神暴き

黒幕横丁

文字の大きさ
上 下
22 / 42

漆日目その5

しおりを挟む
 痣は赤黒いケロイド状のもので、肌の白い弐沙の首にくっきりと浮かび上がっていた。
「目立つから見せたくなかったんだ」
 新しい服を着た後、弐沙は手でその痣を隠す。
「生まれつきある痣とか聖痕みたいなものか?」
「いや、そんなんじゃない。これは……」
 弐沙は目を閉じてこう呟いた。
「これは“呪い”の痕だ」
「呪い? 一体どんな?」
 高田は興味津々で尋ねてくる。その手にはメモ帳とボールペンが握られていた。
「はぁ……、そういえばアンタはアングラ系の雑誌の記者だったな。この系の話が好きなんだろ?」
「あぁ、三度の飯や煙草より好きだ! さぁ、話を聞かせてくれ!」
 目を輝かせながら、弐沙に話の続きを要求した。
「残念ながらコレについては教えることはない。だが、代わりに一つ面白い話をしてやるとしようか」
 弐沙の言葉にゴクリと高田は息をのむ。
「神暴きに出てくる、イサ様って、こういう字を書くんだ」
 そういうと、弐沙は高田からメモ帳とペンをぶんどって、書き始め、書き終えると高田に返した。
 メモ帳にはこんな字が書いてあった。


【一沙】


「ほう。で、コレの何処が面白い話……あ」
 高田は何かに気が付いたらしく、弐沙とメモ帳を交互に見る。
 そんな奇妙な行動をしている高田を見て弐沙はニヤニヤと笑っていた。
「こ、これって……」
「さ、面白い話はコレで仕舞いだ。どっぷりと暮れる前に帰れ」
 高田は弐沙に自分が思っていることを口にしようとすると、玄関まで追い返されてしまった。
「おい、説明しろって」
「面白い話を聞かせてやっただけましだと思え。背後には気をつけて帰れよ」
 弐沙はそう言ってピシャンと引き戸を閉めて、高田を追い出してしまった。
「ねぇ、面白い話ってなんだったのー?」
 メモの内容を見ていない怜は弐沙に尋ねると、
「秘密だ」
「えー、あのオッサンには教えてたのに、俺にはナシー?」
 ブーブーと文句をいう怜。
「私をあそこまでズタボロにした罰だ」
「えー、まだ根に持ってるのー」
「当たり前だ。包帯も巻くのも大変なんだぞ」
「へいへい。手伝いますよーだ」
 怜は面倒臭そうに立ち上がり、弐沙から包帯を受け取って、首の痣が見えないように丁寧に巻いていく。
「この神暴きが終われば話さないといけないだろうなぁ」
「弐沙、それはフラグを立てているの?」
「まさか、しかし、明らかにしなければならない」


「私の“秘密”ごとな」


 夜。とある民家に高田は招き入れられた。
「まさか、お前さんからお誘いがもらえるとは思わなかったな」
 招き入れた本人は高田にお茶を差し出した。
「おっ。悪いな。あと、コレいいか?」
 高田は煙草をちらつかせると、招待者はコクンと頷いた。
 了承も得たので、高田は遠慮なくライターで煙草に火をつけて吸い始める。
「で、話ってなんだったかな?」
「なんだかご機嫌の様子なので、何かいい事があったのかなと思いまして」
 招待者はそう答えた。
「あー、そうだな。神暴きが始まった頃から注目していた奴が居たんだよ。ソイツが面白い話をしてくれたんだよ」
 高田は楽しそうに話し、招待者が出したお茶を一気に飲み干した。
「大変興味深くてな。口止めもされなかったし、おめーさんにも聞かせてやろうか?」
「その話は是非、“私”も拝聴したいですねぇ」
「んあ……? お、お前は」
 聞きなれた声が聞こえて高田は声がする方へと顔を向ける。
 すると、そこには見覚えのある奴が高田のことを見てニヤリと笑っていた。
「お、お前。なんでここに」
「私がここに居る理由なんてどうでもいいじゃないですか。私、いや、“僕”、“俺”か? まぁ、どっちでもいいですが、その話を是非聞きたい。さぁ、話してください」
 影は高田の近づき、指で高田の頬を突きながら催促を始めた。
「貴方の注目していた、弐沙の話、俺も早く聞きたいですよ」
「お前、なんでソレを知って」
「何で知っているかって? だって、俺は神ですから」
「は? お前はついに頭でもイカれちまったのか?」
 呆れ半分で高田は影に訊ねる。
「いいえ、“僕”は神です。貴方たちを神暴きの参加者として選んだのもこの僕だ。そして、貴方は弐沙のことが気になって仕方がなくなるというのも分かっていた。なにせ、貴方はそういうモノが好きなんだから。あと、これもね」
 影は懐から何やら透明な液体が充填されている注射器を取り出した。
「な、なんだそれは」
 高田の質問に影はニヤリと笑った。
「気持ちがスッと軽くなる魔法のお薬ですよ。人生なんかオサラバしちゃうくらいのね」
 影が注射器を少し押すと、注射針からは勢い良く液体が飛び出す。
「おい、ヤメロ。それで俺を殺そうって言うのか?」
「はい。貴方は七日目の生贄になって貰わなければなりませんから。私という神に捧げられる生贄としてね」
 影は笑って高田の首筋を狙って注射器を近づける。
「お前は神なんかじゃない、本物の神は……」
「あー、弐沙はそこまで喋ってしまったんですねー。イケナイ子だ」
 影はそう言って高田の首に針を刺し、液体を注ぎ込んだ。
 直ぐに高田は床へ倒れ、もがくこともなく静かになる。
「幾ら記者でも知りすぎはよくないことなんですよ」
 影は空になった注射器を懐へと戻す。
「さぁ、神暴きも佳境に入ってきましたねぇ。君はどうだい?」
 影は高田を招き入れた招待者に聞くと、招待者は終始無言を貫いていた。
「つれないですねぇ……おや?」
 影は招待者の右肩に包帯が巻かれているのに気が付いた。
「あぁ、弐沙の影、“ゼロ”にやられたんですね」
「ゼロ?」
 招待者は聞きなれない名前に首を傾げる。
「彼の本当の名前……正確には名前なんて無く、俗称でそう言われているのみですが。それはともかく彼と対峙してよく逃げ延びましたね」
「……例の部隊の方たちに助けてもらいました」
「彼らですか。“ゼロ”に恨みを持っている奴も中にはいますからね。くれぐれも気をつけてくださいね。貴方の正体がバレてしまってはコチラの損失は大きいのですから」
 影は招待者の耳元に顔を近づけて、囁いた。


「あと三日で全てが終わるのです。そうすれば、彼女の魂も平穏な時を過ごせるようになるでしょう。貴方がすべてを成し遂げなさい。さすれば神暴きは完成される。そして、私とあの方達は神になれるのだから」
しおりを挟む

処理中です...