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第2章-3

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 大澤にもらった(というか押し貸しされた)体操服を着て、グラウンドに出る。

 ほとんど着てないというのは本当らしく新品同様だった。タグは165センチとついていた。大澤は中学入学時に165センチで、それがすぐに着られなくなったということに一瞬むかっとする。

 150センチの祐樹には大きいが借りものなので仕方ない。多少だぶっとしていても体操服なのでかまわないと割り切った。

「え? ちょっと、姫、それ大澤先輩の?」
「姫ゆうな!」

 蹴りを入れて怒鳴ると、数人が祐樹を振り返った。体操服には刺繍で名前が縫い取ってあるから、祐樹の胸には大澤とネームがあった。だれのものかなんて一目瞭然だ。

「あ、ほんとだ。大澤先輩のだ」
「どうしたの、それ」

「だぶだぶでかわいいじゃん」
「うるせーよ、借りたんだよ」

「学年、違うのに?」
「いや、あいつが勝手に貸しに来たっていうか、くれたっていうか」

「あいつだって、大澤先輩のこと」
「そんな親しいのか?」

「や、ちがう。ええと、だから…」

「大澤先輩がわざわざ昼休みに持って来てくれたんだよな」
「お気に入り宣言されたんだって?」

 祐樹がしどろもどろに言い訳するより早く、きょうの昼休みの騒ぎのことは縦割りクラスのなかで噂話として駆け巡った。

 注目されるのがいやでそそくさと背を向けたが、そんなことをしたところで、練習のときは隠せないのだから無駄なことだった。大澤とは違うチームなのが、唯一の救いだろうか。

 大澤はというと、目線が合えばにこにこ笑って能天気に手を振ってくる始末だ。手を振りかえす気にはなれず、かといって先輩を無視することもできず、祐樹は微妙に頭をさげて中途半端な会釈を返した。

「ああ、あの子?」
 高等部の数人が、こちらを見て納得したようにうなずいている。

 練習が終わるころには、祐樹姫は大澤生徒会長のお気に入りとばっちり認定されていた。縦割りクラスで認定されたということは、あしたには学校中に知れ渡ってしまうということを意味する。

 祐樹はじっと大澤をにらむ。その視線に気づいた大澤が、昼間とは打って変わってにやりと人の良くない笑みを浮かべた。

「すごいよねえ、大澤は」
 隣に立っていただれかが祐樹に向かって話しかけてきた。

 胸に本多とネームが入っていて学年カラーで大澤と同じ高2とわかる。大澤と一緒にいるのをよく見かける生徒だ。たしか生徒会役員のひとりだが役職はわからない。

「きのうのきょうで、もう目標達成だもんな」
 意味がわからず、祐樹は本多を見上げる。

「目標?」
「そう。たった一度、中等部に足を運んで体操服を貸しただけで、これだもんな」

 祐樹姫は大澤のお気に入りだって全校生徒に知らせたでしょ、と本多がおもしろがっているのが丸わかりの顔で笑う。
 
 それが大澤の目標? 

 祐樹にしてみれば、あしたには祐樹が大澤のお気に入りだと全校生徒に知れわたると思うと、ため息しか出てこない。

「何のことかわからないって顔だね、祐樹姫」
 本多は意味深に祐樹を見ている。

「姫って呼ばないでください」

 祐樹が主張すると、ごめんごめんとかるく謝った。ちっとも心がこもっていない。

「でも当分そう呼ばれることになると思うよ」
「どうしてですか?」

「きみが大澤王子のお気に入り認定されたから」
 
 王子、とつぶやく祐樹に、本多がそうそうと軽く合いの手をいれる。

「大澤のあだ名というか。きみの姫もそうでしょ、王子と姫なんて似合いのカップルじゃん」

「姫じゃないし、カップルでもないです」

 祐樹の心底いやそうな顔を見て、本多はまあまあというように両手を挙げた。

「まあね。大澤もそういう趣味はないよ。でも助けてあげたいって思ったみたいだな」

「これが助け?」
「そう。近いうちに物がなくなるなんてことはされなくなるよ」

 つまり大澤が教室まで来たのは祐樹のためだと言いたいらしい。本当だろうか。そんなことで遠藤と木村がおとなしくなるんだろうか。

 そもそもなぜじぶんがターゲットになったかわからない祐樹には、大澤のお気に入りというだけでこの嫌がらせが治まるのか理解できない。

 わかっているのは、大澤が油断ならない人物であり、じぶんはその彼に気に入られたらしいということだけだった。

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