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第9話 江戸の火消し~時空を超えた修学旅行
6.戻るも地獄 戻らねども地獄
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美夏は大急ぎで鰻屋を出ると、クラスメートと、クラスメートと共に居るであろう少女を探し始めた。寒いっ、東京は爽やかな6月だったのに……何で江戸は、冬なのよ。けれども、そんな理由を今、考えてる暇はない。なぜなら、
鰻屋の二人組の話では、どうやら、隆太”と、町娘の衣装に衣替えした”千早”は、江戸市中で、デート中らしいからだ。
「超エリートの遊女かなんか知らないけど、笹原と逃げる……とか何とか。はぁっ? 二人とも年齢的には”中学生”でしょっ、冗談じゃないわ。そんなの許されると思ってんの!”」
千早は15歳。笹原隆太や自分と同い歳だ……江戸時代の遊女の若さにも驚くが、私たちは、こんなことをするために、修学旅行に来たわけじゃないのーっ。(村田は喜ぶかも……)
そんな二人の姿を美夏が見つけたのは、吉原大門とは目と鼻の先。見返り柳と呼ばれる柳の木の下だった。
吉原遊郭を見下ろす土手にある”見返り柳”。
吉原からの遊び帰りの客が、一夜の享楽を懐かしみ、後ろ髪を引かれる思いで、この柳のあたりで遊郭を振り返ったということから、この名がついた。
再来年には花魁になる千早にとっては、柳の向こうの大門の先は、未来永劫に振り返りたくない場所。
”逃げおうせるわけがない。だから、明日までに廓に戻らねばならない ”
心は吹き付けてくる北風より、もっと凍り付いている。
戻るも地獄 戻らねども地獄
立ち止まって涙ぐんだ。……と、前を歩いていた半纏に股引き姿の青年が、くるりとこちらを振り返った。
透き通るような視線が、胸の鼓動を波立たせる。青年はくすりと笑う。
「伊勢屋の団子っていうのが、美味いんだって。食ってみる?」
その時、近くの店からからかうような声が響いてきた。
「”り組”の隆太! 隅におけないねぇ。えれえ、別嬪さんと連れ立ってさ、今日は逢引きときたもんだ!」
隆太は声をかけてきた店主に、”うるせぇ”とばかりに、後ろ手を振ると、千早の手を取り、そそくさとその場を離れてしまう。
粉雪まじりの風は冷たかった。けれども、両脇にずらりと並んだ店々からは、煙が立ち上り、甘酒の香りがぷんと漂って通りは活気に満ちていた。何より、隆太に握られた手が温かだった。
小さなお稲荷様が祀られた祠の傍で、千早は隆太の袖をとって傍に歩み寄る。
「隆様は人望がありんすぇ。 先々は町火消の頭取になられるのでありんすか」
「町火消の頭取?」
「”り組”を率いる長のことでありんす」
「あ~、ないない。未来のことなんて、俺は考えても仕方ないから」
そう、詮無いことなんだ。
俺の先には何もない。言葉も記憶も、おぼろげな感情も。
未来は、巡る季節に押し流されて
― 時の彼方に還るだけだ ―
一瞬、見せた隆太の儚げな表情に、千早はまた、心魅せられる。同じ儚い未来なら、いっそ二人で行きたいと。
千早は隆太の懐に身を寄せるとと、請うような声音で呟いた。
「隆様、考えても詮無い未来なら、そこに、あちきを入れてもらえるわけにはゆきんせんか」
寄り添う二人の男女を、粉雪を薄くかぶった祠のお稲荷様が、そっと見つめていた。
そして、お稲荷様のすぐ後ろでも……
身を隠し、頭に雪を積もらせた女子中学生が……穴のあくほど見つめていた。
「隆様って、ふ・ざ・け・ん・な! これ、15歳がしていい会話?! ダメでしょ。校則違反でしょ! 何が吉原は江戸男子のユートピアよ。笹原隆太は私のクラスメートっ。令和の中学三年の男子なのっ」
黙って放っておくと、この二人は手に手をとって、逃避行? こんな修学旅行はありえない!
お夏こと、美夏は焦った。ここは、何としても私が笹原を止めないと!
”笹原隆太の好きなものは、学校給食。嫌いなものは学校活動”
恋の逃避行が”学校活動”とは、到底思えないが、奴を誘うには”学校給食”を使うしか道はない。
美夏は、近くの伊勢屋に駆け込むと、ありったけの焼けあがった団子を買い集め、
「そこの二人っ、さ、寒いでしょっ。団子、美味しいわよぉ。みんなで食べよっ!」
出来うる限りの声を張り上げて、千早と隆太の間に割り込むと、熱々の団子串を差し出すのだった。
鰻屋の二人組の話では、どうやら、隆太”と、町娘の衣装に衣替えした”千早”は、江戸市中で、デート中らしいからだ。
「超エリートの遊女かなんか知らないけど、笹原と逃げる……とか何とか。はぁっ? 二人とも年齢的には”中学生”でしょっ、冗談じゃないわ。そんなの許されると思ってんの!”」
千早は15歳。笹原隆太や自分と同い歳だ……江戸時代の遊女の若さにも驚くが、私たちは、こんなことをするために、修学旅行に来たわけじゃないのーっ。(村田は喜ぶかも……)
そんな二人の姿を美夏が見つけたのは、吉原大門とは目と鼻の先。見返り柳と呼ばれる柳の木の下だった。
吉原遊郭を見下ろす土手にある”見返り柳”。
吉原からの遊び帰りの客が、一夜の享楽を懐かしみ、後ろ髪を引かれる思いで、この柳のあたりで遊郭を振り返ったということから、この名がついた。
再来年には花魁になる千早にとっては、柳の向こうの大門の先は、未来永劫に振り返りたくない場所。
”逃げおうせるわけがない。だから、明日までに廓に戻らねばならない ”
心は吹き付けてくる北風より、もっと凍り付いている。
戻るも地獄 戻らねども地獄
立ち止まって涙ぐんだ。……と、前を歩いていた半纏に股引き姿の青年が、くるりとこちらを振り返った。
透き通るような視線が、胸の鼓動を波立たせる。青年はくすりと笑う。
「伊勢屋の団子っていうのが、美味いんだって。食ってみる?」
その時、近くの店からからかうような声が響いてきた。
「”り組”の隆太! 隅におけないねぇ。えれえ、別嬪さんと連れ立ってさ、今日は逢引きときたもんだ!」
隆太は声をかけてきた店主に、”うるせぇ”とばかりに、後ろ手を振ると、千早の手を取り、そそくさとその場を離れてしまう。
粉雪まじりの風は冷たかった。けれども、両脇にずらりと並んだ店々からは、煙が立ち上り、甘酒の香りがぷんと漂って通りは活気に満ちていた。何より、隆太に握られた手が温かだった。
小さなお稲荷様が祀られた祠の傍で、千早は隆太の袖をとって傍に歩み寄る。
「隆様は人望がありんすぇ。 先々は町火消の頭取になられるのでありんすか」
「町火消の頭取?」
「”り組”を率いる長のことでありんす」
「あ~、ないない。未来のことなんて、俺は考えても仕方ないから」
そう、詮無いことなんだ。
俺の先には何もない。言葉も記憶も、おぼろげな感情も。
未来は、巡る季節に押し流されて
― 時の彼方に還るだけだ ―
一瞬、見せた隆太の儚げな表情に、千早はまた、心魅せられる。同じ儚い未来なら、いっそ二人で行きたいと。
千早は隆太の懐に身を寄せるとと、請うような声音で呟いた。
「隆様、考えても詮無い未来なら、そこに、あちきを入れてもらえるわけにはゆきんせんか」
寄り添う二人の男女を、粉雪を薄くかぶった祠のお稲荷様が、そっと見つめていた。
そして、お稲荷様のすぐ後ろでも……
身を隠し、頭に雪を積もらせた女子中学生が……穴のあくほど見つめていた。
「隆様って、ふ・ざ・け・ん・な! これ、15歳がしていい会話?! ダメでしょ。校則違反でしょ! 何が吉原は江戸男子のユートピアよ。笹原隆太は私のクラスメートっ。令和の中学三年の男子なのっ」
黙って放っておくと、この二人は手に手をとって、逃避行? こんな修学旅行はありえない!
お夏こと、美夏は焦った。ここは、何としても私が笹原を止めないと!
”笹原隆太の好きなものは、学校給食。嫌いなものは学校活動”
恋の逃避行が”学校活動”とは、到底思えないが、奴を誘うには”学校給食”を使うしか道はない。
美夏は、近くの伊勢屋に駆け込むと、ありったけの焼けあがった団子を買い集め、
「そこの二人っ、さ、寒いでしょっ。団子、美味しいわよぉ。みんなで食べよっ!」
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