6人目の魔女

Yakijyake

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第三十一話 青いエプロン

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真実。これが真実。やはり私は奴隷。真の家族にも見捨てられた人間だったのだ。色んな人に迷惑をかけ続けた。そしてこれからもきっと人に迷惑をかけ続けるだろう。私が弱いから。不甲斐ないから。私は泣くのは我慢した。ただ気の利いた言葉を発する余裕もなくカトリナさんが話し終わった後も沈黙を続けた。
「………………。」
暫く話せなかったが頭に浮かんだ言葉が思考されることなく口から漏れ始めた。
「私って…それなりの値段がしたんですね。私なんてタダでも捨てた人がいるのに」
「そんな自虐的なこと言わないでください…あの値段だって全くベレッタの価値に見合ってないです」
「……。高すぎるって意味ですか?」
「安すぎるっていう意味です。人間はお金には代えられないものなんです。値札なんてものがそもそも間違っているんです」
「生きているだけで人に迷惑をかける私には価値なんてきっとないです」
「あります。というか、人に迷惑をかけない人間なんていません。エリーナだって色々迷惑をかけてきましたし」
「お母様が?」
予想だにしないことを言われてパッと顔を上げた。
「ええ。彼女小さい時はとにかくやんちゃで…窓ガラスを割ったことなんで数しれず…」
 意外だった。母はもっと冷静沈着なイメージだった。
「でも、そんな彼女も最終的にはああなった。人は変われるのですよ。ベレッタも勇気を出して変わってみませんか?私はどんな時でもベレッタを応援します。もし、変わることができたら…胸を張ってエリーナに教えてあげてください。私はこんなにも成長したんですよ!と」
母に教える…胸を張って。確かにこのまま死ねば母になんと言えばいいのか。私はまだ何も成し遂げていない。何もしていない。このまま死んであの世で会っても見向きもしてくれないだろう。ならば、私はどうするべきか。どんなことをすれば私は胸を張って母に報告できるか。考えた末、私はあの日を思い出した。母と初めて誓いを立てたあの日。母の言葉が昨日のように蘇ってきた。
「なら私と約束をして。いつか絶対科学士になって、お母さんにその姿見せて頂戴ね」
そうだ。私はまだ果たしてない。あの日絶対に守ると決心した誓い。達成できるまで私は死ねない。
一気に私の未来に光が灯った。毎日生きるのが辛い、そんな状況を超えて私は『変わろうと』している。
「私にはまだ、死ねません。やらねばならないことがあります。果たすべき…お母様との誓い。カトリナさん。それまで、面倒を見てもらってもいいですか?迷惑をかけてもいいですか?」
「もちろん、構いません」
「でもよかったです」
「?」
「ベレッタが生きる目標、生きがいを思い出してくれて。ベレッタは本当に素晴らしい人間です」
素晴らしい人間。私が?でも言われて少し嬉しかった。私はもう死んで償うなんて考えていない。もし償うのならば、私は結果で示す。灰になった母には成長した私、というプレゼントをあげよう。きっと喜んでくれるはず。開かれた窓から暖かい風が吹き込んできた。
私たちは時計を見て驚く。もう五時半を過ぎている。急いで夕飯の準備をしなくては。私は一緒にキッチンへ向かった。すると、カトリナさんのエプロンの横にもうひとつエプロンが畳んであった。青いエプロン。
「カトリナさん、これ…」
「ええ、早くつけて食事の準備をしましょう。ベレッタは料理が上手だから、きっと今日の夕飯も美味しくできますよ」
…………。今日いきなりどこかへ行ったのはそういうことか。
「はい、すぐに準備しましょう」
青いエプロンを身につけて私はカトリナさんの横で作業した。誰かと一緒に食事を作るとこんなにも楽しいのか、幸せなのか。楽しくできた食事はとても美味しく仕上がった。
幸せの味がした。
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