ピータバロ~青年画家とお嬢様のハートフル美術系ストーリー

RIKO

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第3章 贋作師のテクニック

第15話 すべては“お前のために”だろ?

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 イヴァンは、ちらりと高飛車な態度の女教師の顔に目をやった。それから、自分の腕を押さえた彼女の手首を軽く握った。小馬鹿にするように口角を上げる。その手をぎゅっとひねると、

「俺に指図をするな」

 その直後に、肩にかけられた手を払いのけて、イヴァンは医務室から出て行った。



 思わず、後ずさったレイチェルの姿に、キースは、彼に大拍手を送りたくなる。……が、

「レイチェル? どうしたんだ?」
 ふらりと壁側によろめいた彼女を見て、顔をしかめた。すると、
「大丈夫……ちょっと眩暈がしただけ」
 そう言って、椅子に腰掛けた女教師の顔色は少し蒼ざめていた。

 時計を見ると、お昼の時間をとうに過ぎてしまっている。キースは、うっとうしい話は早く終わりにしてしまおうと、

「……で、グレン男爵との会談では、贋作村の権利をシティ・アカデミアに譲るって話も、当然、出たんだろうな」

「出たわ。彼、あまりに四方八方に手を広げすぎて、贋作村の経営にまで手がまわらないようね。でも、顧客が大勢いるものだから、放り出すわけにもゆかず、だから、その話はまさに渡りに舟だったようで。グレン男爵は、詳しいことはすべて、あなたに託していると言ってたわ。詳細はあなたに聞けと。一体、彼はどういう条件を出してきたの」

 レイチェルは、俺がグレン男爵の息子を絵から出してくれたら、贋作村を譲るっていう、あの条件を知らないのか……。

 しばらく、キースは考えてみる。……やっぱり、こんな話はしない方が得策だ。

「特に条件はなかった。まぁ、譲渡には、それ相当の金は必要だろうが、ただ……」
「ただ、何?」
「少し時間をくれと。贋作村を手放すにしても色々な手続きをしなければならないから」

 女教師は、一瞬、訝しげな顔をする。

「で、でもさ、待てば、贋作村の利権が転がり込んでくるなら、それはいい話だよなっ」

 それはそうねと、頬を蒸気させた女教師。その姿を見て、キースは皮肉っぽく笑った。すると、その笑みが気に食わなかったのか、

「なら、あなたはさっさと、アトリエに戻って、贋作作りに精を出しなさいよ! 手抜きは許さないわよ。そのために契約金を払ってるんだから」

「分かってるよ。でも、一つ言っておきたいんだけど、あんたは、贋作村の経営権を手に入れるなんて簡単に言ってるけど、贋作村を手に入れるということは、あの東洋マフィアを相手にするって事、分ってるんだろうな。グレン男爵だって、それが面倒になって、俺たちに重荷を押し付けようとしているに決ってる」

「大丈夫よ、ちゃんと、そっち方面にもコネがあるんだから。この界隈をちょこまかと動き回っている雑魚のマフィアなんて、いつでも圧力がかけれるわ。成金上がりのグレン男爵とピータバロ・シティ・アカデミアとは、そこのところが違うの。きっと、贋作村だって、うちが経営した方が、上手くゆくんじゃないかしら」

 キースは、そんな物なのかなと訝しがる。それにしては、あいつら、随分、殺気立ってたような気がするけど。

「分かったよ。なら、俺はアトリエにもどるから。今日は資料集めに、聖堂美術館に行ったっていうのに、とんでもないことになっちまった」

「資料は見つかったんでしょ。なら、明日にでも取りに行って、せいぜい、完璧な贋作を描いてよ。このピータバロ・シティ・アカデミアのために……ね」

 その声が、悪い魔女の声みたいに、頭の中に気分の悪い余韻を残す。

 薄ら笑いを浮かべるレイチェルに、乾いたような一瞥を投げかけると、『学園のためじゃなくて、“お前のために”だろ?』と、小さく口元で呟き、キースは部屋を出て行った。
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