51 / 72
2章 海の怪物とアクア·レインズ·ダイヤモンド
51.四つ巴の戦い、ふたたび
しおりを挟む
僕とデュークは互いに密着し、カジノがある豪華な屋根の一番上に立って島を見ていた。足元はあまりスペースの余裕はない。
「さて、脱獄の協力の報酬は『もしシアン君がアクア・レインズ・ダイヤモンドを入手した場合、所有権を私に譲渡する』、で間違いはないかな?」
僕は嫌そうな顔をしつつも無言でうなずく。本当は心の底から嫌であるが、しかしあの場はデュークの協力抜きに脱獄は出来なかったのだ。あのまま何もせずリタイアするくらいなら、リスクを冒してでも打って出るべきだと判断した。
また、僕の脱獄は僕を監視していた他のΩに迷惑がかかるが、主犯がデュークであればどうあがいても太刀打ちできないことはアルトさんもわかるだろう。すると、最善はこれしかなかったのだ。
デュークは僕のことを満足げにスリスリしているが、鬱陶しいから離れてほしい。体を押し返す。
「おや、私に密着していないと君はここから転落してしまうよ?今の君にとって、私が唯一の命綱なんだ。もっと積極的に抱き着きなさい」
「だからこんなところへ僕を連れてきたのか!!!」
唇を噛みながら嫌々体にしがみついた。「積極的だね」と声が聞こえたが、地上に降りたら一発殴らせてほしい。
「いやいや、君は閉じ込められていて外の状況を知らないだろう?百聞は一見に如かずだ。それを説明しようと思ってここに来たんだよ」
「え・・・?」
地上を見ると、歩いている人間は大半がきょろきょろと周辺を伺っていた。それぞれ、首周りにスカーフを撒いている人間、チョーカーを付けている人間、ポケットに紙幣を入れている人間に分かれている。
「ハイエナのように君を嗅ぎまわっている人間たちだよ。スカーフは誘致反対派、チョーカーは詐欺師の配下、紙幣の匂いがするのは助手君の配下だね。まったく、品のない連中だよ。全員、君を見つけた途端、目の色変えて殺到してくるから絶対に私の元から離れないように」
僕のせいで島がおかしなことになっている・・・。一方のデュークは配下を作るタイプの能力ではないため、単独で動いている。「私だけ独りぼっちで寂しいから、シアン君が慰めておくれ」といって体をすり寄せてくるのは大変むかつくが。
「さて、マイラブ。この島の現状を解決する手段はちゃんと考えているのかな?」
デュークは能力を使い、場所の高度を下げたところへ移動する。
「情報不足です。けれど、変装してアルトさんのもとへ潜入し直すとか面白そうかなと」
現時点で最も情報を有しているのはアルトさん。すると、リスクはあるが情報を収集するのに一番適している場所でもあるのだ。拘束さえなければ、もっと自由に動き回れるだろう。
しかしそれを聞いたデュークは不満そうな顔をした。
「折角自分の妻を救出したのに、もう一度ほかの男のもとへ送る旦那がいると思うかい?」
「もう面倒なので突っ込まないようにしていたんですけれど、繰り返しますが僕たちは他人です。今はしょうがなく協力関係というだけで、それ以上は求めないで頂けると」
デュークは頬を少し膨らませ、ますます不満げな顔をした。
「ふう、仕方がない。シアン君、あそこにメディアがいるのが見えるかい?」
「え?あ、はい」
ディアさんは指さした方向へ近づくように、視線の先の建物の上に再び能力で移動した。
そして、地上にいる人間に聞こえるように、突然大声を出す。
「そなた等が探している『至宝のアクアマリン』は、この私、怪盗デュークが頂いた!私の伴侶故に、間男とその関係者諸君は彼に金輪際関わらないように!!!!!」
デュークの声に、地上の全員が上を見上げる。メディアのカメラも、僕らに向いていた。
そしてカメラが確実に僕らを撮影できるタイミングを計算し、やがてマントで口元を隠すようにして、デュークは僕に口づける。
「は、はわ、はわわわわわ・・・・」
「うん、シャッター音がしたね。じゃあ場所を移そうか」
「は、はわわわわわわわわ」
僕は今起こったことが頭で理解できず、言葉を失っている。
え?ちょっと、僕、今、既成事実を作られた?
「い、いたぞー!!シアン様が怪盗に誘拐されている!!」
「怪盗は殺して良いけれど、シアン様には絶っっ対に傷一つつけるなよー!!」
一方、アルトさん陣営とミハエル陣営は、目の色を変えて仲間に知らせる。陣営ごった返しで、デュークにのみ殺意が集まった。
地上の人々が驚きの表情で見ているのにも構わず、彼は一度視線を断ち切るように間に建物を挟み、能力を使ってふたたび人気のないところへ移動した。
怪盗デューク。
思考回路が人間のそれではないと何度も思ってきたが、今日この日ほど強く思ったことは無い。
「明日の一面は僕らの接吻で飾ると思うと、なんだか胸がドキドキするね。『ユーロイスの名探偵、怪盗の妻となり喜びを知る』なんてね」
「この狂人がーッ!!!!!!」
探偵が犯罪者と口づけをしたという前代未聞の光景を、僕は激写されたのだ!!
ありえない、ありえない!!これで僕はもう終わりだ、僕の探偵人生はもう終わりだ・・・!!怪盗とキスする探偵に仕事を斡旋する奴がいるわけがない!!
僕がさめざめ泣いているのにかかわらず、「大丈夫、私が責任を取るから」と言って背中をさすってくる。
狂人め、組むんじゃなかった!!
最悪僕がアクア・レインズ・ダイヤモンドを得ても、彼に渡す前に実は契約を破棄する算段だったのだ。犯罪者は契約を破棄されたとて、それを法的に追求するにはまず、「自分は犯罪者です」というように身を切る必要がある。故に、犯罪者とそういう契約をしたとて、僕にはそれを反故に出来る算段があったのだ。
・・・が。デュークと組むことを安易に考えていた。
「最悪だ、もう嫌だ、もう誰も信じられない・・・!!」
ミハエルは僕をレイプ、アルトさんは僕を監禁、デュークは僕の失職。なんなんだこの三人は!!一体僕が何をしたって言うんだ!!!
能力で飛ばされた場所は、やや暗いところ。人気もない。
周辺は林。・・・ここはひょっとしたらコテージのある場所かもしれない。僕は木々を走って潜り抜けコテージの方向へ進もうとした。後ろから付いてくるデュークは僕の行き先に察しがついたのか、僕に能力は使わなかった。これ幸いにと彼を置いて一人で進む。
いやちょっと待て、コテージに狂人が一人いたな。僕が連れ去られたと知ったらミハエル、また強姦してくるのでは・・・?
ふと思った考えに身震いする。コテージに向かっていた方向を変え、今度は知らない場所へどんどん進んでいく。
丁度そのとき、僕の脳内に声がした。
『おーい、無事に逃げられたか?』
「エスー・・・!?」
『その声は無事っぽいにぇ。街のほうは騒然としているから絶対に近づくなよ。アルト様はあんたがいなくなったことに気が付いたし、捕まったらどうなるんだろうなあ、あの様子じゃあな・・・』
その上、僕は怪盗に公開接吻された。味方がいない。辛すぎる。
僕の無事を確認すると、エスーからの念話は切れた。しかし僕は念話に意識を割きながら木々を歩いたせいで、やがては見覚えのないところへとたどり着く。
木々の中に隠れるように、小さな小屋があった。ログハウスで、中からは人の気配がする。
僕は一切の躊躇なく小屋に近づき、豪快に扉を開いた。それまで話をしていた小屋の中の面々は、突然の僕の登場に咄嗟に銃をこちらの銃口を向ける。
「貴方たちは、誘致反対派の人ですね?」
「・・・・・・おや、探偵殿。さすが、我々のアジトを突き止めるとは」
突然の僕の登場に困惑しているものの、それを隠すように一番奥の椅子に座っている青年が立って近づく。
彼の名はレペンツェ。あの船に乗船していた男性船員で、反対派の頭領。
周辺の部下は彼を守るように、僕に銃を向け陣形を取っている。けれど、僕の手のマークに気が付いた。僕は贄だ。故に撃つことは絶対に出来ない。
すると、今一番欲しい人間がのこのことここにやってくるという美味い話は考えにくい。仲間がいるのではと外に銃口を構える。
「安心してください。僕は一人できました。そうでなければ、あなた方は今頃、外からの一斉射撃で死んでいる」
「・・・・・・・」
レペンツェは単独でやってきたと言う僕の意図が分からずに、何も返事が出来ないでいた。それはそうだ。彼視点では僕は自殺志願者ということになる。彼の部下たちは警戒しながら外に出て、周辺に銃を向ける。けれど、誰もいない。
「僕は、スキュラに対面するためにここに来たんです。早速行きましょうか、みんなで」
「え?え?」
「早く!!僕の気が変わらないうちに!!」
困惑する反対派一行。僕はグズグズと動いている面々にしびれを切らし、叱咤をした。
「レペンツェさん、一つの確認させてください」
『銃を持っているのはこちらで彼は丸腰で、圧倒的有利のはずなのに、何で俺たちのほうが立場が下なんだ?』と困惑している部下を尻目に、僕は聞きたいことを尋ねる。
「なんでしょうか、我々は一つどころではなく10個ぐらいあなたに質問したいんですけどね・・・この困惑の状況とか」
「僕が今一番聞きたいのはただ一つ。スキュラって女性かどうかってことです」
「え?ええ、スキュラ様は女性です」
僕は腕を組み、ふむ・・・と返事した。今の質問の意図が分からず、周囲の人間が全員オロオロとしていた。
「人型ですか?」
「それ質問二つ目ではありませんか・・・?」
「早く!!」
「あ、はい!!人型です!!タコの尾は持っていますが、その中心は人型の女性です!!!」
レペンツェは僕のせかしに急いで答える。軍隊教育さながらの返事の仕方だ。
なるほど。人型の女性。
「あの・・・?それが一体どうしたというんですか?」
「僕はね、もう男性は懲り懲りなんですよ。アクア・レインズ・ダイヤモンドも、もう当てにしない。もう、生物学上雌であれば、僕は誰でもいいや・・・」
人生の最後に、生物学上雌の生物と伴侶になることが出来れば、僕はもうそれでいい。
けれどそんな経緯を知らない反対派の面々は、ただ冷や汗をかいて頭領の指示を待っている。頭領のレペンツェも想定外の展開に冷や汗だけかいていた。
「ほら、早く!僕の案内を続ける!!」
「あ、は、はい!!」
反対派の兵士たちは何とか震える手を抑えつけて、銃を持って僕を護衛する。そして僕らは林を進み、以前オーナーが教えてくれた洞窟が見える場所に辿り着いた。あと少し、この木々のエリアを抜ければ砂浜がある。
「お前たちはここで周囲を見張れ。決して誰も通すな。ちょ、あの、探偵殿、まだ儀式を守るための陣形が出来ておりませんので勝手に進まれては・・・ちょ、ちょっと!!!」
レペンツェの制止を振り切り、僕は洞窟目指して進んでいこうとした。こんなに意気揚々と自殺行為をしに行く贄は初めてなのだろう。反対派一同、思ってたのと違う展開でうっすら泣いている。
そんな中、背後の林の中から声がした。
「マイラブ、勝手に独断行動をとらないでくれるかい?」
「怪盗ッ・・・!!デュークッ・・・!!」
「ちょっと、シアン君、どうしたんだい?そんなに憎々しげにこちらをみて・・・。君、そんなに負の感情表現豊かなタイプではなかったよね・・・?」
珍しく狼狽えるディアさんを、僕は睨む。怪盗の格好から今は大公の格好に戻していた。反対派はディアさんに銃を向けるものの、状況が混沌としすぎて戦意が保てず、本当に向けるだけになっている。
「先輩、やっと、見つけました!!お仕置きしますから、早く帰りますよ・・・!!」
コテージの方向から、今度は殺伐とした様子を隠さないミハエルがやってきた。彼とはあの強姦の件以来だ。僕は何も返事せず、キッ!!という顔をする。すると、ミハエルは僕の様子がおかしいことに気が付いた。
「もうコテージにもあの喫茶店にも僕は帰らない!!僕はついに運命の人を見つけたのだから!!」
「せ、先輩?どうしたんですか?く、クスリでも盛られたんですか・・・?」
修羅の形相で現れたミハエルは、同様に修羅の様子の僕に困惑して、逆に冷静になった。
そして更に別の方向からまた別の声がした。アルトさんの声だ。よく反対派の兵を確認すると、チョーカーを付けた人物がいる。おそらく、この人がアルトさんに何かしら信号を出したためここに現れたのだろう。
「シアン君、よくも私の油断を誘ってくれましたね」
「そもそも僕はアルトさんのことを信頼していたのに、監禁で返してきたのは貴方でしょうが!!」
ビシっと指さす。図星なのかアルトさんは気まずそうに視線をそらした。
さて、僕らの前に怪盗、助手、詐欺師の三名がいて、そこから僕を守るように反対派が銃を構えている。
ちらっとレペンツェの顔を確認すると、状況の意味が分からなさ過ぎて号泣していた。
「さて、脱獄の協力の報酬は『もしシアン君がアクア・レインズ・ダイヤモンドを入手した場合、所有権を私に譲渡する』、で間違いはないかな?」
僕は嫌そうな顔をしつつも無言でうなずく。本当は心の底から嫌であるが、しかしあの場はデュークの協力抜きに脱獄は出来なかったのだ。あのまま何もせずリタイアするくらいなら、リスクを冒してでも打って出るべきだと判断した。
また、僕の脱獄は僕を監視していた他のΩに迷惑がかかるが、主犯がデュークであればどうあがいても太刀打ちできないことはアルトさんもわかるだろう。すると、最善はこれしかなかったのだ。
デュークは僕のことを満足げにスリスリしているが、鬱陶しいから離れてほしい。体を押し返す。
「おや、私に密着していないと君はここから転落してしまうよ?今の君にとって、私が唯一の命綱なんだ。もっと積極的に抱き着きなさい」
「だからこんなところへ僕を連れてきたのか!!!」
唇を噛みながら嫌々体にしがみついた。「積極的だね」と声が聞こえたが、地上に降りたら一発殴らせてほしい。
「いやいや、君は閉じ込められていて外の状況を知らないだろう?百聞は一見に如かずだ。それを説明しようと思ってここに来たんだよ」
「え・・・?」
地上を見ると、歩いている人間は大半がきょろきょろと周辺を伺っていた。それぞれ、首周りにスカーフを撒いている人間、チョーカーを付けている人間、ポケットに紙幣を入れている人間に分かれている。
「ハイエナのように君を嗅ぎまわっている人間たちだよ。スカーフは誘致反対派、チョーカーは詐欺師の配下、紙幣の匂いがするのは助手君の配下だね。まったく、品のない連中だよ。全員、君を見つけた途端、目の色変えて殺到してくるから絶対に私の元から離れないように」
僕のせいで島がおかしなことになっている・・・。一方のデュークは配下を作るタイプの能力ではないため、単独で動いている。「私だけ独りぼっちで寂しいから、シアン君が慰めておくれ」といって体をすり寄せてくるのは大変むかつくが。
「さて、マイラブ。この島の現状を解決する手段はちゃんと考えているのかな?」
デュークは能力を使い、場所の高度を下げたところへ移動する。
「情報不足です。けれど、変装してアルトさんのもとへ潜入し直すとか面白そうかなと」
現時点で最も情報を有しているのはアルトさん。すると、リスクはあるが情報を収集するのに一番適している場所でもあるのだ。拘束さえなければ、もっと自由に動き回れるだろう。
しかしそれを聞いたデュークは不満そうな顔をした。
「折角自分の妻を救出したのに、もう一度ほかの男のもとへ送る旦那がいると思うかい?」
「もう面倒なので突っ込まないようにしていたんですけれど、繰り返しますが僕たちは他人です。今はしょうがなく協力関係というだけで、それ以上は求めないで頂けると」
デュークは頬を少し膨らませ、ますます不満げな顔をした。
「ふう、仕方がない。シアン君、あそこにメディアがいるのが見えるかい?」
「え?あ、はい」
ディアさんは指さした方向へ近づくように、視線の先の建物の上に再び能力で移動した。
そして、地上にいる人間に聞こえるように、突然大声を出す。
「そなた等が探している『至宝のアクアマリン』は、この私、怪盗デュークが頂いた!私の伴侶故に、間男とその関係者諸君は彼に金輪際関わらないように!!!!!」
デュークの声に、地上の全員が上を見上げる。メディアのカメラも、僕らに向いていた。
そしてカメラが確実に僕らを撮影できるタイミングを計算し、やがてマントで口元を隠すようにして、デュークは僕に口づける。
「は、はわ、はわわわわわ・・・・」
「うん、シャッター音がしたね。じゃあ場所を移そうか」
「は、はわわわわわわわわ」
僕は今起こったことが頭で理解できず、言葉を失っている。
え?ちょっと、僕、今、既成事実を作られた?
「い、いたぞー!!シアン様が怪盗に誘拐されている!!」
「怪盗は殺して良いけれど、シアン様には絶っっ対に傷一つつけるなよー!!」
一方、アルトさん陣営とミハエル陣営は、目の色を変えて仲間に知らせる。陣営ごった返しで、デュークにのみ殺意が集まった。
地上の人々が驚きの表情で見ているのにも構わず、彼は一度視線を断ち切るように間に建物を挟み、能力を使ってふたたび人気のないところへ移動した。
怪盗デューク。
思考回路が人間のそれではないと何度も思ってきたが、今日この日ほど強く思ったことは無い。
「明日の一面は僕らの接吻で飾ると思うと、なんだか胸がドキドキするね。『ユーロイスの名探偵、怪盗の妻となり喜びを知る』なんてね」
「この狂人がーッ!!!!!!」
探偵が犯罪者と口づけをしたという前代未聞の光景を、僕は激写されたのだ!!
ありえない、ありえない!!これで僕はもう終わりだ、僕の探偵人生はもう終わりだ・・・!!怪盗とキスする探偵に仕事を斡旋する奴がいるわけがない!!
僕がさめざめ泣いているのにかかわらず、「大丈夫、私が責任を取るから」と言って背中をさすってくる。
狂人め、組むんじゃなかった!!
最悪僕がアクア・レインズ・ダイヤモンドを得ても、彼に渡す前に実は契約を破棄する算段だったのだ。犯罪者は契約を破棄されたとて、それを法的に追求するにはまず、「自分は犯罪者です」というように身を切る必要がある。故に、犯罪者とそういう契約をしたとて、僕にはそれを反故に出来る算段があったのだ。
・・・が。デュークと組むことを安易に考えていた。
「最悪だ、もう嫌だ、もう誰も信じられない・・・!!」
ミハエルは僕をレイプ、アルトさんは僕を監禁、デュークは僕の失職。なんなんだこの三人は!!一体僕が何をしたって言うんだ!!!
能力で飛ばされた場所は、やや暗いところ。人気もない。
周辺は林。・・・ここはひょっとしたらコテージのある場所かもしれない。僕は木々を走って潜り抜けコテージの方向へ進もうとした。後ろから付いてくるデュークは僕の行き先に察しがついたのか、僕に能力は使わなかった。これ幸いにと彼を置いて一人で進む。
いやちょっと待て、コテージに狂人が一人いたな。僕が連れ去られたと知ったらミハエル、また強姦してくるのでは・・・?
ふと思った考えに身震いする。コテージに向かっていた方向を変え、今度は知らない場所へどんどん進んでいく。
丁度そのとき、僕の脳内に声がした。
『おーい、無事に逃げられたか?』
「エスー・・・!?」
『その声は無事っぽいにぇ。街のほうは騒然としているから絶対に近づくなよ。アルト様はあんたがいなくなったことに気が付いたし、捕まったらどうなるんだろうなあ、あの様子じゃあな・・・』
その上、僕は怪盗に公開接吻された。味方がいない。辛すぎる。
僕の無事を確認すると、エスーからの念話は切れた。しかし僕は念話に意識を割きながら木々を歩いたせいで、やがては見覚えのないところへとたどり着く。
木々の中に隠れるように、小さな小屋があった。ログハウスで、中からは人の気配がする。
僕は一切の躊躇なく小屋に近づき、豪快に扉を開いた。それまで話をしていた小屋の中の面々は、突然の僕の登場に咄嗟に銃をこちらの銃口を向ける。
「貴方たちは、誘致反対派の人ですね?」
「・・・・・・おや、探偵殿。さすが、我々のアジトを突き止めるとは」
突然の僕の登場に困惑しているものの、それを隠すように一番奥の椅子に座っている青年が立って近づく。
彼の名はレペンツェ。あの船に乗船していた男性船員で、反対派の頭領。
周辺の部下は彼を守るように、僕に銃を向け陣形を取っている。けれど、僕の手のマークに気が付いた。僕は贄だ。故に撃つことは絶対に出来ない。
すると、今一番欲しい人間がのこのことここにやってくるという美味い話は考えにくい。仲間がいるのではと外に銃口を構える。
「安心してください。僕は一人できました。そうでなければ、あなた方は今頃、外からの一斉射撃で死んでいる」
「・・・・・・・」
レペンツェは単独でやってきたと言う僕の意図が分からずに、何も返事が出来ないでいた。それはそうだ。彼視点では僕は自殺志願者ということになる。彼の部下たちは警戒しながら外に出て、周辺に銃を向ける。けれど、誰もいない。
「僕は、スキュラに対面するためにここに来たんです。早速行きましょうか、みんなで」
「え?え?」
「早く!!僕の気が変わらないうちに!!」
困惑する反対派一行。僕はグズグズと動いている面々にしびれを切らし、叱咤をした。
「レペンツェさん、一つの確認させてください」
『銃を持っているのはこちらで彼は丸腰で、圧倒的有利のはずなのに、何で俺たちのほうが立場が下なんだ?』と困惑している部下を尻目に、僕は聞きたいことを尋ねる。
「なんでしょうか、我々は一つどころではなく10個ぐらいあなたに質問したいんですけどね・・・この困惑の状況とか」
「僕が今一番聞きたいのはただ一つ。スキュラって女性かどうかってことです」
「え?ええ、スキュラ様は女性です」
僕は腕を組み、ふむ・・・と返事した。今の質問の意図が分からず、周囲の人間が全員オロオロとしていた。
「人型ですか?」
「それ質問二つ目ではありませんか・・・?」
「早く!!」
「あ、はい!!人型です!!タコの尾は持っていますが、その中心は人型の女性です!!!」
レペンツェは僕のせかしに急いで答える。軍隊教育さながらの返事の仕方だ。
なるほど。人型の女性。
「あの・・・?それが一体どうしたというんですか?」
「僕はね、もう男性は懲り懲りなんですよ。アクア・レインズ・ダイヤモンドも、もう当てにしない。もう、生物学上雌であれば、僕は誰でもいいや・・・」
人生の最後に、生物学上雌の生物と伴侶になることが出来れば、僕はもうそれでいい。
けれどそんな経緯を知らない反対派の面々は、ただ冷や汗をかいて頭領の指示を待っている。頭領のレペンツェも想定外の展開に冷や汗だけかいていた。
「ほら、早く!僕の案内を続ける!!」
「あ、は、はい!!」
反対派の兵士たちは何とか震える手を抑えつけて、銃を持って僕を護衛する。そして僕らは林を進み、以前オーナーが教えてくれた洞窟が見える場所に辿り着いた。あと少し、この木々のエリアを抜ければ砂浜がある。
「お前たちはここで周囲を見張れ。決して誰も通すな。ちょ、あの、探偵殿、まだ儀式を守るための陣形が出来ておりませんので勝手に進まれては・・・ちょ、ちょっと!!!」
レペンツェの制止を振り切り、僕は洞窟目指して進んでいこうとした。こんなに意気揚々と自殺行為をしに行く贄は初めてなのだろう。反対派一同、思ってたのと違う展開でうっすら泣いている。
そんな中、背後の林の中から声がした。
「マイラブ、勝手に独断行動をとらないでくれるかい?」
「怪盗ッ・・・!!デュークッ・・・!!」
「ちょっと、シアン君、どうしたんだい?そんなに憎々しげにこちらをみて・・・。君、そんなに負の感情表現豊かなタイプではなかったよね・・・?」
珍しく狼狽えるディアさんを、僕は睨む。怪盗の格好から今は大公の格好に戻していた。反対派はディアさんに銃を向けるものの、状況が混沌としすぎて戦意が保てず、本当に向けるだけになっている。
「先輩、やっと、見つけました!!お仕置きしますから、早く帰りますよ・・・!!」
コテージの方向から、今度は殺伐とした様子を隠さないミハエルがやってきた。彼とはあの強姦の件以来だ。僕は何も返事せず、キッ!!という顔をする。すると、ミハエルは僕の様子がおかしいことに気が付いた。
「もうコテージにもあの喫茶店にも僕は帰らない!!僕はついに運命の人を見つけたのだから!!」
「せ、先輩?どうしたんですか?く、クスリでも盛られたんですか・・・?」
修羅の形相で現れたミハエルは、同様に修羅の様子の僕に困惑して、逆に冷静になった。
そして更に別の方向からまた別の声がした。アルトさんの声だ。よく反対派の兵を確認すると、チョーカーを付けた人物がいる。おそらく、この人がアルトさんに何かしら信号を出したためここに現れたのだろう。
「シアン君、よくも私の油断を誘ってくれましたね」
「そもそも僕はアルトさんのことを信頼していたのに、監禁で返してきたのは貴方でしょうが!!」
ビシっと指さす。図星なのかアルトさんは気まずそうに視線をそらした。
さて、僕らの前に怪盗、助手、詐欺師の三名がいて、そこから僕を守るように反対派が銃を構えている。
ちらっとレペンツェの顔を確認すると、状況の意味が分からなさ過ぎて号泣していた。
11
あなたにおすすめの小説
あなたの家族にしてください
秋月真鳥
BL
ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。
情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。
闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。
そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。
サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。
対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。
それなのに、なぜ。
番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。
一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。
ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。
すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。
※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。
※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。
当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
さかなのみるゆめ
ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる