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第6章
ギブアンドテイク 7月30日
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杏梨がその着信を受けたとき、大して驚きはしなかった。その一週間程前にも同じように連絡があって、一緒にお酒を飲んだから。
7月23日夕方、【美味しいお酒があるから、飲みに来ないか?】とメッセージをくれたそうたは、お酒の味なんてわからないくらいに酔って、珍しく愚痴を言った。
好きな人と他の人が上手くいくようにたこパを開いて芝居したと聞いたときは、つい『馬鹿なの?』と言ってしまった。
たこパの写真を見せてもらったが、そこにはそうたから逃れそうとする不機嫌そうなイケメンとそのイケメンにの肩を持って満面の笑みのそうた、そして、少し離れたところに困ったように微笑むかわいらしい女の子が映っていた。
この子がそうたの好きな子。そう思うと杏梨の心の中に少しもやもやとした感情が浮かんだ。別にそうたには恋愛感情は持ってない。だが、無条件に自分を甘やかしてくれるそうたの優先順位では、この子が一番上かと思うと悔しかった。見た感じは小さくて癒し系の彼女は、杏梨と大分系統が異なっていて、いかにも『守ってあげたい女の子』で羨ましい。しかも、そんな彼女はそうたの優しさを踏み台にして、このイケメンに今度は愛される。別れて以来、思い人の金田にまだ1度も会えていない杏梨はその対比に嫉妬した。
また飲みのお誘いかな?
そう思いながら、電話を取った。
「もしもし?」
その電話の要件はまた『馬鹿なの?』と突っ込みたい内容だったけど、あまりにそうたの声が真剣だったから言えなかった。杏梨はそうたに簡単に指示を出して電話を切った。
役に立ちそうなものを見繕って、Tシャツにジーンズのラフな格好で外に出る。21時前の夏の夜、空気は生ぬるくて少し重い。コンビニに寄って、少し買い物をしてそうたの家に向かった。
マンションの前で電話をかける。インターフォンを押すと、彼女が起きてしまうかもしれないからだ。行くなんていってなかったから、そうたはびっくりしていたけれど、その声安心したような響きに変わったのがわかったので、杏梨は来て良かったと思った。
玄関のドアを開けたそうたの顔は嬉しそうだった。しかし、その首に赤く印があるのを見て、杏梨はそれを不快に感じた。
「ごめんな、杏梨。来てもらっちゃって。夜なのに」
そうたがすまなさそうに謝る。
「いつも私が困ったときそうたが助けてくれたからお互い様だよ」
キスマークには気づかなかったふりをして杏梨は微笑んだ。
「彼女さんは?」
「とりあえず、寝てる。彼女の着替えとかナプキンとか薬とか全部彼氏の家に持ってちゃったから、俺ん家には何もなくて」
そこまでさせておきながら、都合の良いときだけ帰ってきて元彼に介抱させる彼女を杏梨は図々しいと思った。
「なら、あのイケメンくんに任せとけばよかったじゃない?」
我ながら意地悪と思いながらも、嫌味がつい口に出てしまって、杏梨は言った瞬間に自己嫌悪に陥った。
「あいり、ちょっと疲れちゃったみたいだから、俺が無理やり連れてきたんだよ。彼氏には了承得てるから。杏梨、こんなことさせてごめんな」
そうたが申し訳なさそうに謝るので、杏梨はこれ以上彼を困らせたくなくなった。
「そうたがいいなら私はいいの。これ、家にあった鎮痛剤。薬局今の時間だと閉まってるから、買ってこれなくてごめんね。あと、サイズ合うかわかんないけど、コンビニで下着とナプキン買ってきた。後は飲みものとか、丁度家にあった常備菜とか」
「うわー、杏梨めっちゃ助かる。そっか、コンビニに下着って売ってるのかー」
杏梨が荷物を手渡すとそうたは目を輝かせた。
「そうた、女性用下着を自分で買いに行くのはよしなね?ちょっと怪しい人にみえるから。後、具合悪いときは側についててあげて」
そう言わないと買いにいってしまいそうなそうたに杏梨は釘を指しておいた。
杏梨が帰ろうとすると、そうたは引き留める。
「もう遅いから嫌じゃなければもうちょっといて?あいりが落ち着いたら家送ってくよ」
翌日も予定はないし、このまま家に帰ってもむなしくなるだけだと思った杏梨はそうたがあいりの介抱の準備をする間、大人しくリビングでお茶を飲んだ。
口を出す気も、彼女に会う気もなかった。
しかし、温かいハーブティーと鎮痛剤をそうたが寝室に運んで行くのを見て、杏梨は声をかけた。
「そうた、薬飲ませるなら何か食べさせてからの方がいいよ?」
「あっそうだね」
そうたが足を止めて、杏梨が何なら食べられるか、お粥でも作るかと考え始めたときだった。
「そうちゃん?」
小さな身体には到底大きいそうたの部屋着を着た彼女が寝室から顔を出した。
「あいり、起きたの?大丈夫?」
そうたが彼女に駆け寄っていく。その間も彼女の目は杏梨をじっと見ていた。
「あの人は?」
悲しげに彼女が聞くと、そうたはすぐ答えた。
「彼女は元カノの杏梨。俺どうしたらいいかわかんなくて連絡したら来てくれたんだ。あいりのために色々持ってきてくれたんだよ」
「いつも話してた元カノさん?」
杏梨から見てもあいりの顔が歪むのがわかった。
「そう。だけど、杏梨とはもう友達だよ」
これはやばい。そう思って杏梨は明るい声を出した。
「そう。私たちただの友達で、そうたが『大事な子が大変なんだ』って悲痛な電話してきたから、心配になって私が無理やり押し掛けたの。具合悪いときにごめんね。あいりちゃん」
そう杏梨が伝えてもあいりの顔は沈んだままだった。そして、ゆっくり膝から崩れ落ちる。
「あいり」
すぐ横にいたそうたが彼女の身体を支える。杏梨も咄嗟に駆け寄った。すぐ側で見ると彼女の顔立ちはとても幼くて、目は赤く腫れていた。弱々しい姿の彼女に、杏梨の心から嫉妬心が薄まっていく。
「あいりちゃん、いつも生理痛こんなに酷いの?」
杏梨の優しい声にあいりは首を横に振った。
「こんなに、動けなくなる程じゃないんですけど。久々に来たからか何か酷くて。あの、杏梨さんごめんなさい。ありがとうございます」
杏梨を見つめる瞳が涙に潤んでいて、杏梨はそうたがこの子をほっておけない理由がわかった気がした。
「全然いいの。下着買ってきたから、落ち着いたら一旦着替えようね。私の手持ちで申し訳ないけど痛み止めも持ってきたから。お粥とか何か食べられそうかな?少しお腹に入れてから薬飲んで寝ようね」
「大丈夫です。本当にありがとうございます。すみません」
あいりの目から涙がこぼれおちたので、杏梨はそれをハンカチで拭った。
「そうた、あるもの適当に使ってもいい?」
「もちろん。ありがとな杏梨」
そうたがあいりをベットに横にならせるのを確認して、杏梨はキッチンに向かった。
◆
あいりにお粥を食べさせて、薬を飲ませて寝かせた杏梨とそうたはリビングで小声で話していた。
「そうた、あいりちゃんて、何か守ってあげたくなる感じだね」
杏梨は顔色が悪いのに、何度もお礼をいって、儚げに微笑むあいりを思い出した。彼女はお礼を言うばかりではなく、杏梨に「いつもとても素敵な方だって伺ってましたけど、想像以上です。私も杏梨さんみたいになりたい」とまで言ったのだ。
Tシャツにジーンズで、眉毛と薄い口紅くらいしかメイクしていない自分がそんなこと言われるなんて杏梨は予想していなかった。
「だろ?ほっとけないんだ。俺はもうあいりの彼氏じゃないけど、出来ることしたくて。
杏梨、ほんとに助かった。ありがとう。杏梨は優しいな」
屈託ない笑顔で笑うそうたは杏梨には幸せそうに見える。
「あいりちゃん、そうたのことが好きなんじゃないの?その首元もあいりちゃんでしょ?」
杏梨はそうたの首元のキスマークを指差した。杏梨から見て、あいりは心からそうたを信頼している様子だったし、最初に杏梨の姿を見たときの彼女の顔は嫉妬と悲しみに満ちているようだった。
「あっ、これは、まぁそうだけど。んー、彼女は今不安定で、これからどうなるかわかんないけど、とりあえず俺が出来ることはしたいんだ」
はっきりとそう言うそうたは、あいりへの愛に満ちていて、杏梨は羨ましかった。
「まぁ愚痴ならいつでも聞くよ。私はそろそろ帰ろうかな」
杏梨が席をたつと、そうたが送ると言ってついてきた。一旦は断ったが24時前だったので、お言葉に甘えた。
「俺やっぱり杏梨ってすごいと思う。心から尊敬してる。本当助かった」
別れ際のそうたは真剣な顔だった。
「辛いとき色々してもらったから、ただのギブアンドテイクだよ」
杏梨はわざとおちゃらけて、誰もいない家の中に消えた。
金田さん、やっぱり会いたいよ。
その日の杏梨は寂しさになかなか寝つけなかった。
7月23日夕方、【美味しいお酒があるから、飲みに来ないか?】とメッセージをくれたそうたは、お酒の味なんてわからないくらいに酔って、珍しく愚痴を言った。
好きな人と他の人が上手くいくようにたこパを開いて芝居したと聞いたときは、つい『馬鹿なの?』と言ってしまった。
たこパの写真を見せてもらったが、そこにはそうたから逃れそうとする不機嫌そうなイケメンとそのイケメンにの肩を持って満面の笑みのそうた、そして、少し離れたところに困ったように微笑むかわいらしい女の子が映っていた。
この子がそうたの好きな子。そう思うと杏梨の心の中に少しもやもやとした感情が浮かんだ。別にそうたには恋愛感情は持ってない。だが、無条件に自分を甘やかしてくれるそうたの優先順位では、この子が一番上かと思うと悔しかった。見た感じは小さくて癒し系の彼女は、杏梨と大分系統が異なっていて、いかにも『守ってあげたい女の子』で羨ましい。しかも、そんな彼女はそうたの優しさを踏み台にして、このイケメンに今度は愛される。別れて以来、思い人の金田にまだ1度も会えていない杏梨はその対比に嫉妬した。
また飲みのお誘いかな?
そう思いながら、電話を取った。
「もしもし?」
その電話の要件はまた『馬鹿なの?』と突っ込みたい内容だったけど、あまりにそうたの声が真剣だったから言えなかった。杏梨はそうたに簡単に指示を出して電話を切った。
役に立ちそうなものを見繕って、Tシャツにジーンズのラフな格好で外に出る。21時前の夏の夜、空気は生ぬるくて少し重い。コンビニに寄って、少し買い物をしてそうたの家に向かった。
マンションの前で電話をかける。インターフォンを押すと、彼女が起きてしまうかもしれないからだ。行くなんていってなかったから、そうたはびっくりしていたけれど、その声安心したような響きに変わったのがわかったので、杏梨は来て良かったと思った。
玄関のドアを開けたそうたの顔は嬉しそうだった。しかし、その首に赤く印があるのを見て、杏梨はそれを不快に感じた。
「ごめんな、杏梨。来てもらっちゃって。夜なのに」
そうたがすまなさそうに謝る。
「いつも私が困ったときそうたが助けてくれたからお互い様だよ」
キスマークには気づかなかったふりをして杏梨は微笑んだ。
「彼女さんは?」
「とりあえず、寝てる。彼女の着替えとかナプキンとか薬とか全部彼氏の家に持ってちゃったから、俺ん家には何もなくて」
そこまでさせておきながら、都合の良いときだけ帰ってきて元彼に介抱させる彼女を杏梨は図々しいと思った。
「なら、あのイケメンくんに任せとけばよかったじゃない?」
我ながら意地悪と思いながらも、嫌味がつい口に出てしまって、杏梨は言った瞬間に自己嫌悪に陥った。
「あいり、ちょっと疲れちゃったみたいだから、俺が無理やり連れてきたんだよ。彼氏には了承得てるから。杏梨、こんなことさせてごめんな」
そうたが申し訳なさそうに謝るので、杏梨はこれ以上彼を困らせたくなくなった。
「そうたがいいなら私はいいの。これ、家にあった鎮痛剤。薬局今の時間だと閉まってるから、買ってこれなくてごめんね。あと、サイズ合うかわかんないけど、コンビニで下着とナプキン買ってきた。後は飲みものとか、丁度家にあった常備菜とか」
「うわー、杏梨めっちゃ助かる。そっか、コンビニに下着って売ってるのかー」
杏梨が荷物を手渡すとそうたは目を輝かせた。
「そうた、女性用下着を自分で買いに行くのはよしなね?ちょっと怪しい人にみえるから。後、具合悪いときは側についててあげて」
そう言わないと買いにいってしまいそうなそうたに杏梨は釘を指しておいた。
杏梨が帰ろうとすると、そうたは引き留める。
「もう遅いから嫌じゃなければもうちょっといて?あいりが落ち着いたら家送ってくよ」
翌日も予定はないし、このまま家に帰ってもむなしくなるだけだと思った杏梨はそうたがあいりの介抱の準備をする間、大人しくリビングでお茶を飲んだ。
口を出す気も、彼女に会う気もなかった。
しかし、温かいハーブティーと鎮痛剤をそうたが寝室に運んで行くのを見て、杏梨は声をかけた。
「そうた、薬飲ませるなら何か食べさせてからの方がいいよ?」
「あっそうだね」
そうたが足を止めて、杏梨が何なら食べられるか、お粥でも作るかと考え始めたときだった。
「そうちゃん?」
小さな身体には到底大きいそうたの部屋着を着た彼女が寝室から顔を出した。
「あいり、起きたの?大丈夫?」
そうたが彼女に駆け寄っていく。その間も彼女の目は杏梨をじっと見ていた。
「あの人は?」
悲しげに彼女が聞くと、そうたはすぐ答えた。
「彼女は元カノの杏梨。俺どうしたらいいかわかんなくて連絡したら来てくれたんだ。あいりのために色々持ってきてくれたんだよ」
「いつも話してた元カノさん?」
杏梨から見てもあいりの顔が歪むのがわかった。
「そう。だけど、杏梨とはもう友達だよ」
これはやばい。そう思って杏梨は明るい声を出した。
「そう。私たちただの友達で、そうたが『大事な子が大変なんだ』って悲痛な電話してきたから、心配になって私が無理やり押し掛けたの。具合悪いときにごめんね。あいりちゃん」
そう杏梨が伝えてもあいりの顔は沈んだままだった。そして、ゆっくり膝から崩れ落ちる。
「あいり」
すぐ横にいたそうたが彼女の身体を支える。杏梨も咄嗟に駆け寄った。すぐ側で見ると彼女の顔立ちはとても幼くて、目は赤く腫れていた。弱々しい姿の彼女に、杏梨の心から嫉妬心が薄まっていく。
「あいりちゃん、いつも生理痛こんなに酷いの?」
杏梨の優しい声にあいりは首を横に振った。
「こんなに、動けなくなる程じゃないんですけど。久々に来たからか何か酷くて。あの、杏梨さんごめんなさい。ありがとうございます」
杏梨を見つめる瞳が涙に潤んでいて、杏梨はそうたがこの子をほっておけない理由がわかった気がした。
「全然いいの。下着買ってきたから、落ち着いたら一旦着替えようね。私の手持ちで申し訳ないけど痛み止めも持ってきたから。お粥とか何か食べられそうかな?少しお腹に入れてから薬飲んで寝ようね」
「大丈夫です。本当にありがとうございます。すみません」
あいりの目から涙がこぼれおちたので、杏梨はそれをハンカチで拭った。
「そうた、あるもの適当に使ってもいい?」
「もちろん。ありがとな杏梨」
そうたがあいりをベットに横にならせるのを確認して、杏梨はキッチンに向かった。
◆
あいりにお粥を食べさせて、薬を飲ませて寝かせた杏梨とそうたはリビングで小声で話していた。
「そうた、あいりちゃんて、何か守ってあげたくなる感じだね」
杏梨は顔色が悪いのに、何度もお礼をいって、儚げに微笑むあいりを思い出した。彼女はお礼を言うばかりではなく、杏梨に「いつもとても素敵な方だって伺ってましたけど、想像以上です。私も杏梨さんみたいになりたい」とまで言ったのだ。
Tシャツにジーンズで、眉毛と薄い口紅くらいしかメイクしていない自分がそんなこと言われるなんて杏梨は予想していなかった。
「だろ?ほっとけないんだ。俺はもうあいりの彼氏じゃないけど、出来ることしたくて。
杏梨、ほんとに助かった。ありがとう。杏梨は優しいな」
屈託ない笑顔で笑うそうたは杏梨には幸せそうに見える。
「あいりちゃん、そうたのことが好きなんじゃないの?その首元もあいりちゃんでしょ?」
杏梨はそうたの首元のキスマークを指差した。杏梨から見て、あいりは心からそうたを信頼している様子だったし、最初に杏梨の姿を見たときの彼女の顔は嫉妬と悲しみに満ちているようだった。
「あっ、これは、まぁそうだけど。んー、彼女は今不安定で、これからどうなるかわかんないけど、とりあえず俺が出来ることはしたいんだ」
はっきりとそう言うそうたは、あいりへの愛に満ちていて、杏梨は羨ましかった。
「まぁ愚痴ならいつでも聞くよ。私はそろそろ帰ろうかな」
杏梨が席をたつと、そうたが送ると言ってついてきた。一旦は断ったが24時前だったので、お言葉に甘えた。
「俺やっぱり杏梨ってすごいと思う。心から尊敬してる。本当助かった」
別れ際のそうたは真剣な顔だった。
「辛いとき色々してもらったから、ただのギブアンドテイクだよ」
杏梨はわざとおちゃらけて、誰もいない家の中に消えた。
金田さん、やっぱり会いたいよ。
その日の杏梨は寂しさになかなか寝つけなかった。
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