田吾作どん、食べちゃダメ?

黒幕横丁

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その2

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 村の広場は朝早くにも関わらず、色々な店のテントが立ち並んでいた。村人は、各々が欲しいものを買うべく、様々な店に並んでいた。
『まるで、本の挿絵で見たことのある、百鬼夜行みたいだなぁ』
 僕はそう思いながら、辺りを見回し、目的の店を探す。
「田吾作どーん! こっちですよー」
 声がした方向に僕が視界を向ける。そこには、一匹の狸が大衆をかき分けながら、ブンブンと前足ならぬ手を振りまわして僕に合図を送っていた。
「おーい。檸檬。今日も繁盛しているみたいだね」
 僕はその手の振る先へと赴く。
 化け狸の檸檬の店は、人間の里で自らの手で買い付けてきた商品を販売している。
 人間の里の流行を直ぐに取り入れられるということから、朝市の中でも人気の店の一つにはいっている。
 僕も、部屋が充実出来ているのは、彼女の店のおかげなのである。
 僕が店に入ると、檸檬は可愛らしい耳をピコピコと動かして、迎え入れてくれた。
「田吾作どん、今日も新商品を沢山取り揃えていますよー。っと、その前の見てください。新しい変化の術です」
 そう言って、檸檬がなにやら呪文を唱えると、ボンッと辺りに煙が立ちこめた。
 その数秒後、だんだんと煙が薄れていき、僕がすぐ目に付いたのは、緩やかにウェーブがかかった絹のような金髪の髪。そして、陶磁器人形(ビスクドール)のような白い肌。
 煙の中からはなんと、ピンク色を基調とした、フリルだらけのワンピースを着た少女が現れたのだ。
「どーですか! 人間の里で今流行っている、この甘ロリっ子スタイル。可愛いでしょう?」
 檸檬は楽しそうに、変身した姿のままでぐるりと回ってみせる。
 彼女は変化にこだわりを持っており、僕が毎回朝市に行く度に、こうして新作の変化(へんげ)を見せてくれるのである。
「うわぁ、檸檬の変化にはいつも感動して見とれちゃうよね。可愛いよ」
 僕が素直に思った感想で檸檬を褒めると、いきなりフリルだらけのスカートがめくり上がり、中からふさふさの茶色い尻尾が飛び出した。
「……檸檬さん、尻尾出ていますが?」
「きゃっ。お恥ずかしいところをお見せしちゃいましたね」
 僕が尻尾のことを指摘すると、檸檬はめくり上がったスカートを必死に押さえながら変化を解いた。
「いやはや、褒められると照れちゃって、変化が解除しちゃうのは何とかしないといけないですね。修行あるのみですね。
 あ、そうだ、田吾作どんのためにとっておきの新商品があるんですよ」
 彼女はそう言って店の奥へと行き、直ぐに戻ってきた。
 そんな檸檬の手に握られていたのは。
 一つのドアノブだった。
「えっ? 檸檬さんそれは一体」
 僕があっけらかんとして、檸檬に訊ねると、檸檬はさも当然そうに、
「何って、ドアノブですけど?」
 と答える。僕がイマイチな顔をしていると、
「このドアノブは優れものなんですよ。なんと、人間の里で流行している“ピッキング”対策がされた最高品なのです!」
 そう言って檸檬がこれ見よがしにドアノブを僕に見せ付ける。僕の後ろに居た客からは賞賛の拍手が飛び交った。
「そ、そうなんだぁ」
 僕は引き攣った表情しか出せない。
「あれ、田吾作どんの家に木蓮ちゃんがピッキングで侵入したと聞いて、これをオススメしたのですが、違いましたか?」
 檸檬が不安そうに僕のことを覗きこんでくる。
「えっ、なんで木蓮が僕の家に入ってきたことを知っているの。今朝というか今さっきの出来事なのに」
「田吾作どん、商人(あきんど)を舐めちゃいけないですよ。商いには情報収集が第一ですから。この村で起こった些細な出来事一つでさえ逃しませんよ」
 驚く僕に、檸檬が得意げに胸を張る。
 彼女の商人魂は並大抵ではない。
「檸檬の努力に感銘したし、そのドアノブ買うよ。それと、ちょっと仕入れて欲しいものがあるのだけど、いいかな?」
 僕はそう言って、檸檬に一枚のメモを手渡す。檸檬はそのメモを見て、少し首を傾げる。
「このメモに書いてあるものを仕入れたらいいんですね。でも、コレ、何に使うんですか?」
「秘密だよ」
 僕はイタズラっぽく笑ってみせる。
「秘密ですか。商人としてはそこが気になるところですが、分かりました、次の朝市までには仕入れておきますね。では、先にドアノブの代金を頂きます」
 僕は提示された価格分の銀貨を、檸檬に渡し、檸檬から袋に入れられたドアノブを受け取った。
 獄の森の通貨流通は金貨と銀貨で行われる。檸檬などの人間の里へ仕入れに行く者は、人間の里で金貨と銀貨を人間の通貨に換金して、買い付けを行うらしい。
「毎度ありがとうございます。ところで田吾作どんは知っています? この村に吸血鬼が引っ越してくるって」
「人喰い鬼の住むこの村に吸血鬼が? 吸血鬼が越してくるって珍しいね」
 獄の森は様々な妖怪たちが仲良く暮らしているのだが、吸血鬼だけは縄張り意識やプライドが高く、単独で村を作り、他の村とは隔絶された生活をしているらしい。
 だから、よほどの事態が無い限り、吸血鬼が越してくること無いのだ。
「そうなのですよ。何か起こるかもしれないと少し心配なのですが、私の杞憂ですよね。忘れてください。ところで、田吾作どんに一つお願いしたいことが」
「ん、なんだい?」
 檸檬はじっと僕を見つめて、
「田吾作どん、食べちゃ」
「駄目だ」
 僕は、檸檬の質問をぴしゃりと断り、彼女の額にデコピンを喰らわせた。
「いてっ。ですよねー」
 檸檬は恥ずかしそうに額を擦りつつ笑っていた。
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