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第6話 ~赤トンボと一番星~
第6話 ~赤トンボと一番星~
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11月の夕暮れ。
学校帰りの堤防を、私はゆうちゃんと二人で並んで歩いていた。
西の空に橙色の夕焼けが広がり、たなびく雲がゆっくりと遠くへ流されてゆく。
温かだった昼間の熱がすっと引いた風が、涼やかで心地よい。他愛のない会話を交わしながら、友だちと並んで歩くこんな下校時間が、私は好きだ。
「それにしてもさ、美夏ちゃん、山下先生って脳筋すぎると思わない?」
ゆうちゃんが苦笑する。10月の終わりにやってきた臨時教師の山下は、どうにも熱血すぎてついていけない。それに、クラスメートの笹原隆太にやたらと馴れ馴れしい。村田といい、どうして笹原は少し変わった奴らにばかり好かれるんだろう。
「そういえば村田も、笹原ほどじゃないけどちょっと変わってるよね」
私はふと思い出したように隣に目を向けた。
「ゆうちゃんって男の子にもモテるのに、どうして村田なんかと付き合ってるの?」
「……う~んとね、あいつ、真面目だから」
ゆうちゃんは少し考えてからそう答えた。
「勉強もクラスでの立ち位置もぱっとしないけど、なんか、人との向き合い方がさ……」
「信頼できるってこと?」
「そこまでは言わないけど……嘘はつかないよね」
「ふーん……でも、それって山下先生にも言えなくない?」
けれども、笹原隆太に関しては、あいつら ― 村田や山下 ― は、何かを知っているようなのに、決して口を割らない。
「考えすぎじゃないの?」
ゆうちゃんが少し呆れたような顔をする。
「そんなことないよ。ねえ、ずっと疑問だったんだけど……笹原って、どこに住んでるの?」
足を止め、ゆうちゃんに目を向けた。
「家族の話もしないし、兄弟のことも誰も知らない。なのに、クラスのみんなも何となく気にしてないのが不思議じゃない?」
『そう言われてみれば……』と、ゆうちゃんは眉をひそめる。
「ね? 絶対におかしい。何か秘密があるんだよ」
けれども、私たち二人が顔を見合わせた時――。
土手の向こうに、学生服の影が見えた。
夕焼けに照らされた黒髪がさらりと揺れ、端正な顔がこちらを振り向く。
笹原隆太――?
彼の後ろに見える堤防の向こうに広がる夕焼けの橙。その光が、眩しいほど鮮やかに輝く。その瞬間に、風が吹き抜けた。土手からくるくると無数のトンボが飛び立って舞いながら、私たちの周りを取り囲んだ。
「あっ」
トンボの尾の赤い色が目に染入るようで、 思わず手で顔を覆った。けれども、その手を離したときに見た景色は――。
* *
――走る私。でも、姿は小学生。
夕焼けの向こうに藍色の空が広がってゆく。夜が迫ってくるのがわかる。早く帰らなきゃ。いつまでも遊んでいたら、日が暮れてしまう。
赤トンボが飛んでいる。「こっちだよ」と急かすように。
私は慌てて駆け出した。
堤防を歩いていた学生服の男子生徒の横をすり抜ける。すれ違いざまにちらりと見えた端正な横顔。ふっと彼が頬に浮かべた柔らかな笑みが心に残った。
遠くで家々の明かりが灯り始める。早く帰らなきゃ。今日の晩御飯は、きっと、じゃやいもとチキンを柔らかく煮込んだクリームシチューだ。
赤トンボが一匹、私の頭上をかすめて飛んでいった。
* *
「美夏ちゃん? どうしたの、ぼんやりして」
ゆうちゃんの声に、私ははっと我に返る。
「早く帰らないと、日が暮れてきちゃったね」
「うん、そうだね」
すっかり日が短くなった夕暮れ。堤防の向こうの家々の窓に明かりが灯りだしさた。
「あれ、私たちさっきまで何の話してたっけ?」
「えーと……何か話してた?」
「……」
「忘れちゃったね」
そう言って、ゆうちゃんが、くすぐったそうに笑った。
消えゆく夕焼けの中に、一番星が輝き始めている。
「今日の晩御飯はシチューかなあ」
その星を眺めながら、ふとそう思った。淡い光が、優しく私たちを包み込んでいる。
堤防の下から吹く風に、なぜだか、胸が温かくなった。
【時の守り人】 ~ 第6話 赤トンボと一番星~
(完)
― 第7話へ続く ―
学校帰りの堤防を、私はゆうちゃんと二人で並んで歩いていた。
西の空に橙色の夕焼けが広がり、たなびく雲がゆっくりと遠くへ流されてゆく。
温かだった昼間の熱がすっと引いた風が、涼やかで心地よい。他愛のない会話を交わしながら、友だちと並んで歩くこんな下校時間が、私は好きだ。
「それにしてもさ、美夏ちゃん、山下先生って脳筋すぎると思わない?」
ゆうちゃんが苦笑する。10月の終わりにやってきた臨時教師の山下は、どうにも熱血すぎてついていけない。それに、クラスメートの笹原隆太にやたらと馴れ馴れしい。村田といい、どうして笹原は少し変わった奴らにばかり好かれるんだろう。
「そういえば村田も、笹原ほどじゃないけどちょっと変わってるよね」
私はふと思い出したように隣に目を向けた。
「ゆうちゃんって男の子にもモテるのに、どうして村田なんかと付き合ってるの?」
「……う~んとね、あいつ、真面目だから」
ゆうちゃんは少し考えてからそう答えた。
「勉強もクラスでの立ち位置もぱっとしないけど、なんか、人との向き合い方がさ……」
「信頼できるってこと?」
「そこまでは言わないけど……嘘はつかないよね」
「ふーん……でも、それって山下先生にも言えなくない?」
けれども、笹原隆太に関しては、あいつら ― 村田や山下 ― は、何かを知っているようなのに、決して口を割らない。
「考えすぎじゃないの?」
ゆうちゃんが少し呆れたような顔をする。
「そんなことないよ。ねえ、ずっと疑問だったんだけど……笹原って、どこに住んでるの?」
足を止め、ゆうちゃんに目を向けた。
「家族の話もしないし、兄弟のことも誰も知らない。なのに、クラスのみんなも何となく気にしてないのが不思議じゃない?」
『そう言われてみれば……』と、ゆうちゃんは眉をひそめる。
「ね? 絶対におかしい。何か秘密があるんだよ」
けれども、私たち二人が顔を見合わせた時――。
土手の向こうに、学生服の影が見えた。
夕焼けに照らされた黒髪がさらりと揺れ、端正な顔がこちらを振り向く。
笹原隆太――?
彼の後ろに見える堤防の向こうに広がる夕焼けの橙。その光が、眩しいほど鮮やかに輝く。その瞬間に、風が吹き抜けた。土手からくるくると無数のトンボが飛び立って舞いながら、私たちの周りを取り囲んだ。
「あっ」
トンボの尾の赤い色が目に染入るようで、 思わず手で顔を覆った。けれども、その手を離したときに見た景色は――。
* *
――走る私。でも、姿は小学生。
夕焼けの向こうに藍色の空が広がってゆく。夜が迫ってくるのがわかる。早く帰らなきゃ。いつまでも遊んでいたら、日が暮れてしまう。
赤トンボが飛んでいる。「こっちだよ」と急かすように。
私は慌てて駆け出した。
堤防を歩いていた学生服の男子生徒の横をすり抜ける。すれ違いざまにちらりと見えた端正な横顔。ふっと彼が頬に浮かべた柔らかな笑みが心に残った。
遠くで家々の明かりが灯り始める。早く帰らなきゃ。今日の晩御飯は、きっと、じゃやいもとチキンを柔らかく煮込んだクリームシチューだ。
赤トンボが一匹、私の頭上をかすめて飛んでいった。
* *
「美夏ちゃん? どうしたの、ぼんやりして」
ゆうちゃんの声に、私ははっと我に返る。
「早く帰らないと、日が暮れてきちゃったね」
「うん、そうだね」
すっかり日が短くなった夕暮れ。堤防の向こうの家々の窓に明かりが灯りだしさた。
「あれ、私たちさっきまで何の話してたっけ?」
「えーと……何か話してた?」
「……」
「忘れちゃったね」
そう言って、ゆうちゃんが、くすぐったそうに笑った。
消えゆく夕焼けの中に、一番星が輝き始めている。
「今日の晩御飯はシチューかなあ」
その星を眺めながら、ふとそう思った。淡い光が、優しく私たちを包み込んでいる。
堤防の下から吹く風に、なぜだか、胸が温かくなった。
【時の守り人】 ~ 第6話 赤トンボと一番星~
(完)
― 第7話へ続く ―
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