6人目の魔女

Yakijyake

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第二十八話 生存意義

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あれから悪夢を見ない日などなかった。目を閉じれば鮮明に浮かんでくる。夢なのに、自分で好きなように変えられるはずなのに、夢でも運命は変わらない。きっとこの先一生見るのかもしれない。ただ、目を開けた時にあの薄暗い天井じゃないだけでも私の気が楽になる。
 そんな生活を早一週間。私は健康的な食事や水分補給のおかげか、かなり気力と取り戻した。だんだん部屋ではなくダイニングにいる時間が増やせるようになった。日中はただ茫然と部屋を見渡したり、カトリナさんとたわいのない会話をしたり。この間、毎日カトリナさんは私に話してくれた。私はもっと痛みに敏感になるべきだ、もっと自分を大切にするべきだと。初めのうちは何も感じなかったが、少しずつ何か感じるようになってきた。もっと自分を大切にしてもいいかもしれない、と。
 その晩、3人で食事を取るとき、私はある質問をした。今でも忘れられない。別に決して気を病んでいたわけではなく、素朴な疑問。
 「私に、私の生きる意義ってあると思いますか?」
 「価値のない人間に生きる資格はありますか?」
 私には分からなかった。母が死んだあの日、私も死んだはずなんだ。ずっと母だけを見てきてきた。母のためだけに生きてきた。それなのに、母を失った。生きがいを、生きる糧を。それだけに、私は聞いてみた。意外にも先に口を開いたのはフリッツさんだった。
「ベレッタ。人間の存在意義なんてものはあってないようなものなんだ。確かにベレッタはエリーナに寄り添って生きてきたかもしれない。けれど、ベレッタの存在意義はベレッタ、君自身なんだ」
「私自身?」
「そうだ。存在意義のない人なんて存在しない。だって、生きてさえいればその時点で存在意義だ。どうだ?思い返してごらん?君は牢にいる時、言い方は悪いかもしれないが、死ねたはずだ。その意思さえあれば。でもしなかった。ベレッタは心の奥底ではまだ諦めてなかった。その意思が、その心意気がベレッタの存在意義だ」
続いてカトリナさんも口を開いた。
「それに、あなたは生きる価値がたくさんありますよ。エリーナとの『約束』まだ果たしてないですよね?」
 私自身が存在意義。私にも生きる価値がある。そう思うと今まで毎晩苦しんでいた苦悩、毎日見てきた悪夢は全て私の勘違いか。霧が晴れたようにすっきりした。でも同時に馬鹿馬鹿しくなって笑い出してしまった。
「どうしたのですか?大丈夫?」
カトリナさんが怪訝そうな表情を浮かべながら聞いてくれた。
「あぁ、大丈夫です。何だか今まで思い悩んできた自分が阿呆みたいで…でもありがとうございます、おかげで吹っ切れました」
「それはよかった。さぁ早く食べてしまおう。冷めてしまってはせっかくの料理も美味しく無くなってしまう」
 それ以来、1人で頭を抱えることは無くなった。
私は生まれ変わった。あの日、私は死んだわけじゃない。いや、死んだのかもしれないが、私は生まれ変わったのだ。私という存在意義を持った私が生まれた日なのだ。何だか未来が明るく見えた。
そういえば『約束』って何のことだろうか。そしてカトリナさんがなぜ把握しているのだろうか。気づいた頃にはもうみんな寝静まっていた。
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