6人目の魔女

Yakijyake

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第二十六話 家族。

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ベッドの横の椅子にカトリナさんが座る。
「あなたが無事でよかった。暖かい紅茶だけど飲みますか?」
そういってカトリナさんは私にマグカップを渡そうとする。しかし、私の手はそれに伸びなかった。
「ご……ごめんな…さい…体…上手く…動かなくて…」
「あら、大丈夫ですか?ほら、頑張って起きてみて。水分取らないと危ないですよ」
そう言っての体を起こしてくれた。背中を壁によりかけて、何とか上体を起こせた。やっと私はマグカップを受け取り紅茶を一口飲んでみる。熱い液体が喉を通っていく。手先まで冷え切った私の体にジーンときた。
「ありがとう…ございます」
「いいのよ。それより、大丈夫?顔色が良くないわ」
「……」
私は暖かいカップを持ったまま考えた。謎は三つ。
一つ。なぜ私はここにいるのか。私はあの時棄てられたはずなのに、どうしてここにいるのか。
二つ。カトリナさんは何者なのか。私に関係のある人物なのだろうか。
三つ。なぜ、優しくしてもらっているのか。私は母を殺した殺人犯なのに、どうして優しくしてくれるのか。
考えても何も浮かばなかった。手に持っていたカップを体に当ててみる。温かい。理由はどうであれ、この温かさは本物だ。部屋の明かりも、柔らかなシーツもカトリナさんの温もりの全て本物。夢じゃない。上手くいけば、上手くいくかもしれない。そう考えると、少し体が軽くなった気がする。気持ちが前向きになった気がする。窓から見える太陽は沈みかけている。そういえば、久しぶりに太陽を見た気がする。
起きてから暫く経った。
「少し元気になったようで安心しました」
私は静かに頷く。するとカトリナさんは優しく微笑んだ。母に似た何かを感じた。
 「ベレッタ。話は聞いています。エリーナに何があったか。ベレッタがどんな仕打ちを受けてきたか」
「まず、自己紹介が適当でしたね。私はカトリナ。エリーナの母親です」
どうりで似ているわけだ。微笑む姿。私を気にかける姿。ただ彼女にとって私は赤の他人だ。私は母の真の娘じゃない。
「悔しいですが、もうエリーナは戻ってこないし、あなたが心に負った深い傷も癒せないでしょう。けれど、私にはできることがあります。痛みを分かち合うことです。1人で全部背負う必要はない、抱え込む必要はないんですよ。だから、少しお話ししませんか?」
 私はまだ黙った。というか話せなかった。上手く言葉が紡げなかった。
「もちろん、話したくないなら話さなくて結構です。ただ、私は怖いのです。苦痛に耐えきれなくなった人間は幾度と見てきました。もちろんそれらの結末も…話すときは辛いかもしれない。でも話し終わればきっと楽になるはず」
 話せば楽になる。本当だろうか。やはり私は傷ついているのだろうか。もはや痛みなど感じなくなった心も体も楽になる?考えた。考えた。そして半信半疑だったが話すことにした。どうせ話そうが話さまいが変わらないと思ってた。
「私は…私が…悪いんです」
「私が未熟だったせいで…私が役立たずの屑人間だったせいで…母は殺されてしまった。いや、殺してしまったんです。母は私が殺したも同然。だからあの拷問は私にとっての贖罪なんです。痛みに耐えて許しを乞う。きっと母の苦しみはこんなもんじゃない。私はもっと、もっと苦しまねば母はきっと許してはくれない。きっと…私が死んで償っても償いきれない。私はあの日、一緒に死んだんです。母という存在意義を失った私はもはや生きていない。生きる価値もない。だからあの牢も私に相応しい。死人に温もりなんていらないんです。私は…私は…」
「今、再び死んで償うべきなんですか…?そうすれば許してもらえるんですか?」
今、私は何も見えていない。どこを見ればいいのかわからず眼を閉じてしまった。走馬灯のように蘇る光景。私にはもういくアテがない。死にも似た闇に放り出された私をカトリナさんは救い出してくれた。
「ベレッタ。あなたは勘違いをしている。それも大きな」
カトリナさんは私の顔をそっと包んで眼を合わさせた。親指で私の涙を拭いながら言葉をかけてくれた。
「あなたは未熟じゃない。屑人間でもない。あなたに非はないの。いい?良く聞いて」
「人は耐えがたい苦痛を味わうと自分を責めるの。考えてみなさい、あの時、あなたたちを捕え、火をつけ、あなたに痛い目を合わせたのは誰?ベレッタじゃない。全部あの王様よ。あいつは弱ったあなたの心につけ込んであなたに責任を、苦しみを押し付けたの。だから、あなたは悩まなくていいの。苦しまなくていいの。そして…」
「自分で命を絶とうだなんて二度と言わないで頂戴。あなたの死はあなたが思っている以上に人を悲しませる。エリーナも絶対にそんなの望んでない」
私はとうとう声を出して泣いてしまった。
「カトリナ…さんは…私が死んだら…悲しいですか…なぜ悲しむのですか…私とあなたは赤の他人だというのに…」
「悲しむ。あなたは生まれた時にはもう私にとってかけがえのない存在です。それに私たちは赤の他人などではないですよ…血は繋がってなくても『家族』なのです」
「私もエリーナもベレッタに精一杯生きてほしいと願っているんです」
私はもう耐えきれなくなった。
家族。家族。家族。家族。家族。家族。
涙が止まらない。あぁ、私も弱くなったなぁ。忘れたはずの家族の温もりを直に感じ、私は失ったものの大きさを再び認識してしまった。でも、過去には戻れない。私ができることはカトリナさんのいう通り、今を生きるだけかもれない。
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