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2章 海の怪物とアクア·レインズ·ダイヤモンド
39.宿泊地はコテージです
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「ママ!お水が行ったり来たり!」
「波っていうんだよ。ああ、お帽子が脱げないように気を付けてね」
メルは裸足になり、初めての海に興奮している。先ほどまで一緒に話していたアルトさんは、自分の荷物を運ぶ指示をしなくてはならないと船に戻っていった。今は僕とメルだけである。
なんだか、この島をめぐる政治的争いに巻き込まれかけている気がするが、厳密には真の代表はミハエルのようなので、僕は娘と仲良く観光していよう。メルはピンクのワンピースをふりふりとさせ、楽しそうに波打ち際で走っている。
絶対に一定以上海には入らないように言ってあるが、奥に行こうものなら僕は全力で走ることになるため、警戒を怠らない。悲しいことに僕は泳げないため、おぼれたが最後メルを助けられないからだ。
「先輩、船の荷物を持ってきました!では行きましょうか」
「ありがとうミハエル。よし、メル!!行くよ!!」
「やら!!まだ遊ぶ!!」
「一旦宿泊先へ行くだけだから、また遊べるから今は行こうね」
ぐずるメルを抱き上げ、僕たちは歩き出す。さて、宿泊先に・・・・。
ん?宿泊先ってどこだ?
「僕たちってどこに行けばいいんだろう・・・?」
「自分で見つけるという形、でしょうか。そういえば全く話を聞いてませんね」
僕らは一応招かれているというはずなのに、宿泊地などは決められていなかった。理由は簡単。ミハエルである。
この件の裏はミハエルを島に強制連行するために、王家が手をまわして僕を送るという流れだった。つまり、あらかじめ豪奢な宿泊先を用意しておけばミハエルに勘づかれると王家は思ったのだろう。
そして、船から降りた後に島側から誰も来ないということは、大使がどこの宿をとるかは国に任せるということか。
つまり、僕たちは今日、雨風を凌げるところがない!!
ディアさんとアルトさんはそれぞれ別所の高級ホテルに陣取るだろう反面、我々ユーロイス帝国代表は事前にそう言った話を聞かされていないためこれからどうすべきか途方に暮れている。
「僕の名前を出してつけ払いにしておきますので大丈夫ですよ。適当にどこかのホテルに入りましょうか」
「君の名前のつけ払いって、帝国で通じてもこの島では通じないんじゃ・・・?」
ミハエルは黙る。ミハエルは帝国では献上される側の立場だったため、なんなら普段金銭を持ち歩かない。店に行くと逆に人々がありがたがってミハエルを無料にするのだ。すると、のちに数倍の恩恵が返ってくると言う。
金銭を持ち歩かない男、ミハエル。初めて給料を渡したときは「現金ですね、触ったのはいつ以来でしょう」と言ってきた。
話は脱線したが、彼の能力はこの島では通じないだろう。つまり、僕たちは一文無し・・・!!
もちろん僕もお金は出来うる限り持ってきているが、大使の話は聞いていなかったためそんなに長期間は想定していなかったのだ。
メルにも僕の不安が伝わったようで、少し強く手を握ってくる。そんな折、僕は紫の何かを視界に掠める。大荷物を持っている少年だ。
「君は、エスー!?」
「にぇ!?」
エスーは体を震わせ、聞き覚えのある僕の声に驚く。そしてこちらを見た。
「な、あんたは泥棒猫シアン!!どうしてこんなところに!!」
「よかった、知り合いがいた!!」
エスー。以前アルトさんを探しに路地裏に入ったときに知り合ったΩの、見た目12歳未満の少年だ。ちなみに実年齢は18歳。アルトさんのことが好きで、僕のことを刺し殺そうとしたというあの事件は今思うと懐かしい。
「あ、ああ、あんた旦那と子供がいたのにぇ!?その上アルト様にまで言い寄るって、クソビッチの極みじゃないか!!」
「エスー、そんなことより、ここらで良い宿泊先って知らない?」
ミハエルはまた知らない僕の知り合いということでエスーに向けて殺気を放ったが、しかし「旦那」という言葉を聞いて矛を収めた。「一目で夫って気が付くなんて、悪い奴ではなさそうだ」とぼそぼそ言ってる。
「しゅ、宿泊先ぃ?そんなもんホテルがそこら中にあるにぇ。まあどこもセレブ御用達なんだけどね」
「実は・・・金銭に余裕がなくて・・・」
「ここは金銭に余裕がない奴が来るとこじゃないぞ。さっさと帰れ貧乏人」
「いや・・・仕事で来たからそういうことも出来ないよ」
普通のホテルさえわかればそれでいい。一方エスーは顎に手を当て、じっと考えている。
「僕のとこ来るか?労働者用のところだけれど、部屋が余ってるって王国出身の年寄りオーナーが言ってた」
「本当!?」
僕はエスーの手を握る。な、なんていい子なんだ!!一方エスーはちょっと照れた様子で視線を逸らす。僕はミハエルに目をやると、うなずいてくれた。よし、決定だ。
「中に観光客用の喫茶店があるから、お前も働く形になるけどいいか?」
「慣れてるからもちろん大丈夫!よし、行こうか」
エスーに案内され、僕たちはその宿泊先に向かう。辿り着いた場所は周辺に木々があり、風通りもよさそうなコテージだった。よく見ると裏に畑がある。日光がちゃんと注ぐように計算されて木が生い茂っているのだ。
「エスー、お帰りなさい。今年もうちに泊まっていくでいいのかな?」
「オーナー久しぶり!今年もよろしくにぇ」
「ん?そっちにいるのはお客さん?」
「うん、こっちの人たちが泊まりたいって!」
オーナーと呼ばれた少年は、麦わら帽子を被っており、鍬を持っていた。
亜麻色の髪にエメラルドの瞳。目の色は警部とアルトさんと同じ色をしている。そういえば警部は祖父が王国出身と言っていたが、あちらの地方では珍しい色ではないのだろう。それにしても妙に親近感の湧く空気を放っている。そのせいかメルも知らない人にも関わらず、警戒をしていない。
畑が本業で、趣味で喫茶店をしているということだろうか。僕も探偵業が大失敗したら田舎で畑を耕したいと思っていたので、ちょっと羨ましい。
オーナーは驚いたような目をこちらに向けたのち、建物の奥の方を指さす。
「いいよ、部屋が余ってるから俺も嬉しい。お疲れだろうから、今日はゆっくりしていいよ」
オーナーは引き出しから鍵を出してから僕のもとに近づく。僕はありがたく受け取ろうとしたが、しかしオーナーは動きを止める。
「君たちは夫婦かな?部屋の数はどうしようか」
「いえ、夫婦ではないので二室でお願いします」
「駄目です先輩、僕らは金銭に余裕がないんですよ!一室じゃないと!!」
「住み込みの家族の想定はしていないから、子供連れって考えると二室の方がいいよ。はいどうぞ」
不貞腐れるミハエルを横に、僕は鍵を受け取った。宿泊許可の恩義を感じていないのか、ミハエルはオーナーに対して威嚇していた。
「このオーナー、こう見えて既婚者だから警戒の必要はないにぇ。あ、そだ。するとそっちにも挨拶をしておく必要があるな」
「ああ、今は訳あってユーロイス帝国に行ってるからここにはいないんだ。血相変えて行っちゃった」
「するとこのコテージはオーナーだけってことにぇ。喫茶店の人手、この時期に僕とこいつらで足りるか?」
「よくわかりませんが喫茶店は僕たちは経験者なので任せてください。宿泊の恩義はちゃんと返しますので!」
鍵を受け取った僕らは、慣れてるエスーに案内され、部屋に向かう。比較的最近に建て替えられたようで、とても綺麗な内装だ。
「用事があって外に出るときは、娘はあのオーナーに預ければいいよ。あの人子育て慣れてるし」
「え?僕より年下っぽかったけど?そういえばオーナーのこと、さっきは年寄りって言ってたよね」
「あの人年齢不詳でね。僕が幼い時から見た目が変わってないんだ。まあ、僕たち東からの民は若く見えるからそういうことだろ。ほら、ここがあんたの部屋だ」
そんな体質の人間がいるんだ。でも流石にエスーといい、あまりに若作りやしないか。不躾な視線を向けてると、エスーは僕に肘鉄をしてきた。
案内されたそこは、労働者向けという話とは違って、リゾートのように美しい内装だった。観葉植物が置かれ、窓からは海が一望できる。
「きれいですね、先輩」
「今のは海のことを言ってるんだね。ミハエル君の部屋からも見られるだろうから、まずは自身の部屋に行って荷物をほどこうか]
僕の部屋に住み着こうとする助手を追い出し、メルと一緒に荷ほどきをする。
僕たちは本当に最小限の情報でここに来た。ここでこの後どうすべきかさっぱりわからない。まあ島主に呼ばれたということで、明日あたりにこの島で一番高い建物に向かえばいいだろう。今は昼過ぎ。
この店は島の中の非常に隠れた場所にあり、それほどたくさんの客の出入りがあるわけではないようだ。町子さんの店もそのタイプだったので非常に落ち着く。
しかし、下からオーナーが慌ててやってくる。
「ごめんね、さっきは休んでいいよって言ったけど、沢山お客さんが来ちゃった。いつもはこんなことないから本当に珍しい。よければ手伝ってくれると嬉しいんだけど」
ミハエルの金運が早速働いているようだ。僕はミハエルを呼び、早速エプロンを借りて助力に向かう。カウンターには8人座れ、テーブルは12席ある。飲み物で粘る客を考えて、席数を確保しているスタイルだ。それが一瞬で満席になっており、僕たちは目を丸くした。
「これってミハエルの仕業?」
「ええ、オーナーがいないと僕たちは今頃野宿だったことを考えるとって思いまして。僕の感謝の念がすぐに通じたようです」
「すごいなあ、それを僕の事務所にも使ってくれると嬉しいんだけどなあ」
まあ実際は僕の事務所が栄えるときはとんでもなく殺人事件が横行するということだからよろしくはないのだろうけれど。エスーは早速厨房に立っているようで、目まぐるしく動いていた。この喫茶店では飲み物もさることながら、軽食も出しているらしい。
メルはいつもの見慣れたお客さんとは異なり全員が知らない人のため、僕にくっつこうとしたものの、僕も忙しくて相手にできない。すると、オーナーの元へ寄って、会計などをしている彼の足元をうろちょろしていた。
喫茶店は夜は開いていない。日が落ちる前になってやっと客足は途絶えた。
「ふう・・・びっくりしたにぇ。この店がこんなに繁盛するなんて驚きだ」
「ね。いつもなら俺一人で捌けるのに、開業以来満席は初めてだよ。ひょっとして君たちは福の神とか何か・・・?」
オーナーはこちらをじっと見ているが、まあ似たようなものである。オーナーは普段はずっと畑仕事をしていて、働き口に困ってる人を雇っては喫茶店を任せているらしい。趣味のような店で、利益についてはそれほど考えていないようだ。
彼は疲れているだろうに席を立ち、まかないを作ってくれる。僕たちはありがたくいただき、一晩迎えた。
「波っていうんだよ。ああ、お帽子が脱げないように気を付けてね」
メルは裸足になり、初めての海に興奮している。先ほどまで一緒に話していたアルトさんは、自分の荷物を運ぶ指示をしなくてはならないと船に戻っていった。今は僕とメルだけである。
なんだか、この島をめぐる政治的争いに巻き込まれかけている気がするが、厳密には真の代表はミハエルのようなので、僕は娘と仲良く観光していよう。メルはピンクのワンピースをふりふりとさせ、楽しそうに波打ち際で走っている。
絶対に一定以上海には入らないように言ってあるが、奥に行こうものなら僕は全力で走ることになるため、警戒を怠らない。悲しいことに僕は泳げないため、おぼれたが最後メルを助けられないからだ。
「先輩、船の荷物を持ってきました!では行きましょうか」
「ありがとうミハエル。よし、メル!!行くよ!!」
「やら!!まだ遊ぶ!!」
「一旦宿泊先へ行くだけだから、また遊べるから今は行こうね」
ぐずるメルを抱き上げ、僕たちは歩き出す。さて、宿泊先に・・・・。
ん?宿泊先ってどこだ?
「僕たちってどこに行けばいいんだろう・・・?」
「自分で見つけるという形、でしょうか。そういえば全く話を聞いてませんね」
僕らは一応招かれているというはずなのに、宿泊地などは決められていなかった。理由は簡単。ミハエルである。
この件の裏はミハエルを島に強制連行するために、王家が手をまわして僕を送るという流れだった。つまり、あらかじめ豪奢な宿泊先を用意しておけばミハエルに勘づかれると王家は思ったのだろう。
そして、船から降りた後に島側から誰も来ないということは、大使がどこの宿をとるかは国に任せるということか。
つまり、僕たちは今日、雨風を凌げるところがない!!
ディアさんとアルトさんはそれぞれ別所の高級ホテルに陣取るだろう反面、我々ユーロイス帝国代表は事前にそう言った話を聞かされていないためこれからどうすべきか途方に暮れている。
「僕の名前を出してつけ払いにしておきますので大丈夫ですよ。適当にどこかのホテルに入りましょうか」
「君の名前のつけ払いって、帝国で通じてもこの島では通じないんじゃ・・・?」
ミハエルは黙る。ミハエルは帝国では献上される側の立場だったため、なんなら普段金銭を持ち歩かない。店に行くと逆に人々がありがたがってミハエルを無料にするのだ。すると、のちに数倍の恩恵が返ってくると言う。
金銭を持ち歩かない男、ミハエル。初めて給料を渡したときは「現金ですね、触ったのはいつ以来でしょう」と言ってきた。
話は脱線したが、彼の能力はこの島では通じないだろう。つまり、僕たちは一文無し・・・!!
もちろん僕もお金は出来うる限り持ってきているが、大使の話は聞いていなかったためそんなに長期間は想定していなかったのだ。
メルにも僕の不安が伝わったようで、少し強く手を握ってくる。そんな折、僕は紫の何かを視界に掠める。大荷物を持っている少年だ。
「君は、エスー!?」
「にぇ!?」
エスーは体を震わせ、聞き覚えのある僕の声に驚く。そしてこちらを見た。
「な、あんたは泥棒猫シアン!!どうしてこんなところに!!」
「よかった、知り合いがいた!!」
エスー。以前アルトさんを探しに路地裏に入ったときに知り合ったΩの、見た目12歳未満の少年だ。ちなみに実年齢は18歳。アルトさんのことが好きで、僕のことを刺し殺そうとしたというあの事件は今思うと懐かしい。
「あ、ああ、あんた旦那と子供がいたのにぇ!?その上アルト様にまで言い寄るって、クソビッチの極みじゃないか!!」
「エスー、そんなことより、ここらで良い宿泊先って知らない?」
ミハエルはまた知らない僕の知り合いということでエスーに向けて殺気を放ったが、しかし「旦那」という言葉を聞いて矛を収めた。「一目で夫って気が付くなんて、悪い奴ではなさそうだ」とぼそぼそ言ってる。
「しゅ、宿泊先ぃ?そんなもんホテルがそこら中にあるにぇ。まあどこもセレブ御用達なんだけどね」
「実は・・・金銭に余裕がなくて・・・」
「ここは金銭に余裕がない奴が来るとこじゃないぞ。さっさと帰れ貧乏人」
「いや・・・仕事で来たからそういうことも出来ないよ」
普通のホテルさえわかればそれでいい。一方エスーは顎に手を当て、じっと考えている。
「僕のとこ来るか?労働者用のところだけれど、部屋が余ってるって王国出身の年寄りオーナーが言ってた」
「本当!?」
僕はエスーの手を握る。な、なんていい子なんだ!!一方エスーはちょっと照れた様子で視線を逸らす。僕はミハエルに目をやると、うなずいてくれた。よし、決定だ。
「中に観光客用の喫茶店があるから、お前も働く形になるけどいいか?」
「慣れてるからもちろん大丈夫!よし、行こうか」
エスーに案内され、僕たちはその宿泊先に向かう。辿り着いた場所は周辺に木々があり、風通りもよさそうなコテージだった。よく見ると裏に畑がある。日光がちゃんと注ぐように計算されて木が生い茂っているのだ。
「エスー、お帰りなさい。今年もうちに泊まっていくでいいのかな?」
「オーナー久しぶり!今年もよろしくにぇ」
「ん?そっちにいるのはお客さん?」
「うん、こっちの人たちが泊まりたいって!」
オーナーと呼ばれた少年は、麦わら帽子を被っており、鍬を持っていた。
亜麻色の髪にエメラルドの瞳。目の色は警部とアルトさんと同じ色をしている。そういえば警部は祖父が王国出身と言っていたが、あちらの地方では珍しい色ではないのだろう。それにしても妙に親近感の湧く空気を放っている。そのせいかメルも知らない人にも関わらず、警戒をしていない。
畑が本業で、趣味で喫茶店をしているということだろうか。僕も探偵業が大失敗したら田舎で畑を耕したいと思っていたので、ちょっと羨ましい。
オーナーは驚いたような目をこちらに向けたのち、建物の奥の方を指さす。
「いいよ、部屋が余ってるから俺も嬉しい。お疲れだろうから、今日はゆっくりしていいよ」
オーナーは引き出しから鍵を出してから僕のもとに近づく。僕はありがたく受け取ろうとしたが、しかしオーナーは動きを止める。
「君たちは夫婦かな?部屋の数はどうしようか」
「いえ、夫婦ではないので二室でお願いします」
「駄目です先輩、僕らは金銭に余裕がないんですよ!一室じゃないと!!」
「住み込みの家族の想定はしていないから、子供連れって考えると二室の方がいいよ。はいどうぞ」
不貞腐れるミハエルを横に、僕は鍵を受け取った。宿泊許可の恩義を感じていないのか、ミハエルはオーナーに対して威嚇していた。
「このオーナー、こう見えて既婚者だから警戒の必要はないにぇ。あ、そだ。するとそっちにも挨拶をしておく必要があるな」
「ああ、今は訳あってユーロイス帝国に行ってるからここにはいないんだ。血相変えて行っちゃった」
「するとこのコテージはオーナーだけってことにぇ。喫茶店の人手、この時期に僕とこいつらで足りるか?」
「よくわかりませんが喫茶店は僕たちは経験者なので任せてください。宿泊の恩義はちゃんと返しますので!」
鍵を受け取った僕らは、慣れてるエスーに案内され、部屋に向かう。比較的最近に建て替えられたようで、とても綺麗な内装だ。
「用事があって外に出るときは、娘はあのオーナーに預ければいいよ。あの人子育て慣れてるし」
「え?僕より年下っぽかったけど?そういえばオーナーのこと、さっきは年寄りって言ってたよね」
「あの人年齢不詳でね。僕が幼い時から見た目が変わってないんだ。まあ、僕たち東からの民は若く見えるからそういうことだろ。ほら、ここがあんたの部屋だ」
そんな体質の人間がいるんだ。でも流石にエスーといい、あまりに若作りやしないか。不躾な視線を向けてると、エスーは僕に肘鉄をしてきた。
案内されたそこは、労働者向けという話とは違って、リゾートのように美しい内装だった。観葉植物が置かれ、窓からは海が一望できる。
「きれいですね、先輩」
「今のは海のことを言ってるんだね。ミハエル君の部屋からも見られるだろうから、まずは自身の部屋に行って荷物をほどこうか]
僕の部屋に住み着こうとする助手を追い出し、メルと一緒に荷ほどきをする。
僕たちは本当に最小限の情報でここに来た。ここでこの後どうすべきかさっぱりわからない。まあ島主に呼ばれたということで、明日あたりにこの島で一番高い建物に向かえばいいだろう。今は昼過ぎ。
この店は島の中の非常に隠れた場所にあり、それほどたくさんの客の出入りがあるわけではないようだ。町子さんの店もそのタイプだったので非常に落ち着く。
しかし、下からオーナーが慌ててやってくる。
「ごめんね、さっきは休んでいいよって言ったけど、沢山お客さんが来ちゃった。いつもはこんなことないから本当に珍しい。よければ手伝ってくれると嬉しいんだけど」
ミハエルの金運が早速働いているようだ。僕はミハエルを呼び、早速エプロンを借りて助力に向かう。カウンターには8人座れ、テーブルは12席ある。飲み物で粘る客を考えて、席数を確保しているスタイルだ。それが一瞬で満席になっており、僕たちは目を丸くした。
「これってミハエルの仕業?」
「ええ、オーナーがいないと僕たちは今頃野宿だったことを考えるとって思いまして。僕の感謝の念がすぐに通じたようです」
「すごいなあ、それを僕の事務所にも使ってくれると嬉しいんだけどなあ」
まあ実際は僕の事務所が栄えるときはとんでもなく殺人事件が横行するということだからよろしくはないのだろうけれど。エスーは早速厨房に立っているようで、目まぐるしく動いていた。この喫茶店では飲み物もさることながら、軽食も出しているらしい。
メルはいつもの見慣れたお客さんとは異なり全員が知らない人のため、僕にくっつこうとしたものの、僕も忙しくて相手にできない。すると、オーナーの元へ寄って、会計などをしている彼の足元をうろちょろしていた。
喫茶店は夜は開いていない。日が落ちる前になってやっと客足は途絶えた。
「ふう・・・びっくりしたにぇ。この店がこんなに繁盛するなんて驚きだ」
「ね。いつもなら俺一人で捌けるのに、開業以来満席は初めてだよ。ひょっとして君たちは福の神とか何か・・・?」
オーナーはこちらをじっと見ているが、まあ似たようなものである。オーナーは普段はずっと畑仕事をしていて、働き口に困ってる人を雇っては喫茶店を任せているらしい。趣味のような店で、利益についてはそれほど考えていないようだ。
彼は疲れているだろうに席を立ち、まかないを作ってくれる。僕たちはありがたくいただき、一晩迎えた。
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