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三章
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しおりを挟む「ここに来たのは料理長の差し金だな?」
「多分。行けば分かるって言ってました」
「……なるほど」
ようやくイサクの感情が見えたと思えば、あまりいい反応ではなかった。
アダムがここにいるのを嫌がっているように見える。仲良くなれたかもしれないと思っていた相手に、実は嫌われているかもしれない。
その事実につきりと胸が痛んだ。一方、アダムが落ち込んでいる事など知る由もないイサクは、この状況を説明してくれた。
「騎士からは次の出張料理人が来たと聞かされたんだ」
「出張料理人…ですか?」
「そうだ。見てのとおり俺も部下も仕事に追われていて忙しい。食事の為に食堂に行く時間が惜しくて誰も行かないんだ。それでは体に悪いと、口煩い奴がいてな。だから料理長の推薦で料理人をこちらに寄越してもらっているが、なぜか皆長続きしない」
なぜ長続きしないのだろう。そういえば料理長も半ば祈るような雰囲気で、「頑張ってくれ」と言っていた気がする。
それに先程の騎士から受けた気遣い。ここに踏み込んだ時の雰囲気と、目の前に座っている偉そうな男。
色々とあったおかげでイサクが不器用で、見える態度や言葉とは違い、優しくて繊細なことを知っている。だが初めて会った時のことを思えば、なるほど理解できた。
大方、イサクの態度が原因で辞めたのではなかろうか。
「おい、まるで俺に責任があるとでも言いたげだな」
「……いえ。別に、なんとなくそうなのかなと」
「失礼な奴だな。さっきまで萎縮してたくせに生意気だぞ」
「宰相様には言われたくありません。……それこそ、さっきまでは今更だとか言ったくせに」
「なんだと?」
後半はボソリと言ったのだが聞こえてしまったようだ。ただ、子供のように言い返してしまったことは反省すべきかもしれない。拗ねるような思いで、横目でチラリと見上げて戸惑う。
さっきは硬く他人のようにこちらを見ていたのに、今のイサクは柔らかい雰囲気だ。目元がわずかに緩んでいて楽しげである。
こういう顔をするから仲良くなれたと、勘違いしてしまうのだ。
普通なら、嫌いな相手に生意気な物言いをされたら腹が立つだろう。なのにイサクは嬉しそうなのだから理解不能である。
もしや、イサクは例の罵られて喜ぶ性癖なのだろうか?
だからいつも人を怒らせることを口にするのか。
偉い人には虐げられるのを喜ぶ人が多いと、傭兵仲間が言っていた。
新たに浮上した疑惑にアダムがあわあわと震えたとき、扉が開いて一人の青年がやってきた。
「失礼しますよ。こちらに料理人が居ると聞いて──」
扉を開けたあとに「失礼」と言った青年は、アダムを見るとわずかに瞠目し言葉を止めた。
そしてイサクの方に向かおうとしていた体が、アダムの方へと行き先を変える。
青年の姿をまじまじとみて、一瞬オメガかと思ってしまった。
一般的なオメガはアダムより頭一つ小さく、童顔な者が多い。
一方アダムは背丈もベータに近く、顔立ちも童顔とは言えず大人っぽい。
オメガとはこうであるという先入観のせいで、自分はベータであると信じて疑わなかった。
なんせ幼少期は周りと比べて成長も早く、体も大きかったのだ。魔力が少ないことは残念がられたが、ベータの中にも一定数居るので気にしていなかった。
不便だろうがオメガじゃなくて良かったなと言われた翌年に、皮肉にも発情期を迎えたのだけれど。
そんな苦い過去を思い返しながら、改めて青年を見る。
アダムと同じように背丈のあるオメガなのかと思ったが、どうやら違うみたいだ。よく見ればアダムよりも背が高いし、体にも厚みがあった。ベータの中では遥かに華奢だから、オメガに似た雰囲気を感じてしまったのだろう。
そんな独特な雰囲気があるが、青年もまた綺麗な顔をしていた。深い碧色の瞳は怜悧さを感じさせ、髪色と同じ黒い猫耳は、歓迎するかのようにぴょこぴょこと動いている。
アダムと青年は初めて会うはずだ。なのに青年から好意を感じて不思議に思った。
そのとき、
「ちゃんとお会いするのは初めてですね。僕はノエと言います。あなたの事はそこにいる宰相様を通して色々と聞いていました」
そこにいる……?
部屋に入ってくる時もそうだったが、そんな態度や言葉遣いをしていたら折檻を受けたりしないだろうか。なぜかノエの代わりにアダムが緊張してしまう。
きっと怒っているだろうなとイサクを見れば、当の本人は全く気にしていなかった。むしろ、けろっとした表情でこちらを見ている。
ノエは瞳の動きでアダムの考えを察したのだろう。安心させるように肩を叩かれた。
「大丈夫です。ここでのみこれは通常運転ですので」
「は、はあ……そうなんですね」
「なので、アダム君もそう緊張せずに楽にしてくださいね。というか君には長く続けていただきたいので、宰相様のことは石ころとでも思ってくれていいですよ」
名前までしっかりと知っているのかという驚愕と、ここまであけすけに馬鹿にされても怒らないイサクの様子に確信してしまう。
やはり彼は虐げられたい側の人間なのだと。
ごくりと唾を飲み込むと、すぐ間近にノエの顔が迫っていて驚愕した。
「やはり綺麗な顔をしていますね」
「えっ?!」
「部屋の中が殺伐としていますから、アダム君のように可愛い子が居てくれると癒されます。それで今日から僕たちの専属料理人でいいですよね?」
後半はイサクに問いかけながら、ノエが決定事項のように話を進めていく。呆然としながらそれを見ていたが、交わされた話を理解して慌てて止めに入った。
「……って、いやいや! ちょっと待ってください! 私じゃ力不足だと思います」
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