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楽しいタイ
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メータータクシーもホテルも気負っていた割りには全然問題なかった。ホテルはネットで口コミを確認して選んだこともあり、綺麗で快適に過ごせた。
ベットに横になり、持ってきたバンコクの旅行本を見る。しっかり読むのは、今回が初めてだ。旅をする上での注意点や地図も細かく載っている。
杏梨が今回の旅行で自分に課した約束事は3つだ。
1つ目、危ないことはしない。
2つ目、夜中は外にでない。
3つ目、お酒は飲まない。
ナイトマーケット等も行ってみたかったが、1人で行くのは不安だった。昼間の内に宿を探し、したいことをして夜は休む。毎日それを繰り返して帰りの飛行機までに空港に帰ればいい。
やりたいことは、
ゾウに乗る。
タイのマッサージに行く。
ドリアンを食べる。
何か思いきったことをする。
これくらいだろうか。
本当は寺院を見回ったり、ビーチに行ったり、きちんと計画をたてて観光すべきなのだろう。だが、母に言われた言葉もあり、一人旅のとき位は杏梨は自由気ままに過ごすことに決めた。約束事に1つ追加しなくてはいけない。【ーすべき】な考えを捨てる。
外はうだるように暑いのに、クーラーが効きすぎて寒い位のホテルの部屋の中で、杏梨は旅の始まりに心をときめかせた。
◇◇◇
思っていたより旅は順調に進んだ。
人がごった返した街、日本の街は綺麗だったんだと実感する。見たことのないフルーツや食べ物。いたるところにいる虫。無数のバイクが縦横無尽に駆け回る道路。杏梨には意味がわからない言葉の数々。汗が吹き出て止まらなくなる暑さに、急に豪快に降ってくる雨季の雨。
ここにいる自分のことを知っている人は自分だけで、何をしてもいい。私は自由だ。
明らかなる異国の地で杏梨は自由を感じていた。
指差しとイエス、ノーで買い物も何とかなった。いざというときはスマホがある。日本人とばれるのか、道端で日本語で話しかけてくる人もいる。怪しすぎて無視して通り過ぎたが、追いかけてきてしつこかった。
優しい人もいた。その日は暑くて、杏梨は道に迷ってふらふらと歩いていた。やっと買ったベットボトルの水を開けようとしたら力が入らなくて手間取る。すると、それをみていた青年が何も言わずに蓋だけ開けてくれて去っていった。あのとき、タイ語で「ありがとう」が咄嗟に出なかったのが悔やまれる。
初めて乗ったゾウは、思っていたよりずっと高くて少しこわかった。揺れる背中に樹も乗っただろうか。
きらびやかな寺院。観光客でごった返す。
飛び込みで入ってみた街角のマッサージ店。観光客というよりも地元の客がメインの店だったのか、杏梨よりもいきなりやって来た観光客に戸惑うマッサージ師。それでも受けてやってくれた。歩き疲れた身体はほぐされた。
思ったより匂いがなかったドリアン。恐らく臭いを抑えて品種改良されたもの。現地の子供たちに見守られながら、1人で1個を食べきるのが苦しかった。観光客もいないようなところに辿り着いて、カット状態では売っていなかったのだ。丸1個は定員が鮮やかな手つきで切ってくれた。食べる?とジェスチャーしたのに、子どもたちは誰も一緒に食べてくれなかった。
日が暮れる前に目についた屋台でフルーツや焼売やつみれっぽいものを買ったりして、ホテルでゆっくりと食べる。
フルーツは安いし、美味しい。果糖なんて気にしない。つみれみたいなものは香ばしくて、しょっぱくて、わからないけど香辛料が入っていて食が進む。自分が一体何を食べているのかわからないこともあるが、それが逆に楽しかった。
外の屋台で食べることもあった。エビのワンタンが入ったスープ。思いがけずパクチーが入っていて、その後は「ノーパクチー」と言うようになった。
気に入ったのはタイの焼きそば「パッタイ」。ぷりっとした海老に米麺、もやしにニラ、ナッツ、ライム。卓上に自分で味を調整できるように調味料が置いているがその中に砂糖があったのに驚いた。意外と自分で色々かけてみると美味しいんだ、これが。
移動には徒歩と鉄道を主に利用した。プリペイド式のカードを買って、乗り方に馴れてくると杏梨は何だか自分を褒めてあげたくなった。
隙間があればバイクが車の間を通り抜けていくような道路状況。あれでよく怪我をしないものかと心配になる。事故は目撃していないだけで、起きているだろう。
でも、歩き疲れて、暑くてしんどい時に、オートバイタクシーの運転手に話しかけられて乗ってみた。生ぬるい風が自分の横を通り抜けて、バイクとバイクの間も車の間もすり抜けていく感覚。足を伸ばせば、怪我をするというスリル感。危険と隣り合わせな状況は杏梨に『生きてる』という感覚をもたらした。現地の人にとってはただの移動手段なのに、杏梨からしたらジェットコースターより面白くて、良さそうな運転手さんを選んで何回か利用した。
広大な敷地に迷路のような通路が巡らされ無数のお店がぎっしりと並ぶウィークエン・マーケット。かなり暑かったが楽しかった。色とりどりの服に雑貨、あらゆるものが揃う。日本とは違うペットショップ。暑いなか食べたココナッツアイスは、疲れて暑い重い身体に冷たく甘く染みわたった。
常にリュックに自分の全荷物を入れているので、余程気に入ったものがない限りすぐには買えないのが残念だった。それでも少しずつ持ってきたシャンプー等は減って、持って帰るものは増えた。
ここまでのことは、金田さんにもそうたにも、お母さんにも話せる楽しいタイの話。多少は怒られるかもしれないけれど。バイクのこととか。
あれは、6月2日だった。タイから帰る日の前日。杏梨は順調な旅に少し浮かれていたのかもしれない。
前日に気に入って買ったワンピースをどうしても着たかった。日焼け止めをしっかり塗って、肌を出した。明るい色のワンピースに負けないように鮮やかな色の口紅を添える。
あの日のことは、誰にも言えない。でも、あれも杏梨にとっては楽しい旅の思い出。
旅のスパイスも相まって、金田さんよりもどきどきしたかもしれない彼との思い出。
ベットに横になり、持ってきたバンコクの旅行本を見る。しっかり読むのは、今回が初めてだ。旅をする上での注意点や地図も細かく載っている。
杏梨が今回の旅行で自分に課した約束事は3つだ。
1つ目、危ないことはしない。
2つ目、夜中は外にでない。
3つ目、お酒は飲まない。
ナイトマーケット等も行ってみたかったが、1人で行くのは不安だった。昼間の内に宿を探し、したいことをして夜は休む。毎日それを繰り返して帰りの飛行機までに空港に帰ればいい。
やりたいことは、
ゾウに乗る。
タイのマッサージに行く。
ドリアンを食べる。
何か思いきったことをする。
これくらいだろうか。
本当は寺院を見回ったり、ビーチに行ったり、きちんと計画をたてて観光すべきなのだろう。だが、母に言われた言葉もあり、一人旅のとき位は杏梨は自由気ままに過ごすことに決めた。約束事に1つ追加しなくてはいけない。【ーすべき】な考えを捨てる。
外はうだるように暑いのに、クーラーが効きすぎて寒い位のホテルの部屋の中で、杏梨は旅の始まりに心をときめかせた。
◇◇◇
思っていたより旅は順調に進んだ。
人がごった返した街、日本の街は綺麗だったんだと実感する。見たことのないフルーツや食べ物。いたるところにいる虫。無数のバイクが縦横無尽に駆け回る道路。杏梨には意味がわからない言葉の数々。汗が吹き出て止まらなくなる暑さに、急に豪快に降ってくる雨季の雨。
ここにいる自分のことを知っている人は自分だけで、何をしてもいい。私は自由だ。
明らかなる異国の地で杏梨は自由を感じていた。
指差しとイエス、ノーで買い物も何とかなった。いざというときはスマホがある。日本人とばれるのか、道端で日本語で話しかけてくる人もいる。怪しすぎて無視して通り過ぎたが、追いかけてきてしつこかった。
優しい人もいた。その日は暑くて、杏梨は道に迷ってふらふらと歩いていた。やっと買ったベットボトルの水を開けようとしたら力が入らなくて手間取る。すると、それをみていた青年が何も言わずに蓋だけ開けてくれて去っていった。あのとき、タイ語で「ありがとう」が咄嗟に出なかったのが悔やまれる。
初めて乗ったゾウは、思っていたよりずっと高くて少しこわかった。揺れる背中に樹も乗っただろうか。
きらびやかな寺院。観光客でごった返す。
飛び込みで入ってみた街角のマッサージ店。観光客というよりも地元の客がメインの店だったのか、杏梨よりもいきなりやって来た観光客に戸惑うマッサージ師。それでも受けてやってくれた。歩き疲れた身体はほぐされた。
思ったより匂いがなかったドリアン。恐らく臭いを抑えて品種改良されたもの。現地の子供たちに見守られながら、1人で1個を食べきるのが苦しかった。観光客もいないようなところに辿り着いて、カット状態では売っていなかったのだ。丸1個は定員が鮮やかな手つきで切ってくれた。食べる?とジェスチャーしたのに、子どもたちは誰も一緒に食べてくれなかった。
日が暮れる前に目についた屋台でフルーツや焼売やつみれっぽいものを買ったりして、ホテルでゆっくりと食べる。
フルーツは安いし、美味しい。果糖なんて気にしない。つみれみたいなものは香ばしくて、しょっぱくて、わからないけど香辛料が入っていて食が進む。自分が一体何を食べているのかわからないこともあるが、それが逆に楽しかった。
外の屋台で食べることもあった。エビのワンタンが入ったスープ。思いがけずパクチーが入っていて、その後は「ノーパクチー」と言うようになった。
気に入ったのはタイの焼きそば「パッタイ」。ぷりっとした海老に米麺、もやしにニラ、ナッツ、ライム。卓上に自分で味を調整できるように調味料が置いているがその中に砂糖があったのに驚いた。意外と自分で色々かけてみると美味しいんだ、これが。
移動には徒歩と鉄道を主に利用した。プリペイド式のカードを買って、乗り方に馴れてくると杏梨は何だか自分を褒めてあげたくなった。
隙間があればバイクが車の間を通り抜けていくような道路状況。あれでよく怪我をしないものかと心配になる。事故は目撃していないだけで、起きているだろう。
でも、歩き疲れて、暑くてしんどい時に、オートバイタクシーの運転手に話しかけられて乗ってみた。生ぬるい風が自分の横を通り抜けて、バイクとバイクの間も車の間もすり抜けていく感覚。足を伸ばせば、怪我をするというスリル感。危険と隣り合わせな状況は杏梨に『生きてる』という感覚をもたらした。現地の人にとってはただの移動手段なのに、杏梨からしたらジェットコースターより面白くて、良さそうな運転手さんを選んで何回か利用した。
広大な敷地に迷路のような通路が巡らされ無数のお店がぎっしりと並ぶウィークエン・マーケット。かなり暑かったが楽しかった。色とりどりの服に雑貨、あらゆるものが揃う。日本とは違うペットショップ。暑いなか食べたココナッツアイスは、疲れて暑い重い身体に冷たく甘く染みわたった。
常にリュックに自分の全荷物を入れているので、余程気に入ったものがない限りすぐには買えないのが残念だった。それでも少しずつ持ってきたシャンプー等は減って、持って帰るものは増えた。
ここまでのことは、金田さんにもそうたにも、お母さんにも話せる楽しいタイの話。多少は怒られるかもしれないけれど。バイクのこととか。
あれは、6月2日だった。タイから帰る日の前日。杏梨は順調な旅に少し浮かれていたのかもしれない。
前日に気に入って買ったワンピースをどうしても着たかった。日焼け止めをしっかり塗って、肌を出した。明るい色のワンピースに負けないように鮮やかな色の口紅を添える。
あの日のことは、誰にも言えない。でも、あれも杏梨にとっては楽しい旅の思い出。
旅のスパイスも相まって、金田さんよりもどきどきしたかもしれない彼との思い出。
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