悪役王子に転生したので推しを幸せにします

あじ/Jio

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第5章:龍の花嫁

救出02

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──くる。

本能がそう確信したとき。
数メートルの距離を瞬く間に詰めたスーちゃんは、僕の体を腕に抱えると、シェンに向けて黒い輝きを纏う雷の矢を放った。
ろくに防御もできなかったシェンの体が爆発するように、けたたましく後方へと吹き飛んでいく。

「──ッ!」

ほんの一瞬。
息をのむまなく起きた出来事に、その場の空気が気圧されて凍りつく。
スーちゃんから放たれる殺気は、まるで喉元に鋭い刃を突きつけられているような錯覚をみせた。

「ジョシュア」
「っ、あ、すーちゃ、」
「無事かっ? けがは、どこにも怪我はしていないか……!?」
「~っ」

こちらを見下ろしてそう問いかけた彼の表情が、今にも泣き出しそうで。
僕は声が震えそうになりとっさに拳を握りしめた。

ここに来たのはそう長い時間ではない。
けれど、そんなふうに余裕でいれたのはきっと僕だけだったんだ。

スーちゃんがこうして僕の元に来るまでに、どんな思いでいたのか。
その重さを目前に突きつけられた。

大切なものを何度も何度も奪われてきた幼い頃のスーちゃんが、いま僕の目の前に立っているように見えたのだ。
泣くことも、恨むことも、絶望することも許されないと、感情を押し殺した幼い男の子の姿が……。

「ぶじだよ。スーちゃんが迎えに来てくれたから、もっと無事だよ……!」
「……ふ、なんだそれは」

小さな笑みとともに、手袋に覆われた震える手が僕の頬を包みこむ。
そして、ここに居ることを全身で確かめるかのように、力強く抱きしめられた。

「あ、あの、ごめんなさい」
「……なぜお前が謝る。全てはあいつのせいだろう」
「いや、そうなんだけど、そうじゃないっていうか。それよりも……っ!」

スーちゃんの腕の中で言葉をのみこんだ。

わきあがる罪悪感が僕をベシベシと叩くのだ。
確かに突然やってきてさらったのはシェンに違いない。
けれど、色々と説明をしてもらって誤解がとけたあとに、すっかりと気を許して話し込んでしまったのも事実。

こちらの状況を知らないスーちゃんが、どんな思いで居るのかまでは気が回らなかったわけで……。

「助けてくれてありがとう。でも、もう二度と危険なことはしないって約束してほしい……。こんなところにひとりで来るなんてなにかあったらどうするんだよ」

お説教ができる立場じゃないことはよく分かっている。
それでも口にしてしまうほど、スーちゃんの選択は危険な行いだった。

だって、ここは龍人の魔力で創り出した異空間なのだ。
道を間違えれば二度と元の場所には戻れない。永遠にこの異空間を彷徨うことになる。

龍人でさえも全ての空間を把握できていない。
そんな、危険な場所にたった一人で来るなんて……。
それこそ命知らずの馬鹿がすることだ。

一歩間違えればもう二度とスーちゃんに会えなくなっていたかもしれない。
想像しただけでも恐ろしく血の気が引いていく。

けれど、

「分かった。迎えには行かない」

すぐさま返ってきた言葉に安堵して、張り詰めていた恐怖心がほどけかけた時。

「だがそれは手が届かない場所ならばの話だ」
「え?」

真意を汲み取れず、思わず目を瞬く。
スーちゃんは僕とは正反対な決意の固まった瞳をしていた。

「たとえ地の果てだろうが地獄だろうが、生きてそこに居るならば、俺は必ずお前を迎えに行く」
「──な、そんな……!」
「だから離れるな」

その言葉と同時に僕の背中を抱きしめる腕の力が強くなる。

「俺の傍から離れるな」

紫の瞳はまっすぐに、そして凜然とした光を放っていた。

「……お前がいない世界に未練などない」

そして、ひとりごちるように、消えてなくなるような声がわずかに耳に届く。
深淵から届いたような暗くて不安定な声音に、僕は思わずゾクリと身を震わせた。

「スーちゃん今のは、」
「悪いが話は帰ってからだ」

問いかけを遮り、スーちゃんが僕の肩を後方へと引き離す。
眼光鋭く捉える先には──かすり傷ひとつないシェンがけろりとした顔で立っていた。
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