復讐のレヴェヨン

猫屋敷 鏡風

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défendu

エミリエンヌ・マクシミリアン

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「エミリエンヌ様!大変です!マリー=アンジュ様がいなくなりました!」

ある朝、食事を取っているとエミリエンヌの侍女が慌てた様子で駆け込んできた。

「マリー=アンジュが……!?どういう事なの!?」

突然告げられた妹の失踪にエミリエンヌは声を震わせながら尋ねた。

「詳しい事は分かりません…ただ、ウスターシュが言うには、アントワーヌへ向かったのではないかと……」

アントワーヌという場所の名前にその場にいた全員が反応した。そして、この家の主でありエミリエンヌの義父であるアレクサンドル・セザール・シャンデルナゴール伯爵が口を開いた。

「アントワーヌといえば…あの田舎街か?あそこはこの地からそれなりに距離があるが……何故そんな所に……?」

しかし、夫のその質問をかき消す様にナディアが周りにいた召使たちに命じた。

「今すぐこの家の召使をアントワーヌへ向かわせなさい!但し、捜すのはマリー=アンジュじゃない。ロイクよ!」

そう言い放つとナディアはエミリエンヌの方を見て不敵な笑みを浮かべた。義母と目が合ったエミリエンヌは反射的に視線を逸らし俯いた。

「おいナディア、今はマリー=アンジュの話をしていたのにどうしてロイクが出てくるんだ?」

不思議そうな顔のアレクサンドルに、ナディアは再び不敵な笑みを浮かべた。

「あなたは鈍いのねぇ……あの娘はロイクを捜しに行ったのよ。役立たずの姉の代わりに自分がロイクと結婚しこの家の後継を産むんだって張り切ってね……。」

「母上!」

今まで黙っていたエドワールが立ち上がった。

「いい加減エミリエンヌを侮辱するのはやめてください!ロイクやマリー=アンジュがいなくても俺たち夫婦がこのシャンデルナゴール家に後継を誕生させます!」

エドワールのその言葉をナディアは鼻で笑った。

「エドワール、その台詞は何回目かしら?あなたは随分とその娘に拘っているようだけど…代わりなんて幾らでもあてがえるのよ?ねぇあなた?」

急にナディアに話を振られたアレクサンドルはあぁと短く答えた。
重苦しい空気が流れたが、再びナディアが口を開いた。

「それにしても…マリー=アンジュは護衛を付けずに1人でアントワーヌへ向かったのかしら?だとするとまず辿り着けるのかさえ分からないわねぇ。」

ナディアのその言葉にエミリエンヌの心臓は強く脈打った。

「あなた、何か知ってる?」

ナディアに尋ねられ、エミリエンヌの侍女は緊張した面持ちで答えた。

「マクシミリアン家の召使は誰1人欠けていないので…恐らくマリー=アンジュ様おひとりで向かわれたのかと……」

「そんな……」

侍女の言葉にエミリエンヌの全身から血の気が引いていく。
妹は世間知らずの16歳。生まれてからずっと出掛ける際には召使が付き添っていた。マクシミリアン邸から近いこのシャンデルナゴール邸へ来る時でさえもだ。そんな少女が1人で遠いアントワーヌまで行くなど危険すぎる。もしも道中暴漢に襲われでもしたら……。

「私、マリー=アンジュを捜しに行きます!」

普段は語気を強めないエミリエンヌの主張にその場に居る全員が硬直した。
しかし、そんな中でもナディアはすぐさま口を開き反論した。

「何を言っているの?今日はデュプレソワール大公爵様の屋敷へ赴く日よ?あなたの妹を捜す暇など無いわ。」

ナディアの言う通り、本来であればこの後は支度をして大公爵家へ行く予定だった。しかし、今回ばかりはエミリエンヌも譲れなかった。

「お許しくださいお義母様!大公爵様へは後日謝罪へ伺います。ですから……」

「私に恥をかかせるつもり!?」

そう叫んだナディアはエミリエンヌの頬を強く打った。

「エミリエンヌ!…母上、なんて事を……」

エミリエンヌを抱き寄せ庇うエドワール。アレクサンドルもナディアに駆け寄り落ち着きなさいと宥める。

「ナディアもエミリエンヌも少し冷静になりなさい。マリー=アンジュのことは今頃マクシミリアン家の召使達が捜しているだろう。」

アレクサンドルが落ち着いた口調で皆を説得する。しかし、エミリエンヌは首を横に振った。

「自分を捜しに来たのが召使達だけだと知ったら妹はきっと傷付きます……」

今日の大公爵邸での会合へはエミリエンヌの父ギャストンも参加することになっている。そうなると家族の中でマリー=アンジュを捜すことが出来るのは母アナ=マリアと弟フランシスだけということになる。しかし、母と弟はマリー=アンジュの捜索を召使達に任せっきりにするであろう事をエミリエンヌは見抜いていた。
エミリエンヌはその場に跪き真剣な眼差しで訴えた。

「お願いします。お義父様、お義母様、あなた…。私は今妹のことしか考えられません…。父は仕事、母は弟ばかり溺愛し妹には無関心…今あの子の事を考えてあげられる肉親は私だけなんです……どうかお許しください……私と私の侍女達にマリー=アンジュを捜させてください……。」

瞳を潤ませて懇願するエミリエンヌ。しかし、ナディアは突然テーブルからグラスを取ると入っていた水をエミリエンヌにかけた。

「母上……!」

「ナディア……!」

ナディアの容赦の無さにアレクサンドルとエドワールは言葉を失った。

「あなた、いつまでマクシミリアン家の娘でいるつもり?もうあなたはシャンデルナゴール家の嫁なのよ!エドワールを…私の息子を誑かしておいてそんな甘えが許されるとでも思っているの!?」

そう怒鳴りながらナディアはエミリエンヌを押し倒し首を絞めた。エドワールとアレクサンドルが2人を引き剥がそうとするが、エミリエンヌの首を絞めるナディアの手は離れない。

「死になさいこの悪女……!役立たずの小娘はこの家の嫁に相応しくないわ!」

ナディアの憎しみに満ちた表情が薄れていく意識と共にぼんやりと曖昧になっていく。エミリエンヌが死を覚悟した時、

「いい加減にしなさい!」

アレクサンドルがナディアを突き飛ばした。
咳き込むエミリエンヌをエドワールが抱き寄せる。

「大丈夫か?エミリエンヌ!……母上、いくらなんでもやりすぎです!」

エドワールがナディアに怒鳴ると、アレクサンドルに肩を掴まれているナディアがエミリエンヌを睨みつけた。

「守られてばかりの弱い女……母親にそっくりね。」

嫌味を吐き捨てるナディア。彼女とエミリエンヌの母アナ=マリアは若い頃主と子分のような関係性であったと聞いていたがその関係は今でも続いているようだ。しかし、エミリエンヌは自分や母の悪口などどうでもよかった。

「お願いします…!私はどんな罰でも受けます……私をこの家から追放しエドワールさんと引き離して頂いても結構です!ですからどうか私にマリー=アンジュを捜させてください!」

エミリエンヌの予想外の覚悟にアレクサンドルとナディアは驚いた表情で立ち尽くしていた。しかし今度はエドワールがエミリエンヌの両肩を強く掴んだ。

「何を言っているんだ!俺は絶対に君を離さないぞ!君は俺の…俺だけの物だ!絶対他の男になんぞ渡すものか!!」

あまりにも混乱した展開にナディアは大きなため息をついた。

「ここまで我がシャンデルナゴール家をめちゃくちゃにするとは…恐ろしい女ねエミリエンヌ。行きましょう。あなた。大公爵様の屋敷へ行く支度をしなければいけないわ。」

ナディアに呼ばれたアレクサンドルは「あぁ」と短く漏らした。

「おいエドワール、後でちゃんとエミリエンヌと共に来るんだぞ。」

アレクサンドルはそう吐き捨てると妻と共に部屋を出ていった。

「…俺達も支度をしようエミリエンヌ。マリー=アンジュは大丈夫だ。あの子のことは召使達に任せておけばいい。」

エミリエンヌが必死に訴えてきた言葉など聞いていなかったかのようなエドワールの発言にエミリエンヌは首を横に振った。しかし、そんな彼女の気持ちを無視したままエドワールは続けた。

「君は何も考えずただ俺に従っていればいいんだ。そうすればきっと父上も母上も君を気に入ってくれるはずだ。」

エドワールのその言葉を無視し、エミリエンヌは侍女に呼びかけた。

「アデール、今すぐ支度をするわ……。私の部屋に戻るわよ。」

主に呼ばれ、アデールを初めとするエミリエンヌの3人の侍女達はエミリエンヌの後ろに続いた。部屋へ戻る道中、シャンデルナゴール家の召使達が彼女達の方を見ながらヒソヒソと話していた。

「あの方が嫁いでくるまでは平和だったのにな。」

「後継は産まれないし騒ぎは起こすしロクなお方じゃ無いな。」

「エドワール様も何故あんな女を選んだんだか……。」

聞き慣れた陰口を他所にエミリエンヌはある事を心に誓っていた。

(大丈夫よマリー=アンジュ。今から私が迎えに行くから……。)
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