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過ぎ去る日常
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市立図書館。聞こえは市なのか私か判らないが、そんな事は気にしない。
埼玉の夏、八月上旬の午後二時は暑い。
朝起きてみると何故かマンションの自室のエアコンが煙を上げ、一週間ほど使えないのだそう。今日は暑苦しいったらもうありゃしない!
母に図書館でも行ってきたらとお弁当と水筒をリュックに詰め込み既に用意していた。暑い部屋では熱中症になってしまうと思っての親の配慮と言うものだろうか。母自身は仕事があるためいけないという。
面倒くさがりながらも、寝癖でドラゴンなボールの主人公っぽくなってしまっている長髪を直しつつ、今日のニュースをふと思い出す。
「先日、児童虐殺の罪で逮捕された東藤元五郎が脱走しました。ここで入間市警察署の近藤さんにお話を聞きたいと思います。近藤さん、『はい、東藤は凶悪な虐殺犯であり、どんな手でも使ってくるのでとても危険です。なので周辺の住人はあまり外出はお控えください。それから・・』
と、屈強な体つきの男性警察官が先日脱走した犯人についての注意を促していた。
そういえばとある番組で取り上げていたが、2100年の夏は40度が当たり前だという。
「二酸化炭素って凄いよね~。」
と、満更でもないように呟く。
「なーに言ってんのよ、さあ、早く靴を履いて、 お母さん、もうすぐ出るよ。」
急かす母に促され、泥が落ちなくなってほぼ白から薄茶になった帽子をかぶり、使い古されたスポーツシューズを履き、母に見送られ一番近い図書館へ向かった。大体十五分の道のりだ。
てっきり夏休みで近くの図書館が空いているものかと思えば、全く空いていなかった。本棚が何列にも区切られている中で不規則に丸型というか楕円形のようなテーブルが並び、学生らしき集団がノートや参考書を広げ、勉学に励んでいる。
(周りの音なんぞ気にしてられない!)
(もっと勉強しないと~。ああぁ)
みたいな心の声が聞こえてきそうだ。
只今図書館には、受験に追い込まれている先輩学生達が、居ます居ますの満席状態。図書館の冷房で涼しいはずなのに、暑苦しいだろうと思ってしまう。
少し奥では児童達の紙芝居用に造られた畳スペースがあり、たまに使わせてもらっているが今日は近くの幼稚園の園児達が絵本の読み聞かせをしている最中らしい。ならパスとしよう。
さて、どうしようか。近くとはいえさらに遠くの図書館へ行くか?
汗が滴りTシャツがベットリくっついて鬱陶しくなっている。イヤイヤイヤ、僕は諦めないぞ。オアシスを求め、十五分くらいまた歩いて、別の図書館へ涼みに行こう。うん、そうしよう。
クリっとした眼を歴戦の猛者の如く眼を細め、瞬時に決断をし、ギラギラと太陽が照らすアスファルトの上を一歩一歩踏みしめることを覚悟した。
図書館を出て、歩き始めると反対側の歩道でかき氷を頬張る高校生らしきカップルを見つけ、いいないいなーと、暑さのせいなのか羨ましく思う。主にかき氷が、だが。
小学校での僕、界外 蓮(かいげ れん)の立場はあまり目立たない奴だ。友達はいるが特別親しい奴はいない。ポリシーは広く浅くである。宿題はあるが、あと2割を切っている。だが夏休み明けのテストがあるため、気は抜いていられない。
自分でも、誰に向けてか分からない曖昧な自己紹介を終え、ようやく着いた。
上福岡図書館。円柱のように丸みを帯びた外壁にチェック柄と連想させる骨組みと隙間にガラスが嵌め込まれ近代的な建造物を思わせる。
やっとたどり着いたオアシス、期待を膨らませ中へはいると、思ったより人がいるが空いている席はある。
とりあえず手頃なマンガを数冊取り、席に座る。
(はあ、めっちゃ涼しい!あ、いけない汗拭かないと。)
ポケットからもうグッショリしているハンカチをだし、汗を拭き取る。拭かないよりはいいと思い、軽く叩くように拭き取る。こうした方が肌に負担をかけないとテレビでやっていた。
手に取った本はアニメ化されている錬金術を使う兄弟の物語だ。アニメは再放送で観たことがある。だからといって、アニメ派ではない。本の方が好きである。特にあの紙の臭いが。
この本に関してはストーリーや結末もわかっているのだがつい読みたくなってしまう作品だ。
読もうと思ったのだが、歩き疲れたのか、眠くなって眠ってしまった。
◇ ◇ ◇
あちぃ。埼玉の夏は暑すぎる。まだ昼前なのに。
この俺、東藤元五郎だって都心の近くで暮らしていたが流石に暑すぎる。脱走して近くにあった洋服店に逃げ込み、汗を雑に拭きながら刑務所の服を脱ぎ捨て、シンプルな薄いジーンズに珍しい柄の入ったTシャツを着て、サングラスを付けるという、ラフな格好にした。
そして今、住宅街をやや早歩きでなるべく怪しまれないよう逃げている。
今警察は脱走したと報道しているかと思うが服を脱ぎ捨てたことはバレるのに時間がかかるだろう。試着室にまだ人がいるのではと思わせるように予め持っていたレコーダーで音を出している。
今の持ち物は小型ナイフ2つと今や離せなくなってしまった俺にとっての必需品の煙草ぐらいだ。少し逃げるには心許ないが仕方がない。
辺りを確認しながら住宅街を歩いて行くと不意に後ろの曲がり角から
「おい! あいつ、脱走したっていう東藤じゃないか!?」
「ッ!?」
気づかれた!後ろを振り向く暇もなく疾走していった。
走る、走る、自分にぶつかって倒れる人の声も、自分だと気づいて悲鳴を上げる声も、耳に入らず走りまくった。
狭い小道に入り息を整える。バクバクと鳴る心臓の音が、終わりへのカウントダウンのように聞こえる。相当焦っていたので壁にもたれ掛かり、心臓が静かになるのを待った。
横目に辺りを確認していると図書館を見つけた。あそこなら本棚の間に隠れるし、もしもの時は死角を利用して逃げることもできる。人質だってとれるだろう。踏み出して道路に出たとたん、
「いたぞ!東藤だ!」
警察が通報を受けて来ていたのか既にパトカー二台が待っていたかのように停まっていた。
「ヤベェ!」
そのまま逃げるように人質目的で図書館へと走っていった。
◇ ◇ ◇
いけない、うっかり寝てしまった。
ウトウトと頭を上げると周りに人がいない。注意深く見渡してみるが誰もいない。確かにこのテーブルは一番奥で目立たない場所だが、足音や職員の貸出の時に鳴る電子音でさえ聞こえない。おかしい。
次の瞬間、ガンガンと入り口の方から物騒な音がした。多少ビビりながらもゆっくりと席を立ち、ちょうど空いていた本棚の隙間を覗き込む。
見た先にいたのは―――
図書館の職員達や本の貸出をしに来た人たちがカウンター近くの床に集まって座っている――。
いや、違う。全員何かに怯え、腰が抜け、へたり込んでいる。
では何に。それは視界の奥の方、入り口付近で椅子やテーブルでバリケードのようなものを造り、右手にナイフを持っている、とても態度の悪そうな中年男性。
あれは確か――――。
先日脱走したという、東藤元五郎だ!
(何でいるんだ!?)という疑問よりも、凶器を持っている犯人がいるという絶望感、無事に帰れるのかという現実への拒否感が上回っていた。
嫌な汗が首筋を流れる。膝が恐怖でガタガタと震えてくる。恐怖で足に釘を刺されたかのようにピタリと動けない、殺人犯がいることを信じたくないと目を背けてしまいそうだ。
ふと、集まっている人達を見ると、その真ん中に、両手で頭を抱え、相手から顔が見えないようにし、東藤に聴こえぬように、そして自分自身が気づかないように、小刻みに肩を震わせ泣いている少女がいた。
白いのワンピースを着て、肩までかかる長い髪に花の髪飾りを付けている。クラスメイトの、石村葵さんだ。
「なっ!?」
声を出してしまい手で押さえ、東藤の方を見てみる。どうやら警察が来たことに頭が回り、気づいていないようだ、ほっと息をつく。
すると石村さんがこちらの方を見て俺が覗いていることに気付き、驚きが隠せないようで固まっていた。
そして、助けを求めるように、この状況を変えてほしいという顔で、大粒のなみだがこぼれ落ちた目で訴える。僕は恐怖心がとけた眼差しで頷いた。
「いざというときには助けられなきゃ男じゃねーぞ。忘れるな。」
だれかに言われた言葉が頭をよぎる。
こっから、ナイフを持った犯人との勝負だ。
勝負と聞いてワクワクするのは、まだ空手をやっていたときの名残か。
とりあえず使えるものを確認しよう。
数冊の本。これはいつでも取ることができる。
次に一リットル入る水筒。転ばすことができるかもしれない。
そして弁当。四角の箱なので当たると痛い。
最後にリュックがある。以上。
盾になるようなものはないが、まあ仕方ない。と確認し終えると、警察の努力で入り口がもうすぐ開きそうになっていた。無論、東藤が焦る。迷っている間に入り口が開く。
東藤は意を決したように図書館に居た人達の所に行き、人質を使うのかと手を伸ばした先は、石村さん――。
そうだと分かったや否や、僕は左の本棚の方から、本を東藤の足元へ投げていた。本が床の上をスライドし、足元で止まる。
「ん?」
やっぱり。いないはずのところから来たのだから困惑している。その瞬間に、リュックを持って東藤の死角となるよう自分から見て右側から駆け出した。
突然、館内に足音。それに驚く東藤。こちらを見て気づいたとたん、僕はリュックを野球のようなフォームで顔面向かって投げ、目眩ましとして使った。懐に潜り込み、ナイフを落とすことはできないと判断し、みぞおちに正拳づきを食らわせる。
「グボォっ!?」
息を整えたところで足払いをし、転ばせた。頭を打って気絶しているのを横目に確認すると僕は大きく息を吸い込み、できる限りの声量で叫ぶ。
「みんな逃げろぉぉぉぉ!」
その声を聞くと、一斉に警察がいる入り口まで駆け出して行く。そのなかで大人達行く手を遮られ、石村さんが逃げ遅れてしまった。
「ガッッ!?」
東藤!? いつの間に起きていたのか!?いや、この野郎、受け身をとっていたのか!
足で腹を蹴られ、思い切り転げ回り近くの本棚にぶつかって臓器が圧迫される。
「ゲホ!」と呼吸が出来ず咳き込んでしまう。
「イヤァァァァァ!」
その間に東藤が石村さんを抱えナイフを突きつけ脅す。
「このガキを殺されたくなかったら、大人しくしろぉ!」
不敵に笑い、東藤はガタガタと震える石村さんを抱き抱える。人質をとられてしまった。警察は一歩も動けなくなってしまうだろう。どうする!どうするんだ!?僕!
すると、新人警官らしき人が携帯していた銃を東藤に突き立てて一歩前に出る、
「そ、その子を離せぇェ!」
声を荒げて、最後が裏声になってしまっている、それでも勇気を振り絞ってくれた姿はすごいと思う。
そして震える両手で狙いを定め―――
黒い金属の塊が火を噴いた。東藤のナイフを持った右手に鉛の弾が突き抜けた。血が吹き出し、東藤が激しい痛みに襲われ石村さんを離した!尻餅を着いた石村さんは急いで後ずさる。
撃たれた東藤は、撃った新人警官に明らかな殺意を見せる。
「・・・す。殺す殺す殺ス!!! ガアアアァァァァ!」
痛みを気にせず若い警官に向かって襲ってくる。すると
「ウアァァァァ!!」と叫びながら警官は銃を乱射する。四、五発ほど身体のいたるところに当たり警官はへたり込み、東藤は血を吐き出しながら力尽き、ドサッと倒れる。
「怖かったよ~~」と涙を押さえながら石村さんが入り口に向かって警官達のもとへ駆け寄る。僕も急いで図書館を出なきゃと思い踏み出す。
『ゴバッ』 ダン!
血を吐く音と、勢いよく床が靴で叩かれた音がした。
嫌な予感がして振り返ると、今にも死にそうな形相でナイフを掴んでいる東藤がこちらを睨む。そして悪足掻きだと云わんばかりにナイフを石村さんに向かって投げつける。
僕は咄嗟に庇い、とてつもない痛みが僕を襲う。一瞬で意識が遠くなる。
意識が朦朧としていくなか、石村さんが涙を流してなにかを言っている。だが聞くことは出来なかった。僕の意識が『プツンッ』と、切れてしまったからだ。
埼玉の夏、八月上旬の午後二時は暑い。
朝起きてみると何故かマンションの自室のエアコンが煙を上げ、一週間ほど使えないのだそう。今日は暑苦しいったらもうありゃしない!
母に図書館でも行ってきたらとお弁当と水筒をリュックに詰め込み既に用意していた。暑い部屋では熱中症になってしまうと思っての親の配慮と言うものだろうか。母自身は仕事があるためいけないという。
面倒くさがりながらも、寝癖でドラゴンなボールの主人公っぽくなってしまっている長髪を直しつつ、今日のニュースをふと思い出す。
「先日、児童虐殺の罪で逮捕された東藤元五郎が脱走しました。ここで入間市警察署の近藤さんにお話を聞きたいと思います。近藤さん、『はい、東藤は凶悪な虐殺犯であり、どんな手でも使ってくるのでとても危険です。なので周辺の住人はあまり外出はお控えください。それから・・』
と、屈強な体つきの男性警察官が先日脱走した犯人についての注意を促していた。
そういえばとある番組で取り上げていたが、2100年の夏は40度が当たり前だという。
「二酸化炭素って凄いよね~。」
と、満更でもないように呟く。
「なーに言ってんのよ、さあ、早く靴を履いて、 お母さん、もうすぐ出るよ。」
急かす母に促され、泥が落ちなくなってほぼ白から薄茶になった帽子をかぶり、使い古されたスポーツシューズを履き、母に見送られ一番近い図書館へ向かった。大体十五分の道のりだ。
てっきり夏休みで近くの図書館が空いているものかと思えば、全く空いていなかった。本棚が何列にも区切られている中で不規則に丸型というか楕円形のようなテーブルが並び、学生らしき集団がノートや参考書を広げ、勉学に励んでいる。
(周りの音なんぞ気にしてられない!)
(もっと勉強しないと~。ああぁ)
みたいな心の声が聞こえてきそうだ。
只今図書館には、受験に追い込まれている先輩学生達が、居ます居ますの満席状態。図書館の冷房で涼しいはずなのに、暑苦しいだろうと思ってしまう。
少し奥では児童達の紙芝居用に造られた畳スペースがあり、たまに使わせてもらっているが今日は近くの幼稚園の園児達が絵本の読み聞かせをしている最中らしい。ならパスとしよう。
さて、どうしようか。近くとはいえさらに遠くの図書館へ行くか?
汗が滴りTシャツがベットリくっついて鬱陶しくなっている。イヤイヤイヤ、僕は諦めないぞ。オアシスを求め、十五分くらいまた歩いて、別の図書館へ涼みに行こう。うん、そうしよう。
クリっとした眼を歴戦の猛者の如く眼を細め、瞬時に決断をし、ギラギラと太陽が照らすアスファルトの上を一歩一歩踏みしめることを覚悟した。
図書館を出て、歩き始めると反対側の歩道でかき氷を頬張る高校生らしきカップルを見つけ、いいないいなーと、暑さのせいなのか羨ましく思う。主にかき氷が、だが。
小学校での僕、界外 蓮(かいげ れん)の立場はあまり目立たない奴だ。友達はいるが特別親しい奴はいない。ポリシーは広く浅くである。宿題はあるが、あと2割を切っている。だが夏休み明けのテストがあるため、気は抜いていられない。
自分でも、誰に向けてか分からない曖昧な自己紹介を終え、ようやく着いた。
上福岡図書館。円柱のように丸みを帯びた外壁にチェック柄と連想させる骨組みと隙間にガラスが嵌め込まれ近代的な建造物を思わせる。
やっとたどり着いたオアシス、期待を膨らませ中へはいると、思ったより人がいるが空いている席はある。
とりあえず手頃なマンガを数冊取り、席に座る。
(はあ、めっちゃ涼しい!あ、いけない汗拭かないと。)
ポケットからもうグッショリしているハンカチをだし、汗を拭き取る。拭かないよりはいいと思い、軽く叩くように拭き取る。こうした方が肌に負担をかけないとテレビでやっていた。
手に取った本はアニメ化されている錬金術を使う兄弟の物語だ。アニメは再放送で観たことがある。だからといって、アニメ派ではない。本の方が好きである。特にあの紙の臭いが。
この本に関してはストーリーや結末もわかっているのだがつい読みたくなってしまう作品だ。
読もうと思ったのだが、歩き疲れたのか、眠くなって眠ってしまった。
◇ ◇ ◇
あちぃ。埼玉の夏は暑すぎる。まだ昼前なのに。
この俺、東藤元五郎だって都心の近くで暮らしていたが流石に暑すぎる。脱走して近くにあった洋服店に逃げ込み、汗を雑に拭きながら刑務所の服を脱ぎ捨て、シンプルな薄いジーンズに珍しい柄の入ったTシャツを着て、サングラスを付けるという、ラフな格好にした。
そして今、住宅街をやや早歩きでなるべく怪しまれないよう逃げている。
今警察は脱走したと報道しているかと思うが服を脱ぎ捨てたことはバレるのに時間がかかるだろう。試着室にまだ人がいるのではと思わせるように予め持っていたレコーダーで音を出している。
今の持ち物は小型ナイフ2つと今や離せなくなってしまった俺にとっての必需品の煙草ぐらいだ。少し逃げるには心許ないが仕方がない。
辺りを確認しながら住宅街を歩いて行くと不意に後ろの曲がり角から
「おい! あいつ、脱走したっていう東藤じゃないか!?」
「ッ!?」
気づかれた!後ろを振り向く暇もなく疾走していった。
走る、走る、自分にぶつかって倒れる人の声も、自分だと気づいて悲鳴を上げる声も、耳に入らず走りまくった。
狭い小道に入り息を整える。バクバクと鳴る心臓の音が、終わりへのカウントダウンのように聞こえる。相当焦っていたので壁にもたれ掛かり、心臓が静かになるのを待った。
横目に辺りを確認していると図書館を見つけた。あそこなら本棚の間に隠れるし、もしもの時は死角を利用して逃げることもできる。人質だってとれるだろう。踏み出して道路に出たとたん、
「いたぞ!東藤だ!」
警察が通報を受けて来ていたのか既にパトカー二台が待っていたかのように停まっていた。
「ヤベェ!」
そのまま逃げるように人質目的で図書館へと走っていった。
◇ ◇ ◇
いけない、うっかり寝てしまった。
ウトウトと頭を上げると周りに人がいない。注意深く見渡してみるが誰もいない。確かにこのテーブルは一番奥で目立たない場所だが、足音や職員の貸出の時に鳴る電子音でさえ聞こえない。おかしい。
次の瞬間、ガンガンと入り口の方から物騒な音がした。多少ビビりながらもゆっくりと席を立ち、ちょうど空いていた本棚の隙間を覗き込む。
見た先にいたのは―――
図書館の職員達や本の貸出をしに来た人たちがカウンター近くの床に集まって座っている――。
いや、違う。全員何かに怯え、腰が抜け、へたり込んでいる。
では何に。それは視界の奥の方、入り口付近で椅子やテーブルでバリケードのようなものを造り、右手にナイフを持っている、とても態度の悪そうな中年男性。
あれは確か――――。
先日脱走したという、東藤元五郎だ!
(何でいるんだ!?)という疑問よりも、凶器を持っている犯人がいるという絶望感、無事に帰れるのかという現実への拒否感が上回っていた。
嫌な汗が首筋を流れる。膝が恐怖でガタガタと震えてくる。恐怖で足に釘を刺されたかのようにピタリと動けない、殺人犯がいることを信じたくないと目を背けてしまいそうだ。
ふと、集まっている人達を見ると、その真ん中に、両手で頭を抱え、相手から顔が見えないようにし、東藤に聴こえぬように、そして自分自身が気づかないように、小刻みに肩を震わせ泣いている少女がいた。
白いのワンピースを着て、肩までかかる長い髪に花の髪飾りを付けている。クラスメイトの、石村葵さんだ。
「なっ!?」
声を出してしまい手で押さえ、東藤の方を見てみる。どうやら警察が来たことに頭が回り、気づいていないようだ、ほっと息をつく。
すると石村さんがこちらの方を見て俺が覗いていることに気付き、驚きが隠せないようで固まっていた。
そして、助けを求めるように、この状況を変えてほしいという顔で、大粒のなみだがこぼれ落ちた目で訴える。僕は恐怖心がとけた眼差しで頷いた。
「いざというときには助けられなきゃ男じゃねーぞ。忘れるな。」
だれかに言われた言葉が頭をよぎる。
こっから、ナイフを持った犯人との勝負だ。
勝負と聞いてワクワクするのは、まだ空手をやっていたときの名残か。
とりあえず使えるものを確認しよう。
数冊の本。これはいつでも取ることができる。
次に一リットル入る水筒。転ばすことができるかもしれない。
そして弁当。四角の箱なので当たると痛い。
最後にリュックがある。以上。
盾になるようなものはないが、まあ仕方ない。と確認し終えると、警察の努力で入り口がもうすぐ開きそうになっていた。無論、東藤が焦る。迷っている間に入り口が開く。
東藤は意を決したように図書館に居た人達の所に行き、人質を使うのかと手を伸ばした先は、石村さん――。
そうだと分かったや否や、僕は左の本棚の方から、本を東藤の足元へ投げていた。本が床の上をスライドし、足元で止まる。
「ん?」
やっぱり。いないはずのところから来たのだから困惑している。その瞬間に、リュックを持って東藤の死角となるよう自分から見て右側から駆け出した。
突然、館内に足音。それに驚く東藤。こちらを見て気づいたとたん、僕はリュックを野球のようなフォームで顔面向かって投げ、目眩ましとして使った。懐に潜り込み、ナイフを落とすことはできないと判断し、みぞおちに正拳づきを食らわせる。
「グボォっ!?」
息を整えたところで足払いをし、転ばせた。頭を打って気絶しているのを横目に確認すると僕は大きく息を吸い込み、できる限りの声量で叫ぶ。
「みんな逃げろぉぉぉぉ!」
その声を聞くと、一斉に警察がいる入り口まで駆け出して行く。そのなかで大人達行く手を遮られ、石村さんが逃げ遅れてしまった。
「ガッッ!?」
東藤!? いつの間に起きていたのか!?いや、この野郎、受け身をとっていたのか!
足で腹を蹴られ、思い切り転げ回り近くの本棚にぶつかって臓器が圧迫される。
「ゲホ!」と呼吸が出来ず咳き込んでしまう。
「イヤァァァァァ!」
その間に東藤が石村さんを抱えナイフを突きつけ脅す。
「このガキを殺されたくなかったら、大人しくしろぉ!」
不敵に笑い、東藤はガタガタと震える石村さんを抱き抱える。人質をとられてしまった。警察は一歩も動けなくなってしまうだろう。どうする!どうするんだ!?僕!
すると、新人警官らしき人が携帯していた銃を東藤に突き立てて一歩前に出る、
「そ、その子を離せぇェ!」
声を荒げて、最後が裏声になってしまっている、それでも勇気を振り絞ってくれた姿はすごいと思う。
そして震える両手で狙いを定め―――
黒い金属の塊が火を噴いた。東藤のナイフを持った右手に鉛の弾が突き抜けた。血が吹き出し、東藤が激しい痛みに襲われ石村さんを離した!尻餅を着いた石村さんは急いで後ずさる。
撃たれた東藤は、撃った新人警官に明らかな殺意を見せる。
「・・・す。殺す殺す殺ス!!! ガアアアァァァァ!」
痛みを気にせず若い警官に向かって襲ってくる。すると
「ウアァァァァ!!」と叫びながら警官は銃を乱射する。四、五発ほど身体のいたるところに当たり警官はへたり込み、東藤は血を吐き出しながら力尽き、ドサッと倒れる。
「怖かったよ~~」と涙を押さえながら石村さんが入り口に向かって警官達のもとへ駆け寄る。僕も急いで図書館を出なきゃと思い踏み出す。
『ゴバッ』 ダン!
血を吐く音と、勢いよく床が靴で叩かれた音がした。
嫌な予感がして振り返ると、今にも死にそうな形相でナイフを掴んでいる東藤がこちらを睨む。そして悪足掻きだと云わんばかりにナイフを石村さんに向かって投げつける。
僕は咄嗟に庇い、とてつもない痛みが僕を襲う。一瞬で意識が遠くなる。
意識が朦朧としていくなか、石村さんが涙を流してなにかを言っている。だが聞くことは出来なかった。僕の意識が『プツンッ』と、切れてしまったからだ。
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