70 / 112
第21章-3
しおりを挟む
一体これはどういう会話なんだ。
男は恋愛対象じゃないと言いながら、孝弘はずっとあまく優しい声を出すし、目線は熱がこもっているし、体はさりげなく密着していて。
夕食のビールと今のワインが一気に回ってきた気がする。
ああもう。どうすりゃいいんだ、これ。
理性では今すぐ立ちあがって部屋を出ていくべきだと思うが、とても出させてもらえそうにない。
「うん、だから祐樹は特別なんだって」
名前を呼ばれた瞬間に心臓が跳ねた。
そんな人をドキッとさせる口説き文句をさらっと告げて、孝弘は手を伸ばすとやわらかく頬に触れてくる。
祐樹が顔をそむけても、そのまま後頭部をまるく包まれ、やさしく口づけられた。ちゅ、と音をたてていったん離れると、にっこり笑う。
滅多に見せない無邪気な笑顔に、思わず目が引き寄せられた。
「あれ、ぞぞむだよ」
「ぞぞむって、佐々木くん?」
留学生寮で一時期孝弘と同室だった男で、祐樹も何度か会ったことがある。
大らかな性格で話題が豊富でよく話す男だった。人好きのする笑顔が明るくて、孝弘とかなり仲がよかったことを覚えている。
「そう、あいつ今、新疆葡萄酒を売り込もうとしてて。というか、ほかにもいろいろ扱ってるけど。このワインもその時もらったやつ。飲んで感想聞かせろって」
ぞぞむは留学生仲間と中国雑貨などを扱う会社を興したのだという。大量生産の中国雑貨や日用品を日本に卸しているのだ。
それ以外に少数民族の民芸品や中国の伝統工芸品などを扱っていて、なかなか海外に流通しない希少価値の高い商品を買い付けているらしい。
「そういえば昔、一緒に新疆に旅行してたよね」
いつだったか孝弘の寮に遊びに行って、新疆旅行の写真を見せてもらった。
「ああ、あの時はまだぞぞむが民芸品好きだなんて知らなかったし、起業することになるとは思ってなかったけど」
塔克拉瑪干沙漠(タクラマカンシャーモー)(タクラマカン砂漠)とは”一度入ったら出られない”とか”生命が生きられない”という意味のウイグル語だと教えてくれたのはぞぞむだ。
その前年の夏休みに二人で列車と長距離バスを乗り継いで、はるばるカシュガルまでバザール巡りに行ったという話を聞いた。
「いいね、本当に北京と全然、風景が違うね」
孝弘の説明で何枚もの写真を手に取りながら、祐樹の目は風景なんか見ていなかった。
写真の中にはウイグル族の子どもたちと一緒に全開の笑顔の孝弘や、シャワー後なのかびしょ濡れで笑う上半身裸の孝弘や、ゴビ灘の中で夕日を背にたそがれる風の孝弘がたくさんいた。
美しい緑のモザイクタイルのモスクの前で屈託なく笑っていたり、大きな羊の串焼き肉にかぶりついていたり、路上のベッドで気だるげに寝ていたり。
いいな、おれも一緒に旅行してみたいなと羨ましくなったものだった。
ぞぞむは民芸品や手工芸品が好きだと話し、どの町でもバザール巡りをして買い物をしていたらしいが、それが現在、こんなふうに仕事になっているのか。
すごいなと素直に思った。
企業に所属せずに、自分の才覚で商売しているというバイタリティや行動力が。
「あいつも中国各地、色んなとこに出入りしてるから、ちょくちょく情報交換してるんだ。北京で落ち合えるのなんて3カ月に1回くらいだけど。一緒に買付けに国内を回ったりもするし、まあ他にも色々つながりはあるよ」
孝弘はぞぞむの仕事の手伝いもしているようで、その情報交換の場を、祐樹は目撃したのだ。
「安心した?」
いたずらっぽい目で、祐樹をじっと見つめてくる。
完全な口説きモードに入っているのがはっきり見て取れた。両手を握られて、ベッドに座ったまま向き合うかたちにされる。
「べつに安心とか……、そんなのじゃないよ」
「そう? 祐樹は? 誰かいるの?」
孝弘は一気にたたみかけてきた。
なんて答えるべきなんだ?
正直にいないと言えばいいのか、いるからやめろと言えばいいのか。でも嘘をついても、つき通せる気がしなかった。
「どうだろうね」
ためらいつつ苦し紛れにそう言っても、孝弘は平然としていた。
「いてもいいよ。口説くから、俺に落ちなよ」
祐樹の逡巡をどう取ったのか、孝弘は腰に手を回すとやわらかく抱き寄せた。
「好きだ」
再会してから初めて、好きだといわれた。
男は恋愛対象じゃないと言いながら、孝弘はずっとあまく優しい声を出すし、目線は熱がこもっているし、体はさりげなく密着していて。
夕食のビールと今のワインが一気に回ってきた気がする。
ああもう。どうすりゃいいんだ、これ。
理性では今すぐ立ちあがって部屋を出ていくべきだと思うが、とても出させてもらえそうにない。
「うん、だから祐樹は特別なんだって」
名前を呼ばれた瞬間に心臓が跳ねた。
そんな人をドキッとさせる口説き文句をさらっと告げて、孝弘は手を伸ばすとやわらかく頬に触れてくる。
祐樹が顔をそむけても、そのまま後頭部をまるく包まれ、やさしく口づけられた。ちゅ、と音をたてていったん離れると、にっこり笑う。
滅多に見せない無邪気な笑顔に、思わず目が引き寄せられた。
「あれ、ぞぞむだよ」
「ぞぞむって、佐々木くん?」
留学生寮で一時期孝弘と同室だった男で、祐樹も何度か会ったことがある。
大らかな性格で話題が豊富でよく話す男だった。人好きのする笑顔が明るくて、孝弘とかなり仲がよかったことを覚えている。
「そう、あいつ今、新疆葡萄酒を売り込もうとしてて。というか、ほかにもいろいろ扱ってるけど。このワインもその時もらったやつ。飲んで感想聞かせろって」
ぞぞむは留学生仲間と中国雑貨などを扱う会社を興したのだという。大量生産の中国雑貨や日用品を日本に卸しているのだ。
それ以外に少数民族の民芸品や中国の伝統工芸品などを扱っていて、なかなか海外に流通しない希少価値の高い商品を買い付けているらしい。
「そういえば昔、一緒に新疆に旅行してたよね」
いつだったか孝弘の寮に遊びに行って、新疆旅行の写真を見せてもらった。
「ああ、あの時はまだぞぞむが民芸品好きだなんて知らなかったし、起業することになるとは思ってなかったけど」
塔克拉瑪干沙漠(タクラマカンシャーモー)(タクラマカン砂漠)とは”一度入ったら出られない”とか”生命が生きられない”という意味のウイグル語だと教えてくれたのはぞぞむだ。
その前年の夏休みに二人で列車と長距離バスを乗り継いで、はるばるカシュガルまでバザール巡りに行ったという話を聞いた。
「いいね、本当に北京と全然、風景が違うね」
孝弘の説明で何枚もの写真を手に取りながら、祐樹の目は風景なんか見ていなかった。
写真の中にはウイグル族の子どもたちと一緒に全開の笑顔の孝弘や、シャワー後なのかびしょ濡れで笑う上半身裸の孝弘や、ゴビ灘の中で夕日を背にたそがれる風の孝弘がたくさんいた。
美しい緑のモザイクタイルのモスクの前で屈託なく笑っていたり、大きな羊の串焼き肉にかぶりついていたり、路上のベッドで気だるげに寝ていたり。
いいな、おれも一緒に旅行してみたいなと羨ましくなったものだった。
ぞぞむは民芸品や手工芸品が好きだと話し、どの町でもバザール巡りをして買い物をしていたらしいが、それが現在、こんなふうに仕事になっているのか。
すごいなと素直に思った。
企業に所属せずに、自分の才覚で商売しているというバイタリティや行動力が。
「あいつも中国各地、色んなとこに出入りしてるから、ちょくちょく情報交換してるんだ。北京で落ち合えるのなんて3カ月に1回くらいだけど。一緒に買付けに国内を回ったりもするし、まあ他にも色々つながりはあるよ」
孝弘はぞぞむの仕事の手伝いもしているようで、その情報交換の場を、祐樹は目撃したのだ。
「安心した?」
いたずらっぽい目で、祐樹をじっと見つめてくる。
完全な口説きモードに入っているのがはっきり見て取れた。両手を握られて、ベッドに座ったまま向き合うかたちにされる。
「べつに安心とか……、そんなのじゃないよ」
「そう? 祐樹は? 誰かいるの?」
孝弘は一気にたたみかけてきた。
なんて答えるべきなんだ?
正直にいないと言えばいいのか、いるからやめろと言えばいいのか。でも嘘をついても、つき通せる気がしなかった。
「どうだろうね」
ためらいつつ苦し紛れにそう言っても、孝弘は平然としていた。
「いてもいいよ。口説くから、俺に落ちなよ」
祐樹の逡巡をどう取ったのか、孝弘は腰に手を回すとやわらかく抱き寄せた。
「好きだ」
再会してから初めて、好きだといわれた。
16
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる