謂わぬおもひで

ひま

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謂わぬおもひで

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この町の門を出た後俺は孤児になった。
母さんもそう遠くないうちに亡くなっただろう。
それからは記憶に残っている地獄のような日々、ああよく生きてきたもんだなぁ…

ーーーーーーーーーーーーーー

「…助…八之助!おい!」
「はっ!」
伊呂波の荒々しい声で目が覚めた。というか、ずっと立ったまま記憶の中にぼーっと留まっていたようだ。

「悪いぼーっとしてた。」
「全く、これからお前の母親に関する情報を聞き出そうと出向いた矢先に…このすっとこどっこい!」

伊呂波から拳骨が飛んでくる。

「痛え!俺そんなにぼーっとしてたか!?」
「ああ、立ったまま死んだかと思ったじゃねえか。脅かすなよ…」

伊呂波はぶつくさ文句を言いながらもゆっくり歩き出した。その足元には、黄色い水仙の花。

(…あ)
「伊呂波」
「ん?」
「俺、母さんのこと思い出したよ。」
「本当か?」
「ああ、さっきぼーっとしてた時にな。」

そう思い出したのだ。生みの母親のことも育ての母親のことも全て。
伊呂波は俺の顔を覗き込んで言う。

「それで、どんな風に過ごして来たんだ?この町で。」
「ああ…それは…」
俺はしばらく考えてから口を開いた。

「言わねえ。」
「はあ!?ここまで付き合わせといてかよ!?」

「でも伊呂波なら分かるだろ?他人に言いたくない、記憶に留めておきたい思い出。」

伊呂波も幼少期から過酷な環境で育って来た奴だ。きっと分かってくれると思った。
そのくらい辛く忘れられない思い出だ。

「…まあ俺もお前に話せねえことはいっぱいあるなあ。」
突然、伊呂波はニッと笑い俺の背中を叩く。
「心配すんなハチ!俺はお前の気持ち少しは分かるからよ!」
「ハハ…有難いや。」

「行こう、伊呂波。会いたい人が居るんだ。」

そう言って俺はまた黄色い水仙の佇む町へ踏み入った。
不言色の着物と優しい笑顔のあの人はもう居ない。ただ楽しかった思い出がそこに残っているのも確かなのだ。

「…ああ、懐かしいなぁ。」
俺が思い出したのは
桜色の春ではなく
青色の夏でもなく
紅葉色の秋でもなく
白銀色の冬でもなく

不言色の早春だった。

しかしその思い出は誰にも言わない。
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