16 / 239
一章 孤児院卒業編
16話 闇市
しおりを挟むスラム街の中心部に足を踏み入れると、明確に空気感が変わった。
飢えた獣のような視線は感じなくなったけど、誰も彼もがお互いを警戒している。
子供の私にまで、油断とは無縁の鋭い眼差しを向けてくる人が多い。
それと、ここにいる人たちは、栄養失調に陥っている様子がなかった。
フード付きのローブを纏っている人ばっかりで、肉付きは分かり難いけど……露出している手や口元を見る限り、大半の人が健康そうだよ。
「──ここがスラム街の市場、通称『闇市』だな」
バリィさんにそう教えられて、私はぐるりと周囲を見渡した。
市場というだけあって、あちこちに露店が立ち並んでいる。
売り物は何かのお肉だったり、危ない葉っぱだったり、不気味な液体だったり、本当に色々だね。
葉っぱを売っているお店が盛況で、冒険者の護衛を付けた人たちが、数多く買い求めていた。
多分、あの人たちは街中の市民だと思う。
……あっ、買ったその場で葉っぱに火をつけた人が、煙を吸い込んでビクビクしている。
気持ち良さそうな表情を浮かべているけど、目が完全に虚ろで、とっても恐ろしい。
私は何も見なかったことにして、バリィさんに一つ気になったことを尋ねる。
「バリィさんって、闇市に来たことがあるんですか?」
「ああ、あるぞ。意外な掘り出し物が、見つかったりするからな。盗品やら非合法の奴隷やら、面白くない商品も少なくないが……表の商人と揉めた冒険者が、仕方なく闇市にお宝を流すってことも、多々あるんだ」
「なるほど、そういうパターンもあるんですね……」
ちなみに、非合法の奴隷とは、攫われた市民のことらしい。
市民権があっても、身を守る力がなければ、理不尽を押し付けられる。
そんなことが珍しくない世界なんだって、私は改めて理解した。
「嬢ちゃんが売るものって、マジックアイテムなんだろ? 金貨以上で売れるものなら、闇市のド真ん中にある店へ持って行くべきだが、どうする?」
「うーん……。金貨以上で売れればいいな、とは思っていますけど……実際にそれだけの価値があるのか、分かりません」
隠すつもりもないので、バリィさんには見せておこう。
私はスラ丸に指輪を出して貰って、バリィさんがそれを自分のステホで撮影した。
「ほぉー……。恐らくだが、これは相当な値打ちものだな。【破壊光線】ってスキルは見たことないが、聞いたことならある」
「おおーっ、どんな職業のスキルなんですか? それと、お値段の予想は?」
「確か、魔導士のスキルだ。下手すると金貨どころか、白金貨数枚で売れるぞ」
「えぇっ!? そ、そんなに……!?」
白金貨なんて、私には生涯無縁だと思っていたのに、もう手に入るの?
……いやでも、落ち着け私。白金貨数枚なら、一生安泰という訳じゃない。
それなりの家を買ったら、一瞬でなくなりそうだよ。
今の私が一番欲しいものは、やっぱり安全な家だ。
孤児院を卒業してからも、暴漢とか人攫いに怯えることなく、安全に暮らせる家が欲しい。
街の大通りに面している家なら、人目が多いから安全だと思うけど……白金貨数枚で、買えるのかな?
大通りに面している場所は、当然のように一等地なので、白金貨数枚じゃ足りない気がしてきた。
安全性さえ確保出来れば、家は小さくてもいいんだけどね。
なんなら土地だけ買って、家は【土壁】を組み合わせた四角い箱でもいいよ。
私が捕らぬ狸の皮算用に勤しんでいると、マリアさんが魔導士という職業の説明をしてくれた。
「魔導士って言うと、魔法使いの上位職さね。魔法使いじゃ取得出来ない、強力な魔法を取得出来るらしいよ」
「へぇー、上位職なんてあったんですね。やっぱり、魔法使いのレベルが幾つ以上とか、そういう転職条件があるんですか?」
「ああ、そうさ。うろ覚えだけど、魔法使いのレベルが40以上だったかねぇ……」
大人の平均レベルが30という話なので、レベル40は中々に厳しい条件だと思う。
そのレベルに至るための経験って、普通に生きているだけだと無縁な、物凄く危ないものだろうからね。
レベルとかスキルとか、ゲームみたいだなって、私は度々考えてしまう。
でも、私たちが生きているのは、正真正銘の現実世界なんだ。
みんなの命が、一つしかない以上、そう簡単に危険には飛び込めないよ。
「この指輪が魔導士の装備だとしたら、需要って相当少なそうですね……」
「実際に少ないな。転職したらレベル1からやり直しで、信じられないほど弱体化する。しかも、上位職はレベルが上がり難いんだ。転職なんて、世の中の九割九分の人間には、無縁だと思っていい」
「えぇぇ……。それなのに、白金貨数枚……?」
「供給だって少ないから、まぁそんなもんだ──っと、到着したぞ。ここが、闇市最大の取引所だ」
バリィさんの話を聞いている内に、私たちは目的地へと到着した。
目の前にあるのは、なんの変哲もない石造りの建物だよ。
スラム街にあるにしては、立派な建物だと思うけど……うちの孤児院と、同程度の外観かな。
『闇市最大の取引所!!』という肩書のインパクトに、相応しいとは思えない。
建物の入り口には、武装している大柄なゴロツキが佇んでいて、私たちに用件を尋ねる。
「なんの取引を希望してんだ? ここは金貨以上の取引しか、受け付けてねーぞ」
私たちはお互いに顔を見合わせて、誰が今回の取引の矢面に立つのか窺った。
私は子供だから、侮られそう……。バリィさんは商人が苦手みたいだし、マリアさんになるのかな?
「……アーシャ、やってみな」
どうしてか、マリアさんは私を矢面に立たせることを選んだ。
これも社会勉強の一環だと、考えたのかもしれない。
……私の指輪を売りに来た訳だし、文句は言えないよね。
ゴロツキは私を子供だと侮ることもなく、希望する取引の内容次第で、ここを通すと伝えてきた。
「えっと、マジックアイテムの売却を希望しています。白金貨数枚の価値があるって、金級冒険者の方が太鼓判を押してくれました」
「ふむ……。通って良し。武器はこちらで預かる。問題を起こすなよ」
ゴロツキは品定めするように、私の頭の天辺から爪先までを眺めてから、通行する許可を出した。
バリィさんの剣を預けることになったけど、彼がそのことを気にしている様子はない。
多分、バリィさんは剣も盾も防具も、重要視していないんだ。どれもこれも、なんの変哲もない装備に見えるので、きっとそう。
彼が全幅の信頼を寄せているのは、結界師のスキルだろうね。
私たちが建物の中に入ると、そこは殺風景な空間だった。
床には穴が空いており、地下へと続く階段が伸びている。
「こりゃぁ不気味だねぇ……。ここから、地下に入るのかい?」
「ああ、その通り。この建物はハリボテで、闇商人は地下で商談をしているんだ」
マリアさんの問い掛けに答えたバリィさんが、先頭に立って階段を下りていく。
「うぅっ、緊張してきました……」
「あたしゃ老い先が短いってのに、寿命が縮まっちまうよ……」
私とマリアさんは肩を寄せ合いながら、バリィさんの後に続いた。
地下はランプの灯りで照らされていて、足元には赤黒い絨毯が敷いてある。
誰かの血で染まっているように見えて、余りにも不気味だよ。
土足で大丈夫なのか、不安になったけど……バリィさんは平然と踏み付けているので、問題なさそう。
空気は淀んでいるかと思いきや、過剰なまでに清涼だった。
爽やかなミントの香りが鼻腔をくすぐって、逆に不気味に思えてしまう。
血の臭いを消すためとか、そういうことじゃないよね……?
真っ直ぐ続く通路の横には、幾つもの鉄の扉が並んでおり、『商談中』か『不在』のプレートが掛けられていた。
時折、商談中の扉の向こう側から、耳を劈く悲鳴や泣き声……あるいは、心底愉快だと言わんばかりの、高笑いが聞こえてくる。
……私たち、生きて帰れるんだよね? バリィさん、信じていいんですよね!?
私とマリアさんが、萎れたアサガオみたいな表情を浮かべている最中、バリィさんはプレートを確認しながら、淀みなく歩き続けた。
そして、ようやく見つけた『受付中』のプレート。それが掛けられている扉をノックすると、
「──どうぞ、お入りください」
冷淡な女性の声に、入室を促された。
バリィさんが扉を開けると、そこは小さめの部屋だったよ。
ちょっと高そうなテーブルと、それを挟む形でソファが置いてある。
対面のソファには、黒いマントを纏った二十代くらいの女性が座っており、その後ろには、身長が三メートルを超えている巨漢が佇んでいた。
女性はスキンヘッドで、瞳が白く、肌は真っ黒だ。それと、両耳がない。
誰かに切り落とされたのか、それとも自分で切り落としたのか、その辺は定かじゃないけど……元々あったものを切った古傷がある。
見るからに、彼女はこの国の人間ではない。
巨漢はバケツみたいな鉄の兜で、首から上を覆い隠しているのに、胴体は裸という突っ込み所しかない格好をしている。
頭を守る意識がそれだけ高いのに、胴体を守る意識が皆無って、それはどうなの……?
更に付け加えるなら、その巨漢は全身が死体みたいに青白かった。それと、皮膚が継ぎ接ぎだらけで、呼吸をしている様子もない。……本当に死体かも。
「ほら、アーシャ。アンタが商談をするんだろう?」
「あっ、はい。えっと、アーシャです。本日はお日柄も良く──」
マリアさんに促されて、私は緊張しながら挨拶を行った。
「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。当方の名はノワール、どんなものでも売買する闇商人です。アーシャさん、それに他のお二人も、どうぞソファにお掛け下さい」
ノワールさんに促されて、私とマリアさんはソファに座った。
しかし、バリィさんは私たちの背後に立ったままだ。
……ノワールさんの後ろで佇んでいる巨漢。あの人を警戒しているのが、ピリピリと肌で感じられるよ。
怖いなぁ……と思いながらも、私は商談を始めるべく、スラ丸に指輪を出して貰って、テーブルの上に置いた。
「な──ッ!? 失礼、取り乱しました。随分と面白いスライムですね? 今のスキル……【収納】持ちのスライムなんて、当方は初めて見ましたよ」
ノワールさんは指輪よりも、スラ丸に熱い眼差しを向けてくる。
……この子、売りものじゃないですよ?
「ええっと、スラ丸はコレクタースライムなんです。進化条件なら、そんなに難しくないです」
だから、欲しいなら自分でスライムをテイムして、進化させてください。
私が言外にそう匂わせると、ノワールさんは僅かに身を乗り出してきた。
「進化条件の情報を買い取らせてください。白金貨五枚で、いかがでしょうか?」
「売りましゅ──ッ、す、すみません、噛みました……。はいっ、売ります……!!」
私は大慌てで返事をしたので、思いっきり舌を噛んでしまった。
すぐに再生効果で治ったけど、痛いものは痛い。
ただ、そんな痛みがどうでもよくなるほどの、大きな喜びと驚きが、心の奥底から湧き上がってきた。
私の隣に座っているマリアさんも、驚き過ぎて絶句しているよ。
指輪を売りに来たのに、コレクタースライムの進化条件に関する情報が、白金貨五枚に化ける。
これって、途轍もない話だよね。日本円で五千万円だよ、五千万円。
ここで黙っていられなかったのが、警戒心を剥き出しにしているバリィさんだ。
「おいおいおい、情報一つで白金貨五枚だと? 流石に胡散臭いが、何を考えているんだ……?」
「スライムは魔物使いであれば、子供でも簡単にテイム出来ます。そんな魔物の進化先に、商人の当たりスキル【収納】を取得するスライムがいる。この価値が、貴方には理解出来ませんか?」
興奮を抑えるような口調で、ノワールさんは捲し立てた。
そう指摘されると、確かに凄いことかもしれない。
商人が【収納】を引き当てられる確率は低いけど、魔物使いなら誰だって、実質【収納】の使い手になれるからね。
バリィさんも納得して、私に商談を続行するようアイコンタクトを送ってきた。
「それじゃあ、進化条件をお伝えします。それは──」
109
あなたにおすすめの小説
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる