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第1章 最初の出会い
第1話 キース・L・ヴァンベルト
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ロンドンから鉄道にのって北に約1時間。
イギリスの小都市、ピーターバロ。
近代的な建物にあおりを受けることもなく、この都市にはまだ、中世期の古い町並みが残されていて、ゴシック様式の大聖堂と、美術館、そして、それに続く通りには、点々と無名画家たちの露店が立ち並んでいる。
ピータバロ市がある地方の秋は短く、艶やかな紅葉が街を彩る期間はわずかで、じきにやってくる冬を予感させる灰色の空に、ナナカマドの実だけが赤く目に映る。
その露店の一つで - キース・L・ヴァンベルト - は、冴えない顔つきで小麦色の髪をかきあげ、恨めしげに通り過ぎてゆく人々に目をやった。
いつかあの豪勢な美術館に、自分の絵が飾れたら。そんな思いで田舎を飛び出し、この町にやって来たまではよかったけど……、
今日も、1枚の絵だって売れやしない。こんなんじゃ、絵具代どころか飯代だって危ういぞ。そういえば、昨日、食った飯は何だった? 売れ残りまぎわの食パンか。
「お前にもろくなもん、食わしてやってないな」
キースは、彼のそばに寝転んでいる彼の相棒 - 雑種犬 - の毛並みをくしゃくっしゃっとなぜた。中型だが、茶色と白の模様はなかなかいいコントラストをしている。それに垂れ下がった茶色の大きな耳が、けっこう可愛い。
「明日は俺の17回目の誕生日なのに、こんなんじゃ、ケーキの一欠片も食べれやしない」
すると……、
小道の向こうから黒髪をなびかせて歩いてくる少女が目に入ってきた。
この辺りじゃあまり見かけない南洋風と西洋風が混ざり合ったようなエキゾチックな顔立ち。
それにも増して、目を引くには、えんじ色のブレザーに白いリボン。胸には鳥のつぐみをデザインしたエンブレム。それは、このあたりでも裕福な名家の子息、令嬢が通う名門美術学校、ピーターバロ・シティ・アカデミアの制服に間違いなかった。
今にも鳴り出しそうなすきっ腹をかかえた青年に、ふと気がつくと、少女は小生意気な目を瞬かせて、露店に近づいてきた。
1枚の風景画を指差し、
「これ、いい絵じゃないの。描いたのはあなた?」
アイドル並みの可愛さで笑顔を作る。けれども、態度は傲慢だ。
「この店に並べた絵はみんな、俺の描いたもんだよ」
少々、むっとした声で答えた若い露店主に、
「夜の風景ね。この店を照らした街灯の黄色が暖かく空の藍色を印象的にしてるわね。季節は5月かな。どう、当たっているでしょう」
「へえ……お前、まだ小学生くらいなのに、よく絵のことが分かってるんだな」
「あなたの隣にいるその犬の名前だって分かるわよ」
「こいつの?」
「ええ、その毛並みとずんぐりした体型、名前はパトラッシュ!」
キースはその答えに天を仰いだ。
フランダースの犬かよ! 俺はまだ、そこまで貧しくねえよ。
そして、これが、この青年 -キース・L・ヴァンベルト- が、絵画窃盗団“ピーターバロ・シティ・アカデミア”にかかわる第一歩だったのだ。
* *
大聖堂の鐘楼から、午後4時を告げる鐘の音が響いてきた。その音と同時に少女のポケットで携帯電話の呼び出し音が鳴った。
「あ、忘れてたわ。4時までに学校に戻らないといけなかったのよ」
その割には、少女はあせって携帯に出るでもなく、それをぷつんと切ると、まだ、露店の絵をあれやこれやと物色している。
「お前、あの金持ち学校のお嬢様なんだろ。呼び出されてんのに、こんな薄汚い露店で道草なんか食ってたら、先生に叱られるぞ」
場違いな奴は、とっとと、どこかへ行っちまえ!
苦々しい気持ちを抑えるように油壷に絵筆をつっこみ、キースはそれをじゃばじゃばと洗い出した。……と、その時また、少女が声をかけてきたのだ。
最初に見かけた風景画を指差して言う。
「でも、これって本当にあなたが描いたの?」
「はぁ? この店に並べた絵はみんな、俺の描いたもん。さっき、そう言ったの、聞いてなかったのかよ」
視線をきりとぶしつけな客に向ける。すると、少女は一瞬、どきんと目を瞬かせた。その若手画家の琥珀色の瞳が、やけに綺麗に思えてしまったからだ。
「そ、そんなに睨まないでよ。この絵、私が買ったげるから。……で、いくらで売ってくれるの」
「……買ったげるって、ふざけんなよ。いくら俺だって、小学生の小遣い程度じゃ大事な絵は売らないんだぞ」
ふぅんと少女は少し考え込むようにして、ポケットから花模様の財布を取り出した。いかにも少女趣味なデザインのそれから、ごそごそと“お小遣い”を引っ張り出して言う。
「これで手を打ってよ」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってくれよっ!」
けれども、キースの手に代金を握らすと、少女は目にも止まらぬ早さで風景画を抱え込み、学校の方へ走り去ってしまった。
ひい、ふう、みぃ……えっ? 50ポンド紙幣が5枚……って250(約4万2千円)ポンド!
「おいっ、待てよ! ガキからこんなにもらったら、俺が先生に怒られるだろっ!」
だが、少女の姿はすでに街路樹の向こうに消え去った後だった。
何て子供だ……お金の値打ちが分かってんのか。俺の絵にぽんと250ポンド?
“この絵って、いい絵よね”
それでも、少女のその台詞は妙に自信に満ちていて、キースはまんざらでもない気分だった。
駄目駄目っ! きっと、後からあいつの学校の先生がやってきて、うちの生徒をカツアゲしたとか何とか言われるに決まってんだ。早めに返しておいた方が身のためだぞ。
“絶対、その方がいい”と、大急ぎで店を片付け、キースはそばにまどろんでいた雑種犬に目を向けた。
そういえば、こいつの名前……まだ、決めていない。ああ、もうこの際、何でもいいか!
「一人は何だか不安なんだ。お前も一緒に来てくれ! ……パトラッシュ!」
そして、キースはパトラッシュを連れて、少女の学校、“ピーターバロ・シティ・アカデミア”へ大急ぎで駆けていった。
イギリスの小都市、ピーターバロ。
近代的な建物にあおりを受けることもなく、この都市にはまだ、中世期の古い町並みが残されていて、ゴシック様式の大聖堂と、美術館、そして、それに続く通りには、点々と無名画家たちの露店が立ち並んでいる。
ピータバロ市がある地方の秋は短く、艶やかな紅葉が街を彩る期間はわずかで、じきにやってくる冬を予感させる灰色の空に、ナナカマドの実だけが赤く目に映る。
その露店の一つで - キース・L・ヴァンベルト - は、冴えない顔つきで小麦色の髪をかきあげ、恨めしげに通り過ぎてゆく人々に目をやった。
いつかあの豪勢な美術館に、自分の絵が飾れたら。そんな思いで田舎を飛び出し、この町にやって来たまではよかったけど……、
今日も、1枚の絵だって売れやしない。こんなんじゃ、絵具代どころか飯代だって危ういぞ。そういえば、昨日、食った飯は何だった? 売れ残りまぎわの食パンか。
「お前にもろくなもん、食わしてやってないな」
キースは、彼のそばに寝転んでいる彼の相棒 - 雑種犬 - の毛並みをくしゃくっしゃっとなぜた。中型だが、茶色と白の模様はなかなかいいコントラストをしている。それに垂れ下がった茶色の大きな耳が、けっこう可愛い。
「明日は俺の17回目の誕生日なのに、こんなんじゃ、ケーキの一欠片も食べれやしない」
すると……、
小道の向こうから黒髪をなびかせて歩いてくる少女が目に入ってきた。
この辺りじゃあまり見かけない南洋風と西洋風が混ざり合ったようなエキゾチックな顔立ち。
それにも増して、目を引くには、えんじ色のブレザーに白いリボン。胸には鳥のつぐみをデザインしたエンブレム。それは、このあたりでも裕福な名家の子息、令嬢が通う名門美術学校、ピーターバロ・シティ・アカデミアの制服に間違いなかった。
今にも鳴り出しそうなすきっ腹をかかえた青年に、ふと気がつくと、少女は小生意気な目を瞬かせて、露店に近づいてきた。
1枚の風景画を指差し、
「これ、いい絵じゃないの。描いたのはあなた?」
アイドル並みの可愛さで笑顔を作る。けれども、態度は傲慢だ。
「この店に並べた絵はみんな、俺の描いたもんだよ」
少々、むっとした声で答えた若い露店主に、
「夜の風景ね。この店を照らした街灯の黄色が暖かく空の藍色を印象的にしてるわね。季節は5月かな。どう、当たっているでしょう」
「へえ……お前、まだ小学生くらいなのに、よく絵のことが分かってるんだな」
「あなたの隣にいるその犬の名前だって分かるわよ」
「こいつの?」
「ええ、その毛並みとずんぐりした体型、名前はパトラッシュ!」
キースはその答えに天を仰いだ。
フランダースの犬かよ! 俺はまだ、そこまで貧しくねえよ。
そして、これが、この青年 -キース・L・ヴァンベルト- が、絵画窃盗団“ピーターバロ・シティ・アカデミア”にかかわる第一歩だったのだ。
* *
大聖堂の鐘楼から、午後4時を告げる鐘の音が響いてきた。その音と同時に少女のポケットで携帯電話の呼び出し音が鳴った。
「あ、忘れてたわ。4時までに学校に戻らないといけなかったのよ」
その割には、少女はあせって携帯に出るでもなく、それをぷつんと切ると、まだ、露店の絵をあれやこれやと物色している。
「お前、あの金持ち学校のお嬢様なんだろ。呼び出されてんのに、こんな薄汚い露店で道草なんか食ってたら、先生に叱られるぞ」
場違いな奴は、とっとと、どこかへ行っちまえ!
苦々しい気持ちを抑えるように油壷に絵筆をつっこみ、キースはそれをじゃばじゃばと洗い出した。……と、その時また、少女が声をかけてきたのだ。
最初に見かけた風景画を指差して言う。
「でも、これって本当にあなたが描いたの?」
「はぁ? この店に並べた絵はみんな、俺の描いたもん。さっき、そう言ったの、聞いてなかったのかよ」
視線をきりとぶしつけな客に向ける。すると、少女は一瞬、どきんと目を瞬かせた。その若手画家の琥珀色の瞳が、やけに綺麗に思えてしまったからだ。
「そ、そんなに睨まないでよ。この絵、私が買ったげるから。……で、いくらで売ってくれるの」
「……買ったげるって、ふざけんなよ。いくら俺だって、小学生の小遣い程度じゃ大事な絵は売らないんだぞ」
ふぅんと少女は少し考え込むようにして、ポケットから花模様の財布を取り出した。いかにも少女趣味なデザインのそれから、ごそごそと“お小遣い”を引っ張り出して言う。
「これで手を打ってよ」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってくれよっ!」
けれども、キースの手に代金を握らすと、少女は目にも止まらぬ早さで風景画を抱え込み、学校の方へ走り去ってしまった。
ひい、ふう、みぃ……えっ? 50ポンド紙幣が5枚……って250(約4万2千円)ポンド!
「おいっ、待てよ! ガキからこんなにもらったら、俺が先生に怒られるだろっ!」
だが、少女の姿はすでに街路樹の向こうに消え去った後だった。
何て子供だ……お金の値打ちが分かってんのか。俺の絵にぽんと250ポンド?
“この絵って、いい絵よね”
それでも、少女のその台詞は妙に自信に満ちていて、キースはまんざらでもない気分だった。
駄目駄目っ! きっと、後からあいつの学校の先生がやってきて、うちの生徒をカツアゲしたとか何とか言われるに決まってんだ。早めに返しておいた方が身のためだぞ。
“絶対、その方がいい”と、大急ぎで店を片付け、キースはそばにまどろんでいた雑種犬に目を向けた。
そういえば、こいつの名前……まだ、決めていない。ああ、もうこの際、何でもいいか!
「一人は何だか不安なんだ。お前も一緒に来てくれ! ……パトラッシュ!」
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