怪盗デュークとへっぽこ探偵

ひまたろう

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2章 海の怪物とアクア·レインズ·ダイヤモンド

36.助手に娘を人質にされました

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「やっと二人きりになれましたね、先輩」
「メルがそこにいるし、そもそも家では二人きりのことは多かった気がするんだけれどね」

 僕とミハエルは一つのダブルベッドの上に座っていた。いや待って、断じて誤解をしないでほしい。別に好きで一緒に座っているわけではない。僕はバランスを崩して不可抗力でミハエルのベッドの上に座ってしまったのだ。

 ここは豪華客船。僕とミハエルとメルの三人はユーロイス帝国から離れ、南の島・マーケナス島へと進んでいた。どうしてこんなことになっているのか、時間を遡ろう。



「雌豚。唐突だがマーケナス島へ行ってこい。お呼びがかかってるぞ」

 警部は喫茶店に来るなり、僕に手紙を渡してきた。
 魔王の玉座サタンズチェアの一件から今日で二か月。呪いの品はあまり回収が捗っていない。ディアさんもアルトさんも僕たちも一生懸命調べているが、しかし現段階までで存在が隠されている品々は、怪盗騒ぎを受けてさらに倉庫の奥にしまっているようだ。
 ディアさんは怪盗としての自分の名を広めることで早急に片付ける手筈で、表沙汰になった大物だけを始末するつもりでいた。けれど、かえってその戦法が仇になっているのだ。

 けれど予告状はやめない。確認を取ったら今やもうロマンだそうだ。あと「これでシアン君と遊べるからね」だそうだ。そのたびに新聞では僕たちの戦いは取り上げられ、いつもボコボコにやられている。むかついたから最近ではカメラ目線を意識して僕のベストショットを記事にしてもらうことにしたが、デュークに「君は自然体が一番美しい」と不機嫌そうに僕を犯していった。
 心の底から犯す必要性がないと思う。もう最近では難癖付けて押し倒してくるからあの人。

「マーケナス島?ユーロイスの南にある島ですよね。心当たりがないんですけど、誰が僕を呼んでいるんですか?」
「マーケナス島の島主だそうだ。島の問題で名探偵シアンの知恵を借りたいらしい」

 マーケナス島。そこは、小さな小さな独立国家である。国土面積は狭く、基本漁業と観光業で成り立っている。賭博が盛んで、ここでしか見られない絶景もあるためセレブたちの旅行先として、このユーロイスからも向かう人は多い。

 何故ここが独立出来ているのか。それは時代と海流と風向きにあった。基本マーケナス島に行くには、島から出発して各国の港へ停泊し、客を拾って島へ戻る。島の周辺には小島や妙な浮遊物が漂っており、島出身のルートと海流を熟知した人物でないと辿り着く前に沈没するとのこと。すると交易ルートの開拓として非常にコストがかかって益のほうが少ないことから、各国は不用意に手を出さないでいた。
 けれど、蒸気船の発達とともに、他国の占領も時間の問題だろう。そのこともあって、島の中では所有権をめぐって独立派が動いているとも聞く。

「島の問題?僕は探偵ですよ?そういうのは弁護士とかでしょう」
「知らん。うるさいな。さっさと行け」
「質問を三語の罵倒で返された・・・」

 一方のミハエルとメルはウキウキしている。

「りょこ!!りょこ行く!!」
「行きましょう先輩!!ええ!!犯罪者どもには内緒で僕たち家族で行っちゃいましょう!!」
「けれどね、メル。お船では狭いところで何日も詰め込まれるんだよ。さすがにメルの年では耐えられないよ」
「できるもん!行くもん!!」

 僕は頭の中で5等客室をイメージしていた。丁度四人一部屋の奴である。これはケチとかではなく、基本的に身分と金銭が優先となるため、僕のような庶民では最下層かちょっと上くらいのグレードしか乗れないのだ。

「いえ、金に物を言わせます。先輩とメルちゃんも1等客室ですよ」

 ミハエルの能力は金運。けれど、雇い主の僕に還元されることは無く、また彼から出資の申し出があっても、僕は基本的にすべて断ってきた。男たるもの自分の金銭のやりくりが出来ずに、将来女性は娶れないのだ。他の男性に援助、ましてや養われるなんてこと、決してあってはならない。
 故に今回も僕は嫌という意思表示をした。

「口では嫌々いってますけど、メルちゃんがいることをお忘れなく」
「うぐ」
「ああ、うちからお前に出せる交通費は5等しかないからな。それもお前ひとり分。ここは素直に小僧に甘えておけ」
「うぐ、うぐ」
「先輩、この客船、全グレードに家族割が入るらしいですよ!!僕たち夫婦扱いにすれば割引が効くじゃないですか!!」
「僕が・・・!たった金銭のために男としてのプライドを捨てるわけが・・・!!」

 無いでしょうがと言いたいところだが、メルが僕の服の裾をくいくいと引っ張る。男のプライドを取るか、娘の笑顔を取るか。そんなもの答えは決まってる。

「ミハエル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お願い」
「もー先輩!ミハエルじゃなくて旦那様ですってば!!」

 満面の笑みである。ミハエルはメルの頭を優しく撫で、いい仕事をしてくれたとばかりに褒めている。

「すると喫茶店はしばらくお休みですね」
「あたしがいるだろ」

 新聞を読んでいた町子さんが話に参戦してきた。

「え!?町子さんも一緒に行きましょう。メルもその方が喜びますし」
「ババも一緒がいい!!」
「私ももう年だよ。疲れるような遠出は避けたいんだ。ここでゆっくりさせてくれ」
「い、嫌です町子さん、僕と一緒に行きましょう!!お、お願いですから!!」

 僕は町子さんに懇願する。町子さんと距離が出来るのはまずい。非常にまずいのだ。

「だ、だって、僕がこの数年避妊できていたの、町子さんがいたからで、そんな、町子さん!!」
「一回私のいない世界を味わってきな」
「嫌です!!僕がお腹を大きくして帰ってきたらどう責任取ってくれるんですか!?あ、町子さんの香水とっても甘くていい匂いがします!!なんて世界一のお洒落さんなんだ」
「うるっさいね!!あんたそれ言えばあたしが動くと思ってんじゃないよ!!」

 60代後半の高齢女性に縋りつく僕に、警部は豚を見るような目で見てくる。けれど僕は必死だ。嫌だ、妊娠したくない。絶対にミハエルに手を出される。絶対にミハエルに孕まされる!!

「メルちゃんは弟か妹欲しくないかな?」
「欲しい!!ぜーったい欲しい!!」
「ですってよ先輩。頑張りましょうね」

 凄い、僕以外幸せそうに微笑んでる。町子さんも「これ以上騒がしくなるのはごめんだよ」と言ってるが、表情は優しい。絶対孫を望んでる。





 ・・・ということで3人で船に乗っているというわけだ。幸いメルがいるためミハエルが押し倒してくることは無いものの、それも時間の問題な気がする。
 僕たちは家族割のために疑似夫婦を演じることになったが、夫婦の演技のためにミハエルは外でやたらキスをしてくるのだ。あのね、物語の偽装結婚じゃないんだ。普通「え!?この人たち本当に夫婦なの!?」なんて疑ってくる人間はいないんだよ。不仲であってもせめて「え!?離婚寸前なのかな!?」としか思わないんだよ。

「これがハネムーンなんですね。僕、とても幸せです」
「ママー!!おふとんふかふか!!」

 僕は死んだ目で座っていた。

 さて、一等客室はバルコニーもついていて、景色も一望でき、ソファも何もかも完備されている。絵画も飾ってあるが、正直これについては船の揺れと共に落下してこないか心配で、庶民視点では無い方がいい気もするが。あまり走り回らないように注意したが、メルも楽しそうにしている。男としてのプライドを引き換えにして、僕は娘の笑顔を引き出せた。
 これでいい、これでいいんだ。僕は傷つく心を封印して娘の笑顔を楽しむ。

「ミハエルく・・・「
「・・・旦那様、そろそろ夕食はいかがかな」

 僕とミハエルの立場は、今やミハエルのほうが上である。彼の機嫌を損ねれば僕とメルはこの部屋から追放されるからだ。僕はいいが、メルの悲しむ顔は絶対に見たくない。僕は般若の形相でミハエルを見るが、肝心の本人は素知らぬふりをしている。

 さて、この豪華客船のスローガンは「小さな国交の空間を」である。どういうことかというと、他国の賓客が集うこの船では、食事を各部屋に持ってきてくれないのだ。それぞれの階のグレードごとに食事のためのスペースが用意され、そこでいただくことになっている。1等客室はこの船には5部屋存在するが、うち2部屋は予備で置かれているらしい。突然王侯貴族が飛び入りしてきてもいいように、だ。

 とはいえ本来であればミハエルは子爵であってこの一等室を利用できるかは曖昧だったらしい。けれど、それを尋ねるとミハエルはほほ笑んでいた。
 これ、相当金を積んだ可能性が高いな・・・。僕には家族割だのなんだの誤魔化しておいて・・・。

 ユーロイス王家の中でも産業革命の成功はミハエルの能力によるものという説が伝播しているらしく、セレブの中にはミハエル教が出来ているらしいという伝説もある。拝めば金銭利益がある的な。ここの船長もミハエル教信者の可能性があるな。

 ミハエルはあの事件の後、当主を引き継ぐはずだった。けれど我儘により今は彼の従兄が執政を請け負っているらしい。実家を乗っ取られたらどうするんだとミハエルの解雇をしようとしたが、「僕の能力ありきの家ですからね。僕に敵対して親族にメリットはありませんよ」とのことだった。

 そんなこんなでミハエルは僕とメルの手を繋ぎ、幸せそうに食事エリアに向けて歩く。一等室の他のもう一組の客人は夫妻で、大陸にある共和国の貴族とのこと。なかなか面白い話を聞かせてもらえるので、食事とは別に僕は楽しみにしていた。

「ご機嫌よう。今晩のお食事会もよろしくお願いしますわね」
「ええ、こちらこそ!」

 相手のミセスは30代くらいの、とても穏やかで優しい人だ。メルが無作法をしてもほほえましそうにしてくれている。係は僕たちの到着を視界に入れると、静かに椅子を引いた。それに従って僕たちは一人ずつ座っていく。

「先ほどの停泊はガルトリス公国ですね」

 今度はムッシュが口を開く。若いミセスとは異なり、ムッシュは50代後半に見える。杖を持っており、今は椅子に立てかけていた。
 ガルトリス。ディアさんの国だ。

「お客さん一人一人を拾っていくんですよね。空いている一等室にも他に誰か来るんでしょうか」
「ふふふ、楽しみですわね。こっそり聞いた話では、既に王国の賓客が入っているとも聞きますし」
「皆様、お食事のお時間というのに申し訳ございません。先ほど、ガルトリス公国から新たに一等室へ新規のお客様がお入りになられました。お揃い致しますまで少々お待ちください」

 係の男性が膝を折り、僕らの会話を中断させる。ガルトリスからの一等室の客人か・・・。

 な、なんだろう。非常に嫌な予感がする。僕はミハエルの顔を見たが、同様に渋い顔をしていた。けれど、悪い予感程よく的中するものだ。

「おやおや、僕のためにお待たせして申し訳ないね」

 黒い髪に目を引く深紅の瞳。ディアさんがそこにいた。

 先ほどまでハイテンションだったミハエルとメルのテンションが絶対零度にまで冷え切っていく。一方そんなこちらの様子に気が付かない夫妻は柔らかく微笑み、互いに挨拶を交わした。
 こらえきれなくなったミハエルは、がたっと椅子から立ち上がってディアさんを指さす。

「っなんでここにいるんだこのストーカー!!!」
「大声なんて、全く下品な助手君だね。雇用主のシアン君の株が下がるからもう少し気高さを意識したまえ」
「船移動なんてあんたに必要ないだろ!!絶対うちの先輩のストーキングが目当てだろ!!」

 僕は二人を無視して延々と出されたプレートに手を付ける。凄い、前菜があんまり美味しくない。これはあれだ。どれだけ良い食材を使っていても、一緒に食べてる人によって味が変わるという奴だ。こんな争いの場で味覚が働くわけがない。

 夫妻はきょとんとした目でこちらを見ていた。
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