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終章 世界の終わりと創世の伝説

250 不正規な布石

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 本部にから隠し通路を通って、街の外れに出る。
 ここから飛行船の係留地までは走って20分ほどだ。

 あちこちで煙が見える。
 しかし大規模な火災は発生していないようだ。
 辺りに人影は見えない。
 エリッタとその部下達が上手く避難誘導したのだろう。

 僕とリプリアの部下達は、無人となった街を走り抜ける。
 相変わらず体力差を感じずにはいられない。
 呼吸を荒くしながら頑張って走っている僕の回りを、余裕で伴走する三人。
 この程度の速度なら、辺りを警戒しながら進むのも余裕という感じだ。

 どうやら敵の裏をかくことには成功したらしい。
 周囲には敵の気配が無い。

 そして僕達は無事に飛行船の元へ辿り着く。
 戦闘も何も無かったので僕達は無傷だ。
 ただし問題があった。
 飛行船が・・・無傷では無かった。

 僕はアリス側へ派遣する予定の戦闘部隊と合流する。
 そこにジェイエルの姿は無かったが、その代わりリプリアがいた。

 リプリアが僕に気が付く。
 そして部下の三人を・・・睨んだのかな?
 うなだれる三人。
 僕のせいで可哀想なことに。
 リプリアが僕の元へやってくる。

「アグレト様、申し訳ありません。
 飛行船が襲撃されました。」

 リプリアが頭を下げる。

「被害状況は?」

「機関部に損傷があり、修復には一週間は・・・。」

 申し訳なさそうに答えるリプリア。

「一週間!」

 僕は声をあげてしまった。
 間に合わないというかいうレベルでは無い。
 僕は頭をフル回転させ対策を考える。

 報告によると、クルセイダーズ30名が街の中から現れて、飛行船のエンジンを破壊したらしい。
 リプリアが到着したのはエンジンが破壊された後だ。
 その後、出撃準備中だった兵力によって、敵を討ち取ることは出来たものの、完全に後れをとった状態だ。

「地上部隊は出発の準備を継続。
 敵の狙いはこちらの動きを遅らせることだ。
 街の方はエリッタに任せる。
 飛行船でピストン輸送する予定だったものは、輸送車と魔族部隊に振り分けを行う。
 それから魔法技術士のテイランの所在を確認してここに呼んで欲しい。」

 僕は各所に指示を出す。
 とにかく時間が惜しい。

 しばらくすると通信によって街の方の状況報告が入る。
 街を襲撃していたのは100人規模のクルセイダーズだった。
 強力な武器防具を纏い、神の残滓を使用するのだから間違えようは無いだろう。

 迎撃にはエリッタに加え、エリザさんが参戦したらしい。
 迷彩服の量産計画の印象が強かったせいで、エリザさんという最強戦力が完全に頭からすっぽ抜けていた。
 エリザさんの活躍もあり、大部分を鎮圧、残党を捜索中だ。
 どうにかこれで一段落だ。

 ところがその後、緊急連絡が入ってきた。
 クルセイダーズがまた100人規模で現れたらしい。
 しかも突然、街の中にだ。
 僕の元々の計画では、外からの攻撃に対する対処は万全だったのだ。
 逆に、突然中から沸いてくる敵への対処など考えていない。
 こっそり侵入するにしても、いきなりフル装備で100人なんてあり得ない。

 リプリアの警戒網を抜けた時点でおかしいと思ってはいたけれど、これってもしかしてアレか?
 アレなのか?
 アレだとすると、条件は何だ?
 前触れは無かったか?

 僕は思考を巡らせる。
 そして辿り着いた。
 全ての無駄に意味がある、無駄の布石だ。
 やられた、そういうことか。
 今回の件だけでは無い、今更ながら全ての出来事に対して合点がいった。

 敵側で作戦を考えている人物は、恐ろしく有能だ。
 おそらくエンプティモの決戦ですら、その彼の布石の一つでしかない。
 目的は最初から一つだった。

 僕は魔領の山での事を思い出す。
 爺(じい)には色々なことを教わった。
 その中に、魔族の言葉で無駄の布石という話があった。
 日本語の漢字と同じ無駄という単語。
 「駄」が「無い」、つまり値打ちの無いという「駄」を打ち消す「無」になるのだ。
 当時、ただの言葉遊びだと思って聞いていた話こそ、まさに意味のある無駄だったのだ。

 そして、ようやく相手の思考を理解した。
 盤面の向かいに誰がいるのかも。
 爺はとんでもなく昔から、大量の布石を打ち続けてきたのだ。
 僕はこれから爺の卒業試験を受けることになるだろう。





 布石無双の小人爺だった。
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