6人目の魔女

Yakijyake

文字の大きさ
上 下
29 / 61

第二十二話 絶望の象徴

しおりを挟む
ここへ来る前は母と毎日幸せに暮らしていた。母と温かい珈琲を飲み、母の温もりを享受しながらここまで歩んできた。でも、そんな日々は遠い昔のように感じる。あの日。母と連れ去られたあの日。私は全てを奪われた。甘い生活、明るい家庭、家族の温もり。全部奪われ手元に残ったのは虚無、ただそれだけだった。
ここへ収監されたしばらく経った。日々の拷問の痛みに慣れるわけもなく、ただ痛みと苦しみに魘された。ただ、痛みだけなら私も耐えられていた。
王に苦しめられている間は基本的に何も考えてない。ただ痛みに耐えるのが精一杯。でも、何気なく発せられたであろう王の言葉に私は内側から粉々に破壊された。
「お前は出来損ないだ。母を愛するとか言っておきながら、結局お前は何もしてない。ただの障害物だ。惨めで弱い。お前の母はお前に殺されたも同然だ」と。
もちろん最初は何も思わなかった。でも牢に戻されたのち、私はあの言葉の真意に気づいてしまった。
私が殺した。私が母を殺したと。
あの日、私は何をしたか。何もしていない。ぼろぼろになった母の姿をみて勝手に絶望しただけだ。手を差し伸べることも、声をかけることもできなかった。結局私は母を見殺したんだ。なんなら、私が一番最初に諦めていた。
私は1人牢の中で笑っている。暗く寒い地下牢には私の笑い声だけがこだまする。
何故私は被害者ぶっているのだろう。私は全てを『奪われた』わけじゃない。全部自分で『壊した』のだ。この手が母を殺した。この目が母を殺した。この心が母を殺した。
拷問は私が気を失うまで続く。気づくと私は地下牢で横たわっている。そうした生活を約2ヶ月。
この時からだった。私にとってあの拷問は必要なのだと。私にとってあれは贖罪なのだ。苦しみ悶えながら殺した母への懺悔。母が感じた痛みはこんなものではなかった、ならば私は痛まなければならない。母に赦してもらえるまで私は耐えねばならない、と思い始めたのは。
でも何度か自分で死のうか迷った。もう耐えられない、と思ったこたは何回かある…いや、毎日思っていた。実際何度かくすねた縄を自分の首に巻いたこともある。でもなぜか実行されることはなかった。自殺出来ないのは自分が弱いからだと思っていた。
牢で起きるたびに私は虚しくなる。悲しくなる。生死を彷徨うたびに私は安堵する。でも結局毎回それはぬか喜びとなる。平和で楽なあの世にやっと行けると思いきや、結局この世に戻ってきてしまう。何もない空虚なこの世。いつしか、あの地下牢も私の絶望の象徴となった。
しおりを挟む

処理中です...