洗黒のレイン・フェスティバル

葉隠一

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林の中の、

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 ブルーという象がおりました。

 ある日のブルーは、やり場のない怒りを吐き出せずにいたのです。

 かつて、ブルーはとにかく早く動けと言われてきたのでした。能率を重視し、物事の流れを考え、一秒たりとも無駄にするなと。

 今は苦しくても、そうやっていれば後で自分の力になり、もっと働き、その働きに見合った幸せを得られると言われてきたのです。今は苦しいのは自分の努力が足りないからで、もっと腕を磨き、速く動き続ければ言われた通り幸せを得られると。

 ブルーはそれを信じて来ました。

 だが、ある知らせを聞いたときに一気に力が抜けてしまいました。地面に鼻を落とし、足を曲げてうずくまってしまいました。耳も僅かにしか動かせません。象としての尊厳など思い出せない。もう取り戻せないかもしれない。そんな風に思っていました。

 その知らせとは、自分を動かし続けて来た人物の代表格と見ていたジョー爺が、

「ゆっくり動くのもいいんじゃない?」

 と言っているらしい、というものでした。

 それを聞いた瞬間に力が抜け、地面へと体がへばりつき動けなくなってしまった。どうすればいいかわからず、風が体にそよぐのを感じるだけの日々でした。しばらくすると気力が戻って来ました。それと共に怒りがこみ上げて来ました。どうにかしてジョー爺にこの憤りと怒りをぶつけてみたい。そんなことばかりを考えてしまいます。

 象達と少し話す時に、ジョー爺への恨み節を少々混ぜ込むこともありました。そんな時、一人の象物がブルーの前に現れます。その象物はキャシーと名乗りました。彼が語るには、

「私も不満を多く持っていたのだ。どうか私と共にジョー爺を始めとする我らを虐げた者達に、一泡吹かせて欲しい」

 ブルーは喜びました。自分と同じ考えを持つ者がいたことが嬉しかったのです。キャシーの為に何かをやってみたい気持ちが沸き上がってきました。どうすればいいのだろう、と考えていると、

「ブルー、マーチに気をつけよ」

 声がしました。辺りを見回すと、そこにはゴリラがいました。

「お前は誰だ?」

 と、ブルーは問います。しかし、そのゴリラは再び、

「ブルー、マーチに気をつけよ」

 と言いました。ブルーは詳しく話を聞こうとしますが、その時にはもうゴリラは消えていました。

「今のは一体……」

 そう呟き、歩きながらブルーは考えていました。すると、マーチという言葉がブルーの目的に道筋をつけていきました。

(マーチとは恐らく音楽の一種だろう。もしかすると、今度のパオン・ド・カーニバルでいい機会が巡ってくるのかもしれない。そこで出来ることと言えば……)

 そうして行われたのが、パオン・ド・カーニバルでのカウ・ウォークでした。正直、ブルーにはためらいがありました。ですが、キャシーは弁舌巧みに象達を導き、ジョー爺の苛立ちを招き、ついにはブルーの一派を勝利せしめたのでした。

 これを機に、ブルーとキャシーは様々な場所で象のあり方を問うていきました。ブルーは誰かの役に立てるのが嬉しく、キャシーの言う通り動き続けました。

 いつしか、ブルーは周りの象達から『ファイティング・ブルー』と称えられるようになりました。

 ただ、それを続けていくうちにブルーの頭に疑念がわいてきました。

(確かにキャシーの言う通り、象社会には問題が多い。キャシーはそれを見つけるのが上手く、自分が何故気付かなかったのかを恥じるばかりだ。

 しかし、時々思うのだが、上手い具合に回っている所を我らが引っ掻き回しているだけではないのか? 問題となる場所で動き働いたが、ある程度それを繰り返すと我らはすぐ別の場所へ向かう。今までやってきたことを振り返ることもしない。かつて居たところはどうなったのだろう?

 だが、立ち止まることが出来ない。もっと他に問題は無いかと目と牙を光らせる日々だ。こんなことを自分は望んでいたのだろうか?)

 そう思う事が増えてきました。

 周りを見ると、自分達が掘り起こした問題に解決策を見いだせない象々が戸惑いながら争いを続けています。進みながらブルーは思います。

(問題を掘り起こすのはいいが、私は何故解決するまでそれをやらなかったのだろう? 様々な者の意見を共に訴え、それを助けて来たが、私の意見は何だったのだろう?)

 ある時、大勢の象を伴って進むブルーに恐怖が芽生えました。

 今自分は多くの象達の先頭に立っている。この象達は向かうべき敵へと歩いている。彼らと共に居ることが力だと思っていた。だが、この象達の力があれば先頭に立つ私も簡単に押しつぶしてしまうだろう。そんなことは象の歴史に多く残っていた。私はこれからどうなるのだろうか? 多くの者達の責任を追及してきたが、今度は私が追求される立場になるのではないだろうか?

 そう思った時、ブルーは走り出していました。自分の使命など忘れてひたすら走りました。

 自分がこんなに速く走れたとは知りませんでした。ただ走っているだけの方が今までよりよほど気分がよかったのです。

 気付くと、ブルーは荒野で一人うずくまっていました。またしても、力が抜けてしまう日々となりました。ですが、前と少しだけ違っていました。何が違ったのかブルーにも私にもわかりませんが、風と戯れ、水と遊び、地面と触れ合うことを楽しむことができました。少しですが。

 そんな時、声がしました。

「ブルー、林に気をつけよ」

 辺りはもう日が落ちて暗くなっています。ブルーが首を回し、体を回し、鼻を振りながら見回すと、暗闇に赤く光り輝くゴリラがいました。

「お前は……お前は一体……」

 ゴリラは再び言います。

「ブルー、林に気をつけよ」

 そういうと、そのゴリラは消えてしまいました。

 よくわからなかったので、ブルーは眠ることとしました。翌朝目を覚ますと、少し先に日の光に照らされる林があるのが見えました。どうすればいいかわからないブルーは、とにかくそちらに向かって歩いて行くこととしました。

 林に入ったブルーは、荒野と同じように風と戯れ、水と遊び、地面や草木と触れ合う事を楽しみました。そんな時、ふと思いました。

(ジョー爺が言っていたのは、こういう事だったのかもしれない。すまないことをしたものだ。

 もう、みんなの許へは戻れないだろう。だが、もし会えることがあったなら、前よりも穏やかに話せる気がする。

 そんな時が無いとも言えない。今は、目の前にある道を進んでみよう……)

 ブルーは林の中を歩いて行きました。

(終わり)
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