枯れた花に水をあげるなんて馬鹿みたい。

春華

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縋り愛

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 突然、青いあの日が息を吹き返した。
 今や私たちには、その頃の面影もないのかもしれない。夏の暑い日に教室で二人きり、何を話すわけでもなく手を繋いで胸を高鳴らせていた。互いの手から感じる熱に心を揺さぶられ、窓際でふわふわと揺れるカーテンと赤みがかった空を見つめるのが楽しくて仕方がなかった。たまにぶつかる視線も触れるだけの軽い口づけも、私たちを青春という刹那に溺れさせていたのだと思う。その瞬間は人生において考えれば本当に一瞬のことだ。高校生の恋愛など裏を返せば「彼氏」という高位なタグを手に入れるものに過ぎない場合もある。だけれど私たちはきっとそうではなかった。互いに信頼を置き、受験の時も、就職した時もいつも私たちは一緒にいた。私はそこに必ず、彼に対する情愛を持っており、高校生の時から変わることはなかった。私はそうだった。そう、私はそうだったんだ。



彼には私とは別に本命の彼女がいるらしい。



「なんだよ。そっぽなんか向いて。」
「・・当然でしょ」

彼は大げさに一つため息をつくとライターで煙草に火をつけた。二人きりのこのワンルームに煙たい匂いが充満し始めた。わが物顔で二人掛けのソファの真ん中に座るこの男に怒りを覚える。どの面下げて私の家に来たのか。三週間の間私との約束を破りに破り、夜中に家に押し入って来て久しぶりに顔を合わせたかと思えばベッドに押し倒してきたのだ。反射的に平手打ちを彼の右頬に一発食らわせてしまった。彼は声にならないような悲鳴をあげると、ふらふらとした足取りでカーペットの位置をずらしながらソファに腰掛けた。
しばしの沈黙。そしてさきほどのやり取りに戻る。

「何も叩くことないだろ。」
「あんた本当に最低ね。自分の都合ばかりじゃない。」
「あぁ・・・・。」

彼は面倒くさそうな顔をしながら左手で頭をぽりぽりとかいた。あちらこちらに視線を向けながら適当な理由をたらたらと私に言い続ける。何を言ったって私の耳にはすぐに抜けていく。どうせ、本命の女のところにでも行っていたのだろう。あぁ、憂鬱だ。この最低な男にまだ好意を抱いている自分にも、セフレ扱いされていることも、煙草の煙も、私の息を詰まらせるには十分だった。

「ちょっと窓開ける。」
「あ、おい。寒いだろ」
「うるさい。あんたのせいで空気が淀んでるのよ。」

ガラガラと少し立て付けの悪い窓を開ける。季節は十一月になったばかりだ。外からは冷たい風が少し吹いている。地球温暖化だとかなんとかで気温が高い今年は比較的暖かいほうみたいだが、なるほどその通りだろう。重い空気が漂ったこの部屋にはピッタリな気温だ。空には今にも崩れそうなほどの細い月が高く昇っていた。細いながらも夜を照らす月に強い劣等感を覚えた。きっと今の私たちは、この月に適わない。ふとあの頃を思い出す。もう10年も前のことだ。あの頃の私たちなら満月にでも勝てたのではないだろうか。
・・・・随分臭いことを考えてしまった。
ふと、後ろから腕を回されて抱きしめられる。不思議とそこに暖かさを少しも感じなかった。




「な。本当にごめんって。」



何が。縋りつかないで。


「いつもお前のことを考えてるんだ。」


嘘つき。反吐が出る。



「だから今日も一回だけでも頼む。」



結局それじゃない。そっちが目的なんじゃない。
くるっと向きを変えられて目と目が合う。



「愛してる。」



ご機嫌取りの愛してるなんて本当に最低。救えないほど最低。

だけど。

「・・・・私も。」





それに踊らされる私はもっと最低だ。
そっと口を重ねるだけの軽いキスをする。






また私に、青いあの日が息を吹き返した。


(縋りついていたのは私の方だ)
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