりの部屋がどこかは、何度か出てくるところと入る所を見ていたので知っていた。インターホンを何度か押すが出ないので、ドアノブを回すと呆気なく開いた。

 彼女は玄関前の廊下でお腹に手を当ててうずくまっていた。水川のために何とかドアを開けきたのかもしれない。

「たちばなさんっ、大丈夫?」
 声をかけると、あいりは弱々しく顔を上げた。彼女の顔は涙に濡れていた。

「タクシー呼んであるから、病院行こう。保険証とスマホどこ?」

 あいりの言葉を聞いて、水川は家に上がった。見つけた荷物を持って、タクシーで病院に向かう。

「たちばなさん、ちょっとスマホ借りるね。運転手さん、電話掛けてもいいですか?」

 本当にわかっているのかわからないあいりの頷きを確認して、タクシー内で水川はあいりのスマホを操作して電話をかけた。長めに鳴らしたが、相手が出なかったので、かわりにメッセージを送る。

 電話をかける相手は俺じゃない。
 今日の診察に一緒に行った方がいいのはわかってたけど、あえて聞かずに面倒を避けたのに結局これか。

 到着した病院では入り口で看護師があいりの事を待っていた。

しおりを挟む

処理中です...