他力本願のアラサーテイマー ~モフモフやぷにぷにと一緒なら、ダークファンタジーも怖くない!~

雑木林

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一章 孤児院卒業編

16話 闇市

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 スラム街の中心部に足を踏み入れると、明確に空気感が変わった。
 飢えた獣のような視線は感じなくなったけど、誰も彼もがお互いを警戒している。
 子供の私にまで、油断とは無縁の鋭い眼差しを向けてくる人が多い。

 それと、ここにいる人たちは、栄養失調に陥っている様子がなかった。
 フード付きのローブを纏っている人ばっかりで、肉付きは分かり難いけど……露出している手や口元を見る限り、大半の人が健康そうだよ。

「──ここがスラム街の市場、通称『闇市』だな」

 バリィさんにそう教えられて、私はぐるりと周囲を見渡した。
 市場というだけあって、あちこちに露店が立ち並んでいる。
 売り物は何かのお肉だったり、危ない葉っぱだったり、不気味な液体だったり、本当に色々だね。

 葉っぱを売っているお店が盛況で、冒険者の護衛を付けた人たちが、数多く買い求めていた。
 多分、あの人たちは街中の市民だと思う。

 ……あっ、買ったその場で葉っぱに火をつけた人が、煙を吸い込んでビクビクしている。
 気持ち良さそうな表情を浮かべているけど、目が完全に虚ろで、とっても恐ろしい。
 私は何も見なかったことにして、バリィさんに一つ気になったことを尋ねる。

「バリィさんって、闇市に来たことがあるんですか?」

「ああ、あるぞ。意外な掘り出し物が、見つかったりするからな。盗品やら非合法の奴隷やら、面白くない商品も少なくないが……表の商人と揉めた冒険者が、仕方なく闇市にお宝を流すってことも、多々あるんだ」

「なるほど、そういうパターンもあるんですね……」

 ちなみに、非合法の奴隷とは、攫われた市民のことらしい。
 市民権があっても、身を守る力がなければ、理不尽を押し付けられる。
 そんなことが珍しくない世界なんだって、私は改めて理解した。

「嬢ちゃんが売るものって、マジックアイテムなんだろ? 金貨以上で売れるものなら、闇市のド真ん中にある店へ持って行くべきだが、どうする?」

「うーん……。金貨以上で売れればいいな、とは思っていますけど……実際にそれだけの価値があるのか、分かりません」

 隠すつもりもないので、バリィさんには見せておこう。
 私はスラ丸に指輪を出して貰って、バリィさんがそれを自分のステホで撮影した。

「ほぉー……。恐らくだが、これは相当な値打ちものだな。【破壊光線】ってスキルは見たことないが、聞いたことならある」

「おおーっ、どんな職業のスキルなんですか? それと、お値段の予想は?」

「確か、魔導士のスキルだ。下手すると金貨どころか、白金貨数枚で売れるぞ」

「えぇっ!? そ、そんなに……!?」

 白金貨なんて、私には生涯無縁だと思っていたのに、もう手に入るの?
 ……いやでも、落ち着け私。白金貨数枚なら、一生安泰という訳じゃない。
 それなりの家を買ったら、一瞬でなくなりそうだよ。

 今の私が一番欲しいものは、やっぱり安全な家だ。
 孤児院を卒業してからも、暴漢とか人攫いに怯えることなく、安全に暮らせる家が欲しい。
 街の大通りに面している家なら、人目が多いから安全だと思うけど……白金貨数枚で、買えるのかな?

 大通りに面している場所は、当然のように一等地なので、白金貨数枚じゃ足りない気がしてきた。
 安全性さえ確保出来れば、家は小さくてもいいんだけどね。
 なんなら土地だけ買って、家は【土壁】を組み合わせた四角い箱でもいいよ。

 私が捕らぬ狸の皮算用に勤しんでいると、マリアさんが魔導士という職業の説明をしてくれた。

「魔導士って言うと、魔法使いの上位職さね。魔法使いじゃ取得出来ない、強力な魔法を取得出来るらしいよ」

「へぇー、上位職なんてあったんですね。やっぱり、魔法使いのレベルが幾つ以上とか、そういう転職条件があるんですか?」

「ああ、そうさ。うろ覚えだけど、魔法使いのレベルが40以上だったかねぇ……」

 大人の平均レベルが30という話なので、レベル40は中々に厳しい条件だと思う。
 そのレベルに至るための経験って、普通に生きているだけだと無縁な、物凄く危ないものだろうからね。

 レベルとかスキルとか、ゲームみたいだなって、私は度々考えてしまう。
 でも、私たちが生きているのは、正真正銘の現実世界なんだ。
 みんなの命が、一つしかない以上、そう簡単に危険には飛び込めないよ。

「この指輪が魔導士の装備だとしたら、需要って相当少なそうですね……」

「実際に少ないな。転職したらレベル1からやり直しで、信じられないほど弱体化する。しかも、上位職はレベルが上がり難いんだ。転職なんて、世の中の九割九分の人間には、無縁だと思っていい」

「えぇぇ……。それなのに、白金貨数枚……?」

「供給だって少ないから、まぁそんなもんだ──っと、到着したぞ。ここが、闇市最大の取引所だ」

 バリィさんの話を聞いている内に、私たちは目的地へと到着した。
 目の前にあるのは、なんの変哲もない石造りの建物だよ。
 スラム街にあるにしては、立派な建物だと思うけど……うちの孤児院と、同程度の外観かな。

 『闇市最大の取引所!!』という肩書のインパクトに、相応しいとは思えない。
 建物の入り口には、武装している大柄なゴロツキが佇んでいて、私たちに用件を尋ねる。

「なんの取引を希望してんだ? ここは金貨以上の取引しか、受け付けてねーぞ」

 私たちはお互いに顔を見合わせて、誰が今回の取引の矢面に立つのか窺った。
 私は子供だから、侮られそう……。バリィさんは商人が苦手みたいだし、マリアさんになるのかな?

「……アーシャ、やってみな」

 どうしてか、マリアさんは私を矢面に立たせることを選んだ。
 これも社会勉強の一環だと、考えたのかもしれない。
 ……私の指輪を売りに来た訳だし、文句は言えないよね。
 ゴロツキは私を子供だと侮ることもなく、希望する取引の内容次第で、ここを通すと伝えてきた。

「えっと、マジックアイテムの売却を希望しています。白金貨数枚の価値があるって、金級冒険者の方が太鼓判を押してくれました」

「ふむ……。通って良し。武器はこちらで預かる。問題を起こすなよ」

 ゴロツキは品定めするように、私の頭の天辺から爪先までを眺めてから、通行する許可を出した。
 バリィさんの剣を預けることになったけど、彼がそのことを気にしている様子はない。
 多分、バリィさんは剣も盾も防具も、重要視していないんだ。どれもこれも、なんの変哲もない装備に見えるので、きっとそう。
 彼が全幅の信頼を寄せているのは、結界師のスキルだろうね。

 私たちが建物の中に入ると、そこは殺風景な空間だった。
 床には穴が空いており、地下へと続く階段が伸びている。

「こりゃぁ不気味だねぇ……。ここから、地下に入るのかい?」

「ああ、その通り。この建物はハリボテで、闇商人は地下で商談をしているんだ」

 マリアさんの問い掛けに答えたバリィさんが、先頭に立って階段を下りていく。

「うぅっ、緊張してきました……」

「あたしゃ老い先が短いってのに、寿命が縮まっちまうよ……」

 私とマリアさんは肩を寄せ合いながら、バリィさんの後に続いた。
 地下はランプの灯りで照らされていて、足元には赤黒い絨毯が敷いてある。
 誰かの血で染まっているように見えて、余りにも不気味だよ。
 土足で大丈夫なのか、不安になったけど……バリィさんは平然と踏み付けているので、問題なさそう。

 空気は淀んでいるかと思いきや、過剰なまでに清涼だった。
 爽やかなミントの香りが鼻腔をくすぐって、逆に不気味に思えてしまう。
 血の臭いを消すためとか、そういうことじゃないよね……?

 真っ直ぐ続く通路の横には、幾つもの鉄の扉が並んでおり、『商談中』か『不在』のプレートが掛けられていた。
 時折、商談中の扉の向こう側から、耳を劈く悲鳴や泣き声……あるいは、心底愉快だと言わんばかりの、高笑いが聞こえてくる。

 ……私たち、生きて帰れるんだよね? バリィさん、信じていいんですよね!?
 私とマリアさんが、萎れたアサガオみたいな表情を浮かべている最中、バリィさんはプレートを確認しながら、淀みなく歩き続けた。
 そして、ようやく見つけた『受付中』のプレート。それが掛けられている扉をノックすると、

「──どうぞ、お入りください」

 冷淡な女性の声に、入室を促された。
 バリィさんが扉を開けると、そこは小さめの部屋だったよ。
 ちょっと高そうなテーブルと、それを挟む形でソファが置いてある。
 対面のソファには、黒いマントを纏った二十代くらいの女性が座っており、その後ろには、身長が三メートルを超えている巨漢が佇んでいた。

 女性はスキンヘッドで、瞳が白く、肌は真っ黒だ。それと、両耳がない。
 誰かに切り落とされたのか、それとも自分で切り落としたのか、その辺は定かじゃないけど……元々あったものを切った古傷がある。
 見るからに、彼女はこの国の人間ではない。

 巨漢はバケツみたいな鉄の兜で、首から上を覆い隠しているのに、胴体は裸という突っ込み所しかない格好をしている。
 頭を守る意識がそれだけ高いのに、胴体を守る意識が皆無って、それはどうなの……?
 更に付け加えるなら、その巨漢は全身が死体みたいに青白かった。それと、皮膚が継ぎ接ぎだらけで、呼吸をしている様子もない。……本当に死体かも。

「ほら、アーシャ。アンタが商談をするんだろう?」

「あっ、はい。えっと、アーシャです。本日はお日柄も良く──」

 マリアさんに促されて、私は緊張しながら挨拶を行った。

「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。当方の名はノワール、どんなものでも売買する闇商人です。アーシャさん、それに他のお二人も、どうぞソファにお掛け下さい」

 ノワールさんに促されて、私とマリアさんはソファに座った。
 しかし、バリィさんは私たちの背後に立ったままだ。
 ……ノワールさんの後ろで佇んでいる巨漢。あの人を警戒しているのが、ピリピリと肌で感じられるよ。

 怖いなぁ……と思いながらも、私は商談を始めるべく、スラ丸に指輪を出して貰って、テーブルの上に置いた。

「な──ッ!? 失礼、取り乱しました。随分と面白いスライムですね? 今のスキル……【収納】持ちのスライムなんて、当方は初めて見ましたよ」

 ノワールさんは指輪よりも、スラ丸に熱い眼差しを向けてくる。
 ……この子、売りものじゃないですよ?

「ええっと、スラ丸はコレクタースライムなんです。進化条件なら、そんなに難しくないです」

 だから、欲しいなら自分でスライムをテイムして、進化させてください。
 私が言外にそう匂わせると、ノワールさんは僅かに身を乗り出してきた。

「進化条件の情報を買い取らせてください。白金貨五枚で、いかがでしょうか?」

「売りましゅ──ッ、す、すみません、噛みました……。はいっ、売ります……!!」

 私は大慌てで返事をしたので、思いっきり舌を噛んでしまった。
 すぐに再生効果で治ったけど、痛いものは痛い。
 ただ、そんな痛みがどうでもよくなるほどの、大きな喜びと驚きが、心の奥底から湧き上がってきた。
 私の隣に座っているマリアさんも、驚き過ぎて絶句しているよ。

 指輪を売りに来たのに、コレクタースライムの進化条件に関する情報が、白金貨五枚に化ける。
 これって、途轍もない話だよね。日本円で五千万円だよ、五千万円。
 ここで黙っていられなかったのが、警戒心を剥き出しにしているバリィさんだ。

「おいおいおい、情報一つで白金貨五枚だと? 流石に胡散臭いが、何を考えているんだ……?」

「スライムは魔物使いであれば、子供でも簡単にテイム出来ます。そんな魔物の進化先に、商人の当たりスキル【収納】を取得するスライムがいる。この価値が、貴方には理解出来ませんか?」

 興奮を抑えるような口調で、ノワールさんは捲し立てた。
 そう指摘されると、確かに凄いことかもしれない。
 商人が【収納】を引き当てられる確率は低いけど、魔物使いなら誰だって、実質【収納】の使い手になれるからね。
 バリィさんも納得して、私に商談を続行するようアイコンタクトを送ってきた。

「それじゃあ、進化条件をお伝えします。それは──」
 
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